覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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息抜き的な回です。


GIのその後

 12月18日、阪神競馬場で行われた第68回朝日杯フューチュリティステークス(2歳・GI・芝1600m)を倭達龍司騎手のテイエムベルレクス(牡2、栗東・伊和本一蔵厩舎)が制した。

 スタートから逃げる13番人気のボンセルヴィーソ(牡2、栗東・生沿學(いけぞえまなぶ)厩舎)を徹底マークし、前半半マイル46秒0のハイペースとなった流れを苦にせず、直線では猛追するサトノアレス(牡2、美浦・不二澤一生(ふじさわかずお)厩舎)を半馬身差退けて勝利した。勝ちタイムは1分33秒1(良)。さらに半馬身差の3着に8番人気モンドキャンノ(牡2、栗東・泰那敬之(やすだたかゆき)厩舎)が入った。

 

 勝ったテイエムベルレクスは父テイエムオペラオー、母ブランベラルーシ、その父ホワイトマズルという血統。新潟の新馬戦で逃げ切り勝ちで飾ると、続く野路菊Sでも逃げ切り勝ち。今回は前走の東京スポーツ杯2歳Sで見せた先行差し切りの戦法で勝利を収め、2歳王者の座に輝いた。勝ちタイム1分33秒1(良)は04年12月12日の朝日杯FSでマイネルレコルトがマークした1分33秒4(良)を0秒3更新するレースレコード。また、倭達龍司騎手と伊和本一蔵調教師は2001年の天皇賞・春以来、15年ぶりのJRA・GI制覇となり、種牡馬テイエムオペラオーにとっても産駒初のJRA・GI制覇となった。

 

レース後のコメント

 

(倭達龍司騎手)

「感無量、という気持ちですね。オペラオーの子でGIを勝てたことは僕にとってはとても誇らしいことで、オペラオーとベルレクスに改めて感謝の気持ちを伝えたいです。

 

レースは飛び出しの強い馬ですので、スタートに特に大きな不安はありませんでした。スタートしてから好位置に付くことができたので、そこからは後続馬を警戒し続けました。末脚自慢の実力馬が多く出走していたので、最後の直線で差し切られないか心配な気持ちもありましたが、この馬となら勝てる、と思いながら追っていたので、大きな不安はありませんでした。

 

末脚にまだ課題があったので、4コーナー手前で仕掛けましたが、レースレコードで勝てるとは思っていませんでした。ハイペースの展開が味方したことを加味したとしてもこの事実は大きいと考えています。来年のクラシックはもっともっと成長したテイエムベルレクスの姿をお見せしたいです。僕もこの馬に乗る騎手として、恥のない騎乗を心掛けていきたいです」

 

(伊和本一蔵調教師)

「血統とオペラオーの戦績から見れば、あまりマイル戦は得意ではないと思っていました。今回はあくまでもGIの空気や雰囲気に慣れてもらうことを目的に出走していました。しかし結果を見ればレコード決着です。末脚自慢の産駒は多いディープインパクト産駒相手に勝てたのですから、私も驚いています。もちろん出走する以上負けるつもりはありませんでしたが、このような結果になるとは思ってもいませんでした。

 

今回のレースは倭達くんが馬の能力を信じて落ち着いた騎乗ができたからだと思っています。ハイペースな展開となったことで、最後は我慢比べになったことが、結果につながったと思います。ですが持久力には自信がありましたので、ある程度スピードに乗せられれば勝負になるとは考えていました。

 

朝日杯は彼が最初にGIに騎乗したレースですので、このレースを勝てたことは大変喜ばしいことです。ですが本番はやはりクラシック。オペラオーとの親子制覇がかかる皐月賞に、惜敗したダービーと菊花賞がありますので、目標はそこですね。ですが、まずは馬の状態とよく相談してからですね。ベルレクスはまだまだ成長を続けていきますが、それは相手も同じことなので、油断なくこれからのレースへ挑むつもりです」

 

《ネット記事より一部抜粋》

 

「凄いですね、牧場長。ネット記事見たらうちのランのことが凄くピックアップされてますよ。まだ有馬記念が残っているのに」

 

 事務室でパソコンで競馬のネット記事を読んでいた一人の職員は、目の前で新聞を読んでいた牧場長の尾崎にそう言った。

 

「まぁ、2歳戦とはいえGIだからね。しかも中小牧場出身の上に父は成功とは言えない種牡馬、母は地味な血統なんだから勝てばそんな反応になるのも頷けるよ。流石に僕は騒ぎ過ぎだとは思うけどね」

 

 問われた尾崎は静かに返した。

 

「でもGIですよ、GI。うちだってGI勝った時は皆テレビの前でお祭り騒ぎだったじゃないですか」

「うちの生産馬初のGI馬だからね、そうなるのも仕方ないよ。グレード制導入後だと初だし、今の職員は経験したことはないだろうからね」

 

