いつか何処かの戦場にいた誰かの記録   作:防水工

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筆が乗ってきたのでどんどん行きましょう


第3節 カルデア連合軍

 

2017年 ヨークシャー イーストアイトン

 

鉛色の空から降り続く冷たい雨が、イーストアイトンの町を重く打ち据えていた。

 先程までの凄惨な市街戦が嘘のように、一時的な静寂が町を包んでいる。

だが、その静けさは平和の証ではなく、ただ死者たちが次の行軍に備えて息を潜めているだけの、不気味な空白時間(インターバル)に過ぎなかった。

 町の中心部にある、比較的被害を免れた煉瓦造りの大きなパブ。

そこが今、現代のイギリス陸軍と武装警官隊、そして逃げ遅れた民間人たちを収容する急造の前線基地となっていた。

 薄暗い店内には、消毒液のツンとする匂いと、むせ返るような血の鉄錆びた悪臭が充満している。

呻き声を上げる負傷兵、震えながら身を寄せ合う民間人たち。

衛生兵が走り回り、包帯や鎮痛剤が飛ぶように消費されていく。

 

「……助かった。

君たちが介入してくれなければ、我々はあの化物共に、文字通り骨の髄まで食い尽くされていたはずだ。

英国陸軍第1師団、第7軽機械化旅団戦闘団所属、ロイヤル・スコットランド連隊第2中隊のリチャード・リー・ウィルソン小尉だ。

中隊長の少佐も幕僚軍曹も、他の先任士官は先の戦闘で戦死した為、私が中隊の臨時指揮官を拝任している」

 

 ススと泥に汚れた迷彩服を着たリチャード小尉が、藤丸立香の前に立ち、深い感謝と共に右手を差し出した。

その手は、極限の恐怖と疲労で微かに震えている。

 

「いえ、私たちもギリギリでした。

民間人の方々が無事でよかったです」

 

 立香はその手をしっかりと握り返した。少女の華奢な手から伝わる確かな温もりに、リチャード小尉は少しだけ張り詰めた表情を緩める。

 

「それにしても、あの剣と弓を扱う赤いコートの青年……信じられない戦闘力だった。

一体、どんな特殊部隊の人間なんだ? それに、あの旗を持った修道女のような女性と、黒いローブの男も……」

 

 小尉の視線の先。

パブの隅で、エミヤが窓の外を油断なく警戒しつつ、二人の英霊の様子を見守っていた。

 ジャンヌ・ダルクは壁に背を預け、荒い息を吐きながら青白い顔で座り込んでいる。

彼女の白銀の装甲には、魔力を持たないはずの小銃弾が残した生々しい弾痕が幾つも刻まれていた。

 その隣では、呪腕のハサンが、肩口を掠めた傷口を布で縛り上げながら、エミヤと同じく外を睨見つけている。

 

「申し訳ありませぬ、マスター。

このハサン・サッバーハに名を連ねる私が、あのような鈍足の屍兵相手に後れを取るなど……。

まるで、手足に重りを括り付けられているかのごとく、霊基が重いのです」

「私も……。

いえ、私自身の怪我は問題ありません。

ですが、主の加護たる宝具の防壁が、あのように容易く打ち破られるなど……。

この特異点の大気は、あまりに淀みすぎています」

 

 立香は二人の傍にしゃがみ込み、「無理しないで、今は休んで」と労いの言葉をかけた。

 

 高名な英霊たる二人が、これほどまでに弱体化している。

その異常事態に立香が眉をひそめた、まさにその時だった。

 

《――先輩! 先輩、聞こえますか!?》

 

 突如、立香の右耳の通信機(インカム)から、激しいノイズを掻き分けてマシュ・キリエライトの切羽詰まった声が飛び込んできた。

 

「マシュ! 繋がったの!?」

《はい!

事象の壁の座標が僅かにズレた瞬間を狙って、トリスメギストスの演算を強制的に割り込ませました!

