相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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四章:間違うことは人間的だ 3

 キャンディサーカスで働くナーガの表情は普段通りだったが、心中はあまり穏やかではなかった。ちらちらと裏口を見てはほっとする姿をスタッフに見られ、クスクスと笑われるほどだった。

 

「どうしたんですかナーガさん、疲れたなら今日はお休みになった方がいいんじゃないですか?」

 

「そんな訳にもいかへんわぁ。ナンダのおっちゃんと話あるねん。はぁ、はよ来んかなぁ」

 

 噓だ。

 

「相変わらず苦労しますね」

 

「ほんまやわぁ。わい、もっと穏やかに働きたいわぁ」

 

 背を丸めて、ナーガはふらふらと廊下を歩く。身体は疲労など蓄積していない。ただ、心が摩耗していた。

 

 スマホが振動する。一瞬、頬が引きつった。奥歯をがりっと噛んで電話にでる。

 

「はいぃナーガですぅ」

 

「ナンダだ! ディアナが、キャンディを食べたら急に……!」

 

 悪寒がした。

 

「はぁ? な、なんで?」

 

「いますぐうちに来てくれナーガ! 俺じゃどうすればいいか分からん!」

 

「分かりました、すぐに行きますわ」

 

 電話を着る。世界がぐるりと回った気がした。ナーガはロッカーから魔杖曲剣を取り出すと、そのまま廊下を抜けて裏口から外へ出る。

 

 全力でナンダの家へ向かう。景色は視界の端に消えていく。頭ではどうすればいいか考えているはずなのに、意識に空白が混じっていた。

 

 ナンダの邸宅に着き、玄関を叩き開けて中へ入る。リビングの光景を見て、泣きそうになった。

 

 倒れたディアナをナンダが抱え、必死になって呼びかけている。

 

 嫌な、光景だった。

 

「な、ナーガぁ!」

 

 ナンダの縋る声が、心を引き絞った。すぐに二人の元へ駆け寄って膝を付き、だがどうすればいいのか分からない。対処法など知らない。ナーガに薬品の知識はない。あるのは戦闘技術のみ。心労が頂点に達しようとしていた。

 

 側面から気配。分かっている。動けなかった。

 

 衝撃音。魔杖曲剣《廻る月桂樹》が宙を舞った。ナーガはただそれをぼうっと眺めていた。落ちる曲剣を童女が掴む。見覚えがあった。以前のライブで友人たちのキャンディをすべて掻っ攫っていった童女だ。

 

 童女の目には哀れみがあった。

 

「ぬしよ、疲れておるのか?」

 

「そかぁ。そうかもなぁ。君がおるってことは、ディアナはん、無事なんやなぁ」

 

 ディアナがナーガを見ていた。ナンダは娘の前に立っていた。童女がいる。いつの間にか、鬼の女、そして銀髪の青年がいる。囲まれていた。罠だ。

 

 愚かの極み。愚の骨頂。武器を取られたくらいでこの程度の包囲、紙屑にも劣る。

 

 銀髪の青年――ハルキが一歩前に出た。

 

「やあ、ナーガさん。初めまして。僕はハルキだ。どうかな、驚いてくれたかな?」

 

「ほんま趣味わるいわぁ。正直ドン引きやでぇ? 普通マフィアにこないなことするぅ?」

 

「穏やかに話し合いをしたかったんだ。やり方が悪かったのは認めるよ」

 

「いやぁ、別に構わへんよ。よぅよぅ考えたら、わいも奇襲ばっかしとったからなぁ」

 

「ペルテテーが言ってたよ。強かったって」

 

「おおきに。彼女を仕留めきれん時点で終わっとったなぁ。腕、鈍ったんかなぁ」

 

「家の奇襲時の動き、景久さんを彷彿とさせたよ。やっぱりどこかの用心棒だったりするのかな?」

 

「参ったなぁ。あの方と一緒にされたらたまらんよ。でもまぁ、色つけよか。もう分かってるんやろぉ?」

 

