相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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一章:命は羽のように軽い 1

 ――この街は度し難い。

 

 見渡す限り一面の白い霧。地平線が見えない荒野の真っただ中。魔杖弓を左に握った少女の前方には、仲間だったはずの探索者の男が三人。それぞれに魔杖短銃を構え、少女へ銃口を向けている。

 

 ――この街には正義がない。

 

 少女が魔力を集中させた右手を動かそうとした瞬間、銃声が鳴った。少女のブーツのすぐ横に弾痕が空いていた。人の奈落を覗いたような、黒い穴だった。

 

 ――この街には道理がない。

 

「ノアぁ、そろそろいいだろ? 腰のポーチにあるマナ結晶を寄越せ」

 

 右手に立つ男が背筋を舐めるような声で言った。名前は何だったか、もう思い出す必要もない。

 

「ふざけないでください! 仲間を裏切るのですか!」

 

 ノアが吐き出した言葉に、男たちが顔を見合わせて笑った。ひどく、非人間染みた下卑た笑いだった。

 

「おいおい、ここはケイオスシティだぜ? 裏切りなんざ日常。信じるほうが愚かだ。そんなこと、この街じゃ常識だろ?」

 

 ――この街には屑しかいない。

 

「誇り高き妖精(エルフ)にそんな常識はありません!」

 

 男たちが鼻で笑う。

 

「ナチュラルに他種族を見下してる連中が何言ってんだ」

 

 喉が壊れる。嗚咽だ。ノアにとって、それが何よりも許せなかった。きっと、同胞の誰よりも理解していたからだ。

 

 何も言わないノアを見て、男の一人が言った。

 

「もういいや、殺っちまおう」

 

 ――この街には慈悲などない。

 

 男たちの背後に黒い影が輪郭を描く。

 

「避けて! アヴェスターです!」

 

 思わずノアは叫ぶ。こんな有様でも人の命は尊い。

 

 中央の男の胸から鉱物が伸びる。赤が散る。大量の血を流した男は、一瞬で絶命していた。残りの二人が慌てて振り返る。霧の中から出てきたのは、体長二メートルを超える巨大な人型の白い鉱物。

 

 カテゴリー二に至ったアヴェスターだ。

 

 男たちが銃を乱射する。弾丸は表面の鉱物を少し抉っただけだ。圧倒的に火力がたりなかった。

 

 ノアは魔力の籠った右手で弦を引く。瞬時に形成された光の矢を、アヴェスターへ放った。空を切る一閃は、たしかに化物の胸を穿った。

 

 怪物は止まらない。腕を振り回して男の一人を薙ぎ払う。うめき声と吐瀉物を吐き出した男が弧を描いて霧の奥へと転がった。

 

 ノアはひたすらに弦を引いた。この浅い場所でカテゴリー二クラスが出るのは想定外だ。いまの自分たちではこの一体だけで殺される。

 

 アヴェスターの身体は穴だらけだ。だというのに、倒れない。核を壊さなければこの怪物は倒せない。核がどこかなど、ノアは知らない。この街は決して無知を見逃さない。必ず罠を置いて馬鹿が通るのを待っているのだ。

 

 半狂乱になった最後の男が、アヴェスターの振り下ろした手のひらで頭を潰された。血の噴水となった男の身体がゆっくりと崩れる。

 

 ――この街は、地獄だ。

 

 何十回と射た光の矢が、遂にアヴェスターの核を捉えた。鉱物の塊が地面にぼろぼろと音を立てて落ちる。鉱物はかすみとなって消え、残ったのはマナ結晶だけとなった。

 

 肩で息をしたノアは弦から右手を離し、周囲を見渡した。死体。死体。死体。

 

 ノアの膝が落ちる。

 

「神よ――助けを求める心の声は、きっとあなたに届いていたはずなのに。なぜこのような訪れを寄越すのですか」

 

 少女は涙を流していた。その存在を唱えている間は、きっとすべての存在が許される。

 

「神よ、それでもあなたを呼ぶ声は、きっと喪われたすべてに届くのです」

 

 ノアは立ち上がる。魔杖弓を左手に、倒したアヴェスターが落としたマナ結晶を右で拾ってポーチに仕舞い、のろのろと踵を返す。

 

