覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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クラシックに向けて

 滋賀県栗東市、栗東トレーニングセンター。

 この広大なトレセンに拠点を構える伊和本厩舎にて、嶺苑と伊和本、倭達は集合して今後のローテーションと調教メニューを練っていた。

 

 ローテーションというのは重要だ。馬が生き物である以上常に100%の状態を維持することは不可能だ。レース後は疲労を取る休養期間を設ける必要があり、出走間隔を確保しなければ故障のリスクが飛躍的に高まる。昭和の時代ならば中1週や中2週、時には連闘で出走することも珍しくなかったが、今はあまり好まれない傾向になる。しかし馬の中には叩き良化型というレースを使うほど状態が良くなる馬もおり、過去にはグリーングラス*1やナリタブライアン*2などの名馬達がその例に当て嵌まる。だがいくら叩き良化型だと言ってもレースに出る以上は疲労が蓄積し、故障のリスクが高まるので根本は大きく変わらない。

 

 調教や外厩の進歩、馬の価値の向上、レース体系の整備が整ったことで過密気味のローテーションは次第に薄れていくようになったが、それでも現代でも稀に見ることがある。そのような成功例ではヘヴンリーロマンスが挙げられるだろうか。連闘で挑んだ札幌記念を制すると、秋シーズンではエリザベス女王杯ではなく、天皇賞・秋へ挑んで見事に優勝。エアグルーヴ*3以来8年ぶりの牝馬優勝となり、GI馬の仲間入りを果たしたのだ。だがこの例はかなり特殊なものだろう。情報から推察する限りではヘヴンリーロマンスの状態が良く、何よりも前走のクイーンカップと同じ札幌競馬場で開催されることによって輸送負担がなかったことが大きいだろう。もしかしたら前走がハナ差の2着で消耗が少なかったことから急遽出走することを決めたのかもしれない。

 

 まぁ、ヘヴンリーロマンスの考察はここまででいい。馬の体調も重要だが、考える上で重要なのはどのレースを使ってクラシックを目指すかである。

 クラシックレースは生涯に一度しか出走できない、古くから施行されていた伝統的なレースだ。それ故に格式が高く、出走してくる馬も全体的にレベルが高くなってくる。レベルが高いということは出走できる馬も限られ、その出走権を確保するためにトライアルレースを使って優先出走権を巡って争うのが毎年行われている。

 

「ではランの今年のローテーションを決めていこう。まずは春のクラシックを目指して始動戦を決めるわけだが……君達の率直な意見を聞きたい」

 

 切り出した嶺苑だが、テイエムベルレクスの育成に携わっている伊和本と倭達の2人だ。故に意見を求めるのはこの2人が最適だった。

 

「そうですね、私はトライアル含めて2戦は使ってもいいと思っています。きさらぎ賞か共同通信杯のどちらかを使い、そこから弥生賞を経て皐月賞へ挑む形です。特に共同通信杯を選べばダービーと同じ東京をもう一度経験できるのは利点ですし、共同通信杯、弥生賞、皐月賞、ダービーのローテーションならば開催は全て同じ関東です。輸送負担も少なく済みます」

 

 伊和本が提示したのはより多くの経験を得られるように春のクラシックを目指すローテーションだ。3歳限定制の前哨戦に挑んでからトライアルへ挑み、そこからクラシックを連戦する、昔からよく見られたローテーションだ。今は少なくなったが、これでクラシックへ挑む馬も居なくはない。しかしこれをやるのは収得賞金が少ない馬が多く、既にGIを制しているテイエムベルレクスにそこまでの旨味はない。

 伊和本がこれを提示した理由としてはテイエムベルレクスに今後を見据えて経験を積ませることが目的だった。また、共同通信杯は皐月賞へ向けた出世レースでもあり、このレースを好走した馬が皐月賞を制したことも多い。過去にミスターシービー*4とナリタブライアンら三冠馬2頭が出ており、クラシックを狙う有力馬達が集うレースであるので、テイエムベルレクスの現在の能力を推し測ることも目的に入っている。

