エ〇ゲ世界で或る上位存在曰く「叫べ、太陽ォォォ!」   作:糸をなんとかしろ!

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12聖職者の――

 落ちていく。

 ただひたすらに落ちていく。

 明かりを持たないまま井戸の底へと向かっていくような終わりの見えない場所へと落ちていく。

 

 

『底』を意識したのはどれだけの時間を要したのだろうか。

 足が何かに触れ、身体が自分の体重を意識したときやっとたどり着いたのだと気づいた。

 自然の洞窟、というにはあまりにも生物的で

 人の胎内、というには生気はない。

 

 忌み子とは、本来生まれるはずの人の赤子を素材として夢の世界きら肉体を得て顕現する存在だ。

 つまり今の妊婦の夢の中は魔物の胎内だ。

 魔物の胎内がどんなものかと問われたらきっとこれが正解なのだろう。

 

 

 魔法の力で灯りを点けると、眼前には馬車が馬ごと丸々落ちていけそうなくらいの大穴が一つ。ぽっかりと開いていた。

 まだもっと先があるのか、とリーリアは少しうんざりしそうになる。

 まずは様子をみよう。大穴に向かって歩を進めるとぴちゃり、ぴちゃり、と水音が耳朶を打つ。

 

 それだけではない。ぐちゃり、ぐちゃり、と何か粘性を伴った何かが混ざり合うような音すらも聞こえてくる。

 不安を煽るような音だというのに。何故か──安心感を覚えている自分(リーリア)がいたことに、当のリーリアは肌が粟立つような感覚を覚えた。

 

 

 大穴から、音が近づいてくる。

 杖を握り締め、いつでも魔法を放てるように構えをとる。

 音の正体を知るのはさほど時間はかからなかった。

 

 

 

 無数のナメクジが絡み合っていた。

 ナメクジの塊が大穴からぬるりと現れた時、これが夢であることをリーリアは再確認した。

 夢なのだから何でもありだ。あんなナメクジ同士が絡み合って出来上がった塊が浮遊していた。

 

 あまりにも悍ましい光景だというにも関わらず、リーリアの反応は酷く淡泊だった。

 あの時──太陽仔には嘘をついた。

 

 

 この異常存在を目にするのは初めてではない。

 そしてナメクジのような存在であるという事は噂でもなんでもなく、リーリアが過去に目にしたものだ。

 こうしてはっきりとした意識の下で目の当たりにするのは初めてなのではあるが。

 

 

 自分の体と同じくらいの大きさのナメクジに全身を包まれている。

 覚束ない思考、ぬめぬめとした感触に包まれ、身体が火照る。下腹部が熱を帯びる。

 待っていた。この時を待っていた。そうリーリアの脳が叫ぶ。

 ──私は、一体何を。

 自分の知らない自分を目の当たりにさせられながらも脳の発する知らない自分に抗えない。開かれるナメクジの口。そして──

 

 

 そんな夢を何度も見たことがある。幼いころから散発的に見せられる。

 今の己が、現実の意識である事を確認するように拳を握りしめる。爪が掌に食い込んで仄かな痛みを感じる。

 

 ──大丈夫。

 

 現実と夢。その境界線はまだ保たれている。

 自分にそういう欲求があるのか、何かしら、妙な呪いにかかっているのかは分からないが──今は、大丈夫。

 

 眼前に居る浮遊するナメクジの塊は倒すべき敵だ。

 あれはもう──救う事が出来ない。

 

 ぴちゃり、ぴちゃり、と粘液を落としながらふわふわと飛び回るそれにリーリアは杖を構える。

 魔力で弓を練り、矢を放つ。

 青白い閃光が稲妻よりも速く、ナメクジの塊に炸裂したその時だった。

 

 

 塊の一部だったナメクジが──落ちた。

 それも2匹や3匹ではない。10匹以上だ。

 人間の子供のサイズから、人間の大人と同じかそれ以上ほどのサイズのナメクジがどちゃりと湿った音を立てて落ちる。這う、そして、リーリアに殺到する。

 

 返す刀でリーリアは杖を振るう。

 魔力を込めた杖は鉄の塊すらも切り裂く。ナメクジの身体が真っ二つになり一匹霧散した。

 

 左右に振るように動きながらナメクジのタックルを避けながらカウンターで切り裂く。

 

「ッ!?」

 

 ぬるり、と足元が滑る。

 一瞬の浮遊感に心臓が止まりそうになる。それでも踏みとどまって見せたリーリアは足元に目を向けた。

 

 頭上をふらふら飛び回っているナメクジの塊が落とした粘液だ。気付けば粘液だけで大きな水溜まりが出来てしまいそうだ。

 

 その一瞬の油断がナメクジにチャンスを与えた。腕に絡みつく。小さなナメクジが口を開く。

 慌てて振り解き、杖で切り裂く。

 

