エ〇ゲ世界で或る上位存在曰く「叫べ、太陽ォォォ!」 作:糸をなんとかしろ!
お待たせしすぎたかもしれません。
ぐちゃり、ぐちゃり。
どれほどの時間が経ったのだろう。
体内に捩じ込まれたナメクジのナニカがずっと蠢いている。
蓑虫のようにナメクジたちに覆い被されたリーリアの脚がぷらりと垂れ下がっている。
粘性を伴った水音がよく響く。ぴちゃり、ぴちゃり、と足元に落ちていく。
ナメクジの粘液か、それとも違うものなのか。
「ぁ……ぁ……」
声を出そうにもか細い声のようなナニカしか出てこない。
身体の穴という穴に入り込んだナメクジにただリーリアは揺られるだけだった。元からそうなることが望みだったかのように。
──違う
これを否定するという、意思。
受け入れるという、本能。
秤に乗せられた二つのそれが天秤となって揺れる。
感覚の無くなった四肢に血が通う。
手には杖が握られていた。
──明日もまた陽は昇る。
反芻するように彼の言葉を思い返す。
これは「約束」だ。
最後まで足掻くという、「約束」だ。最後まで。戦って、戦って、戦い抜いて。
その先に何があっても決して諦めない。
それが、そう。それこそが──
指先までに血が通う。
触れているものはあのナメクジたちだけではない。杖だ。
一振りの杖。見てくれはよく削られた木の枝。弓にも剣にもなり、どんな防具や武器、魔法よりも頼りになる。ハーニャが作ってくれたその杖はまだ手元にある。
魔力を込める。青白い光がナメクジの体越しから放たれている。
そして──光の刃が取り憑いたナメクジたちを切り裂いた。
拘束が解け、身体が重力に従って落ちていく。下を見れば蠢く肉塊がリーリアという名の餌を喰らい尽くそうと鎌首をもたげていた。
絶望的な状況にも関わらず不思議と冷静だった。
杖の先端を蠢く肉塊に向ける。
落ちていく。
本当の底まで落ちていく。このまま落ちてしまえば肉塊の一部になってしまうのだろう。ならばその肉塊に一撃を入れてからその隙に上までなんとかよじ登ろう。
出来る出来ないというよりはやるしかなかった。他に選択肢が無いならやる。リーリアにはそうするだけの覚悟があった。
手に力を込める。
しかし
本当の底に行きつくよりも先に彼女は──止まった。
がしり、と剥き出しのお腹に誰かの腕が回る。朽葉色の外套を纏う腕──
「牧師……さん?」
「悪い。塩買ってくるの忘れてた」
空いたもう片方の腕からは細長い金属の
緊張感がまるでない第一声に緊張という緊張がボロボロに崩れて落ちた。相打ちもはっきり言って覚悟していたのに。
これでは骨折り損のくたびれもうけだ。
──本当に、なんなんだろう、この人は
でも嫌な気はしなかった。
見なくなって久しい陽だまりにあたったような気分だった。
先ほどまでいた場所まで戻るのにさしたる時間は要さなかった。
件のナメクジの塊は依然としてふよふよと浮かんで粘液をボトボト落としている。またもう一度あのナメクジの群れを相手取らなくてはならない。今のリーリアの加護*1はひどく摩耗していた。
ナメクジの吐き出す穢れがリーリアの肉体に溜まりきっている。ナメクジに取りつかれたら振り解くにも難儀するのは目に見えていた。
「牧師さん、その──」
花粉への耐性が無いにも関わらず飛び込んだのは勇気か、蛮勇か。
こんな真似をして太陽仔もただでは済むはずがない。と、胸元を腕で隠しながら件の彼の方を見る。すると──
「おろろろろろろろろろろろ」
地面に突っ伏して
それはもう見事なまでの吐瀉物だ。文句がつけようがない。これまで夢見の花粉を寸前まで堪えた上で魔力を摩耗させてまた花粉から作り出された夢魔の秘薬を摂取すればこうもなろうというものだった。
「だ、だべだっだ! おぼっだよりだいじょぶぞだっだがらワンヂャンいげるどおぼっだけどワイヤーづがっだどごろでぼうやばがっだ! おぼろろろ、ろろろろろ」
──あ、これは駄目な奴ね……
なんだかデジャブな感想を抱きながら物陰に太陽仔を引き摺り込んで背中をささる。
顔を上げた彼の顔は吐瀉物と涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
こんな風になるなど見えていた未来だろうに、この人は。リーリアは呆れと共にこの異様な空間の中でも緊張感の欠けるこの男に対して少しばかりの安心感を覚えていた。
「どうしてここに?」
「ぜえっ……ぜぇっ……頼まれたんだ。うっぷ」
「誰に?」
「お前の相方だ」
──ハーニャが?
あのハーニャが太陽仔がこの世界に飛び込む事を許したのか?
彼女は少し強情な所がある。そんな彼女が許したのか?
未来は見えていたはずだ。なのに。
「ほんとにナメクジなんだな。塩持ってこなかったのが死ぬほど悔しいな。ぶち撒いてやれば溶けて死んdおぼろろろろろろろ」
「ま、まだ言うのね……」
ゲロは吐けども軽口は叩く。この男のメンタルは一体何で出来ているのだろうか。鋼か? オリハルコンか?
