相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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三章:闇のおびただしい街 6

 メルダーの眼前でハルキの意識が落ちる。研究員二人が彼を抱えていた。

 

「折角無傷で捕らえたのに、随分乱暴するじゃないか」

 

 昼に二度ほど雷を落としたのは棚に上げた。

 

 左手にノートPCを抱えたアイラが困ったように笑う。

 

「バグを抱えた機械は一度再起動するでしょう? それと似たようなものです」

 

「随分とマッドな回答だ。それで? あたしは取引を無事完了したってことでエーテル研究所に就職できるのかい?」

 

「ええ、契約書をかわしましょうか。一度中に戻りましょうか」

 

「またあの廊下を永遠歩くのかい。道覚えられないんだけど」

 

「何度も往復すれば覚えますよ。帰りは案内を出しますので安心してください」

 

 はいはい、と軽く返事をし、メルダーはトランクを持って立ち上がる。

 

「それと、そのハルキ――86番だが、最近話題のオライオン奈落探偵事務所の幹部だそうだ。マスコミリークをちらつかされてる。まあ、先方の牽制さな。一応覚えておきな」

 

「あらまあ、我々は家出した息子を取り戻しただけです。突かれて痛いところはありませんよ」

 

 果たして世間がそう見てくれるのかは怪しいところだ。メルダーはいちいち口にはしなかった。どうも就職先を間違えたらしい、ということだけは理解していた。だが、元軍人にとって上官がどんな人間であろうが、適切な環境と報酬さえ用意してくれるのなら問題はない。たとえ、倫理観がどれだけ狂っていようがだ。

 

 メルダーは典型的な妖精種だ。他の種族がどうなろうが知ったことではない。

 

 歩き始めたアイラに続く。セキュリティゲートを越え、長く複雑な廊下を抜けてエレベーターへ。研究室へ再び入室する。

 

 ふと、ひとりの研究員が慌てた様子でアイラに近づいて耳打ちする。彼女の表情は見えない。

 

「緊急、ですか。仕方ありません。取引先の要望にはお答えしましょうか。私は会議室へ向かいます。86番をいつもの場所へ」

 

「あたしは待ちぼうけかい?」

 

「そうですね、取引先の方にご紹介しましょうか。我らが誇る用心棒として」

 

「めんどくさそうだ。まあ、好きにしな」

 

 アイラが会議室へ向かう。ノアと来たときと同じ場所だ。メルダーも後について会議室へ入る。

 

 アイラがノートPCを壁に据えられたディスプレイに繋げ、テレビ会議を始める。画面上には、金髪の男性の姿が映る。丸い耳から推察するに、ネズミの亜人といったところか。恰好は高そうなスーツ姿。かなりのお偉いさんらしい。

 

「突然の連絡申し訳ございませんアイラ様」

 

「どうしましたかエガリゼ様。緊急の用と伺っておりますが」

 

 ふいに、エガリゼの青い瞳がメルダーに向けられる。すぐに視線はアイラに戻った。

 

「こちらの供給路に一部支障が生じまして。すぐにでもお伝えする必要があると思いましてこうして連絡した次第です」

 

 内心で舌打ち。まさかここで昼の雑な仕事が効いてくるとは思わなかった。正直今すぐに席を立ちたい気分だった。

 

「構いません。納期を延長しましょう。きっとこれも神意です」

 

「寛大な対応感謝に絶えません。もちろん、供給路の妨害者は既に割り出し済です。ルミナス工房になります」

 

 クソッ。最悪だ。こいつ気づいてやがる。

 

「ああ、大いなるすれ違いですね。恐らくこちらのメルダーが襲撃したものでしょう。まずは謝罪を。ルミナス工房の一部保守派が我々の行動を快く思っていないようなのです。メルダーはその先兵として動いておりましたが、既にこちらと取引が済み、いまではエーテル研究所の社員になります。ですので、今回は我々の不手際ということでご容赦いただけますと幸いです」

 

「なるほど、そういうことですか。事情は把握しました。ですが以前にもお伝えしましたが、価値の棄損は私にとってはあまり許容できないのですよ」

 

「ええ、もちろん。あなたの均等化は覚えております。価格調整でいかがでしょう?」

 

 エガリゼの表情は穏やかな笑みのまま。

 

「アイラ様。少し気になる情報を耳にしまして。まずはそれを確かめてから交渉に入りたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ええ、もちろんです。我々はあなた方を非常に必要としております。なんなりと」

 

「ありがたい言葉です。我々は共に価値ある取引を以前の交渉で締結したと考えております。取引には等価で、かつ、誠実さが必要です」

 

「ええ、ビジネスの基本でしょう」

 

「以前アイラ様は仰いました。研究のノウハウは確立されたと。それは本当でしょうか?」

 

