相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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三章:光は明るいほど、影は暗くなる 5

 東セクターの駅前には商業施設の近代的なビルが多い。その中でも東の古代皇国様式の白い建物は異質だ。あまり広くはない土地を贅沢に使用した三階建ての洋館。

 

 一見すればどこかの大使館にも見えるが、その実態は最高級の名を欲しいままにしているレストランだ。予約は一年先まで埋まっており、利用する客の大半がこの街の有力者か、遠方から旅行に来る金持ち。

 

 つまり、この場所に来たとことんハルキは浮いていた。とはいえ、下調べは済ませていた。場所などどうでもいい。交渉のテーブルマナーなど元から知らないのだ。

 

 入口に足を向ければ、ドアマンがプロの笑顔で出迎えてくれる。偉くなった気がして気分が良い。

 

「ハルキ様ですね?」

 

「ええ、エガリゼさんは既に?」

 

「中でお待ちに。ご案内します」

 

 重厚な扉が開かれる。中にいたスタッフが一礼し、ハルキを案内する。視線を巡らせるが、とにかく高い店ということしか分からなかった。いつかペルテテーと来れたらいいなと思う。彼女の反応が楽しみだ。

 

 スタッフが案内したのは個室だ。表立った場所で話せる内容ではないから、こちらとしてもありがたい。

 

 ドアが開き、人が十人は入れるであろう個室へ入る。スタッフに椅子を引かれ、ハルキは楽しい気分で座る。

 

 テーブルの対面には、金髪のネズミの亜人が座っていた。紺色に白のストライプが入った高そうな背広。胸ポケットには白のスカーフ。相変わらずマフィアの癖にキザである。

 

「待たせたかな?」

 

「いえ、時間通りですよ。ここはいかがですか? 私とハルキさんの記念すべき食事会に相応しい場所かと自負しております」

 

「とてもいい。こういう場所には縁が無くてね。一度来たいとは思っていたんだ。僕もタキシードで来ればよかったかな? 似合わないけどね」

 

「あなたは普段の恰好でこそ真価を発揮する。私はそう感じていますよ」

 

「嬉しいね。僕も自分は日常でこそ輝くと思ってるんだ」

 

「素晴らしい。あなたは身の丈を知っている。欲で無謀に手を伸ばさない。あなたのその美徳は私には眩しいですよ」

 

「僕は結構庶民派なんだ。どうも金銭的なものに欲求を持てないみたいでね」

 

 くつくつとエガリゼが笑う。

 

「ああ、あなたとの会話はとても面白い。このままでは食事を放り投げてずっと続けてしまいそうだ。でも折角の場所です、まずはもうすぐ来る料理を堪能しましょう」

 

「もちろんだ。高級な料理で僕の舌がびっくりしないことを祈るよ」

 

 扉が開く。スタッフが料理を運んでくる。前菜だろう。見ても何なのか分からない。たぶん美味しいのだろう。

 

「さあ、食べましょう。記念すべき食事会の始まりです」

 

「そうだね。あ、テーブルマナーは期待しないでね。今日こっそり調べたけど覚えられなかったんだ」

 

「もちろんですとも。我々の間にかしこまったマナーなど必要ありません」

 

「気遣いで心臓が震えそうだ。さて、どんな味がするのか楽しみだ」

 

 とりあえずフォークで白い謎の物体を刺して口に運ぶ。魚の味だ。だが、ペルテテーの料理には半歩劣る。どうやら高級な味というものは、食べても理解できないらしい。彼女との食事は別の場所にしよう。

 

「探索者というものは凄まじいですね。一か月で五体もの特別個体を討伐した。界隈ではあなた方を知らぬものはいません」

 

「おや、僕は匿名で行動しているんだ。名前を出しているのはオライオン、アッシュ・クリスタルラインだけだよ」

 

「クリスタルラインの嫡男と一緒に活動なさっているのでしょう? ペルテテー殿、そしてもうひとりは以前交渉の場でいたお方ですね」

 

「よく覚えているね。もしかして僕らのファンだったりするのかな?」

 

「もちろん。この街で一番のファンだと自負しております」

 

「それは嬉しいな。グッズ展開したら売れるかもしれない。T3の新しい事業にどうかな?」

 

「それはいい。IP制作が得意なアルゴリズムダンス系列との仕事が叶いそうです。ぜひ映画にご出演をしてみませんか?」

 

