相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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一章:命は羽のように軽い 8

 ふわぁ、とノアは建物に入ってから、何度目かの感嘆の声を上げた。

 

 夕方まで奈落でアヴェスターを狩り続けたあと、車に乗せられるがまま、自宅兼事務所だというマンションに連れてこられた。その時の第一声がこれである。

 

 一階のロビーは広い。コンシェルジュもいる。エレベータの内装も綺麗だ。廊下はふかふかで足音が響かない。夢の国に迷い込んだ気分だった。

 

「まあ、これもハルキとフェンの賜物だよ。実際買ったのはハルキだけどな」

 

 ノアを見てひとつ笑ったオライオンが言った。師であるフェンは胸をそらし、気分が良さそうだ。

 

「さて、弟子に我らが城を御開帳といこう。ナーガよ、開けておくれ」

 

「はいはい。開けますよぉ」

 

 ナーガが恭しい動作で扉を開く。どうにも、この長身の方は師を完全に手懐けているらしい。

 

「さあ、入るがよい。なに、取って食ったりはせん」

 

 師に手を引かれて中に入る。ばん、とフェンが勢いよく扉を開く。

 

「我、帰還! お腹減った!」

 

 返事はない。電気も着いていない。どうやら留守のようだ。

 

「誰もいないのか? 電気もついてないし……っと、なにやってんだディアナ?」

 

 明かりが着くと、部屋の片隅に金髪ロールが転がっていた。ノアの頭上にはハテナしか浮かばない。オライオンが近づいていく。

 

「おいディアナ?」

 

 金髪ロール――ディアナと呼ばれた女性ががばっと顔を上げた。

 

「オライオンくん、うち、もうダメや~」

 

「ああ、意味がこれっぽっちも分からん。とりあえず涙ふけ、顔を整えろ、新人のノアが来たぞ」

 

 くいくい、と師に裾を掴まれる。

 

「ノアよ、手を洗うぞ。帰宅時に綺麗にしなくば、ペルテテーの雷が落ちる。あれは恐ろしい」

 

 師と一緒に洗面所へ向かう。フェンが端に置かれた足場を持ってきて、その上に乗った。ふたりで手を入念に洗う。

 

 傍若無人の師が怯えるペルテテーとはどういう人なのだろうか。タオルを手渡してきたフェンが、にやりと笑った。

 

「なに、そう怯えるでない。玄関は静かに入る。扉は静かに開閉する。さすれば怒られはしまい」

 

「師よ……先ほど盛大に開けていましたが……」

 

「……ペルテテーがいなくて良かったのぉ」

 

 奈落から出ると、やっぱり師の威厳はどこかに落ちてしまっていた。でもそこがいいところだとノアは思う。

 

 手を綺麗にし、師と一緒にリビングへ戻る。金髪ロールさんはいなくなっていた。ナーガが冷蔵庫から取り出した飲み物を入れている。

 

「あ、我、今日はブドウジュースが飲みたい!」

 

 とててて、と師がナーガに走る。その姿が可愛らしくてたまらない。

 

「はいはい、フェンはんはブドウジュースやなぁ」

 

 グラスを受け取った師が、腰に手を当てて中身を一気にあおった。

 

「ふぁー! 運動後のジュースは格別よのぉ!」

 

「ノアはんもどうやぁ? ジュースは色々揃ってるでぇ?」

 

 ナーガがにこにこと声を掛けてくる。

 

「では師と同じものでお願いします」

 

「我ももう一杯いただこう!」

 

 受け取ったグラスをちびちびと飲む。久しぶりのジュースだ。師は、今度はグラスを明かりにかざしながらくるくると回していた。

 

「良き色よ。三十年物とみた」

 

「それ、特売で買った一本百リルのジュースやでぇ?」

 

「ナーガよ。分かるかえ? マフィアごっこよ。いるだろう? たまにこんなことをしてる奴が」

 

「元マフィアになに言うとんねん……」

 

 マフィア? この物腰が柔らかく背を丸めた人が、マフィア?

