相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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一章:いのち短し恋せよ人よ 2

 黄昏時のアパートは静かだった。いつもなら聞こえるはずの謎の奇声が聞こえない。とても心が安らぐ静寂だ。これこそ求めていた環境である。

 

 ケーキを持ってオライオンと共に部屋に戻る。2LDKに入った途端、フェンのきゃっきゃという喜びの声が木霊している。猛烈に嫌な予感しかしない。

 

 そろそろとリビングへ向かう。フェンがスマホを天へと突きだして机の周りを踊り狂っていた。奇怪な部族だ。

 

 ペルテテーはそれを無視してソファーに座ってテレビを見ていた。

 

「ん、ふたりともおかえり。市役所務めお疲れさま」

 

「ただいま、ふたりにケーキ買ってきたよ。あとで食べて」

 

「奮発したね。ありがと」

 

 ケーキの箱を嬉しそうにペルテテーが受け取る。ハルキは聞くか聞くまいか一瞬悩んだが、結局確認することにした。

 

「あれ、なにがどうなってああなったんだい?」

 

「ん? ああ、フェン? なんかが当たったとかなんとか言ってたね」

 

 まさかこいつ、宝くじが当たったと勘違いしてるんじゃなかろうか。オライオンが残念な表情でフェンを見ていた。

 

「んほっ、帰ったかふたりとも。そうよ! 聞いとくれ! 当たった、ついに当たったのよ!」

 

「うん、とりあえずまあ、落ち着いたら?」

 

 まずはこの残念な竜に真実を叩きこまねばならない。だが、フェンは踊り続けている。

 

「当たったのだ! ついに抽選に当たりおった! 念願叶ったのだ! ぬしらよ! 今週末は西セクターへ行くぞ!」

 

 話の流れがおかしい。どうやら口座の額のことはすっかり忘れているらしい。

 

 フェンが踊りをやめると、にぱーと笑ってスマホを机に置いた。

 

「見よ! ディアナのライブチケットの抽選があたりおった! もちろん四人分よ! 今週末はディアナの歌に酔いしれるぞ!」

 

 びしっとスマホの画面を指さすフェンの鼻息が荒い。画面上には童女が愛してやまない女性ラッパー――ディアナのライブチケットの当選と書かれている。

 

 ハルキは自分のスマホで情報をチェック。

 

 所属はウォッシングミュージック。どうやら地元を大事にしているようで、隔週単位で西セクターの小さな箱でライブを行っているらしい。

 

 場所はキャンディサーカス。

 

 あの無駄に滑舌が良く、でも正直何を言っているのか分からないけど、どうしてか耳に残るあの歌手のライブ。これにはハルキも正直にっこりだ。

 

「ディアナ? あー、そういえば最近ヒットチャート一位を取ってたラッパーか」

 

 オライオンが思い出したように言った途端、フェンが彼の手を引っ張った。童女の顔に渋面が滲む。

 

「おぅぬしよ、その面、ディアナの魅力が分かってないと見える。さあ来やれ。我がディアナの神髄をぬしの心の臓腑にまで叩き込んでくれよう」

 

「わっ、ちょ、まっ、腕いてぇ!」

 

 オライオンがフェンの部屋に連れ込まれる。肉食動物の捕食の瞬間を見た気分だ。

 

 いまだけは神に祈ろう。オライオンが無事であるように。

 

 その様をペルテテーがうろんな目で見ていた。

 

「あんた、たまにその変な思考回路するの、どうにかなんないの?」

 

「大したことじゃないよ。オライオンの無事を祈ってただけさ」

 

「なら助けなよ……というか、私も知らないんだけどそのラッパー」

 

 ふむ、と顎に手を添えながらペルテテーの隣に座る。

 

「フェンの布教を受けてみるかい?」

 

「それ、私の逃げ場なくない?」

 

「なに、僕の部屋でもディアナの曲は聴けるさ」

 

 ペルテテーから返事がない。気になって横を見る。鬼の乙女が呆れた顔をしていた。

 

「あんた、その無自覚な人たらしどうにかした方がいいんじゃない?」

 

 ひどい言い草である。フェンの暴力的布教から守ろうとしただけだというのに。

 

 ああもう、とペルテテーが両手で顔を覆った。

 

「分かった、分かったよ。聴くよ聴く。あんたの部屋で、あんたの隣で、あんたと一緒にベッドに入って抱きながら聴けばいいんでしょ」

 

 ……なぜそうなる?

 

「ペルテテー、落ち着いて。とりあえず、ほら、ケーキ食べなよ、ね?」

 

「もー、なんで私がケーキで釣られなきゃならないのさ……。食べるけど、そうじゃなくて」

 

 ぐいっと首元を掴んだペルテテーが顔を近づける。

 

「ハルキ、いい? いまから私が言うことをよく聞きな。いい?」

 

「は、はい……」

 

「あんたの言葉は無自覚に女に効くんだよ。分かる? あんたが言葉を放るたびによそ様の女がころころ落ちるんだよ」

 

「そんなはずは――」

 

「そんなはずがあるの。私が落ちた。こんな最悪な街で地べたに這いずって人嫌いになった私にあんたの言葉が直撃したんだ。それを無自覚によそ様に投げてみな。あんたいつか刺されるよ」

 

 つまりは、こういうことか。

 

「下手に優しさを見せるな、と?」

 

 ぐぬぬ、とペルテテーが反対の手で自分の頭をぐしゃぐしゃとする。

 

 この反応は明らかに間違いを言っている。いまのペルテテーはかなり本気で話をしている。

 

 ペルテテーが苦い笑みを浮かべる。

 

「ハルキ、あんたのそれは美徳だよ。この街じゃ奇跡だって言っていい。でも……自覚だけして」

 

 なんだ、一体なにを間違えた。ペルテテーは大事だ。これは誓って間違いなんかじゃない。言葉選びが違うのか。

 

 分からない。どうして分からない。どうしてペルテテーの言葉が理解できない。奥に踏み込めない。深淵を覗けない。

 

 くしゃり、と自分の胸倉を掴む。考えろ。これは決して見過ごしていい会話じゃない。忘れていい言葉じゃない。ペルテテーは心を絞り出した。なのにどうして――

 

 分からない。分からないことが恐ろしい。

 

「ハルキ!」

 

 気づけばペルテテーに抱きしめられていた。

 

「ごめん。言い過ぎた、ごめんね。いまのは忘れていいから」

 

「君は悪くない。悪いのは僕だ。君が折角言ってくれた言葉が、尽くしてくれた言葉が、本当に、本当に分からないんだ……」

 

「いいの。いいんだよ。分からなくていい。それだけで十分だった。ごめんね、私わがままになっちゃった」

 

「違うんだ、ペルテテー。僕は……君を分かりたい。理解したいんだ」

 

 ペルテテーの息を呑む音。

 

「お願いだ、ペルテテー。僕を諦めないでくれ……」

 

「離れないって決めた。ずっと一緒にいるって決めたから。あなたを諦めるなんて、私にはできない」

 

 背に伸びたペルテテーの手がより一層深く回る。

 

「本当は私だけを視ていてほしい。ただ……それだけなの」

 

 ペルテテーの囁きが心臓を抉った。

 

 

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