覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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ダービーへ

 ターフへ降り注がれるスタンドからの拍手と歓声は未だに収まる気配は見えない。場内を埋め尽くす熱狂は凄まじく、馬主席の中であってもその迫力が伝わってくる。

 

「勝った……勝ったぞ!」

「やった、やった……!」

 

 尾崎と鹿嶋の興奮はピークに達していた。もちろんその理由は生産馬であるテイエムベルレクスが勝利したからである。テイエムベルレクスの勝利は牧場にとって初のクラシックタイトルであり、誰もが認める大舞台で勝利したことに筆舌に尽くし難い感動を抱いていた。

 

 レース内容もまた見事だった。

 抜群のスタートを決めて先行集団でレースを進めると、残り1000mでロングスパート。既に早いペースとなっている中でテイエムベルレクスが動いたことで警戒していた陣営がそれに合わせてペースを上げたことで更に早いペースとなり、無理矢理持久戦へ持ち込まれたことで、満足に末脚を発揮させず、そのまま後続の追撃を振り切って勝利した。

 

 安定したレースぶりは健在で、馬の長所を最大限引き出したレースだった。嶺苑も拍手を送り、遂に自分の思いが報われた気がして嬉しさが込み上げていた。

 

「ようやくだ……ようやくだ。流石、オペラオーの息子だ……」

 

 長い時間だった。

 テイエムオペラオーが種牡馬となってから15年目。時間はかかったが、ようやく自分の夢が叶った気がして堪らなかった。

 自分の力ではテイエムオペラオーを種牡馬として大成させることができず、サイアーラインは絶望的であったが、この苦節15年を乗り越えてここまでの大物が現れたことがただただ嬉しかったのだ。

 

「ありがとうございます。尾崎さん、鹿嶋さん。ここまでの素晴らしい馬と出会えてよかった。あなた達のおかげです」

「それはもうお互い様ですよ。テイエムオペラオーが居なければランも産まれていなかったんです。私達もこの名誉に携われて嬉しい限りです」

 

 どちらかが欠けていればテイエムベルレクスという名馬は誕生していなかった。この瞬間は存在していなかった。全てが重なったからこそテイエムベルレクスという名馬が居るのだ。

 

 やがて席を立ち、口取り式を行うためにウイナーズサークルへ向かった。

 そこには既に皐月賞の優勝レイを掛けられて堂々と佇んでいるテイエムベルレクスと、そのすぐ傍らには倭達と伊和本の姿があった。

 先程まで涙を流していたのか、倭達は目元が赤く腫れており、彼の背中を伊和本が静かに叩いていた。

 

「倭達、あまり泣き過ぎるなよ。気持ちは分かるがまだまだこれからだぞ」

 

 嶺苑は苦笑しながらそう声を掛けた。

 

「分かってます……それでも、やっぱり抑えきれなくて。オペラオーの子でここに立てたことが……本当に嬉しくて」

「そうだな。だが、クラシックはまだまだ始まったばかりだ。涙はダービーと菊花賞まで残しておくんだ」

 

 皐月賞はまだクラシックの第一戦。まだこの後に二つ控えている。おまけにホースマンにとって最高の栄誉である日本ダービーが1ヶ月後にあるのだ。

 

「泣いている暇はないぞ。次はオペラオーの忘れ物を取りに行くぞ」

「はい……」

 

 伊和本の言葉に頷くが声はまだ震えている。嶺苑や尾崎、鹿嶋はその様子を見て柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 その後の口取り式にて倭達、伊和本、嶺苑、尾崎、坂原が登壇し、それぞれ賞状とトロフィーを送られた。陣営にとって待ち侘びた悲願のクラシックタイトルであり、この場に立てたことは何物にも代え難い誉れだ。関係者全員に賞状が行き渡った後、毎度恒例の写真撮影が待っている。

 

 コースの方へ再び足を運び、関係者全員はテイエムベルレクスの手綱を握って満面の笑みを浮かべた。カメラマンが「撮りますよー!」と声を出し、それに合わせて倭達はテイエムベルレクスの背の上で一冠を示すための指を一本立てた。

 

 三冠を意識したこの写真は後日の競馬新聞にて再び話題を呼んだ。

 

─◇◆◇─

 

 皐月賞後、未だ興奮が冷め切らぬままテイエムベルレクスは遠征している美浦トレセンに帰厩した。テイエムオペラオーとの親子制覇を達成し、無事に皐月の冠を手に入れて陣営の表情には安堵と喜びが入り混じっていた。

