相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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三章:闇のおびただしい街 5

 メルダーが運転する中、ハルキはスマホと睨めっこしていた。画面に映るボタンを押そうか押すまいか悩んでいたのだ。

 

「なにスマホ見て変な顔してるのさ。仲間と連絡でも取ろうってかい?」

 

「うん? 初夜の意味を調べようか悩んでるんだ」

 

「ああ、そう。勝手にしな」

 

「ペルテテーがさ、初夜をしようって言ってきたんだ。どうも勝負事のようでね。僕としては負けたくない。だけどペルテテーが事前に情報収集を禁止しているんだ。だから結構困ってるんだ」

 

「……あたしは何聞いてるんだろうね」

 

「メルダーは初夜ってやつをしたことは?」

 

「それを女性に聞くな、頼むから……」

 

「……なるほど、これはセクハラに位置する言葉なんだね。ごめん」

 

 メルダーが深いため息をする。

 

「まあ、事前に学ぼうって姿勢は嫌いじゃない。精々よくしてやんな」

 

「ふむ、よくする。どうにも勝負事ではないみたいだ。もう少し情報がほしいな」

 

 メルダーが突如唸りはじめる。左手で髪をガシガシ掻いて、やがて疲れたように腕を落とした。

 

「で、どこまでやったんだい? 相手はあの鬼の子だろう?」

 

「お風呂には一緒に入ったね」

 

「段階飛ばしすぎじゃないか」

 

「ちゃんとステップは踏んでるとも。最初は手を繋ぐところからさ。次にキスをした。それから舌を入れられて、お風呂に入ったね」

 

「なんで全部肉体的接触なんだよ。他になんかないのかい? デートとか色々あるだろうに」

 

「もちろんデートはたくさんしたとも。ペルテテーの服を買いに行ったときはなかなか楽しかったよ」

 

「ったく、たしか族長の娘だろあの子。何回か戦ったことあるけど、まったく、そんな相手の話を聞くとはね」

 

「ペルテテーは結構スタイルがいいんだ」

 

「最悪だなお前……」

 

「失礼だな。美しいものを美しいというのは悪いことなのかな?」

 

 メルダーが左手で額を抑える。

 

「はいはい、そりゃそうだろうさ。外から見てもそれは分かる。で、あんたは欲情したと?」

 

「……欲情ってなんだい?」

 

「そこからか!」

 

「そういえば、今日ペルテテーがゴムはいらないって言っていたんだ。なんのことか知ってる?」

 

「そりゃ避妊具だ。おいおい、最低限のことくらいしろよ」

 

「避妊具?」

 

「そこも分からないのか!」

 

 バシバシとメルダーがハンドルを叩く。

 

「いいかい? 初夜ってのは生殖行為だ。つまり子作りだ。分かったかい?」

 

「……それ勝ち負けってないよね?」

 

「ないだろうね」

 

「あれ、ペルテテーが、凄かったら気絶するとかなんとか言ってたのは……」

 

「それをあたしに言わせんな。テクが良けりゃ天国行きってとこだろうよ」

 

 脳内であらゆる情報が統合されていく。

 

「嫌な予感がする。これは考えたら気絶する気がする」

 

「頼むから、変なとこで気絶しないでくれないか? あんた人質っていう自覚を持ってるのかい?」

 

「それで、具体的にはなにをするんだい? いや、これはペルテテーに聞くことにしよう。きっとその方が楽しい」

 

「そうしてくれ。アイラの奴め、絶対クレーム入れてやる!」

 

「実に楽しみだ。さっそく帰りたくなってきた」

 

「この期に及んで帰れるつもりなのが呆れるよ」

 

「なに、僕の仲間は結構優秀なんだ。きっと帰れるさ」

 

 いいか、とメルダーが声色を低くする。

 

「あんたは研究所に連れてかれる。そこで身体をあちこち弄られるんだろうさ。生きて帰れるなんて希望は無意味だ」

 

「いまそれを聞くとなんだかやらしいね」

 

 メルダーが思い切り窓ガラスを叩いた。

 

「お前の頭はピンクか! お花畑でも湧いてんのか⁉」

 

「正直に言うよ。ちょっとペルテテーの身体を想像して心臓がバクバク言ってる。僕は一体何されるんだろう?」

 

「知るか! もうアイラに聞け!」

 

「研究所なんだ。きっと初夜の資料くらいあるよね」

 

 メルダーは何も言わなかった。ただ目元をひくつかせながら車を運転していた。気づけば研究所に着いていた。門を抜けて駐車場に停まる。

 

「あと十分もすりゃお別れだ。こんなに疲れる人質移送は初めてだよ」

 

「そうかな? 僕は結構有意義な会話ができたと思っているよ」

 

「そうだろうな! 初めて知ることばっかだったもんな!」

 

 ほとんど怒鳴るように言ったメルダーが、ドアを蹴って開く。随分とお怒りのようだ。後部座席を開いてトランクを出す際、隅に引っかかって舌打ちをしている。きっと夜だからよく見えないのだろう。

 

 ハルキはひとまず脳裏に浮かんでいる映像を端に追いやり、ドアを開いて車から出た。

 

 メルダーは振り返りもせずに研究所の正面玄関へ向かっている。このまま逃げても問題ないのではなかろうか。

 

 一瞬だけ掠めた思考を取りやめる。逃げたら雷でおしまいだ。今日だけで二度も食らっているのだ。三度目は勘弁願いたい。

 

