相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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一章:命は羽のように軽い 3

 朝の十時にカフェで面接。それがノアのDMに返って来た答えだった。どうやら最初の審査は通ったらしい。神の導きに感謝を捧げ、シャワーを浴びてその日はすぐに寝た。

 

 翌日、なんとか服装の汚れを落としてホテルを出た。本当は正装にしたかったが、持ち合わせがなかった。バスを乗り継いで目的のカフェ付近にたどり着く頃には、約束の時刻まであと少しといったところだった。

 

 道に並ぶ店の名前とスマホのマップを照らし合わせながら、ノアは足早に街路を進んでいく。道行く人がちらちらとこちらを見ていた。東セクターに妖精種はほとんどいないから仕方がない。

 

 木材ではなくコンクリートで作られた街はどこか人工的だ。

 

 前方でのんびりと歩く老婆が、スーツの男とぶつかる。老婆が地面に尻もちをつくが、男は何事もなかったかのように進んでいく。

 

 ノアの足は自然と老婆へ向かっていた。

 

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

 

「いやぁ、大丈夫さ。ご親切にどうもねぇ」

 

 老婆が顔を上げてノアを見た瞬間、表情が激変した。

 

「なんでここに妖精種がいるのさ! 触るんじゃないよ! バカにしてるつもりかい⁉」

 

 怒鳴った老婆にノアの手が払われる。心に亀裂が走る。同胞が犯してきた罪の結果がこれだ。返す言葉は見つからない。悪罵を投げつけた老婆が去る。ただ言われるがままに佇むことしかできない。

 

 しばらく呆然として、やがて約束の時間を過ぎていることに気づいた。頭が真っ白になった。焦って現在位置とスマホのマップを見比べて路地裏に入る。

 

 目的の喫茶店に入店したときには、三十分は過ぎていた。

 

 もう終わりだ、とノアは愕然とした。

 

 落ちかけた視界に影が浮かぶ。見上げると、精悍な顔立ちをした赤毛の男性が立っていた。SNSで見たことのある顔だ。オライオン奈落探索事務所の代表、アッシュ・クリスタルラインだった。

 

「よっ、無事にたどり着けたか。悪いな、いい店がここくらいしか思いつかなくてさ。まあ、とりあえずコーヒーでも飲んでってくれや。落ち着いたら会話しようぜ」

 

 ノアは感激のあまり深く頭を下げた。

 

「感謝します。三十分の遅刻、申し訳ありません。すべては私の過ちゆえです」

 

「時間にぴったりな奴なんてこの街じゃ珍しいぞ? 三十分とか許容範囲もいいとこだ。こちとら何時間遅れるか賭けてたくらいだからな。ああ、名乗るのが遅くなった。俺はアッシュ、といっても仲間内じゃオライオンで通ってるからそっちで呼んでくれ」

 

「はい、オライオンさん。私はノアです」

 

 オライオンに席に案内される。そこにはコーヒーを片手に読書をしている銀髪の青年がいた。男と女の中間のような顔立ちをした人物だった。ノアには彼が知的に見えた。

 

「おいハルキ、お前ブックカバーして中身隠すのは卑怯じゃないか? どうせ中身漫画だろ?」

 

「オライオン、第一印象は大事なんだ。どうして僕の思慮深い行動の意味が分からないかな?」

 

 ハルキと呼ばれた銀髪の青年がノアを見る。深海のような目が、ぴくっと動いた。

 

「やあ、もう呼ばれてしまったけど僕はハルキだ。どうぞ掛けて」

 

 言われたまま、ハルキの対面にノアは座る。既に注文をしていたのか、すぐに店員が来て目の前にコーヒーが置かれた。

 

「どうぞ、ここのコーヒーは格別なんだ」

 

 ハルキが暖かい微笑みで促す。ノアはそっとカップを掴んでコーヒーを飲んだ。苦い。

 

 その様をくすくすと笑ったハルキが、砂糖とミルクを差し出した。

 

「ごめんごめん、好みを聞いてから頼んだ方が良かったね」

 

「いえ、その……ブラックはまだあまり飲めなくて」

 

「いいさ。うちの仲間にもコーヒーが飲めない奴はいるからね」

 

 ハルキの視線がオライオンへ向いていた。

 

「待て、俺はブラックでも飲める。ただ、砂糖とミルクが入っていた方が美味いと思うんだ」

 

「見苦しい言い訳だね。彼女の素直さを見習った方がいい」

 

 こほん、と咳ばらいをしたオライオンが会話を無理やり区切った。

 

「さて、オライオン奈落探索事務所へ応募ありがとう。改めて、俺が代表のオライオン。で、こいつが副代表兼参謀役――」

 

「ただの従業員のハルキだ。よろしく」

 

