相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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一章:奈落よ奈落よ何故躍る、人の心が分かって恐ろしいのか 5

 ペルテテーの言葉は示唆に富んでいた。一撃を食らえばレベル四級のマナ浸蝕を受け、暴走する。そもそも食らったらハルキは重症確定だが、前衛はその限りではない。できれば回れ右をして逃げ帰りたい情報だ。

 

「――来るよ!」

 

 ペルテテーの冷えた声が冴えわたる。

 

 背筋に氷柱が落ちたような怖気。反射的にハルキは弾倉に残る魔弾をすべて消費し、前方に白の壁を四重に展開する。べちゃり、という気持ち悪い音が立て続けに前方から響く。

 

 眼前の光景に頬が引きつる。死体が投げつけられていた。叩きつけられた死体が、赤黒い液体を壁にまき散らしながら地面に落ちる。地面に死体が連なっていく。

 

「ハルキよ、合図と共に壁を消せ! 我も出力を上げるぞ!」

 

 叫んだフェンが魔杖棍を構える。とめどなく投げられる死体の音が、一瞬止まった。

 

「いま!」

 

 ハルキが壁を消す。フェンが左足を大きく踏み込んだ。

 

「荒れ狂うがよい!」

 

 フェンが棍を突き出すと同時、前方へ渦巻く強烈な暴風が発生する。巻き込まれた死体が引き千切られながら宙を舞う。

 

「全員散れぃ! 一か所に留まっていると死ぬぞ!」

 

 フェンとオライオンが左に、ハルキとペルテテーが右へ走る。暴風が止むと再び死体が飛んでくる。

 

「五秒間道を開ける。その間に行きな!」

 

 立ち止まって腰を落としたペルテテーが、右の赤剣を構える。弾倉を交換したハルキが引き金を引き、赤剣の宝珠の演算能力を引き上げる。

 

「宝珠の能力を底上げした! 悪いけどぶっつけ本番で慣れてくれ!」

 

 飛来してきた死体の数は十余り。フェンとオライオンが回避を捨てて一直線に走る。

 

 ペルテテーの魔法が連続発動。宙を埋め尽くす爆炎が、轟音と共に死体を爆散させる。真下の二人に液体が降りかかるが、気にせず疾走している。

 

 更に放物線を描く死体が無数。はっ、とペルテテーが笑う。

 

 ペルテテーの魔法が的確に死体を爆発させていく。前衛は無傷。空恐ろしいほど魔法の精密力と制御力が高い。暴走した彼女が本気を出していたら危かった。いまは即席であれ仲間であることを感謝する。

 

 死体の投擲が止まる。

 

「行こう!」

 

 ハルキの合図と共にペルテテーが地面を蹴る。前衛に追いつき、ようやく敵の姿が視界に収まる。

 

 まず眼前に直径百メートル以上はあるであろう巨大な穴。深さは五メートル程度。底には死体が無数に転がっている。その中心部、カテゴリー四に至ったアヴェスター――特別個体が鎮座していた。十メートルを超える巨体。姿は人間の上半身。表面は赤黒く、頭部には真っ黒な一対の目が渦巻いている。巨大な両手が死体を鷲掴みにしていた。

 

 生々しい姿にハルキは息を呑む。通常、アヴェスターは表面がマナ結晶で覆われている。いわゆる鉱物生物だ。だがこれは違う。上半身だけだが、人に近い。こんな化物は初めてだった。

 

 なにより、奈落内とはいえ一か所に夥しい量の死体があることが不自然。

 

 フェンが天高く跳躍、雄たけびを上げながら特別個体の頭部へ魔杖棍を振り抜いた。打撃音が響き、特別個体の頭が横にぶれる。

 

 特別個体の目の前に着地したフェンが、敵の腹部目掛け驟雨の突きを繰り出す。凄まじい破壊音。

 

 死体を握り潰した特別個体が、ハエでも払うように右腕を振った。フェンはその場から飛び去り、ハルキの隣に降り立つ。

 

「ちっと硬すぎんかの」

 

 砕けた腹部は既に修復が始まっている。

 

「フェン、いまのは何割?」

 

「様子見の五割だの。全力でもちと怪しい」

 

「ペルテテー!」

 