バイタル確認……良かった、無事なんですね!》

 

 通信の回復に、立香の顔がパッと明るくなる。

だが、それに続いて聞こえてきたのは、名探偵シャーロック・ホームズの、ひどく冷徹でシリアスな声だった。

 

《無事を喜ぶのは後だ、ミス・キリエライト。

だが、一先ず無事で何よりだ、ミス・フジマル。

事態は我々が想定していたよりも遥かに劣悪な状況にあるようだね。

……先程の戦闘データは既に受信して、シバの観測レンズを通して全て解析させてもらった》

「ホームズさん。

ジャンヌとハサンさんの調子が、すごく悪いんです。

ステータスが信じられないくらい落ちていて……!」

 

 立香の報告に、通信の向こう側でダ・ヴィンチが重い溜め息をつく気配がした。

 

《ああ、こちらも霊基グラフの低下を検知している。

原因は、この特異点に敷かれた特殊なルールにあるようだ。

名付けて『英雄否定』――即ち、知名度による強烈な弱体補正(デバフ)だ》

「知名度による、弱体化……?」

 

《いかにも》と、ホームズがパイプを咥え直す音と共に言葉を継ぐ。

 

《本来、英霊はその地での知名度が高いほど、恩恵を受けて強くなるものだ。

だが、この狂った特異点ではその法則が完全に反転している。

現代という「神秘を否定する」時代背景と、特異点がもたらす怨念と怨嗟の相乗効果。

これにより、過去の英雄……『世界に名を知られた偉大な存在』であればあるほど、強烈な呪詛に匹敵する特異点の理を受けて霊基が劣化させられるのだ》

 

 その言葉に、ハサンが髑髏の仮面の奥で目を瞬かせた。

 

「……なるほど。

山の翁の名を継ぐこの私でさえ、僅かに弱体化を余儀なくされる。

ましてや、フランスを救い、世界中でその名を知らぬ者のいない聖女殿であれば……」

「大幅な弱体化は免れない、というわけですね。

……道理で、聖旗が鉄塊のように重く感じられるはずです」

 

 ジャンヌが苦笑交じりに己の手を見つめる。

 そのやり取りを聞いていたエミヤが、窓辺から赤い外套を翻し、ふっと皮肉めいた笑みをこぼした。

 

「なるほど、合点がいく。

私の動きに一切の淀みがなかった理由がな。

何せ、私は無銘の英霊。

誰にも名を知られることなく、歴史の闇に消えた未来の掃除屋に過ぎない。

初めから『英雄』としての知名度など持ち合わせていない私には、その弱体補正(デバフ)は一切意味が無いというわけだ」

 

《その通りだ、エミヤ君》とダ・ヴィンチが請け合う。

 

《このスカボローの特異点において、君は最も頼りになる戦力だ。

逆に言えば、ジャンヌや呪腕のハサンのような高名な英霊は、ここではまともに戦えない。

立香君、戦闘の立ち回りは彼を中心に行うんだ》

 

 立香が力強く頷いた直後、再び通信機にジジジッ、と嫌なノイズが走り始めた。

 

《そんな……また事象の壁が閉じようとしています!

長時間の通信は無理です、先輩!》

《立香君、とにかく情報を集めるんだ!

なぜ亡霊たちが近代戦術を行えるのか、敵の拠点や、他の生存者の有無を!

シバを再調整して、必ずまた繋げる!!

気をつけるんだよ!!》

 

 ダ・ヴィンチの叫びが砂嵐の中に溶け、再び通信は完全に途絶してしまった。

 立香はインカムから手を離し、小さく息を吐き出す。

嘆いている暇はない。

情報を集めなければ。

 彼女は振り返り、不安げにこちらを見守っていたリチャード小尉や、治療を受けている住民たちの元へと歩み寄った。

 

「あの……少し、お話を伺ってもいいですか?」

「あ、ああ。

もちろんだ。

我々も、君たちに聞きたいことが山ほどある。

あの超人的な力……君たちは一体何者なんだ?

イギリス政府の秘密部隊か?

それとも……」

 

 小尉の問いかけに、立香はエミヤたちと顔を見合わせた。

 魔術世界の隠匿は絶対だが、この異常事態の中、そして外界から完全に隔絶された特異点において、隠し立てをして協力を得られないのは致命的だ。

 何より、彼らと共にこの地獄を生き抜くためには、ある程度の素性を明かす必要がある。

 立香は真っ直ぐ小尉の目を見据え、はっきりとした声で告げた。

 

「――私たちは、『カルデア』と言う場所から、この地の異常を調べるために来ました」

 

