今後気に入らなくなったら修整します
2017年 ヨークシャー イーストアイトン
硝煙と血、そして雨の入り混じった重くざらついた空気が、イーストアイトンの街を包み込んでいた。先程までの地獄のような喧騒が嘘のように、今はただ降り続く冷たい雨音と、テキパキと動く「謎の軍勢」の軍靴の音だけが響いている。
「リチャード少尉。怪我の具合、大丈夫ですか?」
立香が少し屈み込むようにして声をかけると、手当てを受けていたリチャード少尉は立ち上がり、泥に汚れた顔に笑顔を浮かべた。
安堵を通り越した、神に縋るような崇拝の色が浮かんでいる。
「ああ、色々助かったよ。
それに民間人や部下たちが……カルデアの迅速な処置で最悪の事態を免れられた。
感謝してもしきれない」
「あ、ええと……そんなにかしこまらないでください。
とりあえず、皆さんが無事で本当によかった」
立香は少し困ったようにふんわりと微笑み、少尉の肩の力を抜かせようとした。
どうやら「カルデア」という言葉が、この特異点の住民にとって、ある種の絶対的な救済の記号として機能しているらしい。
「少尉さんたちは一足先に、この人たちの護衛で後方の拠点へ退避してください。
……今は温かい場所でしっかり休んで、皆さんの命を繋ぐことが一番の任務ですから」
「了解した。
我らロイヤル・スコットランド連隊の生き残りは、これより後方へ民間人の移送に移る。
……また生きて会おう」
少尉は再び力強い敬礼を残すと、中世の騎士やドイツ兵が護衛につく軍用トラックの列へと民間人を誘導し始めた。
泥濘を走り去る彼らの車列を見送った立香は、小さく、けれど深く息を吐き出した。
「……とりあえず、少尉さんたちが無事でよかった。
でも、状況はすごく混乱してる。
エミヤ、呪腕さん、ジャンヌ。
少尉さんに聞いた話を一回整理しようか」
パブの軒下で雨を避けながら、一行は円陣を組んだ。
リチャード少尉から聞き出した話によれば、事態は数日前に遡る。
突如としてスカボロー城一帯を謎の霧が覆い、通信が完全に途絶。
同時に、近代兵装に身を包んだ「アンデッドの化物」たちが現れ、無差別な破壊と殺戮を開始したのだという。
「イギリス軍の上層部も事態を重く見て、第1師団からなる大規模な即応部隊を動員した。
でも、スカボローへ向かう道中で執拗な奇襲を受けて……最新鋭の兵器すら物ともしない亡霊たちの前に、正規軍は文字通り壊滅状態に陥った……。
それが少尉さんたちの実情みたい」
「全く、納得がいかんな」と、エミヤが腕を組み、鋭い視線を雨の向こうへ向けながら口を開く。
「正規軍が手も足も出ずに壊滅するほどの相手だ、単なるゾンビの群れではない。
……そして何より、あの少尉たちが口にした『カルデアの軍隊』という噂だ。
助けられたのは今日が初めてだと言っていたが、我々の名がこの特異点全域に救世主として広まっていること自体が異常すぎる」
「……ええ。
私やアサシンの霊基を縛り付ける『英雄否定』の理も、この特異点が単なる過去の再現や閉鎖空間ではないことを明確に物語っています」
ジャンヌが、いまだ重みの消えぬ聖旗を握りしめながら沈痛な面持ちで呟いた。
そこへ、周囲の索敵を終えたらしい四人の指揮官――中世の騎士、戦国武将、ドイツ軍将校、そして帝国陸軍の指揮官が、一糸乱れぬ足並みで近づいてきた。
「総司令官閣下。
生存者の後方移送、完了いたしました」
ドイツ軍将校が、踵を鋭く鳴らして報告する。
その所作は完璧な軍人のそれであり、同時に、彼らの身からはサーヴァント特有の魔力が確かに立ち昇っていた。
「ありがとう、助かったよ。
……改めて聞かせてほしいんだ。
あなたたちは、一体何者なの?
サーヴァントであることは分かるんだけど……どうして時代も国籍もバラバラなのに、そんなに息が合ってるの?」
立香の真っ直ぐで、けれど相手を全く拒絶しない温かな問いに、戦国武将が僅かに口角を上げ、静かに答えた。
「我らは、一騎で歴史を変えるような大英雄ではございませぬ。
泥を啜り、名も残さず、ただ忠義と義務のために戦場に散った『名もなき兵士の残骸』。
それら数多の霊基が、この特異点の変異によって結集した、いわば幻霊の集合体なれば…」
「名もなき兵士たちの、集合体……」
立香は、彼らの泥に汚れた軍服や甲冑を見つめ、どこか痛むような声で呟いた。
呪腕のハサンが、髑髏の仮面の奥で思案するように目を細める。
「左様か。
故に、知名度による弱体化を免れているわけだ。 個人としての名を持たぬが故に、『英雄否定』の理そのものが適用されぬ……。
理にかなっているが、同時に不気味なほどの合理性だ」
中世の騎士が、重厚な甲冑を鳴らしながら一歩前に出た。
「我ら各部隊の指揮官もまた、それら無数の魂の意志を束ねる一部に過ぎません。
……閣下。
我々の真なる“代表”は、これより少し先の『前線司令部』にて、スカボロー城への侵攻計画を練っております」
「代表……あなたたちをまとめている人が、そこにいるの?」
「はっ!
