覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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メインはオペラオーとリュージの回。あとはその他諸々。


秋へ駆ける

 夏も本格的になり、北海道で予定した騎乗依頼を粗方消化し、余裕ができた倭達は再びテイエムオペラオーが繋養されている牧場を訪れた。

 

「久しぶり、オペラオー。大体半年ぶりになるのかな?」

 

 柵越しで語り掛ける嘗ての相棒は健在だ。GI7勝馬とは思えぬ穏やさを漂わせながら、のほほんと過ごしている。

 

「夢だったダービージョッキーになれたんだ。お前と一緒に勝てなかったダービーをランと一緒に勝つことができた。本当に凄かったよ。直線だけで2馬身差だ」

 

 頭を撫でながら、倭達は笑みを浮かべてテイエムオペラオーに向けて語る。

 

「人生も、競馬も、分からないよな。僕はいつの間にか二冠馬のジョッキーでお前はいきなり大物を出した。お互い、評価されてない時じゃないと本気を出せないのかもな」

 

 テイエムオペラオーとの伝説の始まりもそうだった。最初は全て低評価からだった。

 新馬戦を敗れた後に骨折が判明して休養。復帰2戦目から怒涛の連勝街道に乗り、追加登録料を支払って皐月賞に乗り込んだ。重賞を既に制していたが、実績が乏しく5番人気の評価だった。しかしそれを覆して外から豪快に差し切って優勝。その後は勝てずとも2着、3着と安定した成績を残して最優秀4歳*1牡馬を受賞した。翌年には今でも伝説として語られる年間無敗のグランドスラムを達成したのだった。

 

 最初は誰も見向きもしなかった一馬で一騎手だった自分達がいつしか主役となり、誰もが打ち倒そうと最大の障害となって君臨したのだ。

 

「嶺苑さんの言ったことは凄かったよな。『今年は一度も負けるな』って……まぁ、生涯無敗を宣誓しちゃった僕も同じだけどさ」

 

 冷静になって思い返せばあの時は凄まじいことを言ったものだ。勝ち続けることがどれだけ難しいかは身に沁みて理解しているつもりだ。

 テイエムオペラオーと共に経験した連勝と連敗の記憶は倭達の中でしっかりと根付いている。

 

「ランの弟のアークにも騎乗したんだ。この子も凄かった。抜群な末脚の持ち主でね、あの加速はびっくりしたよ。あの末脚はお前でも持っていないんじゃないか?」

 

 残りの直線で見せた末脚は凄まじい代物であった。最後尾だったというのに、直線だけで先行集団をごぼう抜きし、敗れはしたが、クビ差の2着に入った。終始後方だったというのに、他馬とは次元が違う末脚を見せて一気に2着へ上がったのだ。

 

「最後方だったのに直線で追い込んで2着だぞ。こんなにも末脚の鋭い馬を扱ったことはあまりなくてさ……基本先行だから、やっぱりあんま慣れてないのかもな」

 

 倭達の戦法はとにかく馬を先行させて押し切りを狙う先行策だ。とにかく追っていく戦法のため、ズブい馬を馬券圏内まで連れてくることもある。

 追い込みをしないのは師匠である伊和本一蔵の教えを忠実に守っているからだ。馬の脚に負担をかけるからとあまり後ろからの競馬を好まず、先行策を倭達は教えられた。

 

「幾つになっても勉強は必要だったよ。アークがここまで末脚が優れているんだったら、もっと追い込みの経験を積んでればよかった。なんだかんだ言って現状に満足してたんだよ、僕は」

 

 フリーになった時、先行策以外にも試す瞬間はいくらでもあった。しかし伊和本の教えを忠実に守っていたのは恩師だからであるし、信じていたから。そして少しでも自分の得意分野で勝利を重ねたかったからだ。

 

「皆が前に進んでいるのに、僕だけがずっとオペラオーに縋っていた。本当、情けない話だよ」

 

 騎手としての倭達龍司は成長したが、人間としての倭達龍司は成長していなかったのかもしれない。

 

「僕も変わる時なんだよ。ずっとお前ばかりを見ていちゃダメなんだ」

 

