マイスタイルがハナを切ってレースが始まった第84回日本ダービー。
最も注目されている皐月賞馬のテイエムベルレクスは現在4番手でレースを進めている。
《2番人気、青葉賞馬のアドミラブルは後ろから2頭目につけています。ピンクの帽子、スカイブルーの勝負服です。これから2コーナーから向こう正面へ。マイスタイル、それからトラストが居て、3番手アルアイン、そしてここ、前から4頭目、1番人気のオペラオー産駒、倭達龍司とテイエムベルレクスがここに居ます。外から赤い帽子クリンチャー。あとはスワーブリチャードも前目の選択です》
ハナを切って進むのは善木山憲紘騎乗のマイスタイル。内枠という距離的有利を存分に使って先頭に立つと淡々とペースを刻んで行く。そこから1馬身半差ほど離れてトラストが追走。3番手にアルアイン、4、5番手の位置で内にダンビュライトと外にテイエムベルレクスが追走している。外へ居たクリンチャーは少し位置を下げて6番手辺りからレースを進める。
《それでは先頭から見てみましょう。ちょうど向こう正面の直線に入ったところです。先頭マイスタイル、ゼッケン3番。1馬身半ほどリードをとって、まだまだという感じでトラストと旦内悠二。ダービー初騎乗の味はどうか。そして3、4番手、外を行く並んで二つの青い帽子、7番のアルアインと8番のテイエムベルレクス。捲土重来の末山康丙3番手、二冠目を獲りたい倭達龍司は4番手でレースを進めております。そーとーからレイデオロ!クリストファー・ローメルが、押し上げていく!これは作戦なのか!それを見て追い上げていく十咲ペルシアンナイト!》
スタートしてから主張せずに後方で待機していたレイデオロがいきなり進出を開始した。鞍上のクリストファー・ローメルに押し上げられて先行集団に取り付けば今度は2番手でレースを進める。そしてそれを見てペルシアンナイトも前へ上がり、テイエムベルレクスを抜き去って4番手に取り付く。
レイデオロが得意とするのは道中は後方待機して直線で一気に捲る追い込みだ。昨年のホープフルステークスでは出遅れ故に後方待機となったが、直線では他馬を突き放して勝利している。この時の上がり3ハロンはメンバー最速のタイムを記録しており、最優秀2歳牡馬部門ではGIの朝日杯フューチュリティステークスを制したテイエムベルレクスに譲ったが、それでも得票数を集めるほど、関係者からは高い評価を得ていた。
そんな追い込み戦法が板に付いているレイデオロが一気に追い上げて前目に付いたことで、馬が掛かってしまったのではないかと実況と場内は一時騒然となった。
《1000m通過、63秒2というラップ。さぁ、隣に並んだ2頭が流れを何か掻き乱そうとしています。旦内悠二少し下げて、同じ勝負服、竹裕、ダンビュライトが内埒沿い、白い帽子です。その後ろ皐月賞馬テイエムベルレクス、まだ動きはありません倭達龍司》
1000mの通過タイムが63秒2という超スローペース。逃げるマイスタイルと善木山憲紘によって作られたこのペースは過去30年で最も遅いタイムを叩き出していた。
そしてレイデオロがポジションを上げた理由もこのスローペースが原因だった。スローペースはどの馬も脚が溜めやすい状況下にある。そうなれば先行集団が前残りして直線で差し切れる可能性は低くなる。スローペースになると読んだクリストファー・ローメルが不利な後方から逃れるために捲りを展開したのだ。
《この辺り中団です。スワーブリチャード、志井寛史、この左回りでこそという思い。そして並ぶクリンチャー、藤丘雄輔、粘り残し。そしてウインブライト、松丘雅三。真ん中突いて10番のベストアプローチです。その内、2番アメリカズカップ、松若もダービー初騎乗》
間も無く第3コーナーを迎える。前はマイスタイル、レイデオロ、トラスト、ペルシアンナイトの4頭。そのすぐ後ろにアルアインとダンブライトがおり、テイエムベルレクスは少し外を回ってアルアインと並ぼうとしている。
《外からアドミラブル、ピンクの帽子は外、外を行っている。マイネルスフェーン、黄色い帽子は内に居る。各馬が早くも動いている。15番のジョーストリクトリ内だ》
捲りを展開しているレイデオロは引っ掛かることなくレースを進める。馬は加速と減速が効かないため、引っ掛かってしまえば終いまで持たず、大敗する危険も孕んでいたが、レイデオロはその様子を見せなかった。