 カルデア。

 人理継続保障機関。

魔術と科学を融合させ、人類の決定的な絶滅を防ぐための特務機関。

 当然、現代の一般的なイギリス陸軍兵士や、田舎町の民間人が知るはずもない、完全なる秘匿組織の名である。

立香は、彼らが「カルデア?」と首を傾げ、説明を求めてくるものとばかり思っていた。

 しかし。

 立香のその言葉を聞いた瞬間、小尉の動きが、まるで雷に打たれたようにピタリと止まった。

 

「……えっ?」

 

 立香が戸惑う。

小尉の目は見開かれ、泥に汚れた顔の筋肉が、信じられないものを見るようにヒクヒクと痙攣している。

 やがて小尉は、バッと振り返り、パブの中にいる全ての兵士、全ての住民に向かって、腹の底から絞り出すような大声で叫んだ。

 

「お、おい!

聞いたかお前ら!!

彼女たちは……彼女たちは『カルデア』から来てくれたそうだッ!!」

 

 その瞬間だった。

 パブの中を支配していた絶望と死の空気が、爆発的な『熱狂』へと塗り替えられた。

 

「おおおおおおッ!?」

「神よ、感謝します!

ついに……!」

「カルデアだ!

“カルデア軍”が此処にも来てくれたぞォォォォッ!!」

 

 傷の痛みに呻いていた兵士たちが跳ね起き、民間人たちが泣き崩れながら両手を天に掲げる。

警官たちが抱き合い、民間人たちが歓声を上げる。

 それは、まさに狂喜乱舞であった。

未知の組織の名を聞いて警戒するどころか、彼らはまるで、約束された救世主が降臨したかのように、涙を流して喜びを爆発させていたのだ。

 

「え……? あっ、あの……?」

 

 立香は完全に置いてけぼりを食らい、頭の上に巨大な疑問符を浮かべて後ずさった。

 

「カルデア、軍……?」

 

 エミヤもまた、眉間に深い皺を刻んで目を細めている。カルデアは研究機関であり、特務機関ではあるが、決して『軍隊』ではない。

ましてや、彼ら現代人がその名を知っていること自体があり得ないのだ。

 弱体化の疲労に喘いでいたジャンヌもハサンも、この異様すぎる歓迎の嵐を前に、呆然と顔を見合わせるしかなかった。

 

「あの、小尉さん!?

どうして皆、私たちのことを……!?」

 

 立香の困惑の声は、「カルデア軍万歳!」というパブを揺るがすほどの歓喜の渦に、あえなく掻き消されていく。

藤丸立香は完全に呆然としていた。

 歓喜の涙を流し、互いに抱き合って「助かった」と叫ぶ現代のイギリス陸軍兵士たちと民間人。

彼らの瞳に映っているのは、正体不明の魔術組織への警戒などではなく、長きにわたる絶望の底にようやく差し込んだ『確かな救いの光』そのものであった。

 

「マスター、これは一体…どういうことでしょう。

我々カルデアの名が、なぜこの閉鎖された特異点の、それも一般の現代人にまで広く知れ渡っているというのか…」

 

 呪腕のハサンが、困惑を隠せない様子で立香の傍らに歩み寄る。

 ジャンヌ・ダルクもまた、青白い顔のまま壁から身体を離し、不可解な熱狂に沸く人々を信じられないものを見るような目で見つめていた。

 

「皆目見当もつかないな。

だが、一つだけ確かなことがある」

 

 エミヤが窓辺から鋭い声を放ち、双剣『干将・莫耶』を両手に顕現させた。

 

「――このバカ騒ぎが、外で息を潜めていた死体(ゾンビ)どもを、盛大に呼び寄せてしまったということだ!

来るぞッ!!」

 

 エミヤの警告と同時。

 鼓膜を破るような凄まじい爆音が轟き、パブの強固な木製の二重扉が、無数の鉛弾によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。

 

「な、なんだッ!?」

「敵襲ッ!!