 ハルキの呼びかけに、ペルテテーは魔法で応えた。特別個体の頭部に爆裂魔法が着弾。一部欠けるもすぐに元通りになる。硬度が狂ってる。

 

 オライオンが前傾姿勢で疾風となる。振り下ろされる巨大な手を横に受け流し、剣を振り抜いた。特別個体の手首が切り離されて落ちる。

 

 更なる追撃を加えようとするオライオンへ、もう片方の巨大な手が迫る。

 

 オライオンがすぐに後退。隙間を埋めるように、フェンとペルテテーが魔法を連打する。圧縮空気に巨大火球が特別個体へ連続着弾。のっぺりとした頭部に口腔が開かれ、声なき雄たけびを上げる。

 

 ハルキは魔杖短剣を握りなおしながら状況を見守る。

 

「オライオン、手ごたえは!」

 

「足場が悪い! 振れば斬れる!」

 

 切断された特別個体の手首を注視。断面で修復が始まっているが、即座に手首が戻ることはない。方針が決まる。

 

「オライオンは前衛! フェンとペルテテーは後衛でオライオンを援護!」

 

 三人の返事。だが、すぐに異変を察知。特別個体が地面に何度も手を叩きつけている。乱心かとハルキは考えるが、即座に放棄。地面から何かが死体を押しのけて生えてくる。特別個体と同色の人型が無数に現れる。墓場からゾンビがわらわらと現れる映画のような光景。ゾンビ……?

 

「戦術変更! フェンを前衛へ、オライオンをゾンビから守れ!」

 

 フェンが穴に降り立ちオライオンの元へ。ペルテテーが爆裂魔法を連打してゾンビを破壊していく。

 

 違和感。特別個体がアヴェスターを操作している奇妙な事実。それとも生み出したのか。思考を重ねるべきか破棄するか。

 

 三節棍へ変化させたフェンが、オライオンの周囲で踊る。振られる棍の道筋にいるゾンビが次々と壊れ、沈んでいく。断末魔。ゾンビに再生能力はなく、硬くもない。

 

 特別個体が苛立ったように首を振る。地面から生えてくるゾンビの数に際限が見えない。手数が足りない。短期決戦で片づけないと消耗戦になって負ける。

 

 使い時はいましかない。

 

 ハルキは支配するイデアの引き金を引く。空薬莢が排出され、前方に二つの光が出現。縦長の楕円を半分に切ったような二体の精霊が生まれる。頭から布を被ったような姿の表面には、ラクガキされたような太い二重丸がふたつ。

 

 二重丸がくりくりっと動いてハルキを視る。

 

「クー登場! 仕事ヨコセ!」

 

「デター……モウ帰リタイ」

 

 白の電磁精霊へハルキは命じる。

 

「クー・デター、あらゆる攻撃を許可。仲間を援護しろ!」

 

「魔弾ダイジョブ? タリルカ?」とクー。

 

「全部使いきるつもりで行け!」

 

「ハルキ、寝テテイイ?」と相変わらずのデター。

 

「仕事終わったら存分に寝ていいよ」

 

 クーとデターが二匹で螺旋を描きながら穴の中へと向かっていく。

 

「デター、ハルキ破産サセルゾ!」

 

「クーウルサイ。サッサト終ワラセテ寝ル」

 

 ハルキは魔杖短剣を引き絞り、残弾すべて空薬莢にして排出する。

 

「ワワワッ、マナノ大盤振ル舞イ! デターヤルゾ!」

 

「ハ~イ」

 

 フェン達の頭上でクーとデターが円を描く軌道を取る。その中心部に、大気が遊離するほどの熱量を持った光球が発生。

 

「ほぉ、魔弾食い虫のクー・デターを召喚したか。久々のハルキの本気よな!」

 

 既に数は百体を超え、特別個体との間に蔓延るゾンビらに、クーとデターが攻撃を放つ。直径一メートルを超える一条の輝きが一直線に走る。ゾンビらを一瞬で融解、蒸発させ、特別個体の腹部を貫通する。ハルキのとっておき、最大出力の荷電粒子砲だ。

 

「オライオン行け! ふたりはできた道を死守! クーとデターも頼んだよ!」

 

 すぐさま弾倉を交換して魔弾を使い続ける。マナが尽きれば電磁妖精が消える。ここが正念場だった。

 