テイエムベルレクスは前から外5番手の位置にポジションを上げ、倭達龍司はタイミングを推し量る。そして内のアルアインとダンビュライトの間にスワーヴリチャードが入り込む。
《外の方から赤い帽子はサトノアーサー、後方から攻めている。後ろから2頭目キョウヘイです。最後方から14番のカデナ、冨久長悠逸。ここからゴーサインです。テイエムベルレクスは外を回って先行集団へ並びかけます。ここで行くか、倭達龍司!ペルシアンナイトと並ぶ!》
5番手に居たテイエムベルレクスが位置を更に上げてペルシアンナイトと並ぶ。そして府中の名物、大欅を超えて、第3コーナーから第4コーナーへ。もう間も無く第4コーナーへ差し掛かり、ここを曲がれば高低差2mの長い上り坂を携えた525mの長い直線が持ち構えている。
すぐにでも勝負は決まるだろう。スパートのタイミングと如何に馬群を捌けるかで、84代目のダービー馬に輝くかが決定する。
《どうなってもおかしくないという4コーナーに入るところ。さぁ、各馬の思いが、そして執念が交錯します!》
第4コーナーを超えて、ゴールまで525mの最後の直線へ向いた。一世一代の大勝負の時である。
「いよいよダービーだ。……勝とうな、一緒に」
そう言って倭達さんは私の首元を軽く叩いた。それに対して私も頷いた。
ダービーに関しては私も知っている。全てのホースマンが夢見る、最も栄えあるレースだ。……そう言えば私の父親であるテイエムオペラオーも勝ててはいなかったな。ならば倭達さんにとってはオペラオーのリベンジになるのか。
ならしっかりと勝って見せよう。
態々負けてやる理由は何処にもない。
ここでもしっかりと勝ちきる。
そうこうしている間にファンファーレが響き渡って出走の時が近いことを知らせた。
続々とゲート入りを収め、私へと順番が回ってくる。全ての馬のゲート入りが終われば、場を静寂が支配し、糸を張ったような緊張感が一気に表面化する。
私も首を振って気合いを入れ、前方のゲートに集中する。
そして──ゲートの金属音が鳴ったと同時に私は飛び出した。周りの馬達も一斉にスタートし、隣からはドドド、という地鳴りが響いた。
一先ず先頭を目指そうとポジションを上げて行き、距離ロスを抑えようと内へ行こうとするが、前に負かしたアルアインが内に居て入り込めない。どうするかと頭を悩ましたが、倭達さんが「無理して行かなくていい」と囁いたので無理には行かず、そのまま外を回って追走することにした。倭達さんがそう言うのだから大丈夫だろう。特に何か合図があるわけでもないので、私はそのまま追走を始める。
最初のコーナーを曲がって2コーナーへ向かい、そして向こう正面に入って長い直線を走る。
外から被せようとマークして来る馬が1頭だけ来ていたが、無理はせずそのまま私よりも少し後ろへ下げた位置で待機した。外に振らされて走ることを嫌ったのか、それともマークしてもあまり意味がないと思ったのか、理由は分からない。
さて、スタートしてから800mは既に走っているはず。もうじき1000mになるのだが、結構遅いように感じる。正確な数字は分からないが、感覚としては弥生賞のような感じだ。
これは逃げている馬が大分ペースを抑えているな。最後の追い比べで粘り残りを狙っているのか?スローペースになれば脚を溜めることも決して不可能じゃないからな。
そんな風に考えていれば外を通って1頭の馬が急襲して一気に前へ上がって行った。
馬の名前は……レイデオロだな。仕掛けるにはまだ早い。1000mを通過したばかりで、仕掛けるにしては早すぎる。そしてそれを見て私の隣まで追い上げて来る真っ黒な馬体をした馬が1頭。……レイデオロの動きを見て位置を上げてきたのか。
なるほど、スローペースだから前残りを危惧して早めに前へ上がっているな。スタートダッシュの位置を変えて直線勝負で差し切れるようにするために。そうなると私も何かアクションを起こした方がいいのか?末脚は十分使えるレベルまで鍛えたが、もし、私を上回る末脚の持ち主ならば同じ位置から追い比べをあまりしたくはないというのが本音だ。
何かした方がいいと思うのだが、肝心の倭達さんからの指示や合図は……ない。分かった、このまま行くんだな。なら私はとにかく脚を溜め続けて待ち続ければいい。レイデオロよりも先んじて仕掛けられたらいい。
向こう正面の半分以上を過ぎ、いよいよ大欅と第3コーナーが見えてきた。仕掛けるならばここだが、まだ合図は来ない。どうするべきだ?行ったほうがいいのか?