 

「僕はトライアルの弥生賞だけでいいと思っています。2歳GIとはいえ、ランは既にGI馬です。実績だけならば同世代の馬よりも上と言えます。能力の裏付けは既にありますし、無理にレースを重ねて状態を削る必要はないでしょう。現状の課題は末脚の質ですので、じっくりと調整してからクラシックに挑むというのはどうでしょうか?長く脚を使える持続力がランの強みですが、瞬発力勝負になった際には分が悪いと思います。なのでより仕上げてクラシックへ挑むといいと考えます」

 

 倭達は必要以上にレースを使わず、まだ改善の余地がある末脚を克服してから挑むべきだと考えた。マイルGIの朝日杯を制してはいるが、あれは展開に助けられた面もある。末脚勝負となれば一歩遅れている。

 テイエムベルレクスの強みとしては豊富なスタミナと気性の良さ、スタートとコーナリングの巧さ、そして良い脚を長く使える持続力だろう。ステイヤータイプで先行からのロングスパートが強みでもあるが、トップスピードに乗るまでにそれなりの距離を必要とする。決してズブいわけではないが、テイエムオペラオーと比べるとまだ劣るだろう。

 新潟のような長い直線で既に結果は出しているので、長く脚を使う展開であればコースに違いはあれどダービーでも対応できる下地があるのは断言できる。ただし同じ位置からの瞬発力勝負になれば後手に回る可能性が高かった。

 

「ふむ、私としても不必要なレースに出て下手に負けさせる必要はないと思っているが……倭達は末脚だけが課題だと?」

「はい。現時点のランの能力は非常に高いです。中山は小回りと先行が活きますので、コーナリングの上手いランならば早めに先頭に立って押し切ることができれば勝機はあります。ダービーの2400mも距離不安はありませんし、下地が揃っているので末脚を磨けば、不安要素を更に無くせます」

 

 テイエムベルレクスは晩成型ではあるが、土台となる能力は既にかなりのものがある。使いつつ良くなる叩き良化型の面もあると考えられるが、無理に使って上積みを狙うよりかは完成度を引き上げてクラシックへ挑むことを倭達は提案した。

 

 倭達の提案を受け止めながら、伊和本は表情を変えずにその内側で思考を駆け巡らせた。

 

 倭達から提示された案は理に適っている。無駄な消耗を避け、課題に対して集中的に手を入れるのは現代の調整過程としては一番オーソドックスな考えだろう。特に調教や外厩の目覚ましい発展によってレースを使わずとも完成度を高めることは十分に可能な域に達してきている。嘗てのようにレースを使って良くすることを前提としなくても、ピークを一点に合わせることは可能ではある。

 

 一方で伊和本は実戦でしか得られないものを軽視することはできなかった。

 ペースの変化、馬群の精神的圧力、位置取り、駆け引きなど調教では再現しきれない要素が存在する。とりわけ無敗で駆け上がってきた馬は不測の事態に対する耐性は未知数だ。共同通信杯のような一戦でそれを測っておく意義は決して小さくはない。

 

 テイエムベルレクスの強みは明確だ。先行力と持続力、そして気性の安定。レースを自分で作り、長く脚を使って押し切る形になれば同世代では頭一つ抜けている。一方で末脚に関しては、まだ未発達の部分を残しており、瞬発力勝負になった際は分が悪い。それはこれまでのレース内容と調教タイムからも見て取れる部分だった。元のスピードの絶対値が高いので上手く誤魔化せているが、それも長くは続かない。

 そしてその弱点はレースを重ねて解決できるほど単純なものでもないと伊和本は分かっていた。末脚というのは筋力やフォーム、あるいは走法そのものに関わる問題であり、時間をかけていくモノだ。

 

 使いながら良くなるというのは間違いなだろう。テイエムベルレクスならば精神的にタフでもあるのでそこまで大きな消耗には繋がらない。しかし無理に使えば未完成のまま本番を迎える危険性も孕んでいるのもまた事実。過去に無茶なローテーションで故障が生じ、結果的に安楽死処置が執られた事例もある。

