4月16日、中山競馬場。
今日の中山競馬場には多くの観客が訪れ、スタンドは人で埋め尽くされていた。ここ最近競馬場への来場者数は抑え気味であったが、テイエムベルレクスの血統背景とその父であるテイエムオペラオーの相棒である倭達龍司と共にクラシックへ挑むというドラマから話題を呼んだ。競馬の評論番組でもそれについてピックアップされたこともあってか、それなりの観客を集めていた。
人の多さから内馬場も解放され、競馬場の中心にも人が集まっている。場内の熱気はピークを迎えており、今か今とレースを待ち侘びていた。
馬主席でもその雰囲気は変わらず、一直線にターフに視線が向けられている。その中には嶺苑、尾崎、鹿嶋の姿があり、3人はきっちりとしたスーツに身を包んでいた。
「まさか私の牧場で産まれた馬がクラシックまで行くとは思いませんでした。思ったよりもあっという間でしたね」
「えぇ、こうも順調に行くとは私も考えていませんでした。活躍するのはもっと先だと思っていましたが……私が思うよりもずっと傑物でした」
「そう言って頂けると私も嬉しいですよ。私はこの場とは無縁だと思っていましたが、生産者としてありがたい限りです」
嶺苑はテイエムベルレクスが必ず大成すると信じている。父テイエムオペラオーとその血統背景から本格化するのは古馬からだと思っていたが、クラシックまで上り詰めるのはテイエムベルレクスの能力が高かったからだ。流石としか言いようがない。
「私としてはこの場にランを連れ来てくださった嶺苑さんにお礼を言いたいです。ありがとうございます」
「いえいえいえ、私もあのような素質馬に会えて嬉しいですよ。こちらこそありがとうございます」
改めて鹿嶋はお礼を言う。鹿嶋は嶺苑だからこそこの大舞台に連れてくることができたと思っている。当歳時からその素質を垣間見得たが、血統背景を鑑みれば難色を示す。母父のホワイトマズルの産駒は日本でも走ったが、そのサイアーラインは先細りして心許ない。だからこそ素質を見抜き、夢を見たのが嶺苑だったことでこうして活躍することができていると感じている。
「しかし、本当に立派な馬になりましたよ。あの当歳馬の頃を思い出すと、少し感慨深いですね」
嶺苑がふっと笑いながら言う。
「あの頃は体は他の馬と比べても大きくてバランスも良かったですが、それもより一層磨きがかかりましたね」
「えぇ、細いですが馬体には目を見張るようになりましたね」
当歳時から比べれば随分と立派に成長した。幼少の頃から見栄えの良かった馬体だったが、成長して引き締まった体は非常に好感を持てる。
「昔から与えたら与えた分だけ食べるのですが、不思議なのは太らない上に寧ろ痩せて見えるんですよね。食べたらその分動く性分なので当然かもしれませんが」
「食が細いわけでもありませんし、寧ろそれは視点を変えれば一種の才能ですよ」
テイエムオペラオーは食が細く、飼葉食いが悪かった。精神力の強い馬であったが、食事の面では繊細な部分もあったのだろう。それに対してテイエムベルレクスは出された分だけ食べる。平均以上に食べられるだろうが、食べた分だけ動くので、決して太ることはなかった。体重を絞るだけでも苦労する馬も居るので、これもテイエムベルレクスの才能なのだろう。
「本当に不思議な馬です。一流と言えば聞こえはいいですが、それは過去の話。どちらかと言えば晩成型だと言うのに、私達の予想を覆してどんどん成長してしく……競馬は本当に予想がつかないですね」
「えぇ、全く。だからこそ競馬は面白い」
本当に不思議である。血統背景を無視して活躍する馬、気性難が多い血統ながらそれに反して大人しい馬、両親から絶対に生まれないであろう毛色の馬、ダートの素質を開花させて無双する馬などなど、人間の期待を覆す馬は長い競馬史に何頭も存在する。
「ここまで走れば牧場としては嬉しい限りでしょう?」
「えぇ、お陰様で問い合わせも増えましたよ」