「大丈夫だ、まだ大丈夫だ。焦るな。僕達なら大丈夫だ」
私の焦りが伝わったのだろう。倭達さんが私に向けてそう呟き、宥めてくれる。
「並んだらこっちが強い。ただただゴールまで駆け抜けるぞ」
ゴールまで駆け抜ける、なるほど、確かにそれなら単純だ。分かりやすくていい。私はただ全力で前に進むだけでいい。
その時が来るまで、ひたすらに脚を溜め続ける。今は準備を整える時間だ。仕掛けるタイミングは倭達さんが教えてくれる。
大欅を超えて、第3コーナーを超えて最後のコーナーへ差し掛かる。何時でも仕掛けられるように位置を少し上げてペルシアンナイトに並ぶ。あとはもう長い直線を残すのみ、私は何時でも仕掛けられる。
そして第4コーナーを回り、長い一直線のコースが目の前に現れた。
東京競馬場の525mの直線。ここが、踏ん張りどころだ。
ゲートの中で倭達は深く息を吐いた。
前を向けば細い金属の扉とこれから走る2400mの舞台が視界に入る。緊張しているのか、手は少しだけ震えている。だがこれは緊張ではないとなんとなくだが分かっている。これは武者震いだ。そしてテイエムベルレクスも同じく武者震いなのか、気合いを入れるように首を振った。
それを見て倭達は笑みを浮かべ、そっと鬣を撫でた。
それと同時に全馬のゲート入りが終わり、係員が周囲に捌けた。何もないコースが広がって、ガシャンッとゲートが開いた。
(勝とう、一緒に!)
そう意気込んでレースはスタートした。
テイエムベルレクスは出遅れることなくスタートを決め、そのまま先行集団の内へ行こうとするが、アルアインに阻まれる。
内へ行くことを意識しているのか、少しばかり迷う素振りを見せるテイエムベルレクスに倭達は声を掛けた。
「大丈夫だ。無理して行かなくていい」
そう言えば内へ行くことをやめ、そのまま外を回って追走を始める。こちらの指示をしっかりと理解して行動に移せるところを見ると並の馬ではないと改めて知る。
最初のコーナーを曲がって向こう正面へ向かう。外から蓋をしようとクリンチャーが上がって来たが、あまり無理はせずすぐに後ろへ下げた。
マイスタイルがハナに立って逃げ、全体的に落ち着いたペースでレースが進む。しかし第二コーナーを回った辺りで倭達は違和感を感じた。
(……遅い。正確な時計は分からないけどかなり遅いペースだ。逃げてるのが
全体の流れからスローペースになると倭達は考えた。そしてそれを裏付けるようにレイデオロが一気に先行集団まで位置を上げた。
(レイデオロが位置を上げてきた!事前の資料と映像を見た限りではレイデオロの脚質は追い込みだった。前残りになると読んで前まで来たのか!)