 

 経験を積ませるか、完成度を高めるかの二択。だが既にGIを制しているという事実を踏まえれば、優先すべきは一つでも弱点を無くすこと。勝つために必要なものはもう大枠で揃っている。ならば残された細部を何処まで詰め切れるかだろう。

 

「分かった。私も倭達の案を支持する。朝日杯の前でも末脚は課題として上がっていたんだ。それを無視するのはプロとして以ての外だろう」

 

 はっきりとした声で伊和本は答えた。

 

「今回は無理にレースは使わずに、弥生賞から入って皐月賞へ向かう。春の最大目標をダービーに定めてピークをそこに持っていくように調整を進めよう」

 

 もうその言葉に迷いはなく、場の空気が引き締まった。

 

「決まったな。では倭達くんの提案したローテーションで進めて行こう」

 

 嶺苑の一言で方針は決定した。そしてそれに異論を唱える者はいなかった。それぞれが抱えていた考えはあったにせよ、今この場において優先すべき結論は一つにまとまっている。

 

「分かりました。ならば調教内容をもう一度見直しましょう。末脚の課題としては速さそのものよりもトップスピードに乗るまでにある程度の距離を必要とする点です。ヒシミラクル*5ほどのズブさはありませんが、初動が早くなれば仕掛けの自由度が広がります」

 

 方針が決まったならばそれに合わせて伊和本はそれに合わせてプランを修正していく。

 

「現状は長く脚を使うことが強みですが、それに頼り切るのではなく、何処からでも仕掛けられるように仕上げていきましょう。直線での反応、ギアの切り替え、その両方に重点を置いて調整を進めます」

 

 既に頭の中で調教内容の再構築を始めている。

 

「よし、伊和本は引き続き調教の摺り合わせておいてくれ。倭達はこれを提案した以上は皐月とダービー両方を獲りに行け。言わんとも承知しているだろうが、負ける競馬はするな。気持ちとしてはあの時と同じでいい、オペラオーの時のようにな」

 

 それは過去の記憶をなぞった言葉だ。

 1999年の惜敗続きの内容を見て、悔しさを感じずにはいられなかった嶺苑は翌年のJRAの授与式後、関係者全員に「今年は全部勝つぞ」と檄を飛ばしたことがある。ただの檄のつもりで当初は実現できるとは思っていなかったが、彼らは本当に一度も負けずに年間無敗を達成したのだ。しかも史上初のグランドスラム達成という快挙も付いてだ。これには流石に活を入れた張本人であると言えど、度肝を抜かしたものだ。

 

「もちろん承知しています。クラシックを勝ち取るだけじゃなくて生涯無敗を貫く心構えです」

 

 倭達は一切の間を置かずに答え、嶺苑の飛ばした檄を上回るようなことを静かに言い切った。流石の荒唐無稽な言葉に場は一瞬静まり返った。伊和本はぽかんと静止し、嶺苑はまさかの倭達の言葉に驚いた。

 

 伊和本は一度咳払いを一つして再び言葉を繋いだ。

 

「随分と大きく出たな、倭達。生涯無敗なんてそれこそ本当の怪物じゃないとできん偉業だ。途中で故障して走れなくなるのとはわけが違う。走り続けて勝つ、これがどんなに難しいのかはオペラオーの時に身に沁みているだろう」

 

 口で言うのは簡単だ。それを実現するには並大抵の努力では成し得ない。馬の能力、騎手の技量は元より、コンディションや枠番、展開、馬場状態などの運も絡んでくる。勝つために必要な要素を全て揃えた上で実現可能かどうかの話になってくる。

 

 生涯無敗で現役を終えられる馬は本当に数少ない、それも歴史に名を残したレベルならば尚更だ。日本ならばクリフジ*6やトキノミノル*7、海外ならばブラックキャビア*8やフランケル*9だ。日本だと最早近年にそんな馬は存在せず、該当馬のほとんどは故障での引退が多い。ブラックキャビアやフランケルも互いの得意分野だからこそ成し遂げられたと言えるだろう。

