相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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二章:神はサイコロを振る 2

 湯上りの身体はほかほかしていた。ソファーの上で、背中からペルテテーに抱きしめられながら、ハルキはグラスの水を口に含む。

 

 あれだけ痛かった胸は、いまは落ち着いていた。恐怖は去り、ただ背に灯る体温だけをのんびりと感じた。

 

「落ち着いた?」

 

「うん、ありがとう。だいぶ楽になったよ」

 

 ペルテテーの顎が肩に乗る。

 

「そっか。よかった」

 

 玄関から静かな音がした。ゆっくりとリビングのドアが開くと、フェンが顔を覗かせていた。

 

「すまぬ、少し顔だけ見ようと思ってな」

 

「色々気を遣わせたね。ありがとう」

 

「なに、気にするでない。皆、夕方までは帰ってこん。我もすぐに皆と合流する」

 

 フェンがふっと笑む。

 

「ペルテテー、ハルキを頼む」

 

「うん、任せて」

 

「では我は行く」

 

 フェンが家から出く。ペルテテーがころころと笑った。

 

「なんだか、フェンがハルキのお母さんみたい」

 

「出会ってしばらくは、結構あんな感じだったよ。懐かしいな」

 

 自分ですら分からぬ恐怖に駆られていたとき、かつてフェンはいつも傍にいてくれた。あの童女が親代わりであることは間違いない。

 

「次第に僕が街や常識に慣れていくと、フェンの方がだんだん子どもになっていったけどね」

 

「電柱を壊したり?」

 

「そうそう、家で映画が見れるようになったくらいかな。カンフー映画にのめり込んでね。元々気にはなってたらしいけど、そりゃあもう丸一日鑑賞しては外に繰り出して公共物を破壊しまくってたよ」

 

「警察も大変だね」

 

「フェン担当の警察官がいるくらいだからね。これ以上警察のやっかいにならなければいいけど」

 

 ふふ、とペルテテーが面白そうに頬を寄せる。

 

「ハルキ、フェンのこと大好きでしょ」

 

「……それは一考の余地ありだね」

 

「恥ずかしがらなくてもいいのに」

 

「ずっと助けてもらったことは確かだ。感謝もしてる。けど同じくらい苦労もさせられたよ。主に金銭面で」

 

「私、今度からフェンのことお義母さんって呼んだ方がいいかな?」

 

「調子に乗るからそれは絶対にやめてくれないかな」

 

「ん、考えとく」

 

 ペルテテーはどうも楽しそうだ。フェンがお義母さんと呼ばれたときの想像はあまりしたくない。きっとどこぞの部族の踊りを披露するに決まっている。弟子の前で、きっとすでに地に落ちているであろう威厳を更に地面にめり込ませるのは、少々忍びない。

 

「明日さ、ノアと会って話すよ」

 

「うん、できそう?」

 

「分からないからさ、ちょっとお願いがあるんだ」

 

「うん、なんだろう?」

 

 腹に触れるペルテテーの手をぺちぺちと叩く。彼女が離した腕から抜けて、振り向いて対峙する。彼女の手を取って立ち上がらせて、正面から抱きしめた。

 

「ふえ、は、ハルキ?」

 

「僕からしたこと、なかったっけ」

 

「えっと、どうだろ……そうかも」

 

 柔らかいペルテテーの身体を抱いていると、心が浮ついた気分になる。不安の欠片も浮かび上がってこない。だから、彼女が必要なのだ。

 

「昨日ペルテテーがディアナに言ったこと、僕からしていい?」

 

 ぷすん、と音がした気がした。

 

「あ、え、は、ハルキ、気絶しちゃう……よ?」

 

「回数をこなすのは大事だね。いまなら気絶しない気がするんだ」

 

「あ、あぅ……や、やらしい気分になっちゃった?」

 

「どうかな、いま自分にあるものを確かめたくなったんだ」

 

「そ、それって私はハルキのもの的……な?」

 

「ああ、ごめん。言い回しがよくなかったかな?」

 

「私がハルキのもの……つまり、こ……こん、やく」

 

 どうにもペルテテーの頭が暴走しているようだ。いままでの自分もこんな感じだったのだろうか。なるほど、これはとても、攻めたい気分になる。なにより、昨日散々いじめられたのだ。やり返してもいいだろう。

 

「一時間だけ、好きにしていいかい?」

 

 こくこく、とペルテテーが無言で頷いた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 東セクター駅前の商業区画をオライオンとディアナに連れられながらノアは歩く。街路を行き交う人々の視線は、やはりこちらに向けられていた。芸能人である歌姫への視線もあるが、妖精種である自分に大半は注がれている。

 

「気にするな。堂々としてりゃいい」

 

 オライオンの言葉にディアナが同意する。

 

「せやせや。見られてるうち、超絶可愛い! って思うとけばええねん。あ、手ぇ繋ごかぁ」

 

