相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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二章:楽園は我々一人ひとりの内にある 8

「我、部屋にサンドバッグを置きたい!」

 

 引っ越しの話を聞いたフェンの第一声がそれだ。サンドバッグが部屋を舞い、壁を壊す未来しか見えない。これが逃れられない運命だというのなら、フェンの部屋は頑丈にしよう。

 

「ちなみに、他に要望はあるかい?」

 

「ない! サンドバッグがあれば我の悩みはすべて解決よ!」

 

 カンフーが部屋でできればなんでもいい、そういうことだろう。ハルキはフェンの解釈を諦めた。

 

「ペルテテー、君は?」

 

「特にないよ。住める場所があればなんでもいいって」

 

「じゃあ君が安らげる部屋にしよう」

 

「ん、ありがと」

 

 ペルテテーの庶民感覚は変わらない。

 

「オライオンはなにか要望あるかい?」

 

「リビングは広い方がいいだろ。人が来たときに狭いとなにかと困るからな」

 

「それはそうだ」

 

「あとはゲストルームだったか? ディアナ専用になりそうだから、それは今度に回そう」

 

 時間になったディアナは仕事へ向かってしまった。資金も出してくれるようだし、彼女の要望は可能な限り叶えたい。

 

「で、セクターはどこにするんだ?」

 

「もちろん東さ。ここが一番治安がいい」

 

「予算は?」

 

「足が出なければいいさ」

 

「調度品も用意しなきゃな。なにかイメージとかはあるのか?」

 

 ふむ、とハルキは思案する。明確な場所としての考えはない。ただ、ひとつだけあった。

 

「全員が笑える場所がいい」

 

 オライオンが口元を緩める。

 

「そうだな、それがハルキらしい。なら5LDKを基準にして探してみるか。期限はどうする?」

 

「ゆっくり決めよう。急ぐ必要もないからね。奈落に潜って、事務所設立の書類作って、のんびりして、そうやって決めていこう」

 

「そうだな。次潜る小奈落の候補も決めないとな。書類ばっかと向き合ってたら身体が鈍る」

 

 お、とオライオンが何か思い出したのかスマホを取り出す。猛烈に嫌な予感がした。

 

「今日諸々の金が入ったんだ。全員にいま送金するわ」

 

「待ってくれ! 心の準備をさせてくれ!」

 

「あん? 五体分の賞金額と高純度マナ結晶の売り上げだぞ? まえ喫茶店で話しただろ」

 

 ん、とペルテテーが突然肩をぴくつかせた。

 

「あれ……五億って、あれだよね、フェンの鱗の売却益だよね?」

 

「おう、正確には十億でハルキとフェンで五億ずつだが」

 

「待って! ノーヴェンバーの時が、確か賞金額が千五百万で、マナ結晶は六千万だっけ?」

 

「いや、マナ結晶は七千万だ」

 

 そのとき、ペルテテーの時計が止まった。

 

「おい、まさかペルテテーもか……? まだ送金すらしてないぞ?」

 

「お、なんぞ? 金が入るのか? 我、今度はわっふるが食べたいのぉ」

 

 フェンだけが金額の桁を想像できていない。いや、その方が幸せだろう。額を見ればどうせまたカンフーに逃げる。

 

「めんどくさいな、もう送るぞ。……はい送ったー。もう俺は知らん」

 

 にこにこ笑顔のフェンがスマホで口座残高を見る。すぐに目がうつろになった。

 

「のう、ハルキよ。我の残高、またおかしくなっとる。ゼロがな、いっぱいあるのだ。夢かのぉ」

 

「フェン、ワッフルが買える。ゲーセンにだって行ける。ディアナとデートにも行ける。それで十分じゃないか。でも電柱は壊さないで。あと玄関も」

 

 こくり、と首肯したフェンが立ち上がる。ふらふらとリビングから出ていき、音もなく外へ行った。たぶん、カンフーをしにいったのだろう。何も壊さないことをいまは祈りたい。

 

 んぐっ、と今度は隣でペルテテーが異音を発する。スマホを見つめる紅い目が開かれ、がくがくと震えていた。

 

「い、い、一億超え、超えてる……」

 

「ああ、ルミナスレイの賞金額もそうだが、マナ結晶が結構高く売れてな」

 

 いつの間にかキッチンでコーヒーを淹れているオライオンが振り向きもせず答えた。

 

「あの、ハルキ、これ、ど、どうすればいい?」

 

「仕送りすればいいんじゃないかな」

 

「そ、そうだよね。そう、仕送り。里のみんなに……」

 

 ペルテテーがケイオス市に来たのは、鬼種の里を復興させるための金稼ぎだ。生活費はこちらで用意できるし、可能な限り目的に使用してほしい。

 

 ことん、と目の前にマグカップが置かれる。オライオンだ。

 

「ほれ、お前らこれ飲んで落ち着け。別に金は逃げんからな」

 

 さすが元御曹司、この桁の金額では動揺すらしていない。

 

 ふと、いいことを思いついた。

 

「ペルテテー、せっかくだ。僕のお金も里に――」

 

「それは駄目」

 

 ペルテテーが淡く微笑む。

 

「それはハルキのお金。あなたがちゃんと使って。私の里は、私のお金でなんとかするから。でも、ありがとう。気持ちはすごく嬉しい」

 

「そっか。じゃあ二人でたくさん稼がないとね」

 

「……うん、ありがと」

 

 肩にペルテテーの額が乗る。そっと髪を撫でようと手を動かしたとき、オライオンと目が合った。

 

「……俺そろそろ出た方がいい?」

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