相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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三章:光は明るいほど、影は暗くなる 1

 気づけば落ちている。

 

 それが恋だと、ディアナは思っている。言葉にできない感情、文法から外れた行動、すべてが計算の埒外にある。

 

 恋はそういうものであると、ディアナは思っている。だが、自分事となれば話は別だ。ラッパーは言葉を武器にする。ならばすべて言葉で定義できる。文法が雄弁に感情を語ってくれる。

 

「私はラッパーや。言葉は武器や。脳につまったすべてを駆使して戦うのが私の職業や」

 

 東セクターのホテルの一室。ディアナは旅行バッグから取り出した服に着替える。鏡を見ながら化粧をし、女としての武器を整えていく。そっと胸に手を当てた。

 

「ただのデート。ちょっと影がある男前とデートするだけ。別に好意があるわけちゃう。ただ、ちょっとデートしたくなっただけや」

 

 ネックレスを掛け、腕輪を嵌める。

 

「別に好きちゃうで。男前なのは認める。うちを見ても好意をむき出しにしいひんし、下品な視線でみぃひん。まあ、及第点ってとこや」

 

 スカートの丈を気にする。短すぎるのは下品だ。長いものに履き替える。

 

「いうて、うち百戦錬磨やし? ころころともう男転がしまくりや。どれにしようかなって歌えるくらいやしな」

 

 はは、と笑って、すぐにうまく笑えていない事実に気づく。鏡の前の自分の笑みはどうにもぎこちない。頬がなぜか赤くなっている。別に頬紅はつけていない。

 

 もう一度笑ってみる。おかしい。もう一度。なんか引きつっている。もう一回。なぜか泣きそうだ。

 

「なんやなんや、うちどうしてん? たかがデートやで。この前したばっかりやん。一回の実践は何百の想像より増さる。つまりうちはデートの達人や」

 

 表情は後回しにする。鏡を見て肌色の面積を確認。相手はハルキに匹敵する難敵だ。下手な色気は逆効果。胸の谷間は隠れている。よし。スカートも膝下丈。よし。ノースリーブなのは、単純に暑がりだからよし。完璧だ。

 

「まって、なんでうち落とそうとしとるん?」

 

 あ、分かったで、とディアナは不敵に笑う。我ながら悪女の笑みだ。

 

「相手はクリスタルラインの御曹司やで。ごっつぅ資産持っとるはずや。まったくうちって奴は、資産目当てかいな。下品やなぁ。結局金かいな。世知辛い世の中やなぁ。ああ嫌や嫌や、つくづく自分の魅力が怖いわぁ。だって相手、元御曹司やで――」

 

 言葉がそこで切れた。

 

 とん、と膝から崩れ落ちる。口元に手が伸びる。

 

「あかん、ほんまか……いつから?」

 

 足を見る。笑えた。

 

「はは、震えとる。人前でライブするうちがデートひとつで震えるんか」

 

 ああ、とディアナが天井を仰ぐ。

 

「もうええ。認める。認めたるわ。うちは恋しとる。それで? だからなんねん」

 

 震える足で立ち上がる。ベッドの上に投げられたバッグを掴む。

 

「ええで。ここが女の勝負時や。覚悟せぇやオライオンくん。あんたの心をうちで染めたる。影もなにもかんも、全部剥いでうちだけを視させたるわ」

 

 勝負の開始は駅前。いまの自分ならハルキでも落とせる。一気に自信を燃やしたディアナはホテルを出る。

 

 そして駅前で待つオライオンの姿を見て、その場でしゃがみこんだ。

 

「え、ちょ、ま……あれ男前すぎひん? ぎょうさん女おるやん。全員オライオンくん見とるやん。え、うちいまからあれと戦うん?」

 

 別に戦う必要はない。なにせデートだ。会って話してきゃっきゃうふふとすればいい。それだけだ。

 

 いやなんだ、きゃっきゃうふふって。落とすためのデートだ。スマートに、大人の雰囲気で、なんかこう良い感じに行く必要がある。

 

「……ディアナ、なにやってんだ?」

 

「はいディアナですぅ!」

 

「お、おう。知ってる。あとでかい声で名乗るな。バレるから」

 

「はいぃ!」

 

「え、この人大丈夫なの?」

 

 オライオンが困った顔で頬をかいている。

 

「まさかとは思うが、緊張してるのか?」

 

「い、嫌やわぁ~。ただの発声練習や。こう、たまにやりたくなるときあってなぁ」

 

「いや、んな訳あるかよ」

 

 残念そうな目で見るオライオンの視線が痛い。痛すぎる。

 

「……ちゃうねん」

 

「一応もしかして、っていう形で聞くが。俺に惚れたのか?」

 

 ぷすん、と頭の中で燃え尽きた音が聞こえた。

 

「……悪い?」

 

「なんでそんな反抗的なんだよ」

 

 がばっと立ち上がる。完全に思考回路が飛んでいた。

 

「ああそうや、あんたのこと好きやけど? ええ好きになりましたけどなにか?」

 

「こいつ開き直ってやがる……」

 

 はっ、とディアナは鼻で笑った。

 

「語彙が貧相やな。もっとあるやろ? 嬉しいとか、ありがとうとか、俺も好きだとか、付き合おうだとか、結婚しようとか、一緒の墓に入ろうとか」

 

「え、なに? 俺いまMCバトルふっかけられてんの? しかも韻の踏み方が雑。さらに内容が全部すっげー告白なんだが?」

 

 はぁ、とオライオンが顔を覆う。

 

「とりあえず、こっちこい」

 

 ディアナは腕を掴まれ、そのまま街路を歩き出す。

 

「ちょ、なんや返事くらいせんかい!」

 

「場所考えろ場所! ちゃんと返してやるからちょっと黙ってろ!」

 

「うちラッパーやで! 黙れるわけないやろ!」

 

 暴れるディアナの腕が思いっきり引っ張られる。すぐ眼前にはオライオンの顔があった。顎に指が添えられる。ぷすん、とまた頭が燃え尽きた。

 

「なら物理的に黙らすぞ?」

 

「……黙りますぅ」

 

 

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