相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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二章:楽園は我々一人ひとりの内にある 1

 ノートパソコンのキーボードを叩く音が部屋に響く。画面に表示されるのは、ウォッシングミュージックとそれに関する情報の羅列。

 

 ハルキは視線を上下させながら情報を摂取し続ける。単体では理解できないものを、点と点を繋げることで輪郭を暴いていく。

 

「ウォッシングミュージックはアルゴリズムダンス系列ってことは分かったけど、キャンディサーカスが分からない。同名のマフィアがあるけど、内容が全然マフィアじゃない。麻薬と繋がんないな……」

 

 扉がノックされる。ペルテテーだ。

 

「どうぞ」

 

 マグカップをふたつ持ったペルテテーが入ってくると、ハルキ用のマグカップを机の上に置いた。コーヒーの香りだ。

 

「ありがとう」

 

「熱心だね。調べもの?」

 

「ちょっと気になることがあってね」

 

「聞いちゃだめ?」

 

 ベッドに腰掛けたペルテテーの問いに、ハルキは黙考する。決断はすぐに出た。

 

「この前のライブでもらったもの、覚えてるかい?」

 

「うん? ああ、たしかキャンディを配ってたよね。フェンに取られちゃったけど」

 

 当時を思い出したのかペルテテーがくすくすと笑う。

 

「あれは麻薬だ」

 

「……は?」

 

「フェンが匂いで気づいた。だから回収したんだ」

 

「うそ……ってことは、あそこで配られてたのは全部麻薬……?」

 

「だろうね。ディアナの事務所はアルゴリズムダンスの系列レーベルだ。ユニオンでIT関連の序列一位だけど、さすがに麻薬とは結びつかない」

 

「ならマフィアの線が強いんじゃない? 芸能とマフィア、それに麻薬はよく繋がる」

 

「そこでキャンディサーカスが出てくる。西セクターを縄張りにしているマフィアの名前がライブハウスと同じだ。だけど、どれだけ情報を漁っても麻薬が出てこない。むしろ良い噂しかないね」

 

「情報統制されてる?」

 

「そこが問題。仮にアルゴリズムダンスが麻薬を扱うなら普通に撒く。わざわざライブハウスで麻薬の入口を作る必要性がない」

 

「麻薬でハイになった奴らにディアナの曲を聴かせる。そしたらディアナの曲が人気になるってとこ?」

 

「ちょっとリスクとリターンが割に合わないかな」

 

「第三者が流している? でもなんのためだろう」

 

「そう、そこで止まるんだよ。キャンディサーカスが手を染めてるなら分かりやすいんだ。麻薬の入口を作り、中毒者を増やしていく。あとは街中で売りさばけばいい」

 

 推理が止まる。ハルキは目頭を揉んで椅子の背もたれに寄り掛かった。

 

「とりあえず、いまはこれくらいにしとこうかな。完全に火の粉が降りかかったわけでもないからね」

 

 マグカップを持ってコーヒーの匂いを嗅ぐ。喫茶店より安価な香りだ。

 

「ん、そっか。じゃあ本題、いい?」

 

「うん、いいよ。どうしたの?」

 

 くるりと椅子を回転させ、ペルテテーへ身体を向けてハルキはコーヒーに口をつける。カップを両手で持った彼女がいつもの表情で言う。

 

「フェンがおかしいんだ」

 

「いつものことだね」

 

 ライブ後、フェンのスマホに本当にディアナから連絡があったらしい。あの童女はそれを誇らしげ、というよりは子どもの喜びそのものといった様子でたびたび報告していた。やりとりは毎日続いているようだ。

 

 うーん、とペルテテーが首を曲げる。

 

「昨日は夜中踊ってたんだよ」

 

「ああ……だからペルテテーは夜中に僕のとこに来たんだね」

 

「で、今日は朝から沈んでる」

 

「それはてっきり朝ごはんが野菜炒めだからかと思ったよ」

 

「んー、ごめん、沈んでる、というより悩んでる、かな」

 

 フェンが悩んでいる。電柱を壊し、アパートの住人を演技で騙し、アヴェスターを軽く屠るあの童女が悩んでいる。間違いなくディアナ絡みだろう。まさか当人に直接麻薬について問いただしたのか。あるいは、別のなにかか。なにより、今日は外でカンフーをしていない。これは異常だ。

 

 考えるより本人に問いただした方が早い。

 

「ちょっとフェンに確認してみるよ。ありがとう」

 

「ん、分かった」

 

 ハルキはフェンの部屋の扉をノックする。

 

「フェン? ちょっと話したいことがあるんだ、いいかい?」

 

 ゆっくり扉が開く。ハルキを見上げるフェンの表情は、少し強張っていた。

 

「おぉ、ぬしよ……どうした?」

 

「フェン? なにがあったんだい?」

 

「う、ぬぅ……実はぬしに相談があるのよ……いいかのぉ?」

 

「もちろんだ。相棒なんだ、どんな相談にだってのるとも」

 

 あのな、あのな、とフェンが胸の前で指同士をつつき合わせる。続けようとして止まって、また口が開く。ハルキはただ待った。

 

 やがて、フェンが悩みを告げた。

 

「明日、ディアナ殿とデートすることになっての」

 

「良かったじゃないか」

 

「おん、で、ディアナ殿がな、お兄さんも連れてきてって。我、ちっちゃいからのぉ、保護者が居た方がいいって」

 

「なるほど、確かにフェンの見た目は十二歳の子どもだ。ディアナの心配も分かる」

 

「だからのぉ、ハルキよ。明日、ついてきてくれなんだ?」

 

「もちろんだよ」

 

 フェンの表情がぱぁと太陽のように明るくなった。

 

「ほ、ほんとか! もう取り消せんぞ!」

 

「取り消さないから安心しなよ。もしかして、僕がついていくか不安で悩んでいたのかい?」

 

「最近忙しいそうだからの。ちょっと言い出せなんだ……」

 

 事務所設立の件でオライオンとリビングで唸っていたからだろう。どうやら、フェンも遠慮という言葉を覚えたらしい。良いことである。

 

「安心しなよ。明日はちゃんと付いていくから。デートなんだろう? フェンもおめかししないとね」

 

「おめかし! そうだ! 我、明日のための服を買ってくる!」

 

 部屋に戻ったフェンがスマホと財布を握りしめると、とたたたたと玄関へ走っていく。ぐこん、という異音を玄関の扉が発した。そろそろうちの入口が壊れるかもしれない。

 

「え、なに、いますごい音したんだけど?」

 

 ペルテテーがハルキの部屋から顔を出す。

 

「ああ、フェンが明日のディアナとのデートのために服を買いに行った音だよ」

 

「なんであの子は毎回玄関の出入りを普通にできないんだい……?」

 

「まあフェンなりに今回は悩んだみたいなんだ。ドアくらい……」

 

 ふと、気になって玄関ドアの交換費用を検索する。五十万とあった。

 

「いや、次は叱ろう。ドアは高い。交換はだめだ」

 

 ペルテテーも調べたのか顔を真っ青にしていた。

 

 ややあって、表情を戻したペルテテーが聞く。

 

「それで、悩みは明日のことだったんだね?」

 

「どうも保護者付きの方がいいと言われたみたいだね。僕が名指しされたらしい」

 

「ハルキも行くの?」

 

「うん、さすがに憧れの相手と一緒になったフェンがやらかさないよう見張らないといけないからね」

 

「ん、そっか……」

 

 ペルテテーが少し目を伏せる。

 

「ペルテテー、僕は君だけを視てるから」

 

 息を呑んだペルテテーが顔を逸らす。

 

「……バカ」

 

 

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