 倭達にとって、テイエムオペラオーという存在は途轍もなく大きかった。それこそ太陽のような存在であった。

 返し切れない程の贈り物を沢山貰って、それを一つも返すことができなかった。

 テイエムベルレクスと出会い、今まで勝てなかったGIを制して、勝たせられなかったダービーを勝って、少しでも恩返しができるようにと努めてきた。

 

「お前はずっと僕のヒーローで、最強のテイエムオペラオーだ。だけどずっと囚われてちゃダメなんだ。僕自身が歩き始めないと、ランもアークも勝たせてやれない。せっかく騎手を任されたのに、僕のせいで負けてしまったらそれこそオペラオーや嶺苑さん達に対する裏切りだ」

 

 テイエムオペラオーばかりを見ていては、ずっと止まったままだろう。テイエムベルレクスに面影を感じ続けているのも、まだ倭達自身に踏ん切りが付いていないからだ。

 

「……よくランを見て、オペラオーを思い出すけど、これは重ねているんじゃなくて盲信なんだと思う。オペラオーの子だから大丈夫って感じでね。ランを全然見ていなかった。こんなことに気付くまで大分時間がかかっちゃったけど、やっと前に進めると思う」

 

 いい加減目を覚まさなくてはならないだろう。テイエムオペラオーの面影を多く感じようとも、テイエムベルレクスはテイエムベルレクスなのだ。決して同じ馬ではない。

 

「オペラオーに置いていかれない立派な騎手になってくるよ。それを証明するために、まずは三冠目の菊花賞を勝ってくる。僕にとっても色々と苦い思い出があるレースだからね」

 

 倭達は笑みを浮かべてそう言葉を締め括った。

 これから頭を悩ます出来事が多く降りかかってくることになるが、もう弱音は吐けないだろう。やっぱり相棒の前では格好付けたいのだろうか。

 その真意を倭達は知らないが、やるべきことは決まっている。

 

─◇◆◇─

 

 タッタッタッと一定の間隔で音を鳴らしながら、坂を駆け上がるのは1頭の栗毛の馬。しかしただの栗毛の馬ではない。その馬は小麦色に輝く鬣を兼ね備えた尾花栗毛であり、春のクラシックを制覇した二冠馬テイエムベルレクスである。

 

 先日、放牧を終えて栗東トレーニングセンターに帰厩したテイエムベルレクスは秋に向けて本格的な調教に入っていた。

 

「そこまでだ!一度切り上げてくれ!」

「はい!」

 

 坂路を登り終えたテイエムベルレクスは跨る倭達の指示に従って伊和本の下へ戻ってくる。

 

「どうだ、ランの調子は?」

「絶好調ですね。全体的に動きが軽くて、なんというか弾んでいるみたいです」

「弾んでいるかは分からんが、絶好調なのは分かる。タイムも文句無しだ。夏でまた成長したみたいだな」

 

 ストップウォッチを見ながら伊和本は感嘆の声を上げる。

 元から晩成型であるということは分かっていた。しかし実際に目の当たりにしてみると驚愕が勝ってしまう。既に春の二冠を制したテイエムベルレクスはまだまだ成長を続けていた。

 

(調教を再開して早2週間。想像以上の成長っぷりだ。オペラオーを鑑みれば本格化は古馬となってからだと思うが……末恐ろしいとはこのことを言うんだろう)

 

 帰厩してから間も無く調教を再開したテイエムベルレクス。好タイムを連発し続け、その強さに磨きがかかっている。

 夏を経て更に成長していることに伊和本は興奮を隠し切れない。晩成型であるが、その成長スピードは群を抜いて早く、何よりも未だに底が見えない(・・・・・・)。自分の管理する馬でよかったと伊和本は思う。

 古馬となってからはこの動きに更に磨きがかかり、怪我が無ければその強さは伸び続ける。相手をする側からしたらこれ程恐ろしい馬は居ないだろう。

 

「極端に体重が増えていなくて助かったな。おかげで調教もスムーズに進んでいる」

「ランは真面目ですからね。放牧中でもいつものルーティンを継続していたみたいですよ」

「しっかり食べて、その分動く……基礎がしっかりしているんだろうな。人間でも難しいことを馬がやっているんだ。ここまで強くなるのは必然か」

 