 

「無事に勝てたな」

「あぁ、無事に幸先の良いスタートを切れた」

 

 レースから間も無く帰厩し、後日の簡単な打ち合わせを終えた後、その日は解散となった。

 同日夜、嶺苑と伊和本の2人は近くの小さな居酒屋にてささやかな祝勝会を開いていた。

 小部屋にて仕切られた奥の部屋にて2人は酒瓶一本を卓上に置いて飲んでいた。互いに明日仕事がある身であり、年齢的にそこまで深酒もできないので、盃に注がれている酒の度数は弱めだ。一番思いの丈が大きいであろう倭達も誘ったが、減量の関係で辞退した。

 

「仕方ないとはいえ、主役が居ないというのは物寂しいな」

「騎手ですからね。公平性を保つためには仕方がないことだ」

「分かってはいるがな……」

 

 嶺苑は盃を軽く揺らしながら言った。

 テイエムオペラオー以来のクラシック制覇。それもテイエムオペラオー産駒でのクラシック制覇である。倭達にとっては特別な意味を持つ勝利だった。

 

「では、ダービーを勝った時にでも盛大にやりましょう」

「それなら倭達も逃げられんな」

 

 盃を口に運びながら軽く笑い合う。酒肴をつまみ、これまでの苦労や今後の予定を語り合う。時にはくだらない昔話で笑い合い、ささやかな祝宴はゆっくりと進んでいった。

 

「……しかし、長かったな」

 

 ぽつりと漏れた嶺苑の言葉に対して伊和本は何も言わず、ただ黙って聞いている。

 

「ここまで来るとは思っていなかったか?」

「そうだな……正直、半ば諦めていたからな」

 

 種牡馬としてのテイエムオペラオーの道は決して順風満帆ではなかった。年々競馬のスピード化が進む傾向にそぐわないスタミナタイプの産駒が多く、相性が悪いこともあって産駒は走らなかった。所有馬である二冠牝馬テイエムオーシャンとも交配させたが、それも上手くはいかなかった。

 

「夢は夢のままで終わると思っていたが……競馬とはやはり分からんものだ」

 

 嶺苑の言葉は伊和本は静かに頷いた。

 時代を逆行する血統だと言うのに、蓋を開けてみれば無敗の皐月賞馬でGI2勝馬だ。そして朝日杯と皐月賞のレースレコードを更新するというおまけ付きだ。

 

「私も……素質の高さは分かってはいたが、如何せん血統がヨーロッパで固まっていたからそこまで自信は持てなかった。ホワイトマズルの産駒は日本の芝にも適応して結果を残したが、現在は先細りして主流ではない。それでもサイアーラインが繋がっているのは流石と言えるのでしょうけど」

「どちらかと言えば牝系を通じて活躍しているからな。ただソウルスターリングが阪神ジュヴェナイルフィリーズを勝っているから一概にはできんが」

「まぁ、昔と比べたら尻窪みしてしまったのは間違いありませんな」

 

 日本からヨーロッパ産の馬は徐々に姿を消していった。今でも要所で成功してはいるが、昔と比べたら衰退してしまっている。レースに求められる能力が変わったことで必要とされる血統も変わり、中距離適性とスピードに秀でた産駒を輩出できるアメリカ産の馬が求められた。

 

「昔と何もかも変わったが、ただ一つ確かなことがある」

 

 競馬は能力も常識も、何もかもが変わった。それでも、自分達に明確に分かることが一つある。

 

「ランが強いことだ。これは絶対に覆せない事実だ」

「違いない。ランはまだまだ成長していきます。皐月賞は通過点、春はダービーまでピークを持っていけます。秋となれば更に仕上がる。必ず、獲りに行きましょう」

 

 伊和本の言葉に嶺苑は小さく笑った。

 

「……そうだな、獲りに行こう。次の祝杯はダービーだ」

 

 嶺苑はそう言い切った。




次はいよいよダービーです。

武豊さん40年連続重賞制覇おめでとう!

あとこれからの投稿は頻度が下がると思います。理由は時期を察してください。週一投稿を目指しますが、恐らくそんなの関係なしに投稿できる時にしていきます。気長に待ってくれると嬉しいです。途中で投げ出さないといいんだけどなぁ……
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