その者こそが、我ら連合軍を組織し、全軍を束ねる指揮官。
……あの方は、総司令官閣下(あなた)の到着を誰よりも待ち望んでおります。
どうか、共に司令部へ」
立香は、懐の奥に仕舞い込んだ、亡き祖父の手紙の存在を微かに感じた。
名もなき兵士たちの生きた証。
それが、目の前にいる彼らの存在と重なり合うように思えた。
「わかった…案内をお願いできるかな」
立香が頷くと、帝国陸軍の指揮官が鋭く声を上げ、どこからか現れた旧ドイツ軍装甲車が、完璧な車間距離を保ってパブの前に滑り込んできた。
立香は振り返り、エミヤ、ジャンヌ、ハサンへ向けて力強く頷いた。
「行こう、みんな。
この特異点の、本当の姿を見極めるために」
降り続く冷たい雨の中。
一行を乗せた車両は、時空を超えた兵士たちが守る、鉄と硝煙の匂い立ち込める前線司令部へと向かって、泥濘のアスファルトを走り出した。
〇〇〇
泥濘を大きく跳ね上げながら、装甲車は灰色の雨が降り頻るヨークシャーの荒野を疾走した。
窓の外に流れる景色は、現代のイギリスの長閑な田園風景から、徐々に泥と鉄条網、そして無数の塹壕が掘り巡らされた異様な『戦場』へと変貌していく。
やがて車が重々しいブレーキ音を立てて停車したのは、堅牢な石造りの古い修道院を接収して作られた急造の『前線司令部』であった。
周囲には、先程の市街地以上の規模で、あらゆる時代の兵士たちが野営地を築いていた。
火縄銃の手入れをする足軽の横で、第二次大戦期のドイツ兵がレーションを啜り、中世の重装歩兵が土嚢を積み上げている。
飛び交う言語はバラバラのはずなのに、そこには一つの巨大な軍隊としての完璧な規律と、息の詰まるような静かな闘志が満ちていた。
「すごい……。
本当に、全部の時代が混ざり合って一つの軍隊になってる」
「ええ。
ですが、統制は完璧に取れています。
これほどの規模の幻霊をまとめ上げるなど、並のカリスマで成し得る業ではありません」
車から降りた立香の横で、ジャンヌが驚嘆の息を漏らす。
四人の指揮官たちに先導され、一行は修道院の奥、司令室として使われている大広間へと足を踏み入れた。
そこには、無数の通信機(無線)が置かれ、英語、ドイツ語、日本語など様々な言語の報告が絶え間なくノイズ混じりに響き渡っていた。部屋の中央には、ヨークシャー一帯からスカボロー城周辺までの広域を網羅した巨大な戦術地図(タクティカルマップ)が広げられている。
そして、その地図の前に、一人の『影』が立っていた。
泥と硝煙に薄汚れ、裾が擦り切れた分厚い外套(マント)。
深く被ったその外套のフードによって、サーヴァントの顔には極めて濃い影が落ちており、その素顔は完全に覆い隠されていた。
性別はおろか、年齢すらも窺い知ることはできない。
ただ、その暗い闇の奥から、静かで、しかし何百万という戦死者の想いを凝縮したかのような、圧倒的な『気配』だけが放たれている。
「――よくぞご無事で到着されました。
心より歓迎いたします」
フードの奥から紡がれた声は、不思議な響きを持っていた。
老いた兵士のようでもあり、うら若い青年のようでもあり、あるいは名もなき少女のようでもある。
無数の声が重なり合って一つの意志を形成しているような、ひどく無機質で、けれどどこか温かみのある声。
「あなたが……この軍を束ねている、『代表』のサーヴァント?」
立香が真っ直ぐに見つめると、その影は静かに、深く一礼をした。
「左様です。
歴史に名を残さず、泥の中で死に絶えた無数の兵。
その無念と、愛する何かを守りたかったというささやかな願いの集合体。
聖杯戦争の基本クラスに該当しない、例外中の例外、エクストラクラス・ソルジャー。
総司令官閣下(マスター)の銃剣にして盾となる、貴女の軍隊です」
サーヴァント・ソルジャーは直立不動で敬礼した。
「ソルジャー……。
あなたが、みんなを助けてくれていたんだね。
本当に、ありがとう」
立香は安心したようにふんわりと微笑み、その場で深く頭を下げた。
その屈託のない感謝の言葉に、ソルジャーの纏う空気が、ほんの僅かに和らいだように感じられた。
「もったいないお言葉です。
……ですが、総司令官閣下。
合流の喜びもそこそこに、恐縮ですがただちに状況の共有を行わせていただきたい。
事態は一刻を争います」
ソルジャーが戦術地図を指し示すと、エミヤ、ハサン、ジャンヌも油断なくテーブルの周囲へと歩み寄った。