テイエムベルレクスの活躍もあって同血統の馬の購入についての問い合わせが増えた。しかし新しく産まれた産駒を除いて同血統の兄弟は嶺苑が全て所有しているので、今はブランベラルーシの2017についての問い合わせが多い。
「新しく産まれたブランの子についても問い合わせが多いですが、私はアークもリトも購入して頂いている嶺苑さんに是非とも買い取って頂きたいです」
先日無事に誕生したブランベラルーシの2017。父と似た栗毛の牝馬で、テイエムベルレクスにとっては妹となる本馬は鹿嶋の心配を余所にスムーズに誕生した。出産の予定日を超過こそしたが、産気づいたら事の成り行きはスムーズに進み、仔馬は無事に産まれた。母子共に体調は安定しており、元気に過ごしている。
「私としても貴重なオペラオー産駒。しかもランの兄妹ですので、是非とも購入したいところです。近々お伺いしようと思っていました」
「写真でよければ見ますか?まだ産まれたてですので分からないところも多々ありますが」
「拝見します」
鹿嶋が懐から取り出した一枚の写真を取り出し、嶺苑へ渡す。小柄な栗毛の仔馬が母馬の近くで立っている写真だ。産まれたてであり、尚且つ実物を見ていないのでまだ何とも言えないが、背格好は立派に見える。
「立ち姿がいいですね。背中のラインも綺麗だ。また後日お伺いしても?是非とも買い取らせて頂きたい」
「もちろん、お待ちしておりますとも」
ちょうどその時、場内アナウンスが響く。出走馬の本馬場入場が始まり、場内の観客の歓声が大きくなった。3人の視線は自然とタリオンステーションへ向けられ、堂々と歩くテイエムベルレクスの姿が目に入った。
「その話はまた後で、レースの後にしましょう」
「そうですね。これを見なくてはランにも、皆さんにも失礼ですからね」
「せっかくのクラシックです。どんな結果になっても楽しまなければ」
3人は笑い合い、出走の時を待った。
「準備はいいな、倭達」
「はい、大丈夫です」
パドックにて倭達と伊和本は毎度ながら最後の打ち合わせをしていた。パドックではテイエムベルレクスを含めて18頭が周回しており、放送席からは各馬の紹介が流れている。
テイエムベルレクスは単勝1.4倍の圧倒的1番人気。実績も一番飛び抜けており、先んじて既にGIを制しているのだ。獲得した重賞タイトルは既に三つである。
「今年も強い馬が来ましたね」
「クラシックだからな。生半な気持ちで出さんだろうし、そもそも出られん。しかし……まさか牝馬が出て来るとは思わなかった」
件の馬の名はファンディーナ。ディープインパクト産駒の青鹿毛の牝馬である。父に似た爆発的な末脚が魅力の馬でここまで3連勝。前走のフラワーカップは5馬身差で圧勝すると共にレースレコードを0.2秒更新する圧巻の走りを見せて重賞制覇を飾った。桜花賞への出走も視野に入っていたが、中2週での出走になるので皐月賞へ追加登録料200万円を支払って参戦してきた。
「直線でああも突き放すか……末脚は文句なしで一級品だな」
やはりディープインパクト産駒は末脚が凄まじいと伊和本は思う。しかし産駒は追い込みの傾向が強く、能力が偏っている分対策も練りやすい。
「やはり届かないほどの着差をつけておく他ないな」
「そうですね。直線に向いた時にリードをつけるにはロングスパートを仕掛けたいですが、既に見抜かれていますよね」
「ふむ……」
追い込み馬というのはどうしても位置取りで不利を被る。後ろでじっくりと展開を見ることができ、他馬に揉まれることがないが、必ずと言っていいほど外へ回される。内は前の馬で閉じられており、後ろでレースをするとなれば大体の場合は外を回されることになる。そのため予め絶対に届かない着差をつけておくことが一番の対策になる。前を走る馬は距離ロスも少なく、脚を残していればその分だけ有利に働く。
「前回よりも早めに仕掛けよう。1000mを越してしまったらハナを取りに行ってしまっていい。スタミナがあることもどうせバレているのなら、他の奴らを焦らせてやろう」
