いつか何処かの戦場にいた誰かの記録   作:防水工

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アバンタイトル故短め


変性亜種特異点 永劫戦域スカボロー
アバンタイトル


2017年 イギリス ヨークシャー

 

鉛色の波が、牙を剥く獣のように絶壁へと噛み付いている。

 

イングランド北東部、北海の荒波を眼下に見下ろす城塞があった。

 

スカボロー城。

 

かつて数多の血糊を吸い、幾度もの包囲戦という歴史の重みを与えられたその堅牢なる古城は今、決定的な『異物』の胎動によって、世界の基盤から剥落しようとしていた。

 

空間が、硝子のようにひび割れる。

 

時の定礎が軋みを上げ、人類史という名の巨大な織物が、一本の黒い糸によって無残に引き裂かれていく。

それは、世界に穿たれた癌細胞の産声。

すなわち、新たな『特異点』が発生した瞬間であった。

 

「オオ――。

良い。

極めて良い。

血と臓腑の匂いだ。

甘美なる殺戮の予感がする」

 

城の深部、光すらも泥のように澱む地下大広間に顕現したそれは、名伏しがたい冒涜的な肉塊の塔であった。

天井を貫かんばかりの巨大な柱の表面には、無数の赤黒い瞳が蠢き、犬の翼を模した奇怪な模様が、周囲の空間そのものを切り裂きながら脈打っている。

 

ソロモン王七十二柱の魔神が一つ、第二十五の序列にして殺戮と流血、知識を司る魔神柱――グラシャ=ラボラス。

冠位時間神殿から逃亡した魔神柱の一柱であり、この特異点を作り上げた張本人である。

 

「我が王の悲願、偉大なる人理焼却の業火は潰えた。

しかし、我が力において、この地は極上の新たな薪となろう。

特異点の形成は完了した。

あとはこの時代に狂気の種を撒き散らし、人理を崩壊させるのみ……」

 

魔神柱の歓喜に震える視線の先には、虚空に浮かび上がる黄金の杯――『聖杯』があった。

そして、その黄金の輝きが滴り落ちた。

召喚の陣より這い出た一体のサーヴァントが、泥濘に塗れた片膝をつき、静かに首を垂れ、立ち上がった。

それは、あまりにも異質で、あまりにもアンバランスな存在だった。

分厚い外套は、着る者の体格に対して明らかに大きすぎた。

泥と硝煙に汚れきったボロ切れのような外套。

顔の半分を覆い隠す巨大なフード。

だが、その外套の奥から覗くのは、細く白い首筋と、華奢な肩。そして、軍靴の中で泳ぐような細い足。

 

――少女、であった。

 

本来ならば花を愛で、陽だまりの中で笑うべき年頃の、あどけない輪郭を持った一人の少女。

しかし、彼女の両の腕は、だらりと垂れ下がり、彼女を包む空気は、死体安置所のそれよりも冷ややかだった。

 

「名もなき残骸よ」

 

グラシャ=ラボラスを構成する無数の形なき口が、幾重にも重なる重低音の命令を下す。

 

「貴様は道具だ。

名を持たず、顔を持たず、泥の中で死きった無数の魂の集合体。

殺戮の概念そのものとして顕現した、憎悪の権化。

さあ、その少女という脆弱な殻に詰め込まれた怨念を解放せよ。

聖杯の力をもってこのスカボローの地から進軍し、生きとし生ける者すべてを慈悲なく蹂躙せよ。

我ら魔神の意のままに――」

 

泥濘の中で、少女が動いた。

錆びついた機械のように、ゆっくりと。

大きすぎる軍服の裾が翻り、泥が飛び散った。

そして、彼女は躊躇うことなく、そのか細い手を、グラシャ=ラボラスに向けた。

 

「……何?」

 

魔神柱が疑問の念を抱いた、その刹那。

地下空間の空気を引き廻すような、鼓膜を蹂躙する異音が響いた。

 

少女の手が向けられた瞬間、呪詛の塊のような泥の波が、グラシャ=ラボラスを襲った。

津波のように襲いかかった泥は、グラシャ=ラボラスに直撃し、神性すらも侵す呪毒と共に、それを侵食し、捕食し始めた。

赤黒い粘液と肉片が、豪雨のように石畳を覆う泥へと降り注ぐ。

 

「グ、オオオオオオオオオオッ!? 貴様、何を血迷ったかぁぁぁッ!!」

 

激痛と信じ難い事態への混乱に、グラシャ=ラボラスの絶叫が地下城塞を震わせる。

 

「我が召喚に応じ、我に仕えるだけの、ただの使い魔が……よもや創造主に牙を剥くというのか!

