9月24日、阪神競馬場。
この日は菊花賞を目指した15頭の優駿達が優先出走権を勝ち取ろうと菊花賞のトライアルレース、神戸新聞杯に出走した。
1番人気に支持されたのはもちろん単勝1.3倍の無敗の二冠馬テイエムベルレクスである。
春の二冠を制したテイエムベルレクス。ディープインパクト以来の無敗での三冠制覇の偉業への期待が形となった結果である。
《時折光が差し込む阪神競馬場です。3年ぶりに世代の頂点に立ったダービー馬が出走する神戸新聞杯。しかし今年はただのダービー馬ではございません。春の二冠を無敗で制した史上24頭目の二冠馬テイエムベルレクスが出走致します。靡く黄金の鬣は春と変わらぬ輝きを放っております》
ここまで無傷の7連勝。このレースを制すれば無敗での三冠制覇は目前であった。
《一夏を越して逞しくなった15頭の優駿が集まりました。3着までに菊花賞、優先出走権が与えられます。第84代ダービー馬テイエムベルレクス、秋初戦です》
返し馬を終わらせた馬達はゲート前で周回し、続々とゲート入りを済ませていく。だんトツで人気を集めているのは二冠馬のテイエムベルレクス。それに続く形で引き続きローメルを鞍上に迎えるダービー2着馬のレイデオロ。そして夏に復帰し、2連勝で乗り込んできたキセキが推された。
《注目のテイエムベルレクスは夏を越して更に逞しくなりましたでしょうか?肉体は研磨され、二冠馬らしく、悠然と、堂々たる印象を受けます。レイデオロは「大人になった」という言葉通りです。ダービー2着の実力は並ではありません。惜敗に涙を呑んだローメル騎手はリベンジを目指します》
上位人気のテイエムベルレクスとレイデオロ、キセキの3頭は本レースで最も期待されている。
テイエムベルレクスは無敗の二冠馬という実績から本レースの1番人気に押された。
日本ダービーにて2着に入ったレイデオロはその実力から単勝11.3倍の2番人気に支持された。
夏の上がり馬として近走のレースっぷりを評価されたキセキは2頭らに次ぐ支持を集めた。
しかし圧倒的な人気を集めているのはテイエムベルレクスで一強状態となっている。やはり実績面で離されていることが人気に大きな差が現れる原因となっているのだろう。
2番人気のレイデオロとのオッズ差は10倍以上である。
《大きく入れ込んでいる様子はありません。ダンビュライトも非常によく歩いていて、準備万端といったところでしょうか。テイエムベルレクスはクラシック三冠の最終戦、菊花賞が最大目標です。本レースではどのような勝ち方をするのかが注目です。レイデオロは菊花賞を回避してジャパンカップを目標に掲げております。このレースは意識することになる重要な一戦でしょう》
距離適性を考慮し、ダービーと同じ舞台で行われるジャパンカップ制覇を目標に掲げた。
陣営は適性のある大回りコースで行われる阪神競馬場で施行される神戸新聞杯を選択し、結果次第では菊花賞や天皇賞・秋への参戦を視野に入れていた。本レースは試金石であるが、レイデオロ陣営にとってはテイエムベルレクスにリベンジする数少ない機会だ。
《さぁ、各馬続々とゲートへ収まっていきます。勝つのは無敗の二冠馬か、ダービーのリベンジに燃えるレイデオロか、それとも夏の上がり馬キセキなのか。大外15番のアドマイヤウイナーが今、ゲートへ収まりました。係員が離れます》
2枠3番に収まったテイエムベルレクス。静かにゲート内で待ち、大外のアドマイヤウイナーのゲート入りが完了し、係員が離れる。
阪神競馬場が静寂に包まれ、誰も彼もが黙ってゲートが開くその瞬間をまった。静かな時間が流れ、そして──ガシャン、と金属音が鳴り響いて各馬が一斉に走り出す。
《秋初戦を飾る第一戦、第65回神戸新聞杯、スタートしました!ちょっと出遅れた、タガノヤグラです。好スタートは3番のテイエムベルレクスと7番のアダムバローズ、一際良いスタートを切ってポンとハナに立ちました。テイエムベルレクスは先行集団に取り付いて好位追走。いつものレースです。さて、まずは何が行くか》
ゲートが開く音と共に始まった神戸新聞杯。出遅れなく好スタートを決めたテイエムベルレクスはそのまま内枠有利を活かして内に入り込んで3、4番手で追走を始める。同じく好スタートを切ったアダムバローズはその勢いを活かして瞬く間に先頭に立つと、ハナを切ってレースを進める。
《マイスタイルは競りかけてはいきません。4番のダンビュライトも続いています。さぁ、レイデオロは10番のマイスタイルの内に入れて好位グループ。そしてその内にはテイエムベルレクスがおります。ダービーでは後ろから上がっていったレイデオロなんですが、今日は好位グループ3番手から4番手の位置で徹底マークの構えです。黒い帽子と黄色い帽子が並んでおります!この2頭にご注目ください!そして後方にかけてご覧のように、ちょっと出遅れたタガノヤグラ、タガノシャルドネ。タガノの2頭が後方からになりました》
いつも通り絶好のスタートを決めたテイエムベルレクス。先頭にアダムバローズが立つのを見るや否やすぐに控えて逃げ馬を見る形で好位置に付いてレースを展開した。そしてそのまま競りかけるようにレイデオロはピッタリと張り付いてテイエムベルレクスをマークする。2頭が並びながら第1コーナーを超えて第2コーナーへ向かうことになった。