 このままとりつかれてしまえば、他のナメクジに殺到されて貪られていただろう。事実、追い討ちにやってきたナメクジが次々と飛びかかってくる。

 

「数が多い……!」

 

 あの飛び回っているナメクジの塊を狙わなければならないのはリーリアも理解はしている。それでも地上に蠢くナメクジを倒しきらなければリーリアの方がナメクジの塊にされる。

 地面の滑りがリーリアの回避を困難にさせる。最初は避けられていたナメクジの攻撃も、彼女の動きに綻びを作り時としてナメクジにとりつかれる。

 

 

 頭上のナメクジの塊は、数を減らしていた。

 地上に落としすぎたのだ。塊の奥には目玉のようなものがぎょろり、とリーリアを見ていた。

 

 その目を見た瞬間、リーリアの動きが止まった。

 それは畏怖か。それとも従属か。下腹部が疼いた。

 

 

 気付けば空の見えない闇を見上げていた。

 手足は──動かない。巨大なナメクジたちが張り付いて重石を乗せられたかのようにびくともしない。

 そしてナメクジが口を開くと、白く細長い何かを出した。そしてそれを──リーリアの口の中に捩じ込んだ。

 

「おごっ……!」

 

 ──あぁ、待っていた。

 

 その遅いくる苦悶と、抵抗する肉体に反して、脳が歓喜に打ち震えていた。

 息が出来ない。

 修道服が溶けていく。生肌がナメクジの粘ついた粘液に晒され全身に熱を帯びていく。

 いつか見た夢、そのままの感覚がリーリアを襲う。

 

 ──違う。

 

 ──違う。

 

 ──違う。

 

 喉の中で激しく前後するナメクジの器官。嘔吐感を必死に堪えながら、体を捩らせる。

 

「ごほっ……お゛っ」

 

 下腹部に何かナメクジにしては少し硬く、弾力性のあるものが当たる。それが何かを理解した時、リーリアは必死に声を上げた。

 

 ──お情けを

 

 ──違う

 

 脳が歓喜に打ち震える。

 意志が抵抗をする。

 脳が受け入れる。

 意志が吼える。

 

 ──私に、お情けを

 

 ──違う! 

 

 落ちていく。

 どこまでも、落ちていく。

 

 

 ここは「底」なんかじゃない。本当の底はもっと、奥深くにある。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 リーリアが夢の中に向かってからそれなりの時間が経過した。

 弟は一旦外に出て待ってもらい、今の修道院の一室には壁にもたれた太陽仔と、妊婦の寝汗を拭くハーニャ。そして眠ったままの妊婦とリーリアがいる。

 

 ひどく静かだった。

 暇を持て余した聴覚が、静寂そのものを音と判断して耳鳴りが起こす程には静かだった。

 

 完全に手持ち無沙汰となった太陽仔は、一人壁にもたれながら太陽銃を布で拭く。そこまで汚れはないものの、何もしないで待つことが出来なかった。

 落ち着かなかった。

 

「聞いていいか?」

 

 喉の奥でつっかえていた言葉を口にする。

 ややあってハーニャが「……どうぞ」と、返事すると太陽仔は続けた。

 

「こうして妊婦の夢の中に入るのは初めてなのか?」

 

 リーリアの反応、そしてハーニャの口ぶりからして明らかに情報の類が欠損しているように思えた。解決方法自体は明確にあるにも関わらず、前例というより成功例らしきものが素人の太陽仔には見えなかったのもある。

 何よりハーニャ当人が言う情報もかなり大雑把に感じられた。

 

「……はい」

 

 当人も死地に赴かせているという自覚ははっきりとあったようで目元に陰が差す。

 

「それでも修道女としてあれを放置する訳にもいかない、そうだな?」

 

 選択肢はいくつかある。

 妊婦を腹の中の忌み子ごと殺してしまうこと。

 もしくは

 妊婦を見殺しにして出てきた忌み子を殺してしまうこと。

 そして

 こうして夢魔の秘薬を使って夢の中のに入り込み、肉体を得る前の忌み子を始末するか。

 上2点が論外なのは血と硝煙と暴力でスレた太陽仔でもわかる。

 

「私が行けるならずっと一緒にいてあげたいのです。あの人の背中を守ってあげたい。でも現実は足手纏いでしかない。私には戦うための魔法の適性はなくて、歳はそう差はないはずなのに身体もどうにもならないほどに、リーリアのようにはなれませんでしたから……」

 

 リーリアの身長が平均よりやや高めなのもあるが、ハーニャは一回りどころか二回り程小さい。

 これは人それぞれが持つどうにもならない差。

 それを責めたってどうにもなりはしない。無いものねだりだ。

 

「だったら俺を……」

 

「駄目です」

 

 代行なら多少出来るはずだ、と太陽仔は言うもののハーニャは即座に止める。

 太陽仔からすれば敵意を分散出来る味方がいれば生存率が上がるだろうと食い下がる。

 