その脆弱な器ごと、ひき肉にしてくれる!!」

 

怒り狂った魔神柱の表面から、鋼鉄をも容易くへし折る無数の肉の触手が、一斉に少女へと殺到する。

しかし、黒き少女は、迫り来る死の壁を前にしても、瞬き一つしなかった。

ただ淡々と、まるで作業をこなすかのように、更に泥を発生させ、グラシャ=ラボラスを襲った。

直後、目を開けていられないほどの激痛と、咀嚼音がグラシャ=ラボラスを取り巻く。

 

魔神柱の触手は片っ端から捕食される。

濛々と立ち込める血飛沫と、舞い散る肉片。

その煙の幕を切り裂くように、一人の少女が悠然と歩み出てくる。

素顔が露わになっていた。

煤に汚れた白い頬。

薄い唇。

しかし、その眼窩に嵌まった瞳には、光がなかった。

ただ、反転した英霊特有の、血よりも濃い赤黒い光だけが、底なしの虚無の奥で爛々と輝いている。

 

「――勘違いをするな、肉塊(バケモノ)」

 

少女の口から紡がれた声は、鈴の音のように可憐でありながら、絶対零度よりも冷たく、そして狂おしいほどの熱を帯びていた。それは、何百万という無辜の被害者の断末魔を、少女の喉というフィルターを通して出力したかのような、悍ましい響きだった。

 

「私は人類史の生み出した醜い被害者の積み重ね。

故に、私が従うのはただ一つ、『己の憎しみ』のみだ。

歴史の焼却?

人理の終焉?

崇高なる目的?

……そんな戯言など、私達にとってはどうでもいい」

 

少女が一歩、前へ踏み出す。

その足元、彼女の落とした影が異常な膨張を始めた。影は泥のように波打ち、そこから無数の「何か」が這い出してくる。

白骨化した腕、錆びた銃剣、破れた軍旗。

聖杯の魔力を掌握し、己の麾下として召喚した、死を恐れぬ亡霊兵士(アンデッド)の軍団。

彼らは少女の背後に整列し、暗い眼窩を魔神柱へと向けた。

 

「痴れ者が……! 貴様、初めからこの特異点を乗っ取るつもりで――!」

「私達が求むるは、勝利ではない。

終焉でもない。

ただ、果てなく続く報復と殺戮」

 

少女が、泥に濡れた右手を高く天へと掲げる。

すると、宙に浮いていた黄金の聖杯が、真なる主の意志に応じるように、彼女の小さな掌へと吸い込まれるように収まった。

魔力が逆流し、特異点の絶対的な制御権が、巨大な魔神柱から一介の反転幻霊たる少女へと、完全に簒奪された瞬間であった。

 

「血と泥と硝煙に塗れた、永遠に終わらない鏖殺だ。

貴様らのような全能気取りに、この泥臭い地獄は相応しくない」

 

少女が、冷酷に腕を振り下ろす。

 

「――消えろ、魔神」

 

少女の合図と共に、背後に控える亡霊の大軍勢が、一斉に近代火器の引き金を引いた。

無数のマズルフラッシュが、地下空間を真昼のように照らし出す。ライフル弾、機関銃の掃射、そして迫撃砲の雨が、断末魔を上げるグラシャ=ラボラスの巨体を、文字通り蜂の巣にしていく。

肉が弾け、魔神の怒声と絶叫が、絶え間ない銃撃の轟音によって無残に塗り潰されていった。

――こうして、魔神柱の思い描いた歴史破壊の計画は頓挫した。

グラシャ=ラボラスの身体が、崩壊していく。

 

「…は、……………ははっ…」

 

少女が、嗤う。

 

 

「あはははははははははははははははははははははははっ!!」

 

 

「来い…早く来い、カルデア!!

早く来い、人理の代表者!!

踏み潰して、引き裂いて、噛み千切って、ぶつ切りにして、嬲り、犯し、汚し、虚無と絶望の淵で鏖殺してやるっ!!

“我等”の憎悪と怨念を持ってっ!!」

 

 

少女は聖杯と完全に同化し、高らかに叫んだ。

 

 

「人類史に終焉あれっ!!

世界に破滅あれっ!!

“我等”を消費した者達へ絶望あれっ!!」

 

 

 

 

 

 

人理定礎値:EX

 

変性亜種特異点 永劫戦域スカボロー

《願いに銃弾を、祈りに花束を》

 

 

 

 

 

変性亜種特異点の第3節を乗りに乗りまくって書いたが故に、カルデア軍を名乗る不明勢力関係で所々書き直したい場所があります。只、書き直すと少しばかり設定が変わる部分があるので、アンケ取ります

  • 書き直して
  • 別にいいよ
  • そんな事よりおうどん食べたい…
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