「さっさと来な!」

 

「勝手に進んで勝手に怒るのはひどいね」

 

 メルダーが両手を頭に向け、額にトランクの角が当たって苦悶の声を上げる。

 

「クソッ! こいつを連れてきてからケチがつきまくりだ!」

 

「随分な言い草だね。僕は何もやってないじゃないか。君がドジなだけだと思うんだ」

 

「クソッ! クソッ! こいつ殺したい!」

 

「残念だ。僕を殺したら取引にならないよ?」

 

「いきなり人質の意味を使ってくるな!」

 

「自覚を持てってさっき言ってたじゃないか」

 

「クソッ! もう会話は無しだ! いいからついてこい!」

 

 メルダーが人質を置いて自動扉の向こうへと行ってしまう。誘拐犯としての自覚をもう少しもってほしい。仕方なくハルキも彼女の後を追う。

 

 ロビーに入ってメルダーの姿を探すと、受付付近のソファーに苛立たし気に座るところだった。ハルキはとぼとぼと歩いて隣に座る。

 

「なんで隣に座るんだ!」

 

「ひどい扱いだ」

 

「いいかい? 一切口を開くなよ? もう絶対しゃべるな」

 

「分かった。お口にチャックするよ。それでいいかい?」

 

「よし、よしよし、いい子だ。じゃあいまから黙りな」

 

 会話が封じられてしまった。次に口を開けば電撃を食らいそうな剣幕だ。仕方なくハルキはスマホを取り出してネットサーフィンを始める。

 

 さて、もういっそ調べてしまおうか。どうせ研究所の中だ。気絶してもしなくても結果は変わらないだろう。

 

 検索語彙を考える。単純に初夜で良いか。それとも、初夜、やり方、とかで検索するのがいいのか。おっと、ここは単純な検索ではなく、AIを使って回答させてみるのもありだ。

 

 いやいや、画像検索も捨てがたい。どこぞの女性の裸体であろうと、この高性能CPUに掛かればペルテテーに変換できる。なに、以前はグラビアで気絶してしまったが、あれから幾度かの経験を経ている。ペルテテーと一緒にお風呂だって入ったのだ。いまなら行ける自信がある。気絶したらメルダーに運ばせよう。そうしよう。

 

 ハルキは画面を画像検索に切り替え、検索バーに言葉を打ち込む。鬼種、裸体でいいだろう。ただ見たくなっただけだ。他意はない。

 

「……なにやってんだ」

 

 横合いからメルダーにスマホを取り上げられる。

 

「……むっつりかよお前。ていうか、この状況でまだ頭がお花畑か」

 

 喋ると怒られるから、ハルキは無言で右手を差し出した。

 

「こいつはあたしが預かる。あんたを引き渡すときに返してやるよ」

 

「待遇改善を要求する」

 

 メルダーの表情に亀裂が走った。奪ったスマホになにやら打ち込む。ややあってスマホを渡してきた。

 

「せめてこっちにしな」

 

 画面に現れたのは、いつぞや見たグラビアだ。しかし鬼種がいない。妖精種ばかりだ。反論したいが、これ以上続けて本格的に没収されては困る。仕方ない、妖精種の女性で我慢しよう。脳内変換してしまえばどうにでもなる。

 

 さて、素敵な時間の始まりだ。

 

 こつん、こつん、と靴底を鳴らす音が響く。眼前で音が止まる。

 

「ああ、86番。ようやく再会できましたね」

 

 タイミングが最悪だ。殺してやろうかこの女。

 

 顔を上げ、ハルキは笑った。目の前には、水色のボブカットの美しい妖精種。白衣の下には黒のニットを着ている。まあ、胸はなかなかに大きいが、そこはどうでもいい。

 

「帰れ。いま僕はグラビアを見てる。後にしてくれ」

 

 横でメルダーが頭を抱えているが、知ったことではない。こちらは折角の素敵な時間に水を差されたのだ。そうとも、こいつが何もかも悪い。情操教育を施さなかったこいつが全部悪い。

 

「おやおや、第二次成長期は過ぎたはずですが、肉欲にとらわれているのですか?」

 

「なんだいその肉欲っていうのは? 研究者だったら分かるように言ってくれないかな?」

 

「あなたには不要な言語です。少しパラメータを弄る必要がありそうですね」

 

「ほらこれだ。こっちが求めても大した情報が出てこない。これだからお前みたいな研究者は嫌いなんだ」

 

「怒り? あるいは失望? この六年で随分と感情が芽生えてしまったようですね。困りました。我々が示した到達点には不要なものです」

 

「僕の必要不要を勝手に定義しないでくれるかな? それを判断するのは僕だ」

 

「ああ、もう忘れてしまったのですね。あの頃はあんなにも従順だったというのに。意識の剥奪から始めましょう。どうやらバグだらけになってしまったようです」

 

 ふいに、背後から両腕を掴まれる。他の研究員だ。

 

「折角戻ってきてあげた成功検体への対応がこれかい? 品位に欠けるね。マフィアの方がもっとまともだったよ。なにせ、最高級レストランで食事会を開いてくれたくらいだ」

 

 アイラが頭を傾ける。

 

「なぜ86番にそのような対応をする必要があるのでしょう?」

 

「ははは、いまなら分かるよ。お前、全然人間的じゃない」

 

「分からないのですか? 研究者に人間性など不要です」

 

 首筋に鋭い痛み。意識が一瞬で消える。

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