 メルダーはエガリゼの指摘の意味に気づく。ノウハウは確立していない。していればハルキなど必要ではない。そも、この研究が停止するはずがなかった。

 

「ええ、ですから研究は再開されたのです」

 

 はて、とエガリゼの瞳が鈍く光る。

 

「ならばなぜあなたは86番を手元に置いたのです?」

 

「なんのことでしょう? 少し意味が理解できかねます」

 

「オライオン奈落探偵事務所の幹部であるハルキさんが誘拐されました。そこにいるメルダー殿によって。これは確かな筋からの情報です。そして、ハルキさんはあなたがかつて成功体と呼んだ86番です。こちらも同様に正確な情報です。アイラ様、我々はあなたに説明を要求します。もし技術が確立していないのであれば、再び大量な人材の価値が棄損されることになる。天秤が傾く。これは看過できません」

 

 エガリゼの声は平坦だ。落ち着いているのに、明らかな怒りが言外に滲んでいる。対するアイラは普段通りだった。

 

「そうであれば、どうなるのでしょう?」

 

「取引は中止になります。かつ、賠償を求めます」

 

「賠償、ですか。公にできない取引だというのに、法務局に駆け込むのですか?」

 

 エガリゼが微笑む。

 

「なにを仰っているのやら。忘れてもらっては困ります。我々はマフィアです。法外での取り立ては我々の常套手段ですよ?」

 

「なるほど、こちらの落ち度を認めざるを得ませんね。人材の供給を絶たれてはこちらとしても困ります。さて、どうしたら取引を再開していただけますか?」

 

「まずはハルキさんの身柄を返していただきます。彼は私とも個人的な取引をしております。そして非常に大事な取引先です」

 

「エガリゼ様の論法ですと、86番がいなくなれば研究を継続しても価値の棄損が激しいのでは?」

 

 微笑みがエガリゼから消失する。

 

「前提をお伝えしましょう。ハルキさんはあなた方に卸す人材全員の価値を集めても余りある存在です。その辺の人材と彼を一緒にしないことです。そして、彼があなた方の手にないことがそもそもの取引の前提です。あまり御託を並べないことです」

 

 これは負けだ。元軍人としての直観がそう告げている。天才とはいえ、たかが研究者がマフィアに喧嘩を売ってしまった。ここは退くべきだ。

 

「以前お伝えしたはずですが、当該研究の出資元はクリスタルラインです。かの企業が激怒しますよ?」

 

「それはそちらの関心事です。我々の関心事ではありません」

 

 アイラの言葉が止まる。これは、残念ながら転職は無理そうだ。次の雇用主がこれではメルダーとしても先が不安で仕方がない。

 

 エガリゼの視線が移る。

 

「メルダー殿、どうです? うちに来ませんか? あなたの実力は監視カメラで確認しています。ぜひ弊社の実行部隊に欲しい」

 

「そうだね、その方がよさそうだ。どうやら私はミスったみたいだからね」

 

「では最初の仕事を命じても?」

 

「ハルキの輸送かい? 分かったよ。輸送先はどこだい?」

 

「元の場所へ戻してください。あるべき場所へ」

 

「分かったよ。あとの取引はあたしの知らない場所でやってくれ。あんま聞きたくない話だ」

 

「ええ、そうしましょう。私の連絡先はハルキさん、もしくはペルテテーさんから伺って下さい。連絡をいただければ歓迎しますよ」

 

「便宜をはかってもらって助かるよ。それじゃ、あたしは仕事に移るよ」

 

 トランクを持ってメルダーが立ち上がる。アイラが反応した。

 

「お待ちなさい。勝手に話を進めてもらっては困ります」

 

「アイラ、あんたはもう交渉で負けたんだ。ハルキを手放さなきゃマフィアと全面抗争になる。それくらいあんたの高尚な頭なら分かるだろ」

 

「貴重な検体が戻って来たのです。それをみすみす手放せと?」

 

 頭が痛くなった。この期に及んでまだ研究に思考が囚われているらしい。いまアイラがいる場所は、そんな生ぬるい状況ではない。

 

「諦めな。あんたは人を人扱いしなかった。それが敗因だ」

 

 メルダーは言葉を投げ捨て部屋を出た。近場の研究員にハルキの場所を聞くも回答がない。いらついて魔杖短銃を抜くと、すぐに答えは返ってきた。研究員も結局は自分の命が大事らしい。

 

 無理やり案内をさせてたどり着いた先は手術室だった。ライトに照らされて横たわったハルキは特に変わりない。部屋の脇にある魔杖短剣を取り、彼を無理やり背負う。研究員に出口まで案内させる。

 

 今日だけで東セクターと南セクターを何往復するのだろうか。本当に気が滅入る。

 

 

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