このままではいけないと、ハルキは焦っていた。カーテンが閉まった薄暗い朝の自室で、ベッドの上で布団に包まっている自分は、きっと滑稽だ。
水色の髪が怖い。どこの子どもだ。ホラー映画を見たあと、トイレに行けなくなる恐怖と一体何が違う。
ノアは善良な子だ。神を信仰し、すべての命は平等だと謳うその様は、きっと眩しい。それが妖精種でかつ、水色の髪でなければ、ハルキとてこんな風になっていない。
昨夜、そのノアが家にやってきた。良いことだ。全員が仲良くなることに問題などない。ただ、ハルキはそこに入ることができなかった。ただただ、恐ろしかったのだ。
結果がこの有様だ。部屋を出ることもできず、布団のなかでびくびくと怯えている。研究所時代に戻ったように。頭は理解できているのに、心が拒絶する。どうすれば良いのか見当もつかない。
ただ面影がある。そう錯覚している。それだけだ。ノアと接することになんの問題もない。危害だって絶対に加えられない。ちゃんと、分かっている。
ペルテテーだって、種族間対立があるはずなのに、ちゃんと接したはずだ。だから、この場においてどうしようもないほど愚かなのは自分だけなのだ。
いまから部屋を出る。もうリビングでは朝食が始まっている。きっと、そこにノアがいるはずだ。改めて対面し、会話をしよう。そうすれば、誤解が重なっただけだと納得できる。すべて解決だ。
さて、布団から出よう。温もりがもったいないが、ここを出ていつもの自分に戻ろう。自堕落もいつも通りだけど、新人の前くらいは良い印象でいたい。
出たいのに、身体がまったく動かない。そのくせ、布団を掴む手だけは震えているのだ。奇妙なことこの上ない。
ばごん、と猛烈に嫌な音がした。
「ぬしよ、そろそろ起きよ。我が自慢の弟子を紹介させるがよい!」
「……フェン」
すっ、とフェンの表情が消えた。後ろ手にドアを閉め、足音を立てずに近づく。
「どうした?」
「……身体が動かない」
「……怖いかえ?」
「そうみたいだ」
「そうか、体調が悪いと伝えておこうぞ」
「ごめん」
「良い。思ったより傷が深かったようだな。すまぬ、ぬしの傷を甘く見ていた」
「そうなのかな」
「ペルテテーを呼んでくる。ひとりではつらかろう」
「こんな姿を見せたら嫌われそうだ」
「阿呆、どうしても超えられぬ記憶は存在する。それを分からぬ女子ではない。いまは心を大事にせよ。我ではそこまで守れなんだが、ペルテテーがきっと癒してくれる」
「フェン」
「なんぞ?」
「六年前、僕を拾ってくれてありがとう。ずっと、守ってくれてありがとう」
「……昔の話はやめい。我らは互いに支え合って生きてきた。それで良いではないか。いまは皆がおる。そしてぬしには心を通わせた相手がおる」
「本当は、ずっと君に感謝してるんだ」
「言わずとも知っておる」
「やんちゃが過ぎるのは困るけどね」
「それは愛嬌だ。笑って流すがよい」
「そうだね」
フェンが乱暴に頭を撫でる。
「少しだけ待っておれ。ペルテテーを寄越す。しばらくしたら皆も我が払っておこう。では我は行く」
フェンが部屋を出る。すぐにペルテテーはやって来た。視線が合った途端、彼女の表情が崩れた。
ペルテテーがベッドの脇にしゃがみ込む。
「どうした、の?」
「どうやら怖くなったみたいだ」
「なにが怖いの?」
「水色の髪をした妖精が、僕はいまになっても怖いんだ」
ペルテテーの両手が優しく頬に触れる。
「大丈夫だよ。怖くないから」
「研究所にいたとき、僕らの身体を弄っていた研究員がいた。それが水色の髪をした妖精だったんだ」
ペルテテーが泣きそうな顔をした。
「毎日誰かがいなくなった。一緒に話した人も、一緒に遊んだ人も、みんな気づけばいなくなっていったんだ。当時は分からなかったけど、人体実験で死んだんだ」
ペルテテーが額を合わせる。決して目を離すまいとでもいうように。
「僕は86番だった。僕以外はみんな死んだ。僕だけが生き残り、良心が残った研究員に逃がされた」
紅い瞳は、じっとハルキを見ていた。
「どうしよう、それだけなんだ。たったそれだけなのに、僕はいまこんな有様だ」
ペルテテーが離れる。すぐに頭を抱えられ、胸に優しく置かれた。
「ごめんね、なにも言えない。でも、あなたが堪え難い苦痛に悩んでいることだけは、痛いほど分かるの」
「そう、なんだ。当時を思い出すと、胸が痛いんだ」
「痛いことは思い出さなくていいんだよ」
「うん、忘れたい」
「みんなが出かけたら、一緒にお風呂に入ろう? 身体を温めて、綺麗にして、のんびりしよう? ぜんぶ、私が忘れさせるから」
「うん、一緒に入ろう」
ペルテテーが嗚咽を落とした。