「……なるほど、差し馬や追い込み馬は嫌がりますね」
「あぁ、先行集団もランが動いて馬自体が掛かるかもしれないからな。仮にそうならなくても横綱相撲で簡単に負けることはない。思い切って行くんだ」
「はい、では行ってきます」
そう言ってパドックへ駆け出して行く倭達を見送って伊和本はそのまま観客席へ向かった。検量室のミニターで見るのが常だが、今日はこの目で直接見たいがために観客席の方へ足を運んだ。
《中山競馬場メイン11レース、第77回皐月賞GI、芝2000m戦。2014年に生まれましたサラブレッドのクラシック一冠目。出走18頭のゲート入りが始まっています》
弥生賞を快勝してから42日後。皐月賞の舞台にテイエムベルレクスは居た。トライアルレースの弥生賞を危なげなく勝利し、その安定感と父テイエムオペラオーとの親子制覇、そして鞍上の倭達龍司はテイエムオペラオー以来のクラシック制覇への期待も加味されて、本レースの1番人気、単勝1.3倍に支持され、単独1倍台になった。
そんな皐月賞の大本命とされたテイエムベルレクスの心情はまるで水鏡のように落ち着いていた。
(もうクラシックか。なんか……あっという間だったな)
てんやわんやとなりながら、殺処分にならないように生きてきたテイエムベルレクスにとってこれまでの時間は瞬きのようであった。
GIを獲って2歳王者となり、それどころかクラシックまで登り詰めるとは思わなかったからだ。賞金さえ稼ぐことができれば死なないだろうと考えていたが、ここまで行くとは考えてもいなかったのだ。
(まぁ、どんなレースであっても私のやることは変わらない。ただ走って勝つのみ、あと賞金を稼ぐ)
テイエムベルレクスのやることは変わらない。
もう既にファンファーレは流れている。返し馬を済ませた今はゲート入りの順番を待っていた。偶数番のテイエムベルレクスはゲート入りは終わっており、あとは出走の時を待つだけである。
(距離は前と同じ2000mで場所も変わらず中山。直線があまり長くはないから、変わらず積極的に前へ行けばいい)
気分は変わらず落ち着いている。緊張はなく、心は凪いでいる。
「行こうか、ラン」
(うん、行こう、倭達さん)
首を撫でながらテイエムベルレクスに語り掛ける倭達の言葉にテイエムベルレクスは鼻を鳴らして返す。
その反応に倭達は思わず笑みを溢す。やはりこの馬は変わらず平常心であると感じたからだ。
ゲートの中で微動だにしない栗毛の馬体。
周囲では他馬が落ち着かずに首を振ったり、蹄を鳴らしたりしているが、テイエムベルレクスだけは静かだった。
(本当に肝の据わった馬だ。ラン、君はやっぱり他とは違う馬だよ)
着々と各馬のゲート入りが進んで行く。また1頭、また1頭とゲートへ収まっていく。
《夏を思わせるかのような陽気。そんな中心地良い風が緩やかに吹き抜けています中山競馬場。注目は5枠10番のテイエムベルレクス。父テイエムオペラオーとの親子制覇、鞍上の倭達龍司騎手はオペラオー以来のクラシック制覇に期待がかかります。その次に牝馬ファンディーナ。ヒデヒカリ以来69年ぶりの牝馬による皐月賞制覇は成せるのか。さぁ、歴史の扉を開けられるか、今静かにゲートイン》
重賞馬は11頭。春のクラシック第一戦に相応しいメンバーが揃っていた。そして牝馬の有力馬が参戦したことで今年の皐月賞は大きな盛り上がりを見せている。
テイエムベルレクスが無敗のまま皐月賞を制覇するのか。それを阻止してファンディーナがヒデヒカリ以来69年ぶりの牝馬制覇を飾るのか。はたまたリベンジに燃えるスワーヴリチャードかカデナなのか。
どのような結果になっても見応えあるレースになることは間違いなかった。
《17頭既にゲートの中、最後は18番のトラスト。ゲートの後ろでくるりくるりと、回されて今ゆっくりと18番ゲートへ向かいます。収まって皐月賞ゲート入り完了》