 

 生涯無敗を実現するのは生半な馬ができることではない。勝利に必要な要素を全て引き寄せてそれを維持し続けるという無理難題を超えねばならないのだ。

 

「分かってます。ですが、僕は既にその気で乗ってきました。『一度も負けさせない』ってそう思いながら乗ってきたんです。だから大丈夫です」

 

 断言した倭達に2人は唖然としてしまう。

 まさかの倭達の言葉に場が再び沈黙し、伊和本は思わず嶺苑に視線を向けた。

 

「あ〜……とりあえず倭達の心意気は分かった。まぁ、そこまで腹が決まっているなら、わざわざ活を入れるまでもなかったな」

 

 何処かしどろもどろとなり、拍子抜けしたような声であったが、嶺苑は倭達の目を見て決して冗談で言っているわけではないと見抜く。

 

 倭達は毎年重賞を連対し続けている数少ない騎手だ。馬をとにかく先行させ、例えズブい馬であっても馬券圏内まで持ってくる一流の騎手であり、去年は1000勝の勝ち星を挙げたベテランだ。そのベテランの騎手が言うということは何らかの根拠があるからに違いないだろう。

 

(そうだな……私もランに夢を見て買ったんだ。私がランに夢を見たように倭達も同じような夢を見たんだろう。だったらそれがどのような夢であっても否定するべきではないな)

 

 頭を駆け巡らせて結論を出した嶺苑は自身の率直な感想を伝えた。

 

「私は、お前の夢を否定はしない。納得いっていないだろうが、お前ほどの騎手がそう言うのならば馬主は信じて待つだけだ。改めて言おう、倭達。テイエムベルレクスを任せたぞ」

「はい、任せてください」

 

 迷いなく答えた倭達の声を聞くと、嶺苑は「では今日はもうお開きにしよう。もうそろそろいい時間だ」と言葉を続けた。時計に目をやれば会議を始めてからそれなりの時間が経過しており、ここで一度お開きになった。

 

 身支度を済ませて「失礼します」の一言と共に先に厩舎を後にした倭達も背中が見えなくなるまで見送ると嶺苑と伊和本は顔を見合わせた。

 

「倭達の言っていたこと……どう思う?」

「どう思うも何も、今は荒唐無稽なことを言っているようにしか聞こえん」

 

 伊和本の言うことは言葉通りだ。呆れてはいるものの、その表情は穏やかで何処か面白がっている様子だった。

 

「まさか私もあんなことを言うとは思わなかったよ」

「オペラオーにぞっこんでしたが、次はランにぞっこんになりましたね」

 

 ここまでのめり込む様子に2人は半ば呆れていたが、それも無理はないと考えていた。

 テイエムオペラオーとの出会いは彼の騎手人生の転換期となったほどの大きな影響を与えたのだ。思入れ深いなんて一言で表せるほどのものではない。倭達にとってはまさしく盟友、戦友、恩人と言っても過言ではない。そしてその息子のテイエムベルレクスにはデビュー前から凄まじい期待を倭達は抱いていた。

 

「父がオペラオーだと言う前から何か感じていたようですからね。私が教える前に自分でランを見付けていましたよ」

 

 あれには流石に伊和本も驚いた。尾花栗毛という目立つ姿ではあるが、それでも一瞬で見抜くとは思わなかった。

 

「……オペラオーと、色々と重ねているんだろうな」

「そうでしょうね。倭達は私達以上にランに夢を見ている、でなければあんな啖呵切ったことは言えませんよ」

 

 彼はきっと大真面目で言っている。酸いも甘いも経験しているベテランの騎手がだ。ランが関われば分かりやすく目が変わる。まるで20年前の騎手デビューしたての彼を見ているようだった。

 

「伊和本はどう思った?」

 

