いつか何処かの戦場にいた誰かの記録   作:防水工

12 / 17
まだまだ始まりも始まり。



第1節 レイシフト

 

2017年 南極 カルデア

 

 

カルデアの無機質で清潔な廊下に、微かに古い紙と埃の匂いが漂っていた。

 少女――藤丸立香の手には、日本の実家から転送されてきたばかりの、不格好な小包が握られている。

華奢な手には少しばかり余る重さのそれは、見慣れた両親の筆跡で宛名が記され、『遺品同封』という短いメモが添えられていた。

 

「――先輩。おはようございます。

それは、ご実家からの荷物ですか?」

 

 ふと、背後から柔らかい声が掛かる。

 振り返ると、いつものようにマシュ・キリエライトが、少しの好奇心を交えた穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。

彼女の藤色の瞳が、立香の手元にある小包へと注がれる。

 

「おはようマシュ。

うん、そうなんだ。

実家の蔵を整理してたら、昔の物が出てきたらしくてさ」

 

 立香は廊下のベンチに座り、小包の頑丈な封を慎重に解きながら、静かに語り始めた。

 

「私の、亡くなったおじいちゃんの遺品なんだって。

おじいちゃんの顔は写真でしか見たことがないんだけど……。

そのおじいちゃんが昔の戦争の時に戦地から送ってきた手紙と、当時の写真が、今になって見つかったらしいの」

「お祖父様の……戦争の、記録」

 

 マシュの瞳が、僅かに揺れる。

 人理修復という途方もない旅路の中で、彼女たちは幾度となく『過去の闘い』に介入してきた。

しかし、マスターである藤丸立香という一人の少女の血脈に直接連なる、生々しい近代の戦争の記憶。

それは、魔術や英霊といった神秘が絡まない、純粋な『人類の歩んできた歴史』としての記録と記憶だった。

 

「やあやあ、二人ともおはよう! 朝から随分と乙女たちが神妙な顔をして、どうしたんだい?」

 

 そこへ、朗らかな声を響かせてダ・ヴィンチが歩み寄ってきた。手にはタブレット端末を持ち、いつものように自信に満ちた万能の天才たる笑みを浮かべている。

 

「おはようございます、ダ・ヴィンチちゃん。

実は今、先輩のご実家から届いたお祖父様の遺品を……」

「ほう、それは興味深いね。

私たち英霊にとってはとうに過ぎ去った過去の出来事でも、立香君にとっては今の自分を形作るルーツの一つだ。

温故知新、過去の記録を知ることは未来を切り拓く鍵になる。

どれ、私にも少し見せてもらえるかい?」

 

 促されるまま、立香は小包の中から薄い木箱を取り出し、そっと蓋を開けた。

 中に入っていたのは、端が欠け、セピア色に退色した一枚の古いモノクロ写真。

そして、万年筆のインクが滲み、すっかり黄ばんでしまった何通かの手紙だった。

 写真に写っているのは、不釣り合いな軍服に身を包み、見知らぬ異国の風景の前で、“可憐な異国の幼い少女を抱き上げ”、少しだけ強張った笑顔を向ける青年――立香の祖父の姿だった。

その青年の瞳には、確かな未来への希望と、隠しきれない緊張が混在していた。

 立香は、一番上に重ねられていた手紙に指を掛けた。

 遠い過去、見知らぬ戦場の泥と硝煙の中で、自分と同じ血の流れる祖父は何を思い、何をこの紙片に託したのか。

それを知るために、折り畳まれた便箋を開こうとした、まさにその刹那であった。

 

 ――ビーーーーーーッ!! ビーーーーーーッ!!

 

 突如として、カルデアの穏やかな空気を引き裂くように、鼓膜を劈くけたたましい警報音が鳴り響いた。

 廊下の照明が一瞬にして血のような真っ赤なエマージェンシー・ライトへと切り替わり、激しく回転する警告灯の光が三人の顔を緊迫した色に染め上げる。

 

『――緊急事態発生。緊急事態発生。霊子演算装置・トリスメギストス、事象の異常な偏りを観測』

『西暦二〇一×年、あるいはその周辺の過去・未来において、特異点に匹敵する極大の時空断層を確認。近辺の人理定礎値、急速に低下中――!』

 

 機械的なアナウンスが響き渡る中、立香はハッとして手紙から顔を上げた。

 

「……ッ、特異点!?」

 

 ダ・ヴィンチの顔から先程までの朗らかな笑みは完全に消え失せ、冷徹な司令官の顔へと変貌していた。彼女の指先がタブレットの画面を猛烈な速度で叩き、リアルタイムで送られてくる観測データを読み解いていく。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、観測座標は!?」

「今、解析中だ!