 尾崎は苦笑しながら新聞へと再び目を落とした。新聞には先日の朝日杯のことが記載されており、口取り式の様子を撮った写真が掲載されていた。騒ぎ過ぎだとは思うが、GIを勝利したことが喜ばしいことであることは間違いない。レース後にはすぐに馬主の嶺苑からお祝いの電話を頂いたぐらいだ。

 

「しっかし遂にGIを勝ちましたか。これならアークやリト、今受胎中の子の評価も上がりますかね?」

「う〜ん、上がるとは思うけど、そんなにって感じだと思うよ。GIとは言えまだ2歳戦だからね。本命はやっぱりクラシックレースでどんな成績を残すかで評価はまた変わるよ」

 

 近親馬が活躍すれば、それに近しい血統を持つ馬の評価も上がる。例え自身の競走成績が平凡なモノであったとしても同血統であれば種牡馬として迎えられることもあるのだ。ブラックタイド*1などが良い例だろう。

 

「実際ランは何処まで活躍できると思いますか?」

「そうだね……やっぱり輝くのは長距離だろうね。菊花賞や春天だと真価を発揮できるだろうし、欧州血統だから欧州のレースでももしかしたら活躍できるかもしれない。それにスタミナがあるし、馬格もいいからダートでも結果を出せると思うよ。まぁ、日本のダート路線はそこまで充実していないから、アメリカの方が賞金を稼ぐにはいいんじゃないかな?」

 

 長距離レースと欧州レース、それ以外に尾崎はダートレースを候補に挙げた。日本のダートは砂、アメリカのダートは土と表現されたりもするが、強いパワーを必要とするのは共通している。アメリカのダートレースで必要とされるのは先行力と持続力などだ。そして起伏に富んだコースが少ないため、単純なスピード勝負になりやすい。地面をしっかりと捉えてスピードを出せるならば好走することは可能だろう。そして持続力が要求されるので、スタミナの多いテイエムベルレクスならば有利に働く可能性がある。何よりもアメリカで人気なレースはほとんどが2000mなどの中距離レースである。多少の消耗は問題ない。

 

「ダートですか……あまりイメージないですけどね」

「能力は分からないけど適性はあると思うよ。母馬のブランはダートの方が成績良かったからね。もしかしたらダートも走れるかもしれない。まぁ、適性があるのは日本よりもアメリカのダートの方かもしれないけどね」

 

 そう言って尾崎は笑い、「実際にあったらだけどね」と付け足した。あくまでも可能性に過ぎず、適性はあるだろうが、それはテイエムベルレクスの体型から推測したに過ぎない。競馬というのは人間では読み解けない部分が多いのだ。期待されていなかった馬が活躍するのはザラで、馬の未来を予測することは至難である。あの名伯楽である岳田汶乎(たけだぶんご)*2さえ、「競馬と人生の先を読むのは至難の業」と手帳に記したくらいだ。

 

 そうして談笑しているとコール音が鳴り、尾崎は浮かない顔をしながら受話器を取った。内容は大凡予想できている。

 

「はいもしもし、こちらは──です。……申し訳ありませんが、今は取材の方はご遠慮ください。出産を控えている繁殖牝馬のストレスになってしまうので、また別の機会にして頂くと……はい、申し訳ありません。失礼致します」

 

 ガチャと受話器を置き、尾崎はため息を吐いた。

 

「……また、取材ですか?」

「あぁ、全く……ここ最近多くて困ったものだよ」

 

 最初こそ二件や三件程度だったが、重賞を制してからはその数が飛躍的に増し、GIを制してみれば暇さえあれば引っ切り無しに電話が来る。まだ丁寧な電話ならばいいのだが、横柄な態度が目立つ電話もある。対応にも慣れてきたが、こうも多いと気が滅入る。

 

「話題性は十分ですからね。父親の相棒が息子で勝利する……血のドラマを見事に体現してますもの。メディアは欲しがりますよ」

「分かってはいるし、何時かは受けるべきなんだがね……生憎だが時期が悪い。おまけに一社受けたらキリがないよ」

 

 頭を抱えて唸る尾崎。それを見ていた職員もげんなりとした様子だ。事情は理解しているが、それを了承する訳にはいかない。今は出産を間近に控えた牝馬が多くて非常に神経質になっている。早ければ来月に出産する馬もいるのだから今はそれに向けた準備も進めている。

 

「一度火が付いたらメディアは止まりませんからね。オグリキャップやディープインパクトの時は物凄かったと聞きますよ」

「それは両者それぞれ別問題だよ。正当な許可を得て取材している記者も居るからちゃんと区別するようにね」

「それは分かっていますが……」

「これに怒っていてもしょうがないさ。もうすぐランも放牧で戻って来るんだから、君はそっちの方に専念しなさい。馬は敏感なんだからその感情が伝わってしまうよ」

 