総員配置につけッ!!」

 

 歓喜は一瞬にして悲鳴へと裏返る。

 粉塵と硝煙が舞う中、吹き飛んだエントランスの向こう側に、絶望的な光景が広がっていた。

 雨に打たれるイーストアイトンの大通りを埋め尽くすほどの、亡霊兵士(アンデッド)の大軍勢。

先程の小隊規模とは比べ物にならない。

ナチス・ドイツの武装親衛隊、大英帝国軍、そしてアメリカ軍の軍服を着た死者たちが、何百という単位で陣形を組み、一斉にパブへと銃口を向けていたのだ。

 

「戦車まで……クソったれめッ!!」

 

 リチャード少尉が、泥に汚れた顔を引き攣らせて絶望の声を上げる。

亡霊たちの後方から、地響きを立てて姿を現したのは、錆と泥に塗れた第二次世界大戦期のドイツ軍主力戦車・IV号戦車であった。その無慈悲な主砲が、パブの建物を正確に照準する。

 

「させませんッ!『我が神はここに――』」

 

 ジャンヌが立ち上がり、聖旗を掲げようとする。

だが、『英雄否定』の強烈なデバフに侵された彼女の霊基は悲鳴を上げ、膝がガクンと折れた。

 

「くそっ、数が多すぎる!

マスター、下がっていろ!!」

 

 無銘の英霊たるエミヤのみが、絶望的な弾幕の中へ単騎で飛び出し、双剣で銃弾を弾き落としながら前衛を死守する。

だが、いかに彼が『英雄否定』の影響を受けないとはいえ、数百の近代火器と戦車の砲撃を相手に、これ以上の防衛戦線を維持するのは不可能だった。

 

「包囲、殲滅――」

 

 死者の指揮官が号令を下し、IV号戦車の主砲が火を噴こうとした、まさにその絶対絶命の刹那。

 

 

 ――プォォォォォォォォォォンッ!!!

 

 

 近代の戦場には絶対に似つかわしくない、しかし腹の底から魂を揺さぶるような『角笛』の音が、大通りの東側から雨雲を裂いて響き渡った。

 

「えっ……!?」

 

 立香がハッとして音の方角を見る。

亡霊たちもまた、機械的な動きを止めて一斉にそちらへと銃口を向けた。

 アスファルトを揺らす、地鳴りのような轟音。

 それは、重装甲に身を包んだ『中世の重装騎兵(カタフラクト)』の突撃だった。

 

「「「おおおおおォォォォッ!!」」」

 

 十字軍を思わせる白銀のプレートアーマーを纏った騎士たちが、巨大な軍馬を駆り、雨を突いて亡霊の側背へと猛烈な突撃を仕掛けたのだ。

 魔力を持たない現代兵器では止められない質量。

鋼のランスが、機関銃を構えていた亡霊の胴体を串刺しにし、軍馬の蹄が腐った頭蓋骨をトマトのように粉砕していく。

 

「騎士……!?

いや、あれは――!!」

 

 驚愕するエミヤの視線の先。

 重装騎兵の突撃によって崩れた亡霊の陣形の反対側、西の路地裏から、今度は異様な雄叫びが上がった。

 

「者共、続けェェェイッ!!」

 

 現れたのは、色鮮やかな当世具足に身を包み、何故か背に“カルデアのエンブレムをあしらった”旗指物を掲げた『戦国時代の騎馬武者率いる甲冑武者』の軍団であった。

 彼らは日本刀を振りかざし、あるいは馬上から時代錯誤なショットガンを放ちながら、亡霊の軍勢へと雪崩れ込む。

鋭い斬撃がアメリカ軍亡霊のM1ガーランドごと身体を両断し、鮮血がアスファルトに花を咲かせる。

 異常なのはそれだけではない。

中世と戦国の兵士たちが前衛で大立ち回りを演じる中、彼らの背後――崩れた建物の二階や瓦礫の陰から、極めて正確な『援護射撃』が放たれた。

 

「制圧射撃、急げ(フォイアー)!!

哀れな同胞達に救いあれッ!!」

 

 フィールドグレーの軍服にシュタールヘルム。

先程まで立香たちを襲っていた亡霊と同じ、第二次大戦期の『ドイツ国防軍兵士』たち。

だが、彼らは亡霊ではない。

確かな生気と意志を持った生きた人間として、StG44突撃銃やMG42機関銃を構え、騎馬武者たちを狙う亡霊の射手だけを、寸分の狂いもなく的確に狙撃していく。

 

 さらに、ラッパの音が鳴り響く。

 

「突撃にィィッ!!、前へェェエッ!!