「ヤマ勘で白虎製薬かな?」

 

「どんぴしゃやぁ。といっても、薬関連でユニオン序列一位言うたらそこしかあらへんしなぁ。景品はないでぇ?」

 

 くすくす、とハルキが笑う。穏やかな青年の笑みだ。いつか、ナーガが忘れてしまったものだ。

 

「ナーガさんのお仕事、当ててみようか?」

 

「えぇで、当ててみぃ?」

 

「新しい麻薬、いや、新しい幸運剤とでも言えばいいかな? その薬の治験。あなたはその監督役だ。違うかな?」

 

 もう、笑うしかなかった。

 

「せや、当たり。よう分かったなぁ?」

 

「ずっと麻薬だと思ってたんだけどね、SNSを見てて気づいたんだ。斡旋アカウントがない。大なり小なり、そういうものが出てくるはずなんだけどね。それがなかった」

 

「普通それだけで気づくぅ?」

 

「じゃあ言い換えるよ。ヤマ勘だ」

 

 ぶっ、とナーガは吹き出す。勘でここまで推察できるはずがない。

 

「君のヤマ勘怖すぎるわぁ。わい、ちょっとちびりそうやわぁ」

 

「怖いついでにお願いしたいことがあるんだ。聞いてくれないかな?」

 

「えぇ? 聞くだけならタダやし、ええよぉ?」

 

「こっちに寝返らない?」

 

 ナーガは笑った。心の底から笑った。無謀を語る青年の言葉が心地よかった。

 

「あかん。ユニオン序列一位は伊達やないでぇ? 逃げたら消されてまうわぁ」

 

「そうかな? 実際のところ、別にナーガさんがここで撤退しても白虎製薬的には一切痛手がないと思うんだ。仮に裏切っても、白虎製薬が困るほどの情報は持っていない。違う?」

 

「……せやな」

 

「配っていたのは麻薬じゃなかった。新しい幸運剤的な、まあちょっと分からないけれど、とりあえず麻薬ではなかった。これは合ってるよね?」

 

「せやな。……そう、正式名称は多幸剤シングンヤオ。高揚感をもたらしながらも依存性のない素敵な薬やぁ。業界で革命起こるっちゅーて上の人らが騒いでるわぁ。麻薬撒いてるマフィアも困るんでないぃ?」

 

「なら、起きたことは無視しようか。お互いに。このままお口にチャックだ。どうかな?」

 

「ええでぇ。でも、次どうなるか、あんさんならもう分かっとるんやない?」

 

「ディアナのことだよね? 分かってる。アルゴリズムダンスへの嫌がらせだろう?」

 

 思わず眉を上げた。

 

「びっくりやぁ、そこまで分かっとるんかぁ」

 

「筋書きはこうかな? ディアナで集客、治験、経過観察。もし何かがあればディアナへ全責任を擦り付ける。結果として、アルゴリズムダンスに嫌がらせができる。ユニオンらしい一粒で二度おいしい戦略だね。反吐がでるよ」

 

「ほんまな。あいつら人やない。悪魔や」

 

「ねえナーガさん、あいつら、潰さない?」

 

 一瞬、青年が何を言っているのか理解しかねた。

 

「マジで言うとる?」

 

「わりと本気だよ。なにせうちには正義の味方がいるんだ。ルヴェインの件、知ってる?」

 

 ユニオン上層部の一部筋では有名な話だ。当然ナーガも耳にしたことがある。

 

 無言を肯定と受け取ったか、ハルキが話を続ける。

 

「うちの仲間のオライオン、ああ、アッシュね。彼がクリスタルラインの描いた筋書きに気づき、たったひとりで阻止しようと動いたんだ」

 

「……せやったな」

 

「まあ、結果はご覧の有様。だから僕たちは戦力が欲しい。優秀な人が欲しい。どうかな? 僕たちと手を組まないかい?」

 