最後の1頭がゲートへ入り、係員が離れる。いよいよレースが始まると、場内のざわめきが波のように揺れた。
(大丈夫だ。いつも通りやればいい。焦るなよ、ラン)
《さぁ、一生に一度の舞台、勝つための全ての理由を手に入れよう。春のクラシック第一冠、皐月賞!スタートしました!ほぼ揃ったスタートになりましたが、10番のテイエムベルレクスは一気に先頭集団に取り付いていきます。14番のサトノアレスは後方からになります》
いつものように抜群のスタートを決めて一気に先頭へ行くテイエムベルレクス。しかし先頭には立たず、予定通り前目の位置に付く。
《さぁ、出を窺う。どの馬も出を窺いながら、15番のアダムバローズが引っ張っていくのか。アダムバローズがレースを引っ張っていきそうです。そして12番のアルアインも続いていきます。18番トラストもここは2番手に続いていきました。そして10番テイエムベルレクスと8番ファンディーナは現在4番手から5番手。2頭内埒沿いで今1コーナー、右手にカーブをとっていきます》
第1コーナーを曲がって第2コーナーへ、そして向こう正面へ向かう。
テイエムベルレクスは位置を少し外に出して3番手から4番手の位置へ収まると追走を開始。それをマークする形で外から上がる16番のクリンチャーが付き、後方からピッタリとマークする11番のアルアイン。
《さぁ、先行争いの中で15番アダムバローズが1馬身半のリード。そして18番のトラストが単独の2番手に続いています。その後ろに10番テイエムベルレクスと外からスーっと上がってきた16番のクリンチャー。真ん中に11番のアルアインです。テイエムベルレクスをマークする形。そして8番、無限の可能性、牝馬のファンディーナ、この位置に付けました》
(ポジションは予定通りの位置。内と外、そして後ろからマークする形か。外から蓋をされれば抜け出すのが難しくなる。機を見て抜け出さないと危ないな。場合によっては予定よりも早めに追い出す)
倭達は位置取りが上手くいったことを把握すると、軽く後方を見てマークを確認する。最も警戒を置いたのは外から被せようとするクリンチャー。蓋をされてしまえば抜け出すのが難しくなるだろうと考え、外へ意識を向ける。そしてそれはマークされる形になったテイエムベルレクスもそれを察知していた。しかし、焦らずにじっくりと抜け出す機会を窺っていた。
(前目に付けたからまずは良し。あとは出の機会を窺うだけ。外からマークされてるから必要だったら内へ切り込むことも考えないと)
向こう正面へ入り、レースは縦長になる展開になった。しかしどの馬も2馬身以内の位置に付いており、何時でも仕掛けられるように各馬出を窺っている状態で、場は一時的に膠着している。
最も警戒されているのはもちろんテイエムベルレクスだ。前走の弥生賞は鞭を使わずに完勝し、長距離向きの血統ながらも彼の父は皐月賞を大外から人気上位馬をまとめて豪快に差し切るレースを見せている。警戒するのは必然であった。
《11番ダンビュライトが居ます。その後ろから9番のプラチナボイス。内で1番のマイスタイル、この位置です。そして17番ウインブライト、そして2番のスワーヴリチャードがいます。3番コマノインパルスが居て、外から上がっていこうというアメリカズカップ。その後ろ、1馬身離れて6番のアウトライアーズです。更にカデナも上がっていきました。前走の雪辱を果たさんと冨久長悠逸が押しています。そして5番のレイデオロ。最後方から14番のサトノアレス、不二澤厩舎は後方から》
そしてここで1000mを通過する。後方からは追い込み馬達が徐々に位置を上げており、先行集団を捉えにかかろうとしている。そして倭達は10と書かれたハロン棒を視界に収め、一気に追い始める。
(ここだ!ここで一気に行く!)
(……!何時もよりタイミングが早い!合図が出たってことは行っていいんだな!)