「それは売り上げが落ちてユニオン序列一位の顔に泥を塗りそうだ。やめておくよ」

 

「そうですか、残念です。ですが、ディアナさんなら出演されるかもしれません。なにせあの美貌でラッパーです。きっと映えるでしょう」

 

「ははは、もしかしてあの動画、見ちゃった?」

 

「びっくりしましたよ。SNSを見れば、あなたがディアナさんとデートしている動画が流れてきたのですから」

 

 料理が入れ替わる。スープだ。味は、可もなく不可もなくといったところか。

 

「彼女は自分の影響力を自覚したほうがいいね。きっとマネージャーは苦労しているだろうね」

 

「それがあのお方の魅力なのでしょう。私も彼女のラップをよく聴きますよ。実に耳が心地いい」

 

「しかもマフィアの娘だ。あの子はちょっと属性を盛りすぎてるね。どの方面でも活動していけそうだ」

 

「キャンディサーカスですね。あれをマフィアと呼ぶのはちょっと気が引けますが」

 

「面白いよね。彼女のお父さんとも会ったことがあるんだ。あれでマフィアを名乗るのはちょっと無理がある」

 

 エガリゼの微笑みが深くなる。

 

 肉料理がやってくる。これがメインという奴なのか。とりあえず、もう少し大きくしてほしい。

 

「たどり着きましたか、ハルキさんも」

 

「おや、てっきりT3かと思ってたんだけど、違うのかな?」

 

「まさか。私の管轄ではありませんので、詳しくは。ですが、耳には入ってきますね」

 

「やっぱりこういった商品は同業が詳しいんだね。危く配られたキャンディを口にしかけたよ。さりげなく仕込まれるのは困ったものだ」

 

「アレのやり方は看過できない、というのが担当幹部の見解のようです。商品の中身がアレの時点で私としては看過できないのですがね」

 

 エガリゼが困ったように微笑む。

 

「エガリゼさんはキャンディが嫌いかな?」

 

「ええ、キャンディは人の価値を貶める。ハルキさんが口にしていなくて心底安心しました」

 

「ひとついい考えがあるんだ」

 

「お聞きしましょう」

 

「キャンディ、取り上げちゃわない?」

 

 エガリゼの微笑みは変わらない。肉の味がしない。

 

「担当幹部への手土産にはできそうですね」

 

「エガリゼさん、事業は順調かな? 本当に?」

 

「ええもちろん。私の事業手腕はそれほど悪くないのですよ」

 

「トライブリッジを潰したのにかい?」

 

 困りましたね、とエガリゼが微笑む。

 

「私の事業はトライブリッジだけではありませんよ。他にも複数走らせています」

 

「もちろん。だけどルヴェインとの繋がりが切れた。さすがに痛いんじゃないかと思ってね。差し出がましいかと思うけど、協力をしたいと思ったんだ」

 

 エガリゼが綺麗な顎に指を添える。

 

「具体的に、なにをしていただけるのでしょう?」

 

「一回だけ、ハッキングをしてあげよう。エガリゼさんのためだけに」

 

 エガリゼが表情を消した。

 

 短い沈黙。

 

 やがて、ネズミの男が笑みを深くした。

 

「すばらしい。T3情報室すら凌駕するウィザード級のハッキングを一回。これは万金にも値します」

 

「ではお楽しみの交渉と行こうか。こちらは先に言った通り一回のハッキングを。エガリゼさんは、キャンディサーカスについての情報を提供してほしい。どうかな?」

 

「出せ得る限りの情報をお渡ししましょう。ハルキさん、私の信条をお伝えしても?」

 

「もちろんだ。エガリゼさんのような方の信条は是非聞きたい」

 

「均等化です。価値を交換するとき、天秤の両端は必ずつり合いが取れていなければならない。あなたの差し出した条件は、正直喉から手が出るほど欲しい。だからあらかじめ言っておきましょう。天秤のつり合いが取れる限り、私は誠実でいる」

 

「いいね。まるで正義の女神様みたいだ。僕にはとても真似できそうにないよ」

 

「あなたからいただく言葉はいつも私を楽しませてくださる。こんな有意義な食事は初めてです。さあ、盤面に札は置かれました。楽しい会話を続けましょう」

 

 料理が変わる。デザートだ。あの肉、味覚があるときにもう一回食べてみたかった。

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