……座標はイギリス、イングランド北東部!

年代の特定がひどく混濁しているが……ダメだ、急速に特異点として確立しつつある!

このまま放置すれば、現代の歴史そのものが変質して崩壊するぞ!」

 

 立香は、開けかけていた祖父の手紙をそっと懐の奥へと深く仕舞い込んだ。

 今は、過去の血脈の感傷に浸っている場合ではない。

目の前で、人類の未来を食い破ろうとする『新たな戦争』が始まろうとしているのだから。

 

「マシュ、ダ・ヴィンチちゃん!

管制室へ急ごう!」

「はい、マスター!」

 

 赤い警報の光が明滅する中、少女は迷いなく駆け出した。

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

中央管制室の自動ドアが開き、立香とマシュ、ダ・ヴィンチが駆け込むと、そこは既に緊迫した空気に包まれていた。

 無数のモニターが警告の赤色を点滅させ、オペレーターたちが目まぐるしく計器の調整に追われている。そして部屋の中央――地球環境モデル・カルデアスには、イギリスの国土の一部を覆い隠すように、どす黒い染みのような特異点の反応が浮かび上がっていた。

 

「よし、ブリーフィングを始めよう。

状況は一刻を争う」

 

 メインコンソール前に立ったダ・ヴィンチが、振り返ることなくホログラムのデータを展開した。

 

「先程の警報の通り、極大の時空断層が観測された。年代は西暦二〇一七年――つまり、今私たちが生きている『現代』だ。

場所はイギリス、イングランド北東部に広がるヨークシャー一帯」

「現代に、特異点が……?」

「ああ。だが問題はそこじゃない。

近未来観測レンズ・シバの焦点をいくら合わせても、その内部の状況がまるで見えないんだ。

霊子演算装置・トリスメギストスの弾き出した結果は最悪だよ」

 

 ダ・ヴィンチはそこまで言うと、真剣な眼差しで立香たちを振り返った。

 

「ヨークシャー一帯は現在、事象の『壁』によって外界から完全に隔絶されている。

外からの物理的な侵入はもちろん、通信や観測すら不可能。

当然、中から外へ出ることもできない。

……以前、君たちが経験した亜種特異点、あの『セイレム』の時と全く同じ、特異な閉鎖空間に陥っている」

「セイレムと、同じ……!」

 

 マシュが息を呑む。かつてアメリカの田舎町で遭遇した、狂信と魔女裁判に支配された脱出不可能な特異点。

あの時の息苦しさと絶望感が、二人の脳裏を過ぎった。

 

「いかにも。

だが、あちらが閉鎖的な狂信と迷信の村だったとするなら、今回はもっと……鉄と血の匂いが立ち込める空間のようだね。

ミス・キリエライト、ミス・フジマル」

 

 カツ、カツと、硬い靴音を響かせて歩み寄ってきたのは、名探偵シャーロック・ホームズだった。

彼は手にしたパイプを弄びながら、カルデアスに浮かぶ黒い染みを鋭い目で見据えている。

 

「ホームズさん……」

「現代のイギリスと聞いては、私の出番というわけだ。

ブリーフィングを始めよう。

ヨークシャーは、イングランド最大にして最古の歴史を誇る地域だ。

広大なムーア(荒野)と豊かな自然を有する一方で、ブリテン島の覇権を巡る血生臭い歴史――薔薇戦争に代表される、数多の戦乱の舞台となってきた」

 

 ホームズの指振りに合わせて、空中にヨークシャー地方の立体地図が投影される。

その一部、北海に面した海沿いの町が赤くハイライトされた。

 

「中でも、今回の特異点の中心核(コア)と目されるのがここだ。

北海に面した港町、スカボロー。

風光明媚なこの地は、イギリス最古の海浜保養地として知られている一方で、その海沿いの絶壁には『スカボロー城』という堅牢な要塞がそびえ立っている」

「お城……ということは、やはりそこが敵の拠点に?」

「十中八九ね」

 

 立香の問いに、ダ・ヴィンチが頷く。

 

「スカボローの歴史は争いと共にあった」

 

ホームズが続けた。

 