 嶺苑は倭達の言葉について伊和本に問うた。

 倭達は伊和本の下で騎手デビューを果たした。なので、倭達について最も理解しているのは伊和本だろうと考えた上で聞いたのだ。

 

「面白いな、とは思っているよ」

「その心は?」

「競馬は想いだけで勝てるほど甘くはない。が、それでも言い切ったのですから強いですよ、倭達は。普通は何処かで濁らせる」

 

 伊和本は苦笑しながら答えた。現実の厳しさというものを嫌ほど知っているというのに断言した。

 

「……それもそうだな。競馬にはこういう馬鹿げた夢を本気で獲りに行こうとしている人間が一人くらい居た方が、面白くなる。どうする?目指してみるか?」

「……私はもう来年で引退です。ランを見れるのは実質的に今年が最後なんです。ならば最後くらい、こんな夢を追っかけるのも悪くないとは思っている自分が居る」

 

 競馬に携わって早40年以上、馬を知れば知るほど強さと脆さを知ってしまい、あと一歩の所を踏み出せなくなっていった。知識を蓄え、腕を磨き、経験を積んで成長しようと、馬は生き物。予想外な出来事は当然起きるし、その出来事が馬の命を奪うことも少なくない。

 調教師となってからはオペラオー以上の傑物を育てられず、これが本当の最後のチャンスになのだ。

 

「いっそのこと……限界まで連れて行ってみても面白いかもしれん。最後の1年、有意義に使わなくてはあれほどの名馬に失礼というものでしょう。やれるだけ、やってみましょう」

 

 伊和本は倭達の夢を肯定することに決めた。少なくともこの残りの1年はテイエムベルレクスのために使わなくてはならない。この年が終わったら自分は定年引退となってしまうが、同時に役割もはっきりとした。自身の役目はテイエムベルレクスを故障なくバトンを繋ぎ、尚且つ充実した競走生活を送らせて限界まで仕上げることである。

 

「すまんな、伊和本。また苦労をかけさせる」

「それはお互い様だ。私の我儘を何回も聞いて貰ってる。まぁ、どちらにしても私は将嗣の夢に協力すると決めたからな。断ろうとは思わなかったよ」

 

 昔と比べて思い切りが自分には無くなってしまったと思っていたが、何だかんだで自分は人に感化されやすいと思った。だが、そんな状況を楽しんでしまっている。消極的ではあったが、結局自分もテイエムベルレクスに夢を見たい(・・・・・)のだろう。

 

「一先ず調教内容をもう一度練り直さんといかんな。こうなればランの経歴に傷一つ付けないようにしなければな」

「毎度すまんが、よろしく頼む」

「そう言われるほどでもない。これが仕事だからな。あっ、後で倭達に釘を刺さんといかんな」

「流石にこのことを記者の前で言われたら堪らんからな」

 

 そうして2人はこれから忙しくなるぞと意気込んで厩舎を後にした。

 

─◇◆◇─

 

 故郷に帰って2ヶ月近くは経っただろうか。ゆっくりと過ごしているが、帰省中であっても幼少期から当たり前のようにやっていた癖で放牧中はずっと走り込んでいた。

 もう走っていないと落ち着かないのかもしれない。まぁ、時は金なりというので、この時間を使って末脚の特訓をしてもいいだろう。

 

 牧場に戻って母親と再会し、新しく生まれた弟も初めて顔を合わせた。鹿嶋さん曰く凄く臆病な子だと聞いていたが、私を見たら特に警戒することなく私に近寄って来た。それどころか放牧が終わって私から離されれば離れるのが余程嫌なのか、物凄い暴れっぷりを見せた。

 

 いや、臆病っていうかこれは寂しがり屋じゃないか?鹿嶋さんと聞いた話と随分と違うな。

 

「こらっ、暴れない!リト!」

「全然落ち着かないですね!」

 

 鹿嶋さんが手綱を持って悪戦苦闘としている。臆病じゃないし、凄いアグレッシブじゃん。何でこんなに私と離れるのを嫌がるんだ?