万歳(バンザイ)!!」

 

 カーキ色の軍服に略帽を被った『大日本帝国陸軍の歩兵』たちが、突撃喇叭を吹きながら三十年式銃剣を煌めかせ、ドイツ軍の援護射撃の下を掻き潜って突撃を開始した。

 彼らは極めて洗練された歩兵戦術で、炎上する車の転がる大通りを制圧し、中世の騎士たちが取りこぼした亡霊兵士を三人がかりの銃剣術で確実かつ冷酷に屠っていく。

 時代も、国籍も、装備も、戦術思想も、完全にバラバラ。

 本来であれば絶対に交わることのない兵士たちの寄せ集め。

だが、彼らは互いの死角を完全にカバーし合い、一つの巨大な生物のように、驚異的な連携で亡霊の軍勢を蹂躙していく。

 

「な、なんだあの無茶苦茶な部隊は……!」

 

 エミヤが双剣を構えたまま、その異様すぎる光景に戦慄の声を漏らす。

 しかし。

 その混沌極まる時空を超えた軍勢の躍動を目の当たりにしたリチャード少尉は、恐怖するどころか、血と泥に塗れた顔をこれ以上ないほどに紅潮させ、両手で自らの顔を覆ってボロボロと大粒の涙を流し始めたのだ。

 そして、パブのガラスが割れんばかりの絶叫を、狂喜と共に張り上げた。

 

「――おお、おおおおッ!!

お前ら、噂は本当だったんだ!!」

 

 少尉は雨の降り注ぐ大通りへ身を乗り出し、歓喜に全身をガクガクと打ち震わせながら、腹の底から咆哮した。

 

「カルデア軍のお出ましだっ!!」

「はぁっ!?」

 

 立香の口から、素っ頓狂な声が漏れた。

 少尉のその歓喜の叫びに呼応するように、パブに隠れていた現代の兵士たちや警官隊も次々と「カルデア軍!」「カルデア軍だ!」と涙ながらに叫び始める。

 立香も、マシュも、エミヤたちも、誰も知らない『カルデア軍』という謎の存在。

なぜか彼らは、この支離滅裂な軍隊こそがカルデアであると、微塵の疑いもなく信じ切っているのだ。

 そんな立香たちの困惑を置き去りにしたまま、戦局は一瞬にして決した。

 IV号戦車の主砲が日本の騎馬武者を狙って旋回するが、その前に帝国陸軍の決死隊が戦車の死角へと滑り込み、キャタピラに九九式破甲爆雷を叩き込んで機動力を奪う。

そこへ中世の重装騎兵が馬を躍らせて肉薄し、背後に同乗した中世の兵士が接着爆弾でハッチを抉り飛ばした瞬間、ドイツ兵が柄付き手榴弾を戦車の内部へと放り込んだ。

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 内部からの爆発により、亡霊の主力戦車が火柱を上げて沈黙する。

 それを合図にしたかのように、四つの時代の兵士たちは一斉に包囲網を縮め、圧倒的な暴力の連鎖で、数百の亡霊兵士たちを文字通り「瞬く間」に掃討してしまった。

 あとに残されたのは、降り続く雨の音と、見渡す限りの物言わぬ死骸の山。

 そして、驚異的な手際で戦場を制圧し、手慣れたように周辺を索敵し役割分担して散っていく『謎の軍団』の姿だけ。

彼らは無駄な勝利の雄叫びを上げることもなく、即座に次のフェーズへと移行した。

 

「負傷者をこちらへ!!

重傷者は奥に寝かせろ!!」

「衛生兵(メディック)だ!!

道を空けろ!!」

 

 ドイツ語、英語、日本語、そして古びた中世の言語。

 飛び交う言語はバラバラのはずなのに、彼らは完璧な意思疎通を図りながら、破壊されたエントランスを越えてパブの中へとなだれ込んできた。

 それは、各時代から集められた『衛生兵』の部隊だった。

 赤十字の腕章を巻いたドイツ国防軍の衛生兵(サニテーター)が手際よくモルヒネを打ち、陣笠を被った日本の足軽が、現代の包帯を用いて手早くイギリス兵の傷口を縛る。

 さらには、白銀の甲冑を着た中世の騎士が、厳つい手からガントレットを外し、泣きじゃくる現代の子供の頭を撫でてあやしていた。

 

 現代の医療器具と、過去の時代の技術。

それらが違和感なく混ざり合い、凄まじい速度で負傷者たちの命が繋ぎ止められていく。

 

「何という統率力…。

それに……彼らの大半は、名のある英霊などではありません」

 