倭達はレイデオロの動きによってスローペースになっていると確信を持つ。
追い込み馬のレイデオロが位置を上げて先行集団に追い付いたことと、それを行った騎手がクリストファー・ローメルだったからだ。彼は2005年の有馬記念にて三冠馬ディープインパクトをハーツクライと共に完封して勝利し、その名を轟かせた名手である。
そんな名手がダービーのような大舞台で意味のない行動をとるとは思えなかったからだ。この行動には必ず意味がある。
(追い込み馬をここまで先行させる理由はない。スローペースで確定だな)
1000mはとっくに超え、向こう正面の半ばに差し掛かる。テイエムベルレクスは外目で現在6、7番手の位置。前にはマイスタイル、トラスト、レイデオロ、ペルシアンナイトら4頭が居る。
いよいよ大欅と第3コーナーが見えてきた。そしてテイエムベルレクスはレイデオロを意識しているのか、前へ行こうとそわそわしているように見えた。
倭達は軽く抑えながら呟く。
「大丈夫だ、まだ大丈夫だ。焦るな。僕達なら大丈夫だ」
そう言えばテイエムベルレクスはすぐに理解して落ち着いてレースを進める。
「並んだらこっちが強い。ただただゴールまで駆け抜けるぞ」
目の前に居る馬達は確かに強いが、テイエムベルレクスはあの世紀末覇王の息子だ。一度も敗北せずにグランドスラムを駆け抜けた世紀末、他馬と競り合えば必ず競り勝つ勝負根性、全ての馬が敵になっても勝ち切る不屈の闘志。そんな血を引く名馬の子供なのだ。負けるとは微塵も思わなかった。
既に第3コーナーは超えた。今は最終コーナーの道中だが、もうすぐにでも第4コーナーを超える。倭達はテイエムベルレクスを促して外から5番手に位置に上げさせてペルシアンナイトと並ばせる。互いに様子を窺う形となる。この位置ならば馬群を捌く手間が省ける。とにかくテイエムベルレクスに脚を伸ばしやすくし、それ以外の要因を限りなく取り除く。
(残すは直線での追い比べだけだ。位置は悪くない。脚は溜まっている。あとは──)
「勝つだけだ」
もうじき第4コーナーを超える。最後のコーナーを曲がれば府中の長い直線が待ち構えている。
倭達は追い上げの姿勢に入り、満を持して鞭を入れた。
「行くぞ、ラン!」
第4コーナーをカーブして直線へ入る。場内の熱気はピークに達し、全馬が騎手の指示に応えて一斉にスパートをかけ始める。
《アドミラブル一番外、追い上げはどうか!ここで追い上げる倭達龍司!皐月賞馬と共に世代の頂点へ駆け上がる!最内を突いたマイスタイル、粘り腰を計ります、善木山憲紘!真ん中を突いてレイデオロ!更にはペルシアンナイト!そしてスワーブリチャードとテイエムベルレクス!横一線に並んだ、並んだ!》
18頭は一気に坂を駆け上がる。
高低差2mの長い上り坂に加えて、元々直線が525mと長い東京競馬場は非常にタフなコースになっている。スピードとスタミナがバランス良く求められ、どちらか一方が欠けては勝つことは難しい。
故に府中の直線は篩に掛けられる最後の試練と言い換えても相違ない。この直線を乗り越え、真っ先にゴール板を駆け抜けた者が世代の頂点の座に着くのだ。
テイエムベルレクス、レイデオロ、スワーヴリチャードら前3頭の争い。コースの真ん中で凄まじい先頭争いを繰り広げている。内では逃げ粘るマイスタイルが居るが、最後の直線は横一線に並ぶ3頭が主役になっている。
《坂を上って、前は3頭の争いだ!残り200!スワーヴリチャードとテイエムベルレクス!内で粘るレイデオロ!しかし1頭抜け出した!青い帽子、テイエムベルレクス!半馬身前に出る!》
ここで先んじて抜け出したのは栗毛の馬体と黄金の鬣を携えた流星の馬、テイエムベルレクス。鞍上の倭達龍司の合図に素早く応えて溜め続けた末脚を爆発させ、一気にハナに立つ。
しかしそうは問屋が卸さない。レイデオロとスワーヴリチャードも必死に食い下がり、差し返そうとギアを上げるが、それを見てテイエムベルレクスもギアを上げる。