 

「はぁ、はぁ……何が、嫌なんだ?」

「分かんないです。少なくとも離乳の時にこんなには暴れませんでしたよ」

 

 もう歳ということもあって鹿嶋さんは若干息切れしている。にしても鹿嶋さんが言っていたこととは随分と印象が異なる子だ。

 話を聞く限りでは普段の生活では隅っこでじっとしている子であまり活発的ではないらしいのだが、私と離そうとした時は今までの大人しさが嘘のように暴れ始める。一体どういうことだ?

 

「あっ、馬房までランを帯同させたらどうですか?ギリギリまで一緒に居させて途中で分けましょう」

「それしかないか。これまた個性豊かな馬になったもんだ」

 

 鹿嶋さんが私に謝りながら、弟の馬房まで一緒に連れて行く。まぁこれも可愛い弟のためだ、これぐらいは問題ない。一緒に付いて行けば先ほどとは打って変わって大人しくなり、鹿嶋さんに手綱を引かれて大人しく馬房の中へ戻って行く。私が近くに居れば本当に大人しくなるらしい。馬にも色々といるが、こんなタイプは初めて見た。

 

 その後、私の弟──リトのために色々と改善が施された。まず放牧地は隣同士になり、馬房に戻る時は一緒に、そして馬房は向かい合わせになった。こうすることで気性が成熟するまでリトが暴れるのを極力防げるようになった。

 

「本当にランが近くに居れば大人しくなりますね」

「う〜む、もしかしてランの流星を見て母馬だと勘違いしているのか?」

「あっ、それだったら納得ですね」

 

 これを聞いて私はそんなまさかと思った。確かに私の額には鼻筋に真っ直ぐ伸びた模様があるが、まさかこれで母親と思われるとは予想外だ。しかしこれまでの反応から考えればこの予想はある程度的を得ているのだろう。

 

 こうして前述した新たな生活スタイルになったが、私はすぐに順応した。仮に慣れなくても私はクラシックに備えて伊和本さんの下に2月の上旬には戻ってしまうので、ずっと一緒には居られない。何よりもリトは私と同じ育成牧場に行くのだ。嫌でもお別れすることになる。それまでに私が離れても大丈夫なようになってもらわなければ。

 

 そんな風に過ごしながらトレセンに戻る日はすぐにやって来た。年末に帰郷しておおよそ2ヶ月、意外とあっという間であった。

 

 北海道の雪解けを見ることなく、私は馬運車へと乗ってトレセンへ戻った。

 2ヶ月弱の期間を空けて帰って来たが、トレセンの景色に変わりはなかった。馬と人が忙しなく左へ右へと移動しており、色んな方向から嘶きが聞こえてくる。荒ぶっている馬に、それを何とか宥めている厩務員、担当馬について話し合っている様子の調教師と騎手の姿。この忙しなさと騒々しさもたった2ヶ月ながら随分と懐かしい。

 

 久しぶりに伊和本さんと顔を合わせれば、私の体重が然程増加していないことに驚いていたようだった。まぁ、それなりに食べてはいたが、その分ちゃんと運動していたもんな。あまり太る要素もなかっただろう。

 私の主戦である倭達さんとも再会し、倭達さんは私を見るなりに首元に抱き付いて「久しぶり」と呟いた。何処か付き物が取れたかのような晴れ渡った青空のような笑顔を私に見せていた。

 

 こうして私の競走馬となってから2年目の生活が幕を開けた。今年はいよいよ大本命であるクラシックを争う年だ。前年とは比較にならない馬達と戦うことになるが、不思議とこのメンバーなら負けないと、根拠なしに私は感じた。

*1
1976年の菊花賞優勝馬。12番人気の低評価を覆してトウショウボーイやテンポイントなどの強豪馬を負かし、彼らと共に「TTG」と呼ばれる三強を形成。3頭の中でも長く競走生活を送り、賞金も多く稼いでいる。旧八大競走を3勝しており、「緑の疾風」「最後の勇者」と呼ばれた。叩き良化型ではあったが、慢性的な脚部不安に悩まされてレースを使えないという難点も持っていた。

