「最後に爆弾発言落としてくなよ。なんだよあいつ、アホが極まったか……?」
オライオンもメルダーと同様天井を仰ぎたくなったが、それを無理やり止めてノアの保護へ向かう。
「ああもう、なんでこんなとこで……」
視界の端でペルテテーが頭を抱えるが知ったことではない。ちゃんと教育をしてこなかった彼女が悪い。俺は知らん。
ペルテテーがあの場で暴発しなかったのは、ハルキの爆弾発言があったからか。ならすべて良しとしよう。
「ノア、無事だな? 動けるか?」
棒立ちする水色髪の少女は、呆然自失としていた。
ふいに、爆発でも起こったのかと思うほどの膨大な魔力が背後から放たれる。
「ぬしら……ハルキを見捨てたか? もういい、もういい!」
まずい、フェンが暴発した。
「待てフェン! 見捨てたんじゃない! ハルキを取り戻す算段をこれからつけるんだ!」
「うるさい!」
竜の怒号。
「ハルキがおらんと動けん奴らが、ハルキを助けるだと? 笑わせるな……笑わせるな! いままで全部、全部ハルキが解決してきたろうが! うぬらが揃ってなにができる!」
「ハルキに信頼を預けられたんだ! あいつを必ず取り戻す! 信じてくれ!」
「うるさいうるさい! 我が、我が取り戻す。犠牲を考えて動かなんだことが失敗だった。許さぬ。先の我も、うぬらも、決して許さぬ!」
「フェン!」
魔力の放出が止まらない。童女の表情はもはや竜そのものだ。
「ハルキは我の片割れよ! 他の奴らなど、どうでも良かったのだ! いま、ようやく思い知った! ハルキのいないこの場所など、なんの価値もない!」
「頼むフェン、そんなこと言うな。確かにハルキがいなきゃ烏合かもしれねえ。価値だってないかもしれん。だけど、あいつが帰ってくる場所をフェンが壊すのは違うだろ」
「だったら、だったら! なんで守れなんだ! ハルキがおらん! おらんのだ! あの研究所に行ったら、帰ってこれるわけなかろうが!」
フェンの膝が崩れる。竜が、本気で両手で頭を抱えて泣いていた。
「うぬらは知らんのだ! ハルキが研究所を出てからどうであったか、知らんのだ!」
「フェン、私たちが必ず連れ戻すから。お願い、協力して」
跪いたフェンの隣で、しゃがんだペルテテーが声を投げる。竜がそれを横目でにらんだ。
「ぬしは守ると言うたじゃないか。なぜ守れなんだ? 我は託したじゃないか!」
「ごめんね。私が弱いから守れなかった。でも、信じてもらったから。これまで助けてもらった分、ハルキを助けなきゃいけないの」
「分かっておる。ぬしがおらなんだら、ハルキは壊れる。分かっておる……」
フェンが両手を地面に何度も叩きつける。
「ハルキにとってぬしらが大事なことは分かっておる! 我とてぬしらが大事だ!」
フェンの手が止まる。だらりと両手が地面に落ちる。
「ああ、そうか。ハルキがいなくなると、我はこうなるのか……」
魔力の放出が止まる。風が凪いだように空気が静かになる。
「哀れよな。人が好きでこうなったというのに、この有様か」
自嘲の言葉を吐きだした童女が、天井を仰いだ。その様は、あまりにも普段の童女からかけ離れていた。オライオンも放る言葉が見つからない。
やがて、童女が立ち上がって頭を下げた。
「すまなんだ。我を失っておった」
「いいさ。俺だってお前らに迷惑かけまくったからな。お互い様だ。俺らの参謀が奪われたんだ。あいつの代わりに頭捻るしかない」
ペルテテーがフェンの頭を抱きしめる。
「ぬしにも悪いことを言ってしもうたな」
「いいよ。だからさっきのハルキの言葉はお願いだから忘れて」
「チャットで見てしまったからのぉ。まあ、応援だけはしておこう」
こんなところでもハルキの爆弾は炸裂している。至極どうでもいいが、女性陣が仲直りしたのなら良いのだろう。相変わらずあの天然人たらしは発言がイかれている。
傍にいたノアに袖を掴まれる。彼女の表情は青ざめていた。
「私は、私は一体どうすれば……」
「罪悪感は捨てちまえ。持ってたって意味がない。今はエーテル研究所でなにがあったか教えてくれ」
ノアが浅い息をした。
「エーテル研究所で、ハルキさんを生み出した研究が再開されました。出資はクリスタルライン。あの用心棒は他種族の介入を良しとしない反主流派からの要請で、研究を止めるために私の母と面会しました。ですが、人質の私に価値はなく、ハルキさんの情報が用心棒の口から語られたことで、要求が発生しました」
内心で舌打ちする。今回も実家が関与している。ルミナス工房とクリスタルライン――ユニオン序列一位同士が組んでいる事実は最悪だ。
なにか別の力学が必要だ。ユニオン序列一位らに正面から殴り込みを掛けるのは自殺行為以外のなにものでもない。
「メルダーさんは母と取引し、エーテル研究所に鞍替えするつもりです」
ノアが付け加えた情報をオライオンは処理しかねる。
内部分裂のさなかに介入するか? 無理だ。いつ起こるかも、さらに言えば発生するかもわからない紛争にどうやって介入する。
手持ちを漁れ。ノアの母親――アイラはハルキを生み出した研究者。ハルキは86番と呼ばれていた……86番?