「ここはかつて、ローマ帝国がブリテン島支配の拠点とした地。

州都ヨーク――古名『エボラクム』は、かのコンスタンティヌス大帝が皇帝即位を宣言した場所でもある。

つまり、帝国の栄華と権力闘争の原点だ」

 

ホームズはパイプを吹かしながら、ホログラムを見上げた。

 

「だが、その栄華は常に北からの脅威に晒されてきた。

中世にはヴァイキング……デーン人による苛烈な侵攻を受け、この地は『ヨルヴィック』という名で彼らの王国の首都となった。

キリスト教文化と北欧の荒々しい神秘が混ざり合い、常に境界線として血を流してきた場所なのだよ」

 

 ホームズが指を弾くと、地図上に白い薔薇の紋章が浮かび上がる。

 

「そして忘れてはならないのが『薔薇戦争』だ。

イングランド王位を巡るヨーク家とランカスター家の内乱。

この地はその名の通りヨーク家の本拠であり、凄惨な『タウトンの戦い』では、数時間の間に数万人の兵士が雪原を赤く染めたという。

人理定礎においても、ここは『王権の簒奪と交代』が刻まれた重要なターニングポイントだ」

 

 ダ・ヴィンチが横から口を挟む。

 

「そして、その戦乱の歴史が最も濃縮されているのが、目的地であるスカボローだ。

立香ちゃん、この町の地形を見てごらん」

 

 ホログラムがクローズアップされ、海に突き出した巨大な岩山と、その頂に立つ城塞が映し出される。

 

「スカボロー城が建つのは、三方を北海の荒波に囲まれた、高さ九十メートルの断崖絶壁の上だ。

まさに天然の要塞。

鉄器時代の砦から始まり、中世には『イングランド北部で最も強固な城』と称えられた。

だが、強固であるということは、それだけ多くの者がそこを欲し、奪い合ってきたということでもある」

「……城を奪い合ったの?」

「ああ。

十七世紀のイングランド内戦では、王党派と議会派の間で二度もの長期にわたる包囲戦が行われた。

特に一度目の包囲戦では、城を守る兵士たちはあまりの飢えに靴の革を煮て食いつないだという記録さえある。

彼らは降伏するその瞬間まで、絶望的な籠城戦を続けたんだ」

 

ホームズが向き直り、画面を切り替える。

 

「ローマ帝国の信号所に始まり、ヴァイキングの襲来、中世の激しい攻城戦。

イングランド内戦では城を巡って幾度も血が流された。

そして近代……第一次世界大戦においては、ドイツ帝国海軍による無差別な艦砲射撃の標的となり、多数の民間人が犠牲になった凄惨な傷跡も残している」

 

 立香は無意識に、懐に仕舞い込んだ祖父の手紙の上から、隔てるように自らの胸を押さえた。

 

「古代から近代に至るまで、絶え間ない闘争の歴史を内包した地。

そこが今、現代という時間軸を巻き込んで、外界から隔絶された『特異点』へと変貌しようとしている」

 

 ホームズがパイプの吸い口をコツン、とコンソールに当てた。

 

「一度内部へ潜入すれば、事象の壁に阻まれ、カルデアからのレイシフトによる直接的な支援や帰還は極めて困難になるだろう。

退路のない、文字通りの決死行だ」

「それでも……行かなきゃ。

私たちの生きている、この現代の歴史を守るために」

 

 立香の瞳に、迷いはなかった。

その強い決意の光を受けて、ダ・ヴィンチが頼もしそうに微笑む。

 

「ああ。

空間が完全に閉じるまで、残り時間はあまり多くはない。

特異点境界の僅かな綻びを突いて、強引に君たちを内部へレイシフトする。

――マシュも、ナビゲート準備はいいかい?」

「はい!!

先輩、今度も私がナビゲートします!」

 

 マシュが強く頷き、立香の傍らに立つ。

 懐に眠る名もなき祖父の生きた記録と、目の前に広がる人類史の危機。二つの重みを背負い、少女は真っ直ぐにカルデアスの輝きを見据え、力強く頷いた。

 

 

変性亜種特異点の第3節を乗りに乗りまくって書いたが故に、カルデア軍を名乗る不明勢力関係で所々書き直したい場所があります。只、書き直すと少しばかり設定が変わる部分があるので、アンケ取ります

  • 書き直して
  • 別にいいよ
  • そんな事よりおうどん食べたい…
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。