 オライオンが特別個体へ肉薄せんとする。その背後をフェンが乱舞しながらゾンビらを破壊。ペルテテーも魔法の連打で道をこじ開けていく。クーとデターも無数にプラズマ弾を投げつけて三人を援護する。

 

 オライオンが肉体強化を全開にして跳躍。頭部目掛けて魔杖剣を振り下ろす。が、特別個体は身体を動かし直撃を回避。避けきれなかった右肩が根元から切断、地面に落ちて死体を押しつぶす。

 

 着地したオライオンの眼前で、特別個体が腹部から新たな腕を生やす。第三の巨大な手が赤毛へ迫る。

 

 オライオンは半身でこれを受け流し、第三の腕を三等分に斬り捨てる。

 

「いま、避けたよな? ってことは頭が弱点ってことで間違いないな!」

 

 再びの跳躍と共に、オライオンが下段から上段へと剣を振り上げる。頭部を斜めに斬られた特別個体の口が声なき叫び。

 

「見た目があまり好みじゃないんだ。これで眠ってくれ」

 

 跳躍の頂点に達したオライオンが身体を逆さにし、残る頭部へ連続斬り。微塵となった特別個体が、背中から地面に落ちる。

 

 ゾンビたちが突如苦悶の声を上げ、足元から崩れていく。特別個体の身体が崩壊をはじめる。赤黒い世界が急速に消え去り、白い霧の世界が戻ってくる。

 

 特別個体を倒したことで小奈落が消えたのだ。

 

「完全勝利!」

 

 オライオンが魔杖剣を天へ掲げる。

 

「おお、しかも記憶が戻ってきた!」

 

 どうやら、オライオンの記憶喪失も特別個体が要因だったらしい。アヴェスターは、言ってしまえばマナ結晶が過剰なマナ干渉により成長した存在だ。思考へ干渉する性質を持つマナは、原理的には人の記憶を操作することも可能。今回の特別個体の性質はそれなのだろう。

 

 ゾンビであるアヴェスターを増殖する性質もあり、あのまま放置していれば小奈落は拡大の一途をたどったはずだ。生まれてすぐであの有様だ。下手に時間を遅らせて来たらゾンビの対処に手間取って負けていた。オライオンとペルテテーという新たな仲間がいなければ、良くて敗走、悪ければ死んでいた。

 

 疲労が積みあがったハルキは、大きく息をはいてその場にしゃがみこんだ。隣に来ていたフェンが肩に手を置く。

 

「良い冒険だったの。そしてお金がウッハウハよ」

 

 大笑いしたフェンが、戻ってきたクーとデターを指でつつく。

 

「マナ切レ! 消エル! ハルキ、給料ヨコセ! 労働基準法違反デ訴エルゾ!」クーが暴れながら消える。

 

「次コソ絶対ストライキ……」デターは眠るように霧散した。

 

 ペルテテーが近づいてくる。

 

「おつかれ。それにしても、この死体の山はなんだい? アヴェスターがこさえた、にしては多すぎるでしょ」

 

「ここはルヴェイン社の採掘場が近い」

 

 戻ったオライオンが暗い表情で答える。

 

「恐らく、奈落で亡くなった従業員をここに捨てていたんだろう」

 

「ほっほー、つまりは違法死体置き場か。さすがユニオン、闇が深いの。で、ハルキよ、どうする?」

 

 フェンの問い。答えなど決まっている。

 

「口にチャックだ。下手に公開したら僕らの命が危ない」

 

「ま、それが賢明よの。さすがにユニオン序列二位の会社に追われたらこの街で暮らしてはいけん」

 

「ふたりもいいかい?」

 

 ハルキの問いに、ペルテテーはしかめっ面で頷いた。

 

「私も企業に追われるのは勘弁。日銭稼ぎで精いっぱいなんだ」

 

 オライオンは無言。顎に手をやって考え事をしているようだ。

 

「あんた、頼むから告発なんてやめてよ?」

 

「ん、あ、ああ。俺もさすがにそんな命知らずな真似はしない」

 

 ペルテテーの声にオライオンが大きく頷いてみせた。

 

 なにはともあれ、特別個体を倒したのだ。あとのことは、マナ結晶を回収し帰還してから考えればいい。

 

 危険な大冒険がようやく終わる。

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