「なんでハルキは86番なんだ?」
「ナンバー1から85までの被験者は皆亡くなっているのです」
「待て待て、85人が死んで、86人目で成功した。それで、今回も同じプロジェクトが走った。当初はハルキ抜きで。合ってるか?」
「はい。そのはずです」
「……T3だ」
ペルテテーの眉が上がる。
「人体実験の材料。人身売買だね?」
「ナーガ! 100人規模の人身売買を行えるマフィアはT3以外にどこがある?」
存在感を消していたナーガがフェン達の脇に現れる。
「T3くらいやろねぇ。あそこの幹部が、他の人身売買業者を軒並み蹴散らたらしいからなぁ」
「確実にそれエガリゼだろ。おいおい、こりゃまたインテリマフィアとやりあうしかねぇな」
ふむ、と童女が腕を組む。
「して、手土産はどうする? ただでさえ我らは奴に、ハルキのハッキング一回を捧げておる。しかも未履行よ」
「賭けになるが、その未履行を取引要件に乗せる。無理なら最悪クリスタルラインの肩書で押し通す。正直実家が出張りそうだから嫌だが、背に腹は変えられない。エーテル研究所側にもマスコミをちらつかせてるが、あれも使えば実家が出てきそうだ」
ナーガが口を挟む。
「それはあかん。景久さんが動いたら本格的にわいら殺されるでぇ?」
ぞっとしない言葉だ。あの師匠が本気になれば、この場にいる者など文字通り瞬殺だ。刀身を拝むことすらできずに殺される。
だからオライオンは笑った。ハルキならきっとこう言う。
「死ぬときは一緒だ。仲間だろ?」
ナーガも愉しそうに笑った。
「せやなぁ。一緒に楽しいしよかぁ」
オライオン、とペルテテーに名を呼ばれる。突然スマホを投げられて慌てて受け取る。画面にはエガリゼの名前が示されていた。
「交渉、頼んだよ。あと、ネットの検索履歴は見ないでよね!」
「おまえさあ、こういうときくらい色ボケやめてくんない?」
「うっさい! 私も勝負に賭けてるの!」
早速頭が痛くなる。なんだって最低最悪の交渉の前に下らない宣言を聞かねばならないのだ。
「なんの勝負だよ。もうそいつ殴っちまえよフェン」
「なに、内容がなんであれ先に希望があった方がよかろうて」
「急に大人になるなよ! なんか俺がアホ言ってるみたいじゃないか!」
「ほれ、さっさと掛けんか。あの金髪男と交渉できる人物は、ぬししかおらんのだ。代表の威厳を見せてみよ」
無茶を言ってくれる。工場跡地でハルキがエガリゼと対峙した記憶はいまでも残っている。あんな頭が回るマフィアと交渉なんて、まともな頭をしていればやりたくない。
本当に、ハルキには頭が下がる。
どういう気分でエガリゼと会話していたのか教えてほしい。しかも二回目は二人で食事会までして交渉に臨んだのだ。理解に苦しむ。
一度大きく息を吸いこんで吐き出す。
うだうだするのもこの瞬間までだ。