相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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序章:人でなしの街は住みにくい 3

 あるとき、四ヵ国を境とする国境に白い靄が掛かった。それはあっという間に大きくなり、現在では直径百キロメートル程の巨大な半球状の空間となった。

 

 当時の人々は、この白い場所を《奈落(ならく)》と呼んだ。

 

 奈落内に発生するマナ結晶は、特殊な工程を踏むことで無限に近いエネルギーをもたらすことが分かった。

 

 世はまさにエネルギー無限時代。

 

 だから、奈落を中心としたケイオス市の電気代はタダ同然だ。つまり、警察での処理を終え、くたくたになったハルキが、自宅アパートの一室が煌々と照らされたままの姿を見ようとも、懐的にはまったく痛くはない。役所からたまに、電気を使いすぎだと忠告が来るくらいである。

 

「電気を消し忘れたのか、それともフェンがもう帰ってきたのか」

 

 自室の扉を開け、玄関に入る。リビングからフェンのきゃっきゃという声が聞こえてきた。どうやら消し忘れではないらしい。

 

 リビングに立ち入ると、フェンが部屋の真ん中で一本の棒を両手で掲げながら踊っていた。どこかの部族の儀式みたいだ。

 

 にやけ面満載のフェンが、ハルキの姿を見つけたとたん、にまーと口元を歪めていやらしく笑った。

 

「ぬしよ、我はついに誠の相棒を見つけたぞ!」

 

 ぐっと突き出された小さい手に握られている棒は、ハルキの疲れた脳を一気に覚醒させた。その棒は、光沢を持った深緑色だった。表面には、黄金色の竜の細工が施されており、武器というよりは美術品の気品があるように見えた。

 

 なんとなく、ハルキは嫌な予感がした。

 

「これは?」

 

 手を戻したフェンがふふん、と胸をのけぞらせた。

 

「これは《青竜三爪(せいりゅうさんそう)》、四神(しじん)社製の二等級魔杖装である。通常は棍(こん)の形だが――」

 

 なにやらフェンが棒に誂えられたスイッチを押すと、棒が三つに分かれた。握った棒の両端には鎖が伸び、その先に分かれた棒が繋がっている。

 

「このように三節棍にもなる。どうだ、すごかろう!」

 

 ハルキとしては色々とツッコミたいところであるが、まずは一番大事なことを聞く必要があった。

 

「うん、とてもすごい。いい品だと思うよ。それで、いくらしたの?」

 

 フェンが再びのけぞらせる。

 

「聞いて驚くがよい。我の華麗なる交渉術により、百二十万であったところを百万まで値切った。買い物上手であろう?」

 

 フェンの表情に嘘はない。あの金にがめついボンに値切りを要求し、それを通すとは確かにすごい交渉力である。

 

 が、問題はそこではない。

 

「フェン、支払いはどうしたんだい?」

 

「うん? ボン爺からいつもの支払い方法で良いかと聞かれたのでな、そのようにしたまでよ。なに、案ずるな。ちゃんと契約書にも目を通し、我がサインしておいた。万事において問題なしである」

 

 なぜか、背筋がぞっとした。

 

 いつもの支払いとは、月末払いである。

 

 嫌な予感。

 

「フェン、契約書を見せてくれないかい? 念のため確認しておきたいんだ。ほら、金額が大きいからね」

 

「相も変わらず心配性よな。まあそこがぬしの良いところでもあろう。ほれ、いまハルキのスマホに送ったぞ。存分に値段を相場と比較し、我の買い物上手さをたたえるとよい」

 

 すぐさまスマホに受信した添付ファイルを開く。中身にざっと目を通す。契約内容はいつもと同じだ。購入額が月末に口座から引き落とされること。引き落とされなかった場合、借金になること。利子は――十日で一割?

 

 焦るな、とハルキは大きく息を吸う。

 

 問題は値段なのだ。百万ならいい。なんの問題もないのだ。二等級魔杖装が百万で買えるはずがないという常識は一旦捨てておこう。

 

 スマホ画面をスクロールしていく。じりじりと頭上から汗が滴る。胸のざわつきが止まらない。視界端に映るフェンは再び踊り始めている。その暢気さがいまはうらめしい。

 

 金額が映る。

 

 ゼロの数を確認。ひとつ、ふたつ、みっつ……ななつ。

 

 ――七つ?

 

 待て待て、今日は疲れているのだ。きっと見間違いだろう。目頭を一度もみ、せっかくなので十秒程度もんでから、再度画面に目を落とす。

 

 ゼロの数は七つ。何度見ても七つ。最初の数字は一。八桁万リル。

 

 つまり――一千万リルだ。

 

 がくっ、と膝が落ちた。

 

「ぬ? どうした? 我があまりにすごいとはいえ、そこまで驚くほどではなかろうに」

 

 フェンが近づいてハルキの顔を覗き込む。

 

「一千万だ」

 

「む?」

 

「その魔杖装、一千万リルだ」

 

 フェンの表情が一瞬消えた。

 

「ははは、ぬしもそんな冗談を言うのだな。冗談よな?」

 

 軽く笑ったフェンが、それでも返事のないハルキの様子にただ事ではないと気づいたのだろう、慌ててズボンのポケットからスマホを引っ張り出し、画面を食い入るように見つめだす。

 

「ひぃふぅみぃ……ななやぁ……八桁?」

 

 フェンの顔色が一気に真っ青になる。

 

「ぬしよ、ひとつ聞きたい……」

 

「……なんだい?」

 

「口座の額はいくらある?」

 

「四百くらいだね。フェンのと合わせて五百」

 

「へ、返品だ。返品してくる!」

 

「契約書の最後に返品は受け付けないって書いてあるんだよ」

 

「ぬ、あぅ……」

 

 ついにフェンが沈黙。目を回して頭をふらつかせ始める。

 

 ハルキは灰になりそうな頭を無理やり回す。今月は残り一週間。それまでに、差額の五百万リルを稼がなければならない。ケイオス市一般住民の年収分に相当する額だ。

 

「ぬしよ、これは天啓とみた」

 

 いつの間にか復活していたフェンが、神妙な顔をして言った。

 

「我らも探索者として、特別個体の討伐へ出向こうではないか」

 

 奈落にはアヴェスターと呼ばれる怪物がうようよしている。これを倒し、核となるマナ結晶を集めるのが探索者だ。その中でも、とりわけ強い個体を特別個体と呼ぶ。これらが落とすマナ結晶の純度は非常に高い。それこそ、一体倒せば八桁単位で売り飛ばせるほどに。

 

「ぬしもかねてより考えていたのではないのか? 奈落外延部の安全な場所でのマナ結晶採取。これではいつか行き詰まると」

 

 フェンが賢人らしい声音で続ける。

 

「安定を望むのは結構。だがぬしよ、これはひとつの転機と言えよう。なにかを得るためには、相応の対価を差し出さねばならぬ。逆に言えば、苦労を超えた先には得るものが必ずあるということよ」

 

 なぜだろうか、真面目なフェンな言葉には説得力がある。その当人が原因であるので台無しなのだが……。

 

 はあ、とハルキは長息して立ち上がる。

 

「分かったよ。明日奈落に潜ろう」

 

「さすがぬしよ、我も存分に暴れようぞ」

 

 フェンは棍を回すと、左膝を上げ、カンフーポーズを決める。なかなか様になっていた。

 

「でもひとつ言葉がほしいかなあ……」

 

「……ごめんなさい」

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