「ダ・ヴィンチの通信によれば、この特異点は『英雄否定』という特殊なルールに縛られている。我々のような名のある英霊の力を削ぎ、お前たちのような無名の兵士を優遇する理だ。……だが、それを仕組んだ敵の首魁は一体どこにいる?」
エミヤの鋭い問いに、ソルジャーは首を振った。
「事の発端は、魔神柱グラシャ=ラボラスの暗躍によるものです。
奴がこの地に聖杯を持ち込み、“何か”を喚び出した。
しかし、その“何か”は魔神柱に叛逆し、特異点の支配権を簒奪したようです」
「……それが敵の親玉?」
「はい。
終わらない戦争を望み、殺戮の概念として反転した、反英雄。
今、特異点の中心である絶壁の要塞――『スカボロー城』の玉座にて、あの亡霊兵士の軍団を指揮し、この時代を底なしの泥沼へと沈めようとしています」
立香の脳裏に、凄惨な市街戦の光景がフラッシュバックする。あんな地獄を、永遠に続けることを望む存在がいるというのか。
「ならば、話は早い。
我々がそのスカボロー城へ進軍し、敵の首魁である反転のサーヴァントを討てばよいのだな?」
ハサンの言葉に、ソルジャーは重々しく首を横に振った。
「それが不可能だからこそ、我々はここで防衛線を維持し、貴方々を待っていたのです。
現在、スカボロー城には、聖杯の魔力による極めて強固な『絶対的な防御結界』が張られています」
ソルジャーの指が、地図上のスカボロー城をなぞる。
「物理的な砲撃や爆撃はもちろん、英霊が放つ宝具の直撃すら、傷一つ付けることはできません。
我々が無数の火砲を撃ち込んでも、文字通り『無に帰した』のです。
ケルトの大戦士、ネーデルラントの竜殺しの英雄、円卓滅亡の引き金を引いた叛逆の騎士……あらゆる英雄の助力を借りて攻勢に出ましたが、全て失敗しました。
現在のままでは、城の内部に侵入することはおろか、近づくことすら叶いません」
「絶対的防御結界……。じゃあ、その城に入るには…?」
立香が問いかけると、ソルジャーは地図上に置かれた二つの駒を、それぞれ異なる場所へと動かした。
「結界自体を攻撃するのではなく、結界に魔力を供給している『基点』を叩くのです。
スカボロー城の絶対結界は、離れた二つの場所から送られる莫大な魔力によって維持されています。
一つは、ヨークシャーの内陸部に位置する『陸地の基点』。
そしてもう一つは、北海のただ中に構築された『洋上の基点』」
エミヤが目を細め、地図を睨みつける。
「なるほどな。城という難攻不落の要塞を落とすための定石……周囲の補給線と防衛拠点を潰し、裸にするというわけか」
「その通りです、無銘の弓兵殿。
無論、敵もそれを理解している。
この二つの基点には、あの市街地で遭遇した亡霊兵士たちとは比べ物にならないほどの、桁違いの戦力と極悪な防衛線が敷かれています」
ソルジャーの深いフードの奥底で、不可視の瞳が立香を真っ直ぐに捉えた。
「陸と海、二つの基点。
これを破壊しない限り、スカボロー城への道は開かれません。……総司令官閣下。
我らは、貴女の指示に従い、いつでも進軍する覚悟ができています」
冷たい雨音と、通信機のノイズが交差する司令室。
立香は戦術地図に置かれた駒を見つめ、懐にある祖父の手紙の重みを確かめるように胸に手を当てた。そして、決意を込めた真っ直ぐな瞳で、フードの英霊を見上げた。
「わかった。
まずは足場を固めるために……『陸地の基点』から攻略しよう。
……でもその前に聞かせて。
なんで“カルデア”を名乗っているの?
なんで私達のことを知っているの?」
ソルジャーは少しだけ視線を伏せ、改めて立香に向き直った。
「去る御方から、貴方方へ助力するよう下命されました。
……故あって、名を答えることは彼の御方に留められています故、御容赦願いたく存じます」
有無を言わさない圧をほんの少し感じ、エミヤ達が眉をひそめた。
立香は敢えて考えないようにしながら、ソルジャーと握手をした。
変性亜種特異点の第3節を乗りに乗りまくって書いたが故に、カルデア軍を名乗る不明勢力関係で所々書き直したい場所があります。只、書き直すと少しばかり設定が変わる部分があるので、アンケ取ります
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書き直して
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別にいいよ
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そんな事よりおうどん食べたい…