「うわぁ、魅力的すぎて怖いくらいやぁ。でもハルキはん、ひとつ忘れとる。あんたは仲間の感情を置いてきてる。どないするつもりや」

 

「そうなんだ。だからここにみんなを集めた。僕だけじゃ決められない。オライオンは呼べないけど、もう今しかタイミングがない」

 

 ハルキが視線を巡らせる。最初に声をあげたのは童女だった。

 

「なに、ハルキの優しんぼは今に始まったことではない。我は賛成しよう。それにこの男、もう裏切るのに疲れておる」

 

 ペルテテーが両手を腰に当てた。

 

「ま、私も一度裏切った身だし、人のこと言えないんだよね。だから、裏切者同士仲良くやろっか」

 

 ナンダはずっとナーガを見ている。表情が変わらないことが、恐ろしかった。

 

「ナーガ」

 

「なんでっしゃろ、おっちゃん」

 

「すまんかった」

 

 ナンダが頭を下げた。

 

「全部俺がしっかりしてなかったのが悪かった。ちゃんと現場を見れなかったのが悪かった。苦労、いっぱい掛けたよなぁ。ずっと、つらかったよなぁ。気づかんくて、すまんかった」

 

 心が悲鳴を上げた。

 

「やめてや、おっちゃん。わい、あんたを切り捨てる準備しとったんやで。今日、それをするつもりやったんやで。なんでわいに謝るねん。怒れや。怒鳴れや。殴ってまえや、こんなクズ」

 

「いっぱい仕事やってもらった。みんなからの信頼も厚い。そんな男、どうして俺が怒れる? どうして恨める? ナーガ、本当にすまんかった」

 

 言葉で頭を殴られた思いだった。ナンダの言葉がナーガの心にひびを入れる。

 

「おっちゃん、ほんま人良すぎるわぁ。ほんまに……頭おかしなるわ。でも、ディアナはんは許さんやろ。一番幸せなタイミングだったはずや。あれは、嫌やった」

 

 こつこつ、とディアナが靴底を鳴らし、ナーガの眼前に立つ。表情は読めない。いや、恐ろしくて顔が見れなかった。

 

 ぱちん、と頬に衝撃が走った。それが平手であると気づいたときには、ディアナがにやりと笑っていた。この親子は、本当に似た者同士だ。

 

「さっき病院から連絡あってん。目ぇ覚めたって。だからこれで許したるわ。あと、あの日のことは黙っといてや? うちヤバかったやろ? あ、思い出さんでええ!」

 

 ――ああ、本当に笑える。これがこの親子だ。分かっていたから、悲劇を作るはずが喜劇になった。

 

「あの醜態は動画で撮っときたかったわぁ。あれはわいの一生の不覚やぁ」

 

「や、やっぱり見てたんやな⁉ ど、どこからや!」

 

「えぇ? それ聞くん? はいディアナですぅ! 辺りからやなぁ」

 

「ほとんど最初からやないか! まて、いまから頭殴る! そしたら記憶消えるやろ! なあ頭差し出しぃや!」

 

「ちょ、やめてやぁ! 頭は繊細やねん。暴力反対やぁ!」

 

「暗殺者が何言うとるんや! 乙女の秘密握りおって!」

 

「いやぁ、あれ完全に自爆しとりましたやん。叫んどりましたやん。めっちゃみんな見とったでぇ?」

 

「うそん!」

 

 ディアナが膝から崩れ落ちる。表情には軽い絶望があった。

 

「え、あれ見られとったん? あの場のみんなに?」

 

「たぶん聞かれとってたでぇ? SNSしばらく見ん方がええと思うよぉ? あとルカさんへ連絡しときぃ? はようせんと心労で胃に穴空くでぇ~あの人」

 

「なんでルカのこと知っとんねん! って今はどうでもええわ! すぐに連絡や」

 

 ぱたぱたとディアナが廊下へ走って電話を始める。その姿を見て、ナーガは少しだけ笑みを浮かべた。この日、暗殺者のナーガは死んだのだ。

 

 

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