 ほうぼうの体で奈落を抜け出し、霧の無い荒野に出る。東セクター側の探索者専用の町まであと一キロ。いまのノアにとっては長い道のりだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 町に戻ったノアはホテルに行きたかったが、その足でマナ結晶の換金所へ向かった。換金所の入り、人族の店主へ話しかけた。

 

「マナ結晶の換金をお願いします」

 

「……見せな」

 

 ぶっきらぼうな店主の前に、ポーチから取り出したマナ結晶を並べる。数は十個。一週間前のレートであれば七十万リルに程度はなる。店主が専用機でマナの純度を調べ、ぼやくように言った。

 

「……全部で五十万だな」

 

「レートが落ち過ぎではありませんか?」

 

「嫌なら他所へ行ってくれ」

 

 ノアは拳を握る。他の場所など知らない。レートだって所詮は記憶だ。合っているかどうかも定かではない。店内にはマナ結晶の相場表がない。要は、自分で調べて店主と取引しろということだ。知らなければ足元を見られて終わる。

 

 スマホを見るが、電源が落ちている。電池切れだ。古い中古の型だから電池持ちが悪い。充電したいがホテルに戻らなければならない。ここのホテルは一泊十万リルだ。法外な値段とはいえ、奈落近くの宿泊場はここしかない。

 

 知らないことは罪だ。

 

「五十万でお願いします」

 

「いま五万落ちた、四十五でなら買い取ろう」

 

 奥歯を食いしばる。もう、なにも考えたくはない。

 

「はい、お願いします」

 

「スマホを出せ」

 

「充電が切れているのです。現金でお願いします」

 

「なら三十万だ」

 

 涙が溢れそうなのを必死で止めた。喘ぐように答える。

 

「お願いします」

 

 めんどくさそうに出された現金を受け取り、ノアは換金所を出た。沈みゆく太陽が血の涙のように見えた。疲れていた、身も心も。それでも、家には帰りたくない。これこそが自身に与えられた神からの試練なのだと、信じてやまなかった。

 

 ホテルへ行き、延長料金を払う。昨日は十万だったのが、十五万になった。身なりが汚れていたからかもしれない。この町は徹底的に人の足元を見る。奪うことに一切の抵抗がない。

 

 部屋に入り、机の上で手持ちの資金を数えた。今日の利益は十五万だ。元々のお金と合わせて三十万リル。ここにいれば二日もすれば飛ぶ額だ。食料も高い。値札などないのだ。店主の匙加減でころころ変わる。いまの状態で行けば確実に吹っ掛けられる。

 

 お腹がすいた。裏切られ、化物に殺されかけ、人が目の前で殺され、騙されてもなお、人は食べ物を求める。心がどれだけ衰弱しようとそれは変わらない。

 

 ポケットから携行食を取り出す。パッケージを破いて口に入れた。ぱさぱさしていて美味しくない。それでも、少しは腹が満たせる。

 

 ようやくまともに動ける気がして、スマホを充電する。テレビをつけ、ニュースを漁った。ニュース以外の番組は見なくなった。意味がないから。

 

 キャスターが最近できたケイオス市初の奈落探索事務所の話をしていた。専門家らしき人物がそれを茶化していた。曰く、会社としての意味がない、と。

 

 現実を知らないエセ専門家に腹が立った。探索者は孤独だ。仲間を探そうにも、探す場所がない。会えたとしても、今日のように簡単に裏切られる。それが一回でも起きれば疑心暗鬼だ。奈落の中は法律がまともに機能していない。助けも来ない。皆自分の食い扶持を稼ぐことで精いっぱいだ。

 

 そして、街が稼いだすべてを取り上げていく。それが悪辣の街、ケイオスシティの裏の顔だ。どれだけ煌びやかに外装を取り繕おうが、一皮むけばこんなものだ。

 

 キャスターがオライオン奈落探索事務所が人員を募集していると告げている。ここに応募すればまともな生活が送れるのだろうか。ようやく電源が入ったスマホで検索する。SNSに事務所のアカウントがあった。DMで情報を送れば、選考してくれるらしい。

 

 ノアは祈るようにスマホを両手で掴んだ。

 