「いや待て、肩書は正確にだな……?」

 

「了承した記憶がないね。ほら、面接だろう? テキパキやりなよ代表さん」

 

 くすくすとノアは笑う。どうやら悪い人ではないようだ。

 

「さて、じゃあ面接しますか。といっても軽く質問するくらいだ。気楽に相手してくれ」

 

「はい、わかりました」

 

「奈落でなにができる?」

 

「魔杖弓を使った光の魔法が使えます。主に中距離からの攻撃になります」

 

「まあ、遠距離だと霧で見えないもんなぁ。カテゴリー二を倒したって書いてあったが、経緯は?」

 

「昨日、浅瀬でアヴェスター狩りを行っていたところ、唐突にカテゴリー二が現れました。味方は全滅。私も無我夢中で魔法を撃っていただけです……」

 

「攻撃が外れた?」

 

「いえ、全部当たっています」

 

「……ああ、核の場所が分からなかったか」

 

「……はい」

 

「カテゴリー二に奇襲され、倒して生きて帰って来たなら、まあ初心者からは脱却だな」

 

 どうだ、とオライオンがハルキに聞く。ゆったりとコーヒーを飲んで聞いていた銀髪の彼は、ノアに目を向けた。

 

「魔法は単発? それとも同時展開は可能?」

 

「基本は単発です。同時展開は多少時間が掛かるので前衛がいないと難しいです」

 

「いいね。次の質問だ。光で矢を撃った。直撃した敵はどうなった?」

 

「穴が開きました」

 

「なるほど、威力の程は十二分。ただ、ちょっと運用がからいね」

 

「どういうことでしょう?」

 

「後衛に求められるのは的確な援護と、敵を殲滅する火力だ。魔法運用のやり方は直してもらう必要がありそうだ」

 

 胃がきりきりする。希望があるのかないのかが分からない。

 

 柔らかい笑みのままハルキが質問を続ける。

 

「ではもうひとつ、鬼種についてどう思っているかな?」

 

「同胞の愚行、申し訳なく感じております。人の命はみな尊いのです」

 

 ハルキが穏やかな表情のまま黙った。オライオンがひとつ頷く。

 

「じゃあ結果だ。ハルキ、いいよな?」

 

「いいとも。君の口から言ってあげなよ」

 

 それじゃ失礼して、とオライオンが咳払いする。

 

 心臓がバクバクと音を立てた。結果は想像もつかない。

 

「ノア、君をうちの事務所に迎え入れる。まあ、しばらくは研修の身ってとこだな。どうだい?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ノアは頭を下げる。こうして良い訪れに出会えたのはきっと神意だ。

 

「契約書は明日送るとして、自宅は?」

 

 オライオンの問いに頭を上げたノアはおずおずと答える。

 

「いまはホテル暮らしです……」

 

「まさかあの初心者にボりまくりのホテルか? あー、近場の部屋の契約でもするか。荷物はそれだけか?」

 

「はい、他はありません」

 

「あとは実地で実力が見たい。あー、ハルキ、どうする?」

 

 ハルキが呆れたように返す。

 

「フェンとナーガでいいんじゃないかい? 補助は君がいればいい」

 

「しれっと業務から逃げようとするなよ。まあ分かった。とりあえずこれで決まりだな」

 

 さて、とハルキが対応を続ける。

 

「なにか質問はあるかな?」

 

「あの、手持ちが心もとないので部屋の契約はちょっと……」

 

「ああ、こちらが出すから気にしないでいいよ」

 

「それはあまりにも……」

 

「言いたいことは分かるよ。話ができすぎている、だろう? 実はこっちも人手が微妙に足りていなくてね。早急に後衛が欲しかったんだ。だからこれは先行投資だよ」

 

 ハルキの困った表情に嘘は見受けられない。いや、ここに応募した時点で既に覚悟は決まっている。神意が導いたのなら、ノアはその道を歩くだけだ。

 

「お心遣い、深く感謝します」

 

「構わないよ。この街は取引で成り立ってる。まあ、その辺はオライオンに学ぶといいよ」

 

 そう言って、ハルキが伝票を持って立ち上がる。

 

「ハルキ?」

 

「オライオン、あとは頼んでいいかい? 少し用事があるんだ」

 

「了解、ペルテテーによろしく頼むよ」

 

「公私混同はしてないんだけどね。じゃあノア、オライオンに虐められたらすぐに連絡してよ。この脳筋を叩きつぶしに行くから」

 

 軽く手を振ったハルキが会計を済ませ、そのまま店を出た。オライオンがため息する。

 

「まだケーキ食べたいんだが……。ノアも食べるか? ここのは結構美味いぞ。もちろん俺が出すからさ」

 

 甘党であるノアは気づけば首を何度も縦に振っていた。

 

 

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