「あの、私そこまで可愛くはないと思うのですが……」

 

 えぇ、とノアの手を取ったディアナが驚愕する。

 

「ちゃんと鏡見とる? う~ん、せや、せっかくやしおめかししようや!」

 

「頼むから変な服着させるなよ? 股下五センチとかは駄目だからな?」

 

「あれはうちだからええねん。あとペルちゃんも似合うかもなぁ。でも、ノアちゃんには清楚な服がええと思うねん」

 

「信じるぞ? 信じてるからなディアナ」

 

「任せとき! SNS映えばっちり、振り返る男すべてのハートを射抜く可愛い子ちゃんにしたるわ!」

 

「それならいいか。え、いいのか?」

 

 ディアナはふふん、とどこか自慢げで、オライオンは首を何度も捻っている。やはり代表の首が心配である。

 

「あの、私は奈落探索者なので、服にこだわりはないのですが……」

 

 言った途端、ぐわっとディアナの顔が近づいた。その表情は目が剝かれていて結構怖い。

 

「女の子の可愛いは武器や。探索者が武器を持つよう、女の子も武器を持たんとあかん。ノアちゃんには新しい武器が必要なんや」

 

「は、はぁ……」

 

 ええか、とディアナの顔がますます近づく。目力が強い。

 

「可愛いは作れるんや。そして美しいも作れるんや。女の子が着飾ったとき、それは男を落とす最強の矛になり、見下す目を弾く最大の盾になるんや」

 

「は、はい……」

 

 ぽん、と肩を叩かれる。オライオンが穏やかに笑っていた。

 

「まあ、女性的理由がどうあれ、ここじゃ恰好の良し悪しで舐められる。多少は着飾っておいた方が揉め事は少なくて済むぞ」

 

 昨日までノアは実際の相場を知らなかった。この街では無知な者は奪われる。そして、服装次第で取引に優劣が生まれるのであれば、街の流儀に従った方が良い。

 

「そういうことであれば、服を買います」

 

 ふふーん、とディアナが笑う。

 

「ならオライオンくん、新人にちゃんと投資してやり~?」

 

「ん? 芸能人御用達みたいなアホな値段じゃなきゃいいぞ?」

 

「いややわー、分かっとらんわうちの彼氏。勝負服はひとつはあった方がええねん」

 

「なんの勝負に使うんだよ……アヴェスターはこっちの服装に興味ねえぞ?」

 

「まったくダメダメだわ。語彙も貧相なら女心への理解も貧相や。ええか? ここぞというときのための勝負服を持つ。そして来たるべき勝負のために身と心を磨くねん。その服に自分を最適化させるためにや」

 

「言わんとしてることは分かった。予算は出すからもう好きにしてくれ」

 

 オライオンの首が落ちる。ノアは会話についていけない。

 

「あの、私はそんなお金持ってないので……」

 

「ノアちゃん。会社ってのは便利な金の使い方があってな? 経費いうもんがあるねん。いわば節税やな」

 

「会社のお金を私のために使う理由がいまいち分からないのですが」

 

「じゃあこう考えとき。女の子のわがままは、男の子が叶えてくれるんやってな。その変わり、男の子がつらいときには真っ先に癒しになってあげるんや」

 

「つまり、オライオンさんを癒せばよいのでしょうか? 特に首?」

 

 なぜかオライオンが泣きそうな顔をしていた。代表は表情も忙しそうだ。

 

「その気持ちだけで十分だよノア」

 

 神よ、我が代表をお癒し下さい。なんだか首がもげそうです。

 

「うん? ノアちゃんなにを祈っとるん?」

 

「代表の健康を祈っていました」

 

 オライオンが今度は天を仰ぐ。ノアとしては本当に心配になる。

 

「いかんな、雨が降ってきた……」

 

「なにいうとんねん。からっからの晴天や」

 

「おいラッパー。言葉の裏を読め。得意だろそういうの」

 

「心に雨がざあざあ、懐が寒いってとこやろ?」

 

「ラッパーやめちまえよもう……」

 

「ひどいやろ!」

 

 ふたりが言い争いを始める。きっとこれは恋人同士のじゃれ合いだろう……たぶん。ときに神は愛する者たちへ試練をもたらす。きっとこれもそうなのだろう……きっと。

 

 視界にちらりと路地裏が映る。横付けされた白いバスに、孤児たちを案内する大人の姿があった。袋から取り出されたお菓子を、子どもたちが笑みを浮かべて受け取っている。差し出された大人の手へ伸びる小さな手は希望に満ちている。

 

 こんな街でも、落ちてしまった者を救う奇跡は存在する。堕ちて泥にまみれたノアも救われた。言の葉として出した嘆きを、神はひとことも逃さず聞いて下さる。すべてを救う神は、祈りの先にいたまうのだ。

 

 

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