《テイエムベルレクス先頭!テイエムベルレクス先頭!差を広げる!レイデオロとスワーヴリチャードは前に届くか!?》
残り200mを切ってテイエムベルレクスは完全に抜け出していた。レイデオロとスワーヴリチャードも必死に食い下がるが、差は広がって行く。
《残り100を切った!先頭は青い帽子、テイエムベルレクス!1馬身、2馬身!これは決まった!勝ったのはテイエムベルレクス、二冠達成!無敗でダービー制覇!覇王の息子が今!世代の頂点に輝いたぁぁぁ!》
最も先んじて先着したのはテイエムベルレクス。溢れんばかりの歓声に迎えられながら、テイエムベルレクスは栄光のゴールを通過した。
そして青い帽子が先頭のままゴール板を駆け抜けた瞬間、東京競馬場を埋め尽くしていた観衆から一斉に歓声が巻き起こった。直線で響いていた地鳴りのような声援はゴールと同時にさらに膨れ上がり、巨大な波のようになってスタンド全体を揺らす。
《遂に獲った倭達龍司!悲願のダービー制覇!ディープインパクト以来、12年ぶりとなる無敗の二冠馬誕生!父はあのテイエムオペラオー!父が届かなかったダービーの栄光を、その息子、テイエムベルレクスがしっかりと掴み取りました!》
ゴール板を過ぎてから、テイエムベルレクスは徐々に減速していく。そして完全に停止してから倭達に促されてスタンドの前まで再び戻ってくる。レース後だというのに、その走りは軽快で、威風堂々とした栗毛の馬体からはまだ余力が感じられた。
《テイエムオペラオーの子供で、見事に1番人気に応えました、倭達龍司とテイエムベルレクス!皐月賞に続き、ダービーを制しての二冠制覇!最後は、レイデオロとスワーヴリチャードを問題にせず、2馬身差の完勝!そして、手掛けたのは西の名門伊和本一蔵厩舎!初めてダービーを制しました!》
倭達はウイニングランを行い、スタンドからは割れんばかりの拍手と歓声が降り注いでいる。そしてガッツポーズを披露すればそれは更に大きくなり、場内全体に木霊していた。
《覇王の息子は、遂に世代の頂点まで上り詰めました!父の忘れ物はあと一つ!覇王の伝説は秋の京都に続きます!》
スタンドでは多くの観客が立ち上がって拍手を送り続けている。両手を振ったり、帽子を掲げたりなど様々な形の歓喜がテイエムベルレクスと倭達龍司へ降り注いだ。
「「「リュージ!リュージ!リュージ!」」」
自分に向けられて送られるコールに倭達は顔が綻ぶ。そして倭達がもう一度手を上げれば再び歓声が上がった。惜しみない賞賛と喝采。それが鳴り止まることはなかった。
ウイニングランを終えて検量室へ引き上げた倭達を伊和本は出迎えた。
「先生、獲れましたよ、ダービー!」
「あぁ、あぁ……この目でちゃんと見たぞ!お前達が最初にゴール板を駆け抜けたところを!」
ダービーは全てのホースマンが夢見た栄誉。倭達と嶺苑はダービー初制覇となり、伊和本は騎手、調教師としてダービーを制覇した。
「よくやった。最後の直線……凄かったぞ!」
何時もは平静を保っている伊和本も興奮を抑えきれなかった。
テイエムベルレクスの末脚は自分達が思った以上の力を秘めていた。レイデオロやアドミラブルらと遜色ない末脚を見せてくれた。
「ランが、最後まで伸びてくれました。やっぱり並の馬じゃありません」
「私もだ。あれは想像以上だった。相手だって決して甘くはない相手だというのに、並んでからもう一度伸びた」
最後の直線は坂を登り切ったところで、横一線だった3頭の争いになった。その中から一歩、また一歩と抜け出していった栗毛の馬体。
騎手の鞭に応えるように、まるでまだ余力があると言わんばかりに脚を伸ばしていった。
レース前、倭達には自分達が勝つ競馬をするように伝えた。「思うようにやってみろ」と倭達に話し、倭達はその言葉通りの競馬をしてくれた。
ダービーは人馬一体を体現したことで制することができたレースだと言えるだろう。倭達はテイエムベルレクスの能力を信じ、テイエムベルレクスは倭達を信じた。
