相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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二章:楽園は我々一人ひとりの内にある 3

 ――同刻。東セクター駅前。今日の昼間の陽射しは少し強い。日向に長い時間いれば汗ばんでしまうほどの暖かさだ。

 

 ディアナとの待ち合わせ場所だという駅前で、ハルキは熱の吐息を吐き出す。隣のフェンは緊張のあまり、かちんこちんに固まっていた。

 

 朝からるんるんで作ったかいがあったか、可愛らしいお団子頭。服装はまさかの赤いカンフー服。おめかしの答えがカンフー服の色違いである。この竜のカンフーへのこだわりはデート衣装ですら変わらないらしい。

 

「フェン、とりあえずひとつ聞きたい」

 

「な、なんぞ? 我、いま、緊張してて、身体がうまく、動かなんだ……」

 

「なんで赤いカンフー服なの?」

 

 言った瞬間、フェンがぐわっと目を剥いた。

 

「ディアナ殿のイメージカラーが赤なのだ! これはディアナ殿へ捧げる愛の形、ファンからの熱いメッセージよ!」

 

 急に語りだした。ちょっとよく分からない。

 

「ちなみに、その熱いメッセージっていうのは?」

 

「ディアナ殿が一番だということよ!」

 

 サインが入ったパステルグリーンのカンフー服は、フェンの部屋で飾られている。だが、まったく同じ色、同じ服があと五着はあるのだ。この竜のこだわりは常軌を逸している。

 

「お、フェンちゃ~ん」

 

 駅から、ではなくロータリー側から女性の声が届く。フェンが素早くふり向き、一瞬でだらしない顔になった。

 

「おぉ、ディアナ殿!」

 

 遅れてハルキも背後を向いたときには、駆け寄ったディアナがフェンを持ち上げていた。

 

「いやぁ、もう可愛いわぁ。今日の赤いカンフー服、めっちゃ似合ってるで! もしかして私のカラー?」

 

「然り、ディアナ殿の色のカンフー服で着飾ったのだ」

 

「わぁ、嬉しいわぁ、もうハグしちゃう!」

 

 下したフェンをディアナが嬉しそうに抱きしめる。竜がきゃっきゃと喜んでいた。

 

 ハルキはふたりのやり取りを保護者の立場で眺めていた。とても微笑ましい。片方が童女の姿をした竜で、もう片方が有名女性ラッパーでなければもっと微笑ましい。バッグに忍ばせた胃薬が足りることを祈ろう。

 

 今日のディアナは髪を下ろしていた。白と黒が幾何学的に混じるワンピースの上に赤いジャケットを着ている。とても綺麗だが、それよりもオーラが凄い。視線を引き付ける謎の引力が発生しているとしか思えないくらい輝いて見える。

 

 これが有名人というものか。

 

 ひとり感心しているハルキにディアナが視線を投げる。

 

「お兄さんも来てくれてありがとぉな? お兄さんもキマっとるで~」

 

「こちらこそ、フェンに付き合ってくれてありがとう。なに、君の魅力には負けるよ」

 

「いややわ~お兄さんおだて上手。そういえばお兄さんお名前聞いとらんかったわぁ」

 

「ああ、失礼。僕はハルキだ」

 

「いい名前やねぇ。極東の名前やろ? おしゃれやわぁ」

 

 これはさすがというべきか。名前のルーツを瞬時に当てるのは、相当な知識が地盤にあるのだろう。ラッパーの名は伊達ではない。

 

 で、としゃがんだディアナがフェンへ視線を移す。

 

「フェンちゃんは風やろ~? 名は体を表すってほんまやねぇ」

 

「名前の意味まで認知されておる。我、幸せ!」

 

 フェンがディアナの言葉に撃ち抜かれていた。自分の胃より、この竜の意識が今日という日を持ちこたえられるのかが心配になってきた。

 

「さ、フェンちゃん手ぇつなごか~デート開始や!」

 

 ディアナがフェンの小さな手を握る。ハルキはさりげなく二人の後ろに下がる。

 

 ところで、女性ふたりで遊ぶことをデートと呼ぶのだろうか?