「修道女ではない貴方を、ましてや夢見の花粉に対する耐性が殆ど無い人間を送り出すわけにはいきません。それこそ死にに行かせる事と同義です」

 

 先ほどの戦闘で何とかなったのは血を吐くような根性で無理やり動いたからだ。そして混濁する意識と現実が噛み合った事の幸運。

 2度も幸運は続かない。

 それは太陽仔も理解はしていた。

 

「…………」

 

「教えていただけますか」

 

 ならば何故、自ら命を捨てる行為と同義な事に走るのか。疑問に浮かんだハーニャの声が太陽仔を呼ぶ。

 太陽仔は布で太陽銃の汚れを拭き取りながら「何」と返した。

 

「貴方の何が駆り立てるのか」

 

「駆り立てる……?」

 

「はっきり言って貴方は自らの命を軽んじているように思えます。一種の自殺衝動に駆られているような」

 

 使命感か、罪悪感か。

 自殺衝動のようにも見えたというそれに、太陽仔はありし日の光景を思い返す。

 

 己を取り囲む、白衣を着た知らない大人たち。

 どんな話をしていたのかは覚えていない。けれども随分喜んでいたようにも思える。それがあの日の太陽仔にとって酷く嬉しかった。

 

 

 次はその知らない大人たちの亡き骸と、血溜まり。

 惨たらしく殺された先程まで命だったものを見下ろしながら、探す。

 こんなことをした誰かを、探していた。

 

 無数の瓦礫、ガラクタが無造作に積み上げられた一つの山の上で見える荒野。

 ずっと遠く彼方を見渡して。

 

 ──おれは、屍と屑鉄の上に生きている。

 

「よく言われる。知り合いにも言われた。お前はお前の命を軽んじているってな」

 

 太陽銃を手にした前だったか後だったか。

 おてんこさまの叱責がリフレインする。

 

「……そう簡単に死んでやるつもりもない、犬死になんてまっぴらだ」

 

「なら!」

 

 矛盾している。そう言いたげなハーニャの返しに太陽仔は首を横に振った。

 

「かと言って後悔してくたばるのもまっぴらでね。手前(テメー)の命の使い所って奴だ。くたばったらそん時だ」

 

 ハーニャがそこから先何かを言いたげな顔をしていたことを、太陽仔は見て見ぬふりをした。

 彼女には彼女なりの矜持がある。修道女として、そしてリーリアの後方支援として。双方の睨み合いじみた沈黙がこの場を支配する。

 

 どれだけ黙ったままだったろうか。数時間単位にも感じられるような沈黙を破ったのは──

 ごとり、と何かが落ちる音だった。

 

 

 音の源は眠ったはずのリーリア。

 仕舞っていたはずの杖が床に落ちてしまったらしい。

 彼女から目を離そうとした矢先だった。びくり、と眠ったはずのリーリアの身体が跳ねた。その動きは徐々に数を増していく。

 そして眠ったまま「ぁ……ぁ」と、か細い声を出しながらその身を捩らせだらしなくその四肢を放り投げるような体勢でその身を晒す。

 

「まさか!」

 

 明らかに異常事態と取れるそのリーリアの状況にハーニャは飛び出すようにしてリーリアの側まで寄る。

 太陽仔も太陽銃をホルスターに仕舞い駆け寄るが眼前で繰り広げられていた光景は思いの外凄惨なものだった。

 

「お゛っ゛……ご゛ぉ゛っ゛……」

 

 今のリーリアは何かをされている。修道女絡みのことではてんで素人である太陽仔でもそれくらいはわかった。

 床につけた手から生暖かい感触がする。さっきまで冷たい空気を吸い切っていて氷のような冷たさを持っていたのに関わらず、だ。

 慌てて手を離すとその手は濡れ切っていた。リーリアを中心に水溜まりが出来ていた時太陽仔の眉間に皺がよった。

 

「リーリア……!」

 

 取り乱し、リーリアの手を取るハーニャの姿で確信が持てた。

 このまま放っておくことはもう、出来ない。今夢魔の秘薬を持っているのはハーニャだ。秘薬を盗み取るなどして強行突破する事は出来ない訳じゃない。だがこれは仁義の問題だ。

 

「その薬、俺にくれ。このまま放置しても何もいい事は無いだろ。もし何事も無かったらそれでいいんだし。ここであいつがやられたら本当に終わりだ」

 

 夢の中で何が起きているのか。

 それはハーニャにも太陽仔にも預かり知るものではない。生ける屍が増えるか、それとも2人とも助かるか、太陽仔だけ死ぬか。ハーニャの視線が太陽仔から眠ったまま痙攣するリーリアに、そして妊婦へと向かう。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リーリアを……お願いします」

 

「──あいよ」

主要人物リストと頻出用語の解説とか要りますかね……?

  • いる。
  • 無くても大丈夫やない?
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