 尾崎に諭され、職員は渋々ながら「分かりました」と頷いた。彼の怒りは馬を愛してる故のものであり、尾崎もそれを理解しているので咎めはしない。しかしメディアやマスコミと一括りにして批判する姿勢はよろしくない。

 

「さっ、僕達も皆を馬房へ戻す手伝いをしよう」

「分かりました、行きましょう」

 

─◇◆◇─

 

 凄まじいペースでレースが進んで行く。マークしている馬は苦しそうで、口を割ってもがいているように見えた。騎手も御すのに苦戦しているのが読み取れる。スタートしてから逃げ馬をマークし続ける戦法は見事炸裂し、我慢勝負となったこの展開は私にとって有利に働いている。そして最終コーナー手前で倭達さんからの合図があり、私は一気にスピードを上げた。

 

 加速しているのでコーナーを曲がれば外へと膨らんでしまうが、それはコーナリングと倭達さんの重心移動でできる限り抑えた。直線へと向き、他の馬達も一気に追い上げ始める。

 

 私が先頭へ代わり、そのままゴールを目指す形となったが、後方からドドドと迫り来る足音がやけに耳に届いた。私のような末脚と違った一瞬でトップスピードへ乗る、まるでよく研磨された鋭い切れ味を持つ刀のようだ。まさしくこのメンバーの中で最速と言っていい凄まじい末脚だ。このままでは差し切られてしまうのがオチだが、私自身も加速を続けている、そう簡単に追い付かせはしない。

 

 標識を通過して残り、200m。まだ私が先頭だが、既に外で並びかけており、差し切られるのも時間の問題だが、今回は私に軍配が上がった。半馬身差退けて、私が最初にゴール板を駆け抜けた。あと100mも長ければ私は完全に差し切られていたに違いないだろう。今回は早め仕掛けとコースに助けられたのだと思う。

 

 やはり末脚は大きな武器であることを改めて認識した。将来、私もこの末脚を身に付けて自身の武器としてみたい。今の手札ではやはり不安だ。それを活かせる肉体があるならば、存分に活かすべきだろう。

 

 何はともあれ私は勝った、GIレースをだ。倭達さんに促されてスタンド前へ行けば、大歓声が私達を出迎えた。前の重賞レースの比ではない。私に乗っている倭達さんも感極まっているのか、物凄く興奮していることが手綱越しに伝わって来る。

 

 ……不思議な気持ちだ。小さな恩返しのつもりで走ってみたが、自分のために走るよりも幾分か気分が良い。高揚しているのかもしれない。これまでずっと自分のために走ってきたが、こうして誰かのために走るのも悪くないかもしれない。

 

 

 

 あれから早2週間は経過しただろうか。私は口取り式を終えてトレセンへ戻った。トレセンでは大盛り上がりで、馬主の嶺苑さんの喜びようは凄くて私の頭をずっと撫で続けていた。

 

 興奮が冷めきらぬまま、私は休息のために放牧へ出された。故郷である私の牧場へ戻り、英気を養って欲しいそうだ。馬運車の長旅を終えて牧場へ戻った私は再開した職員達に手厚く迎えられた。鹿嶋さんは会うなり私に抱き付いて「よくやった。よく頑張った」とずっと褒めていた。

 

 そうして帰郷した私は仔馬時代のような時間を再び過ごすことになった。大きな生活に変化はないが、やはり生まれ故郷であって懐かしい感覚であった。

 柵越しであったが、久しぶりに母親とも再会した。元気そうであったし、新しい子を身籠もっているのか、お腹が大きく膨らんでいたが、変わらず元気そうだった。また、母親は私のことを覚えていないと思っていたが、その予想はいい意味で覆された。柵越しだが、顔を出せば私の顔をそっと舐め、ただただ近くで寄り添い続けていた。

 

 馬に転生したとしてもどうやら変わらず母親は恋しいらしい。母親が近くに居た時は凄くリラックスしているように感じられた。きっとこれが母親の愛なのだろう。寄り添ってもらえるだけでこんなに落ち着くのは母親以外にありえない。

 

 来年になったら私はすぐに戻ってしまうが、それまでは母親とゆっくり過ごすのもいいかもしれない。

*1
2005年の三冠馬ディープインパクトの全兄。自身は重賞1勝に留まったが、ディープインパクトの代替種牡馬として人気を集め、キタサンブラックやカムニャックなどのGI馬2頭を輩出している。

*2
元ネタは昭和を代表する関西の調教師武田文吾。関東の調教師である尾形藤吉と並んで「東の尾形」「西の武田」と称された名伯楽であり、五冠馬シンザン、二冠馬コダマ、二冠牝馬ミスオンワードなどを管理し、調教師として旧八大競走を完全制覇している(この記録は尾形藤吉と武田文吾のみ)。他にも栗田勝や福永洋一などの名騎手を育て上げた。

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