相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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二章:神はサイコロを振る 1

 このままではいけないと、ハルキは焦っていた。カーテンが閉まった薄暗い朝の自室で、ベッドの上で布団に包まっている自分は、きっと滑稽だ。

 

 水色の髪が怖い。どこの子どもだ。ホラー映画を見たあと、トイレに行けなくなる恐怖と一体何が違う。

 

 ノアは善良な子だ。神を信仰し、すべての命は平等だと謳うその様は、きっと眩しい。それが妖精種でかつ、水色の髪でなければ、ハルキとてこんな風になっていない。

 

 昨夜、そのノアが家にやってきた。良いことだ。全員が仲良くなることに問題などない。ただ、ハルキはそこに入ることができなかった。ただただ、恐ろしかったのだ。

 

 結果がこの有様だ。部屋を出ることもできず、布団のなかでびくびくと怯えている。研究所時代に戻ったように。頭は理解できているのに、心が拒絶する。どうすれば良いのか見当もつかない。

 

 ただ面影がある。そう錯覚している。それだけだ。ノアと接することになんの問題もない。危害だって絶対に加えられない。ちゃんと、分かっている。

 

 ペルテテーだって、種族間対立があるはずなのに、ちゃんと接したはずだ。だから、この場においてどうしようもないほど愚かなのは自分だけなのだ。

 

 いまから部屋を出る。もうリビングでは朝食が始まっている。きっと、そこにノアがいるはずだ。改めて対面し、会話をしよう。そうすれば、誤解が重なっただけだと納得できる。すべて解決だ。

 

 さて、布団から出よう。温もりがもったいないが、ここを出ていつもの自分に戻ろう。自堕落もいつも通りだけど、新人の前くらいは良い印象でいたい。

 

 出たいのに、身体がまったく動かない。そのくせ、布団を掴む手だけは震えているのだ。奇妙なことこの上ない。

 

 ばごん、と猛烈に嫌な音がした。

 

「ぬしよ、そろそろ起きよ。我が自慢の弟子を紹介させるがよい!」

 

「……フェン」

 

 すっ、とフェンの表情が消えた。後ろ手にドアを閉め、足音を立てずに近づく。

 

「どうした?」

 

「……身体が動かない」

 

「……怖いかえ?」

 

「そうみたいだ」

 

「そうか、体調が悪いと伝えておこうぞ」

 

「ごめん」

 

「良い。思ったより傷が深かったようだな。すまぬ、ぬしの傷を甘く見ていた」

 

「そうなのかな」

 

「ペルテテーを呼んでくる。ひとりではつらかろう」

 

「こんな姿を見せたら嫌われそうだ」

 

「阿呆、どうしても超えられぬ記憶は存在する。それを分からぬ女子ではない。いまは心を大事にせよ。我ではそこまで守れなんだが、ペルテテーがきっと癒してくれる」

 

「フェン」

 

「なんぞ?」

 

「六年前、僕を拾ってくれてありがとう。ずっと、守ってくれてありがとう」

 

「……昔の話はやめい。我らは互いに支え合って生きてきた。それで良いではないか。いまは皆がおる。そしてぬしには心を通わせた相手がおる」

 

「本当は、ずっと君に感謝してるんだ」

 

「言わずとも知っておる」

 

「やんちゃが過ぎるのは困るけどね」

 

「それは愛嬌だ。笑って流すがよい」

 

「そうだね」

 

 フェンが乱暴に頭を撫でる。

 

「少しだけ待っておれ。ペルテテーを寄越す。しばらくしたら皆も我が払っておこう。では我は行く」

 

 フェンが部屋を出る。すぐにペルテテーはやって来た。視線が合った途端、彼女の表情が崩れた。

 

 ペルテテーがベッドの脇にしゃがみ込む。

 

「どうした、の?」

 

「どうやら怖くなったみたいだ」

 

「なにが怖いの?」

 

「水色の髪をした妖精が、僕はいまになっても怖いんだ」

 

 ペルテテーの両手が優しく頬に触れる。

 

「大丈夫だよ。怖くないから」

 

「研究所にいたとき、僕らの身体を弄っていた研究員がいた。それが水色の髪をした妖精だったんだ」

 

 ペルテテーが泣きそうな顔をした。

 

「毎日誰かがいなくなった。一緒に話した人も、一緒に遊んだ人も、みんな気づけばいなくなっていったんだ。当時は分からなかったけど、人体実験で死んだんだ」

 

 ペルテテーが額を合わせる。決して目を離すまいとでもいうように。

 

「僕は86番だった。僕以外はみんな死んだ。僕だけが生き残り、良心が残った研究員に逃がされた」

 

 紅い瞳は、じっとハルキを見ていた。

 

「どうしよう、それだけなんだ。たったそれだけなのに、僕はいまこんな有様だ」

 

 ペルテテーが離れる。すぐに頭を抱えられ、胸に優しく置かれた。

 

「ごめんね、なにも言えない。でも、あなたが堪え難い苦痛に悩んでいることだけは、痛いほど分かるの」

 

「そう、なんだ。当時を思い出すと、胸が痛いんだ」

 

「痛いことは思い出さなくていいんだよ」

 

「うん、忘れたい」

 

「みんなが出かけたら、一緒にお風呂に入ろう? 身体を温めて、綺麗にして、のんびりしよう? ぜんぶ、私が忘れさせるから」

 

「うん、一緒に入ろう」

 

 ペルテテーが嗚咽を落とした。

 

 

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