「神よ、祈る私へ示してくださった道は、きっと神意なのでしょう」 ――この街は度し難い。

 

 見渡す限り一面の白い霧。地平線が見えない荒野の真っただ中。魔杖弓を左に握った少女の前方には、仲間だったはずの探索者の男が三人。それぞれに魔杖短銃を構え、少女へ銃口を向けている。

 

 ――この街には正義がない。

 

 少女が魔力を集中させた右手を動かそうとした瞬間、銃声が鳴った。少女のブーツのすぐ横に弾痕が空いていた。人の奈落を覗いたような、黒い穴だった。

 

 ――この街には道理がない。

 

「ノアぁ、そろそろいいだろ? 腰のポーチにあるマナ結晶を寄越せ」

 

 右手に立つ男が背筋を舐めるような声で言った。名前は何だったか、もう思い出す必要もない。

 

「ふざけないでください! 仲間を裏切るのですか!」

 

 ノアが吐き出した言葉に、男たちが顔を見合わせて笑った。ひどく、非人間染みた下卑た笑いだった。

 

「おいおい、ここはケイオスシティだぜ? 裏切りなんざ日常。信じるほうが愚かだ。そんなこと、この街じゃ常識だろ?」

 

 ――この街には屑しかいない。

 

「誇り高き妖精(エルフ)にそんな常識はありません!」

 

 男たちが鼻で笑う。

 

「ナチュラルに他種族を見下してる連中が何言ってんだ」

 

 喉が壊れる。嗚咽だ。ノアにとって、それが何よりも許せなかった。きっと、同胞の誰よりも理解していたからだ。

 

 何も言わないノアを見て、男の一人が言った。

 

「もういいや、殺っちまおう」

 

 ――この街には慈悲などない。

 

 男たちの背後に黒い影が輪郭を描く。

 

「避けて! アヴェスターです!」

 

 思わずノアは叫ぶ。こんな有様でも人の命は尊い。

 

 中央の男の胸から鉱物が伸びる。赤が散る。大量の血を流した男は、一瞬で絶命していた。残りの二人が慌てて振り返る。霧の中から出てきたのは、体長二メートルを超える巨大な人型の白い鉱物。

 

 カテゴリー二に至ったアヴェスターだ。

 

 男たちが銃を乱射する。弾丸は表面の鉱物を少し抉っただけだ。圧倒的に火力がたりなかった。

 

 ノアは魔力の籠った右手で弦を引く。瞬時に形成された光の矢を、アヴェスターへ放った。空を切る一閃は、たしかに化物の胸を穿った。

 

 怪物は止まらない。腕を振り回して男の一人を薙ぎ払う。うめき声と吐瀉物を吐き出した男が弧を描いて霧の奥へと転がった。

 

 ノアはひたすらに弦を引いた。この浅い場所でカテゴリー二クラスが出るのは想定外だ。いまの自分たちではこの一体だけで殺される。

 

 アヴェスターの身体は穴だらけだ。だというのに、倒れない。核を壊さなければこの怪物は倒せない。核がどこかなど、ノアは知らない。この街は決して無知を見逃さない。必ず罠を置いて馬鹿が通るのを待っているのだ。

 

 半狂乱になった最後の男が、アヴェスターの振り下ろした手のひらで頭を潰された。血の噴水となった男の身体がゆっくりと崩れる。

 

 ――この街は、地獄だ。

 

 何十回と射た光の矢が、遂にアヴェスターの核を捉えた。鉱物の塊が地面にぼろぼろと音を立てて落ちる。鉱物はかすみとなって消え、残ったのはマナ結晶だけとなった。

 

 肩で息をしたノアは弦から右手を離し、周囲を見渡した。死体。死体。死体。

 

 ノアの膝が落ちる。

 

「神よ――助けを求める心の声は、きっとあなたに届いていたはずなのに。なぜこのような訪れを寄越すのですか」

 

 少女は涙を流していた。その存在を唱えている間は、きっとすべての存在が許される。

 

「神よ、それでもあなたを呼ぶ声は、きっと喪われたすべてに届くのです」

 

 ノアは立ち上がる。魔杖弓を左手に、倒したアヴェスターが落としたマナ結晶を右で拾ってポーチに仕舞い、のろのろと踵を返す。

 