1000mを通過して倭達は進出の合図を送る。それを受け取ってテイエムベルレクスもスピードを上げて進出を開始する。ロングスパートを仕掛けようとする倭達は一気に外へ持ち出そうと手綱を動かし、マークしていた16番のクリンチャーの鞍上、
《前半1000mは59秒0、ペースは早い!ペースは早い!その中で間もなく3コーナーを迎える。さぁ、トラストが絡んでいった。そしてテイエムベルレクスは一気に上がって前へ!倭達龍司の手が動いている!16番のクリンチャーも行った!藤丘雄輔、先頭に立つか!》
テイエムベルレクスが進出を開始し始めたことで同時にレースを進めていた騎手達は苦い顔を見せていた。
逃げや先行を打っていた騎手は「やはり来たか」と言わんばかりに顔を顰める。
中団に控えていた騎手は瞬発力勝負でいくか、それとも持久力勝負に付き合うかどちらかの選択を迫られた。
後方で待機している騎手は前が潰れる可能性にかける他なかった。
残り1000mある中でロングスパートをかければ馬の体力が持たないこともあるが、相手はスタミナに定評があるテイエムベルレクス。ペースが上がれば止まることはなく、おまけに中山は直線310mしかないため、前でリードを取られれば如何に抜群の末脚を持っていようと届かない可能性がある。1000mを59秒という早いペースでレースが進んでいるので先行集団がバテて直線で失速する可能性もあるが、それを待っては勝つことはできない。今先頭に立とうとしているのはテイエムベルレクスである。故に差し切るためには、ここで置かれるわけにはいかなかった。ペースが速くとも脚を使うしかない。
テイエムベルレクスが一気に進出したことでペースは更に上がる。その様子を観客席から見ていた伊和本は「勝った」と確信した。
伊和本は持久力勝負に持ち込むことができれば負けることはないと考えていた。ロングスパートとスタミナがあることは既に露呈しており、改善してきたとはいえ末脚に不安があるということは周知の事実。故に他陣営もロングスパートでレースを決めてくると読んでいると考えた伊和本は既に知れ渡っている情報を存分に利用して無理矢理持久戦に持ち込むことを考えた。後方に閉じ込められてしまえば頓挫してしまうが、テイエムベルレクスは出遅れたことはなく、飛び出しの強い馬だ。出遅れる心配はないし、おまけにペースが早くなったことで更にこちらにとって有利な展開になった。
《ここで18番トラストが先頭に変わるが、その外からテイエムベルレクスが襲いかかって先頭を奪う!更に外からはクリンチャー!それに連れて上がっていった8番のファンディーナ、青い帽子ファンディーナも上がっていった!外から捲りながらダンビュライト!そしてウインブライトもやってくる!》
第3コーナーから第4コーナーへ。そして第4コーナー手前でテイエムベルレクスは遂にハナを奪って先頭に立つ。トラストはまだ差し返そうと粘っているが、それももう間も無く失速するだろう。先頭を走っていたアダムバローズは既に失速してズルズルと馬群の中へ沈んでいった。
「あと少しだ、頑張れ、ラン!」
(大丈夫、まだ余裕だ!)