*2
シャドーロールがチャームポイントで三冠レースの圧勝劇から「シャドーロールの怪物」の異名を取った、1994年の史上5頭目となるクラシック三冠馬。皐月賞を3馬身半差、ダービーを5馬身差、菊花賞を7馬身差と圧勝し続け、同年の有馬記念は3歳馬として優勝を果たした。その後は故障もあってかスランプに陥ってしまったが、3歳での強さは圧倒的で名騎手でもあり、名調教師でもあった野平裕二は「ルドルフよりも上」と語ったほど。

*3
1996年のオークス優勝馬。牡馬と互角以上に渡り合う実力と戦績から「女帝」と称され、1997年にはグレード制導入後牝馬として初の天皇賞・秋を優勝し、秋の中長距離GIレース全てで馬券圏内に入着した実績が評価されて1971年のトウメイ以来26年ぶりに1997年度の年度代表馬に選出された。繁殖面でも重賞馬4頭そのうち2頭がGI馬という優秀な成績を残した。

*4
1983年のクラシック三冠馬。京都の淀の上り坂で一気に加速し、下り坂で加速しながら先頭に立つというセオリーを破る行動で菊花賞を制してシンザン以来19年ぶりの三冠馬に輝いた。1984年にはジンクスを覆して天皇賞・秋を制して古馬でも活躍したが、弱点でもあった蹄が悪化して1985年に引退。その誕生譚と血統背景、純内国産馬、端正な顔付きから最もファンに愛された三冠馬として記憶に残っている。

*5
2002年の菊花賞優勝馬。ズブいこととプール嫌い、ヒシミラクルおじさんで有名。2003年に天皇賞・春、宝塚記念を制したGI3勝馬だが、関係者からは「普通の馬」という評価が多い。GIを3勝もしている時点で普通の馬ではない。特に有名なのはヒシミラクルおじさんでヒシミラクルに2000万円以上を単勝で賭け、2億円を得るという究極の馬券師が存在した。

*6
生涯11戦無敗の変則三冠馬。1943年にダービー、オークス、菊花賞を無敗で制し、11戦のほとんどを大差で圧勝したことから「日本競馬史上最強牝馬」と評され、野平裕二も日本競馬史上最強馬に彼女の名を迷わず挙げた。繁殖牝馬としても成功しており、現在でもその血は続いている。また、彼女の主戦騎手であった前田長吉は史上最年少のダービージョッキーの記録を持つ。

*7
「幻の馬」と称される1951年の二冠馬。生涯10戦無敗の成績を残し、レコードを7回更新した稀代の快速馬。常に脚部不安を抱えて調教も満足にできなかったとされ、全力で走ったことは一度もないとされる。ダービー優勝後に破傷風を患ってこの世を去り、彼の治療記録は有効なワクチンや治療薬、予防策などが開発される手掛かりとなった。

*8
オーストラリアを代表するスプリント女王。2009年から2013年に活躍し、驚異の25戦25勝とG1競走15勝を記録した。レーティングは古馬牝馬史上最高の136ポンドが与えられている。

*9
イギリス史上最強のマイラー。2010年から2012年に活躍し、14戦無敗の成績を残し、G1競走10勝を記録。マイラーではあるが、2000mのG1競走を勝利しているので、距離適性はそれなりに幅広い。引退後は名種牡馬として活躍中。




脳を焼かれたリュージの宣誓。

執筆者は割とノリノリで書いてしまい、後から見返してこんなこと書いてたんだーって思ってます。まぁ、書き直すのもちょっと億劫だったのでこのままいきました。

あとランの現在の兄弟構成です
ラン(4番仔):現役競走馬、GI1勝
アーク(5番仔):育成中
リト(6番仔):離乳済み。夏に育成牧場へ移動予定
ブランの2017(7番仔):受胎中
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