ズンズンズン、とライブハウスの中でビートが響く。照明は最小限で、人がごった返している。調べた情報では箱に入れる幸運な者は三百人。それがいま、まだ姿を見せないディアナを待ってステージを注視している。
当のフェンは、ステージから一番離れた後ろで、オライオンに肩車をされていた。ひゃっほーと雄たけびを上げて両手を突き上げている。あの位置なら背後の邪魔をしないから問題ないだろう。オライオンも長身だから、ステージが見えないことはない。
人ごみをかき分け、ハルキはペルテテーと共になんとか二人の隣に落ち着く。
ステージが全然見えないかと思いきや、意外や意外、一番後ろでも全然見える。どうやら映画館のように緩やかな段差があるらしい。ご丁寧に転ばないよう、足元はちゃんと照らされている。実に細かい、ユーザビリティが行き届いた箱だ。思わず感心してしまう。
さてはスポンサーがいるな。まあ、これ以上の詮索はライブの前では野暮というものだ。なにより、人族の平均身長より低いことを気にしているハルキにとって、後方でステージが見れるというのが一番だ。
ふと、視線に蛍光カラーの派手な服を着たスタッフの姿が目に留まる。左手に持った籠のなかから、満面の笑みでなにかをひとりひとり手渡している。
スタッフがフェンの場所までくる。
「キャンディサーカスから皆さんへ甘いお届け物で~す。キャンディをどうぞ~」
女性スタッフがオライオンと、その頭上にいるフェンにラッピングされたキャンディーを渡す。フェンが歓喜!
「おぉぉ! なんと粋な計らいか!」
くんくん、とキャンディの匂いを嗅ぎ、ふっとフェンは目を伏せた。直後、ぐわっと目を開いてオライオンの肩から飛び降りる。
オライオン、そしてハルキとペルテテーに渡されたキャンディーをあっという間に強奪。
「これ我のもの~! ぜ~んぶ食べちゃうもんね~!」
最悪な言葉を放り投げ、よっつのキャンディをズボンのポッケに仕舞って再びオライオンの肩に乗る。
さすが甘味に目がない竜だ。蒸しパンを奢ったあとに、提供されたアメは全員分強奪する。暴虐さはここに来ても健在らしい。オライオンもペルテテーも苦笑していた。なに、アメ玉ひとつで怒る我々ではない。あとで殴ろう。ちょっと食べたかった。
緑髪の青年スタッフがにこやかにフェンを目で追っていた。
突如、フロントサイドライトがステージを瞬かせる。赤と白のライトが交互にステージを照らす。
曲が鳴る。あちこちのライトが動き始める。観客が声援を上げた。
どうやら始まるらしい。
舞台袖から現れた女性にスポットライトが集まる。金髪を左右で結び、綺麗にロールしている。黒のキャップを被り、赤いノースリーブのTシャツを着て、ジャケットに腕だけを通している。リズムに乗りながらスカートの裾を揺らし、右手に握ったマイクが口元にかざされる。唇には不敵な笑み。
「なんやなんや、ノリ悪いでみんな? もっとアガってこうでー!」
もはや爆発が起きたと身構えるほどの声援。そしてフェンがうるさい。
「ディアナ殿! 我はここじゃー!」
待て、ディアナは竜を認知しちゃいない。
「お、ちっこい子来てるや~ん。てかカンフー服って、あかん、もう始まるのに笑ってまう!」
……認知された。嘘だろ。
「認知されたあああ! 結婚しとくれディアナ殿!」
認知されて狂いやがった。
ディアナがウィンクして歌い始める。フェンが大げさに胸を押さえる。なにやら直撃したらしい。
そんなことはどうでもいい。いまは歌だ。本当に歌詞が分からない。ひとつひとつ分解すれば分かる言葉なのに、滑るように出される小気味いい韻、要所で入る擬音で、意味が洗い流される。そして残るのはずっと聴いていたいという感情だけ。耳が歌を欲している。
歌詞は読んだことだってある。表層はすごい歌詞。でも探ってみればさりげなく文学や現代科学の知識が盛り込まれている。なのに歌として成立している矛盾。
リズムが身体を湧き立たせる。思考したら負け。ここでは音楽がすべてを支配する。感じることこそが至高だ。
ペルテテーもステージをずっと見つめて小さく跳んでいる。全身で音楽を浴びている。
ここは言葉が敗北する場所。文法は解体され、言語は音の羅列となって音楽の波に吞まれていく。
ああ、もうやめだやめ。分析なんて無粋の極み。いまは聴いて、ただ酔いしれればいい。