《先頭変わってテイエムベルレクス!さぁ、ここからどんな走りを見せるか!父の栄光までもうすぐだ!4コーナーカーブして直線向いた!8番ファンディーナ、ファンディーナが来る!牝馬の力を見せられるか!鞭が入る
テイエムベルレクスは1頭だけ抜け出して独走に入っている。倭達は鞭を一発、二発と入れ、更にスパートをかけるように促す。後続馬も鞭が入ってスパートが入っているが、待ち受けるのは中山の急坂。もうどれだけ馬が辛抱できるか、そして騎手がどれだけ持たせられるかの勝負になってくる。
《1頭抜け出してテイエムベルレクス!1馬身半差のリード!内から7番のペルシアンナイトもやってくる!さぁ、16番のクリンチャーも居るぞ!しかし先頭は黄色の帽子ただ一つ!テイエムベルレクスが先頭だ!11番のアルアインと7番のペルシアンナイト!後ろ2頭が並んで迫る!外からはダンビュライトだ!ダンビュライトがやってくる!しかし勝ったのはテイエム、テイエムベルレクス!》
最後はアルアインとペルシアンナイトが豪脚を見せて猛追して1馬身差まで迫ったがそこまでだった。ゴール板を真っ先に駆け抜けたのは10番のテイエムベルレクスであった。
《迫るアルアインとペルシアンナイトを振り切って、テイエムベルレクスが1着のゴールイン!父の軌跡を辿る勝利!やりました倭達龍司!オペラオーを導いたその腕で、覇王の息子をクラシックホースへと導いた!文句無しの勝利、テイエムベルレクス!》
スタンドからの歓声は最高潮に達し、鼓膜が破れんばかりの大歓声が場内に響いた。
無傷のまま獲得した二つ目のGIタイトル。その中でも更に特別なクラシックタイトル。テイエムベルレクスは父テイエムオペラオーとの親子制覇を成し遂げ、倭達は遂に二つ目のクラシックタイトルを獲得。同じ皐月賞だが、倭達にとっては些細なことに過ぎない。
《1着にテイエムベルレクス、2着アルアイン、3着ペルシアンナイトと入りました。4着ダンビュライト、5着にクリンチャーです。牝馬ファンディーナは最後伸び切れずに8着の入選。タイムは1分57秒6、昨年のディーマジェスティのレコードを0.3秒更新。上がり3ハロンは34秒3です》
「ありがとう、ラン。君のおかげだ」
倭達は嬉しさのあまり、目元を抑えた。テイエムベルレクスへの感謝の言葉を送り、頭を一撫で、首元を優しく叩いた。
(私こそ、あなたのおかげでここまで来れた。ありがとう)
それに応えるようにテイエムベルレクスも鼻を鳴らして返す。
ゴール板を過ぎて、すぐにスピードを落として、倭達に導かれるままウイニングランを行う。スタンドの前へ行けば彼らを讃える拍手喝采に迎えられた。
これは自らの実力でクラシックホースへ登り詰めたテイエムベルレクスと嘗ての相棒の息子をクラシックホースへと導いた倭達龍司に向けてのモノである。
倭達龍司はそれに応えるようにガッツポーズを見せれば、歓声は一層大きくなった。
《テイエムオペラオー以来のクラシック制覇を見せてくれた倭達龍司。ガッツポーズと笑顔を見せて大歓声に応えます》
ウイニングランを終えたテイエムベルレクスは倭達に導かれて検量室へと向かっていた。スタンドから送られる拍手と歓声はまだ鳴り止まず、ターフを包み込むように余韻が残っている。そして検量室に戻って来た倭達を伊和本は出迎えた。
「やったな、倭達!」
「はい、はい……!」
下馬した倭達の近くへ駆け寄って、伊和本は倭達の背中を力強く叩いた。伊和本の言葉に涙声で返してしまうが、嬉しさで溢れ返っている今、暫くはまともな声を発せる気がしなかった。
クラシックの第一戦とはいえ、クラシックを獲ったのだ。その感動は格別だ。
「本当によくやった」
「いえ……僕は伊和本先生に言われた通りに乗っただけで……あとは全部ランを信じただけです。僕だけの力じゃ……ありません」
「その言われた通りに乗るだけでも難しいんだ!今は胸を張ってろ!」
興奮して涙声だというのに、出てくるのはテイエムベルレクスと師匠であった伊和本一蔵への感謝の言葉ばかりだった。こんな時くらい、自分の功績を誇ってもいいというのに。
伊和本は「まったく」と溜め息を吐いたが、思わず笑みを浮かべてしまう。
今日の勝利はまだまだ始まりに過ぎず、更に大きな舞台も待っている。しかし、今はただこの勝利を噛み締めた。
試しにレース描写をいつもと変えてみました。3人称視点ですが、リュージとランのセリフも入れている感じです。書いてみたけど、執筆者は結構微妙な感じです。
無事に皐月賞を制して無事にオペラオーとの親子制覇、そしてクラシックホースになりました。先日生まれてきた妹ちゃんへの出産祝いです。