限界まで吐き切ったのか、出てくるのは胃液のような液体だけだった。
「うっぷ……なんとかぶち抜いてみる」
太陽仔が手持ちの太陽銃に手を掛ける。とはいえ、その手の動きに冴えがない。「あぁくそ」と溢しながら太陽銃のフレームを換装する彼の姿から単独であれを倒しに行く事は敵わないと悟った。
おそらく視界が酷く揺らいでいる状態だろう。それでナメクジから身を守りながら射撃させる事は酔っぱらいに裁縫をさせるに等しい。
それはリーリアも同じ。守りの薄い状態でナメクジを捌きながら太陽仔を守り、本体を狙うなどというのは至難の業だ。本体を倒し切る前にすり潰されるのがオチだ。
だから太陽仔の登場はピンチでもある。だが同時にチャンスでもあった。
太陽仔の攻撃力はリーリアがよく知っている。あの光弾ならばあの空中で浮遊するナメクジの塊を丸ごと焼き尽くす事はできるはずだ。
ならば──
リーリアは太陽仔の震える手を取った。
きょとんとする彼の目を前にしながらその言葉を紡ぐ。
「私が、貴方の目になります」
◆◆◆◆◆
作戦はこうだ。
太陽仔は一旦後方に下がり、限界まで太陽銃をチャージさせる。
それまではリーリアがナメクジから彼を守るように立ち回る。
チャージ完了した際にリーリアが照準を定めながら、太陽仔に引き金を引かせる。
分の悪い賭けとはいえ、それに太陽仔が異を唱える事はなかった。
ナメクジの群れたちが次々とリーリアに殺到する中、一旦空中浮遊するナメクジの塊には目をくれず地を這うナメクジたちだけをカウンター気味に杖で切り裂く。
一度でも取りつかれようなら次々と他のナメクジが殺到してリーリアの身に纏わりつき、その身を犯すだろう。とはいえ攻めの姿勢を取る必要が無いおかげで然程難しいことでもなかった。
背後を見る。
太陽仔の手元にある太陽銃の銃口からが収束していく。大砲玉のように膨れ上がったそれを見るや否や、リーリアは駆け出した。
「牧師さん!」
「あいよ!」
見た目通り限界まではチャージし切ったのだろう。太陽仔の側に立ち、腕を支え顔を寄せる。
太陽仔の息遣い。吐瀉物の臭いは見て見ぬふりをしておく。息遣いに合わせながら銃口をゆっくりと空中で粘液を落とし続けるナメクジの塊へと向ける。感覚は矢とは違う、矢のように重力に従って落ちずまっすぐ飛んでいくものだ。しかし弾速は完全に想像となるのでこうして空中で動き回るそれに直撃させられるのかという不安はあった。
相手の動き合わせて──狙う。
「行けっ!」
ごうっ、と熱風がリーリアと太陽仔を襲う。
大きくよろめきながら太陽仔は倒れそうになるものの、リーリアはそれを受け止めた。
──当たりが浅い!?
光の弾丸は想定通り真っ直ぐに飛んでいった。しかし弾速は想像よりも速く、ナメクジの塊を掠めるだけに終わった。
命中した場所は酷く焼け爛れ、黒い煙をあげている。体の半分を消し飛ばされたナメクジはぼとりぼとりと音を立てて落ちていく。そして顕になったその『核』にあたる部分、先ほどの戦いで見た目玉のようなものがギョロリとこちらを見ていた。
「くっ……」
地面にはナメクジの群れが迫っている。その数は手で数えることも馬鹿馬鹿しくなるくらいだった。
己の不備が苛立たしかった。ここで決めてしまえばここまで追い込まれることも無かったろうに。そんな感情でも読み取ったのか太陽仔は「へっ」と笑った。
「もう一度貯める。掠っても余波で吹っ飛ぶくらいの一撃でもかましてやればいいんだ。うっぷ……」
気にしてなどいないと言わんばかりに気丈に振る舞う姿に、リーリアは思う。彼の無茶に応えてやれなくて何が浄化の姉妹だ、と。
迫るナメクジを杖で切り裂きながら太陽仔を待つ。その彼の邪魔をさせないと、リーリアは悲鳴をあげる腕と脚に鞭打ちながら杖を振るう。そして──
太陽銃から前の一撃より心なしか大きくなった光が玉の形を成していた。
ナメクジの数は増している。このまま迎撃をし続けてもジリ貧だ。これが最後のチャンスだ。
「牧師さん!」
「頼んだ、修道女の姐さん!」
もう一度。
胸元が潰れてしまうくらいにぎゅっ、と体を寄せ、太陽仔の銃を取る腕を支える。
ここで外せば諸共ナメクジの餌だ。動き回るナメクジの塊を観察しながら狙いをつける。永遠に感じられる一瞬。
不思議と粘液が落ちる音とナメクジの地面を這う音はかき消えていた。あるのは視界と、目の前で浮遊し続けるナメクジの塊だけ。
「「いけえええええっ!」」
声が重なる。勢いのまま引き金を引いた時、リーリアと太陽仔の身体は派手に宙を舞った。
反動が大きすぎたらしい。二人ともども派手に地面に投げつけられたボールのように転がる。
撃った弾が命中したかどうかは回転する視界が教えてはくれなかった。代わりに名状し難き悲鳴のような音が聞こえた。
見なくてもわかる。あのナメクジの塊たちは消し炭になったのだと。
それを証拠にいつまで経っても地面の上にいるはずのナメクジはいつまで経っても地面に転がったリーリアと太陽仔の元にやってくることは永遠になかったのだから。
「後で塩撒いとこうぜ……」
まだ言うか。
延々と塩の話をする太陽仔に呆れ混じりにリーリアの顔が綻んだ。
主要人物リストと頻出用語の解説とか要りますかね……?
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いる。
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無くても大丈夫やない?