 壁際で息を整えていたジャンヌ・ダルクが、信じられないものを見るように呟いた。

 

「ええ。

個としての霊基の規模は、良くて幻霊クラス。

歴史に名を残すことのなかった、ただの兵卒や下級騎士の寄せ集めです。

それが、これほどの軍隊として機能するなど……」

 

 呪腕のハサンもまた、驚愕に髑髏の仮面を揺らしている。

 その異様で、しかしどこか温かい救護の光景に立香が目を奪われていると――。

 

 不意に、パブのエントランス付近の空気が、ピンと張り詰めた。

 治療に当たっていた各時代の兵士たちが、一斉に作業の手を止め、あるいは道を空けるように左右へと分かれて直立不動の姿勢をとる。

 開かれた道の奥、硝煙と冷たい雨の向こう側から、四つの影が静かに歩み寄ってきた。

 カツン、カツンと、時代の異なる靴音が、奇妙な和音を奏でながら床を鳴らす。

 

「おお、あの御人か。

話には聞き及んでおったが、何とも可憐な娘よ」

「サムライ、礼を失するなよ。

彼女は幾人もの英雄豪傑を束ねる人理の守護者だ」

「しかしまぁ、敵だったイギリス人を助ける事になるとはなぁ、終わった人生とはいえ、何があるか分からんもんだな、Japanisch(日本人)」

「ああ、これも神仏の思し召しってやつかもな」

 

 先頭を歩くのは、激戦の血糊を拭いもせず、白銀の甲冑を重々しく鳴らす中世の重装騎士。

 続いて、鮮やかな朱塗りの当世具足に身を包み、腰に打刀を差した戦国時代の武将。

 野戦将校の軍服を隙なく着こなし、首元に鉄十字章を光らせる第二次大戦期のドイツ軍将校。

 そして、泥に汚れた軍刀を下げ、鋭い眼光を放つ大日本帝国陸軍の歩兵指揮官。

 彼らもまた、歴史の教科書に載るような大英雄ではない。

 泥に塗れて戦い、名もなきまま死んでいった数多の兵卒を束ねるだけの代表。

 だが、その身から発せられる百戦錬磨の覇気と、揺るぎない闘志は、弱体化を受けた並の英霊を凌駕するほどの凄みを持っていた。

 

「……何者だ」

 

 エミヤが双剣を構え直し、立香を庇うようにスッと一歩前へ出る。

 だが、立香はそのエミヤの背中越しに四人の姿を見つめ、そっと彼の肩に触れた。

 

「大丈夫、エミヤ。

あの人たちから……敵意は感じない」

 

 彼女の直感。

数多の特異点を駆け抜けてきたマスターとしての魂が、彼らが決して害を為す存在ではないと告げていた。

 立香がエミヤの横を抜け、ゆっくりと前へ出る。

 四人の指揮官は、立香のちょうど三歩手前で、まるで一つの機械のように、同時に足並みを揃えて停止した。

 彼らの視線が、警戒する赤い外套の弓兵でも、白銀の聖女でも、暗殺者でもなく、ただ一人の少女――藤丸立香へと真っ直ぐに注がれる。

 そして。

 ガシャァン、と重い音を立てて、中世の騎士が片膝をつき、深く頭を垂れた。

 戦国の武将が、具足を鳴らして威儀を正し、両膝を突いて深々と一礼をする。

 ドイツ軍将校と帝国陸軍の指揮官が、踵を鋭く打ち鳴らし、軍帽の鍔元へ右手を掲げる、完璧な敬礼(サリュート)を行った。

 時代も、国籍も、思想も全く違う、四つの最敬礼。

 完全に息を呑み、目を見開いて立ち尽くす立香の前に、彼らは声を一つにして、極めて厳粛にこう告げたのだ。

 

「「「「――到着を心よりお待ちしていました、総司令官(マスター)」」」」

 

 その言葉は、冷たい雨音を打ち消し、狂乱の戦場で喧騒するイーストアイトンのパブの一角に、信じ難い永遠のような静寂をもたらした。

変性亜種特異点の第3節を乗りに乗りまくって書いたが故に、カルデア軍を名乗る不明勢力関係で所々書き直したい場所があります。只、書き直すと少しばかり設定が変わる部分があるので、アンケ取ります

  • 書き直して
  • 別にいいよ
  • そんな事よりおうどん食べたい…
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