この勝利はダービーを制した以上に大きな意味を持つ。やはり倭達に鞍上を任せて正解だった。自分が思うよりもずっと上手く乗ってくれた。
「……倭達。ダービー優勝、おめでとう。お疲れ様」
そう言って伊和本は静かに微笑んだ。
「はい、ありがとうございます!」
それに対して倭達も笑みを浮かべて答えた。
検量室での検査は問題なく終わり、着順も無事に確定した。そして倭達は今、ウイナーズサークルの場に立ってインタビューを受けていた。
「第84回日本ダービー、優勝テイエムベルレクスの倭達龍司騎手です。おめでとうございます!」
「はい、ありがとうございます」
「初のダービー優勝になりました。今の気持ちをお聞かせください」
「もう最高の一言に尽きますね。ベルレクスと一緒に勝つことができて、本当に嬉しいです」
「狙い通りのレースだったのでしょうか?」
「狙い通りかは分かりませんが、ベルレクスが気持ち良く走れるようにとずっと意識して乗っていました。展開に左右されない強さがありますので、馬の良さを全部引き出すことを考えていました」
「1000mの通過タイムが63秒と、大分スローペースになりましたが、道中の手応えはどうだったのでしょうか?」
「そうですね……やっぱり真面目な馬なので、途中から行こうともしましたが、僕の指示を素直に聞いて完璧に折り合ってくれました。位置取りは良かったので、あとは脚を使うタイミングを見逃さず、ひたすらにゴールを目指しました」
「最後の直線はどのように感じましたか?」
「僕の想像以上の力を発揮してくれました。スローペースだったので、追い込み馬が前に来ていましたが、並んだらこっちが強いと考えていたので、とにかく馬が少しでも前へ行けるようにという気持ちでした」
「ゴールした瞬間の手応えはどうでしたか?」
「もうとにかく『やった!』や『勝った!』とか色んな思いが混じってましたね。ですけどただ嬉しかったです」
「オペラオーと果たせなかった夢を、その息子で達成した今のお気持ちはどうでしょうか?」
「もう言葉では言い表せないぐらい感動しています。やっぱりオペラオーの子供で勝てたことが僕にとっては凄く大きくて、これでまた少しは、オペラオーに恩返しできたかな、と思っています」
「ではこの後、秋に向けての一言をお願いします」
「そうですね。皐月賞、ダービーと制してきたので、秋の目標はもちろん菊花賞を制して三冠を目指します。僕がダービージョッキーになれたのも、オペラオーと、ベルレクスと、嶺苑さんと、伊和本先生の関係者皆様のおかげですので、菊花賞を獲ってその恩に報いたいです」
「ありがとうございました。以上、第84回日本ダービーを制しました倭達龍司騎手でした。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
倭達の言葉が締めくくられると、スタンドから再び大きな拍手と歓声が湧き上がった。
その後の口取り式は滞りなく行われた。
全ての関係者に賞状が行き渡り、晴れやかな笑顔を浮かべながら最後の記念撮影が行われた。
日本ダービーの優勝レイを掛けたテイエムベルレクスと騎乗した倭達を中心に、関係者が整列して左右に並ぶ。そして倭達は二冠を示す二本指を掲げた。
こうして世代の頂点に立った人馬の姿が、無数のフラッシュと共に写真へと刻み込まれたのだった。
ようやくダービーまで書けた。今週は色々とあったから疲労がやばい。
まだまだアークくんの馬名を募集していますので、案がございましたら以下のリンクからコメントをお願いします。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=338664&uid=408714
PS
遂に2026年のクラシックが始まりましたね。皆さんは予想した馬は勝ちましたか?私は外しました。
スターアニス、桜花賞優勝おめでとう!次のオークスも頑張ってください。