 

「あ、ノアはん。マフィア言うてもあれや、ライブハウスのお仕事してただけやでぇ?」

 

「それは……普通のお仕事なのではないでしょうか?」

 

「まあ、この街やと色々あるっちゅーことやぁ。過去はあまり振り返らんほうがえぇでぇ」

 

「ええ、そうかもしれません……」

 

 ぺし、と師に裾を掴まれる。

 

「さて、ノアよ。我らが場所では古くからの流儀がある。とある遊戯で雌雄を決するというな。さあ、我と相まみえるがよい」

 

「フェンはん、それここに越してきてから決まったルールやないかぁ?」

 

「ナーガよ。これは神聖な儀式である。我はこの部屋では最弱であるが、今日、食物連鎖の底辺から抜け出せるかもしれぬのだ!」

 

「新人カモにする気かいなぁ。性格悪いなぁ」

 

 なんの話か全く分からない。これから何をするのだろうか。一日が驚きで詰まっていたから、どうしてか心が弾んでしまう。

 

「ノアよ。ゲームというものを知っているかぇ?」

 

「はい、学生時代に何度かやったことがあります」

 

「……強かった?」

 

「いえ、数えるほどしかやったことがありません」

 

「やっふー! 我の時代きたあああ!」

 

 師が小躍りしながら液晶画面の下でゲーム本体を取り出しセッティングしていく。なるほど、ゲームで戦うということらしい。なんとも師らしい。

 

 さあ、とフェンがコントローラを滑らせた。

 

「いざやろうぞ! 今日は勝てるぞー! ナーガよ、我に賭けるが良い!」

 

「えぇ? わいノアはんに賭けるわぁ」

 

「なんで⁉」

 

「だってフェンはん、弱いもん」

 

 あのナーガのセリフがこれだ。食物連鎖の底辺の名は伊達ではないらしい。

 

「師よ、まだ勝負は始まってもいません。これから始まるのです」

 

「そ、そうよな? 我、勝てるよな?」

 

「はい、私も真剣に挑みましょう」

 

「や、優しくしてくりゃれ?」

 

「神前において、全霊を懸け、我が師へ今日の感謝を捧げましょう」

 

「あの、優しく、手加減をな? してほしいなぁ~って」

 

 ゲームが始まる。

 

 三十分が経った。

 

「うお~ん!」

 

 師が魂で泣いていた。四つん這いになり、全身で叫んでいた。

 

「我、またしても、最弱!」

 

「師よ、ゲームであなたの器ははかれません。師の生き様の一端を私は今日、垣間見ました。師があなたで、本当に良かった」

 

「そ、そうよな? 我、すごいよな? ふへへ」

 

「師は弱者であった私を導いてくださりました。そんなお方が、凄くないはずがありません」

 

「えへ、えへ、うへへへ」

 

 師が溶ける笑顔をしながら、床をごろんごろんと転がる。ぱたん、と音がすると、オライオンが残念な目で師を見ていた。

 

「どした? また負けた?」

 

「我、尊敬されてる! 我が弟子万歳!」

 

「あ、そか。負けたのか」

 

 オライオンの反応は簡潔だった。ソファーにどさっと座り、天井を仰いで長い息を吐きだした。

 

「どしたんやぁ? 急に十歳くらい老けとるでぇ?」

 

「情操教育が裏目に出た」

 

「あぁ……がんばりやぁ」

 

「あとな、ハルキの部屋には近づくな」

 

「あぁ……みなまで言わんでええでぇ」

 

 むっ、と師が立ち上がる。

 

「ほぉ、ハルキがのぉ。まあ遂に観念したか。ペルテテーも焦れておったしのぉ。何をかいわんや。ノアもハルキの部屋へ近づくでない」

 

「分かりました」

 

 とりあえず理解できないが、そういうものだと受け取っておこう。どうやらこの場所では神は留守にしているらしい。

 

「今日は出前だ出前。たまには高いもの食べようぜ」

 

「我、今日はハンバーグが食べたい!」

 

「そうだなぁ。色ボケした三人もいないし、高い肉をふんだんに使ったハンバーグでも頼むか」

 

「ひゃっはー! 宴じゃー!」

 

 

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