 ほうぼうの体で奈落を抜け出し、霧の無い荒野に出る。東セクター側の探索者専用の町まであと一キロ。いまのノアにとっては長い道のりだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 町に戻ったノアはホテルに行きたかったが、その足でマナ結晶の換金所へ向かった。換金所の入り、人族の店主へ話しかけた。

 

「マナ結晶の換金をお願いします」

 

「……見せな」

 

 ぶっきらぼうな店主の前に、ポーチから取り出したマナ結晶を並べる。数は十個。一週間前のレートであれば七十万リルに程度はなる。店主が専用機でマナの純度を調べ、ぼやくように言った。

 

「……全部で五十万だな」

 

「レートが落ち過ぎではありませんか?」

 

「嫌なら他所へ行ってくれ」

 

 ノアは拳を握る。他の場所など知らない。レートだって所詮は記憶だ。合っているかどうかも定かではない。店内にはマナ結晶の相場表がない。要は、自分で調べて店主と取引しろということだ。知らなければ足元を見られて終わる。

 

 スマホを見るが、電源が落ちている。電池切れだ。古い中古の型だから電池持ちが悪い。充電したいがホテルに戻らなければならない。ここのホテルは一泊十万リルだ。法外な値段とはいえ、奈落近くの宿泊場はここしかない。

 

 知らないことは罪だ。

 

「五十万でお願いします」

 

「いま五万落ちた、四十五でなら買い取ろう」

 

 奥歯を食いしばる。もう、なにも考えたくはない。

 

「はい、お願いします」

 

「スマホを出せ」

 

「充電が切れているのです。現金でお願いします」

 

「なら三十万だ」

 

 涙が溢れそうなのを必死で止めた。喘ぐように答える。

 

「お願いします」

 

 めんどくさそうに出された現金を受け取り、ノアは換金所を出た。沈みゆく太陽が血の涙のように見えた。疲れていた、身も心も。それでも、家には帰りたくない。これこそが自身に与えられた神からの試練なのだと、信じてやまなかった。

 

 ホテルへ行き、延長料金を払う。昨日は十万だったのが、十五万になった。身なりが汚れていたからかもしれない。この町は徹底的に人の足元を見る。奪うことに一切の抵抗がない。

 

 部屋に入り、机の上で手持ちの資金を数えた。今日の利益は十五万だ。元々のお金と合わせて三十万リル。ここにいれば二日もすれば飛ぶ額だ。食料も高い。値札などないのだ。店主の匙加減でころころ変わる。いまの状態で行けば確実に吹っ掛けられる。

 

 お腹がすいた。裏切られ、化物に殺されかけ、人が目の前で殺され、騙されてもなお、人は食べ物を求める。心がどれだけ衰弱しようとそれは変わらない。

 

 ポケットから携行食を取り出す。パッケージを破いて口に入れた。ぱさぱさしていて美味しくない。それでも、少しは腹が満たせる。

 

 ようやくまともに動ける気がして、スマホを充電する。テレビをつけ、ニュースを漁った。ニュース以外の番組は見なくなった。意味がないから。

 

 キャスターが最近できたケイオス市初の奈落探索事務所の話をしていた。専門家らしき人物がそれを茶化していた。曰く、会社としての意味がない、と。

 

 現実を知らないエセ専門家に腹が立った。探索者は孤独だ。仲間を探そうにも、探す場所がない。会えたとしても、今日のように簡単に裏切られる。それが一回でも起きれば疑心暗鬼だ。奈落の中は法律がまともに機能していない。助けも来ない。皆自分の食い扶持を稼ぐことで精いっぱいだ。

 

 そして、街が稼いだすべてを取り上げていく。それが悪辣の街、ケイオスシティの裏の顔だ。どれだけ煌びやかに外装を取り繕おうが、一皮むけばこんなものだ。

 

 キャスターがオライオン奈落探索事務所が人員を募集していると告げている。ここに応募すればまともな生活が送れるのだろうか。ようやく電源が入ったスマホで検索する。SNSに事務所のアカウントがあった。DMで情報を送れば、選考してくれるらしい。

 

 ノアは祈るようにスマホを両手で掴んだ。

 

「神よ、祈る私へ示してくださった道は、きっと神意なのでしょう」

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