 

 デートの定義がいまいち分かっていない。ペルテテーのためにもこの方面の情報を集めたほうがいいだろう。

 

「フェンちゃん小腹すかへん? ここら辺デパートいっぱいあるさかい、寄ってみよか」

 

「我、我、クレープ食べたい! デートで定番なすぃぃつだとネットに書いておった!」

 

 ほぉ、そうなのか。それは知らなかった。頭の中にメモしておこう。

 

「お、ええなぁ。ハルキくんもええ?」

 

 ディアナが振り返る。遅れてついてくる金髪が陽光で飴のように輝く。

 

「もちろん。僕のことは気にしなくていい。ぜひフェンと楽しんでほしいな」

 

「後ろからじゃうちの下着は見えへんで~? ぴったり股下五センチや!」

 

 なに言ってんだこいつ。

 

 こほん、とハルキは咳ばらいをする。

 

「失礼、女性の後ろをついて歩くのは失礼だったかな」

 

 ぷっ、とディアナが腰を曲げて吹き出す。フェンは変わらず歌姫にメロメロのままだ。

 

「ごめんなぁ。そんな返しされたのは初めてや。フェンちゃん、ハルキくん紳士やねぇ~」

 

「む? ハルキは女性に免疫がないのだ。あまりからかってやらんでくれディアナ殿」

 

「そかそか、ふたりとも堪忍な~。でも横から見た方がええと思うで? その方がうちの胸見放題や」

 

 結構おっきいで~とディアナが笑う。

 

「それはとても魅力的な提案だ。でも、この往来で三人並ぶのは迷惑が掛かってしまう。いまはフェンを後ろから見守らせてほしいな」

 

 ディアナが止まる。大きな目をぱちくりする。

 

「あ、わ~恥ずかしい。なんやハルキくん、これじゃまるでうちが口説いてるみたいやないの」

 

「のう、ハルキよ。ディアナ殿はやらんぞ!」

 

 フェンのものでもないんだけどなぁ。

 

「さあ、ふたりとも進もうか。こんな場所で固まってちゃ迷惑になる」

 

「ごめんなぁ。もうあかんわ、顔熱くなってきた~。フェンちゃん、うちいま顔まっかやない?」

 

 フェンがとてとてと歩きながらディアナを見上げる。

 

「なに、ディアナ殿は赤が似合う。その顔もとってもきゅぅとよ!」

 

「もうフェンちゃんまで! あかん、うちこのふたりには敵いそうにない」

 

 よく分からないが、ディアナが敗北宣言を打ち立てた。ハルキとしては、これ以上似た話題を出されるとペルテテーの身体を想像してしまうから、追及されないのはとてもありがたい。

 

 ディアナとフェンの会話の応酬が始まる。ようやく安全地帯に戻れたと思えば、歌姫はハルキにも話題を振ってくる。なかなか保護者の役割に徹することができない。

 

 ディアナの案内でデパートに入る。以前ペルテテーと買い物に入ったものとは別の場所だ。東セクターの駅前は治安が良いからなのか、大型デパートが多い。

 

 生クリームの甘い香りが鼻先を撫でる。デパートの通路は客でいっぱいだ。親子連れもいれば、学生の群れ、男女のペアも見える。こんな中でも、やはり異彩を放つのは前方のふたり。

 

 当たり前だ。片や有名人オーラを放つ美人ラッパー。片や真っ赤なカンフー服の童女である。

 

 すっ、とディアナがサングラスを掛ける。変装のつもりだろうか。鏡を見てやり直してほしい。

 

「おぉ、さすがディアナ殿! サングラスも似合っておるぞ!」

 

「あ、フェンちゃんしぃー! バレてまう!」

 

 時すでに遅し。というより、サングラスを掛けたせいでバレたことに気づいていないのかこの歌姫は。

 

 衆目が集まる。

 

「あ、ディアナだ!」

 

 どこからか響く絶望の鐘。群衆が口々にディアナの存在を口にする。大量のスマホが歌姫に向けられる。

 

「あ、わわ、あかん、やってもうたー!」

 

 さて、どうしたものか。ハルキは視線を巡らせる。敵勢存在は無数。伸びる魔の手もまた無数。退路は背後のみ。フェンを見る。童女は何が起きたのか分かっておらず、ディアナを見て完全にとろけきっている。あてにならないと判断。

 

 適当にマネージャーの真似でもして撤退するか。

 

 ハルキが一歩前に出た瞬間、ディアナに腕を思い切り掴まれて身体を寄せられる。突然の味方の異常行動に思考が乱される。

 

「う、うちいまデート中やねん! みんな、ちょっといまは堪忍な~!」

 

 こいつ、芸能人が一番出しちゃいけないカードを切りやがった。

 

 フラッシュの連続。店内が騒然とする。ハルキの戦術が一気に崩された。すぐさま立て直しを開始。野次がうるさい。

 

 フェンの腕を掴み、即座に背後へ転身する。ディアナの身体の柔らかさで脳内に刺激が走る。無視。

 

 走るよ、と二人に聞こえるように言って、ハルキはこの場から逃走をはかる。

 

 

 

 

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