 テイエムベルレクスの調教は順調に進んでいる。夏の放牧を通して馬体重の増加が少なかったことが、やはり要因として挙げられるだろう。

 自然に順応する馬は冬を越すために準備を始める。毛は冬毛となり、栄養とするために脂肪を蓄える。個体差は出てくるが、つまりは肥える。そうなればまずは体重を絞るところから始まり、再び体を鍛え直さないといけないわけで馬に対してそれなりの負担をかける。

 昭和の時代ならば放牧へは出さず、そのまま本州に滞在する手法は広く知られていた。それだけ馬の身体を再び作り変えるのは大変なのだ。しかし昔と違って管理方法も進歩した現在はそこまで苦になることはないが、やはり馬体重の増加が微々たるものだと楽であることに変わりはない。

 

「タイムも上々、これなら菊花賞に安心して挑める」

 

 記録したタイムを改めて見て伊和本は笑みを浮かべる。

 ほぼ馬なりながら叩き出した3ハロンのタイムは36.6秒。強めに追っているわけでもないのに、ここまでのタイムを出せるのは破格だ。

 

「本当に底が見えませんね。鍛えたら鍛えるだけ強くなっている感じです。今まで以上の手応えですよ!」

「全くもって恐ろしい。これでもまだまだ成長途中なんだからな」

 

 この先どこまでいけるのだろうか、と伊和本は身震いする。この夏を経て、成長するのはテイエムベルレクスだけではない。三冠最終戦の菊花賞だけでなく、天皇賞・秋やジャパンカップなどの秋の古馬戦線に焦点を当てて調整してくる陣営も居ることだろう。

 テイエムベルレクスが今年走るのは残り3戦(・・)だというのは確定している。その3戦目で初めて古馬と相対する。場合によっては先んじて古馬と対戦した同世代の馬とも戦うことになる。

 この調子ならば後れをとることはない。万全な状態で挑めることだろう。

 

「よし、ラスト一本だ。しっかりと追ってこい」

「はい、気合れて行きます!」

 

 日を重ねる毎に力を付けていくテイエムベルレクス。充実したトレーニングを積めていると胸を張って言える。

 

 

 

「前哨戦にトライアルの神戸新聞杯を使う。そして菊花賞へ進む」

「王道ですね」

 

 トライアルレースの神戸新聞杯を経由して菊花賞に挑む。トライアルレースに指定される前から京都新聞杯*2と併用して使われてきた古き良き王道のローテーションである。

 テイエムオペラオーの時は京都大賞典*3を使ったが、今年はあまり実績馬が参戦していない上に余裕を持って菊花賞へ挑むため、トライアルレースの神戸新聞杯を選択した。

 

「菊花賞後は有馬ですか?」

「あぁ、問題なければ出走予定だ。実績・実力・人気に問題はない。出走は可能だ」

「そうですね。色々と話題には事欠かないですし」

 

 父との関係性や父の元相棒、おまけに大手牧場と異なり、中小牧場出身という地味な血統背景。確かに話題に事欠かないし、全弟のテイエムノアアークも先日重賞を制している。兄弟に活躍馬が出始めれば期待は高まる一方だ。

 

「出走自体は確定だ。が、今は三冠が最大目標だ。まずはトライアルの神戸新聞杯、しっかりと勝ってこい」

「はい、任せてください!」

「あぁ、任せたぞ」

 

 今日はこれでお開きになる。

 刻一刻と迫る菊花賞。しかし陣営に曇りと不安はなかった。その前に迎える神戸新聞杯。まずはここをしっかりと勝つことが目標である。

*1
現3歳

*2
過去の菊花賞のトライアルレース。現在は5月に施行されている。

*3
京都競馬場で行われるGII競走。秋の中長距離GI戦線を占う重要なステップレースであったが、GI馬の参戦が少なくなり、レベルは低くなってしまったが、別定戦であるので、実績馬が強い事は変わらない。著名な勝ち馬ではテンポイント、スーパークリーク、セイウンスカイ、テイエムオペラオー、キタサンブラックなど。




クロワデュノール、天皇賞・春優勝おめでとう!春古馬三冠まであと一冠、頑張れ!
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