《先頭から見ていきましょう。先頭はアダムバローズ、すんなりと先頭に立ちました。2馬身のリード。2番手にダンビュライト。竹裕、2番手で続いています。その後ろ、3番手の一線に、ここに居た。絶好調、善木山憲紘とマイスタイル。そしてその後ろに並んでテイエムベルレクスとレイデオロの2頭。無敗の二冠馬テイエムベルレクスはいつも通りの好位置でレースを進めております。動いてよし、差してよしのレイデオロは今日は好位に付けて5番手で追走。テイエムベルレクスをマークしています》
ほぼ併走する形でテイエムベルレクスとレイデオロはレースを進めていく。見る角度によってはほぼ並んでいるように見えるほど馬体が合っており、レイデオロ鞍上のローメルによって徹底したマークが行われていた。しかしテイエムベルレクスは動じない。外からどれだけプレッシャーをかけられても淡々と自分のペースを刻んでレースを展開する。
《2馬身の差が付いて、内にサトノアーサーは中団です。その外にエテレインミノル。前半の1000m、1分1秒4で行きました、スローペース、前も十分に粘れる展開。内から5番のベストアプローチ、それからエテレインミノル、真ん中にカデナが続いて、それからここに居た。内で息を潜めている6番のキセキ、連勝中です。中団で脚を溜めています。それからアドマイヤウイナーが居て、その後ろホウオウドリーム。それから5、6馬身離れまして、メイショウテンシャ、タガノシャルドネ、後方から14番タガノヤグラの展開。縦長となりました。それほどペースは速くありませんが、3、4コーナー中間、縦長となっています!》
隊列は全体的に縦長となってレースは進む。
逃げるアダムバローズを見る形で先行集団が形成され、等間隔にダンビュライト、マイスタイルと続き、テイエムベルレクスとレイデオロ2頭が並んでいる。そこから2馬身離れてサトノアーサーから中団グループが作られ、エテレインミノル、ベストアプローチ、カデナ、アドマイヤウイナーら4頭が固まっている。連勝街道に乗っているキセキと夏になってから良化し始めたホウオウドリームの2頭が中団グループの最後尾で構えている。そして5、6馬身離れてメイショウテンシャと2、3馬身後方にタガノシャルドネとタガノヤグラが殿を務めた。
1000mの通過タイムは61秒と平均ペースでレースは進んでいく。各馬が最も力を発揮しやすいポジションに付いてレースを展開する。
2400mの神戸新聞杯はこうして静かにスタートした。
レースがスタートしてから間も無く倭達は周囲を確認した。
(やっぱりマークしてくるか……レイデオロが顕著だけど、周りは結構控え目だな)
倭達が左をちらりと見れば、こちらを睨んでいるのではと思わせる程の気迫を纏ったレイデオロの姿が目に入る。馬体が合わさる程ピッタリと張り付いており、徹底してテイエムベルレクスをマークしている。
テイエムベルレクスとレイデオロの位置は前から4、5番手。レイデオロが外でテイエムベルレクスが内だ。
レイデオロから徹底したマークを受けているが、テイエムベルレクスに掛かった様子はない。いつも通りのレースを展開し、自分のペースを維持している。
(ペースは多分遅くも速くもない……普通のペースだ)
スタートしてから早1分。既に1000mは超えており、これまでの経験から平均ペースであると倭達は感じる。自分含めて先行集団に掛かっている馬はおらず、このペースならば前残りも十分にあり得る。
先頭のアダムバローズと最後尾のタガノヤグラまで20馬身程の差が付いている。非常に縦長となっており、テイエムベルレクスの位置ならば抜け出そうと思えば抜け出せるだろう。
(今仕掛けても勝てるけど、レイデオロがそう簡単に抜け出せてくれないよな。それにこの直線ももうすぐ終わる。そしたら外に振られてロスになる。仕掛けるのはまだ後だ)
残り1200mは既に切っている。第3コーナーはすぐにでも見えてくるだろう。
最も警戒すべきは隣でマークしているレイデオロ。その理由はやはり強力な末脚。皐月賞では敗れはしたが、勝ち馬のテイエムベルレクスを上回る末脚を見せ、ダービーでは倭達が最も警戒した強豪馬。
夏を経てテイエムベルレクスも成長したが、それはレイデオロも同じこと。仕掛ける位置によっては末脚が届かない可能性もある。
重要となってくるのは仕掛けるタイミングである。
《先頭はアダムバローズで1馬身のリード。2番手にはダンビュライト、竹裕、2番手。その後ろにマイスタイルは内で続いて、レイデオロは4番手に浮上。テイエムベルレクスは更に内を突いて好位置をキープしています!》
第3コーナーへ入り、各馬スパートの態勢に入る。そしてレイデオロは外から前のマイスタイルに並び立ち、2頭並んで3番手に立っていた。
(仕掛けにいった!外から交わすにはマイスタイルが邪魔だな!なら内に行く!少し強引だが、ランならいける!)
倭達はマイスタイルの内へ切り込もうと手綱を動かす。意図を理解したテイエムベルレクスも自分から動き、マイスタイルとの差を徐々に詰め、隙を見て内へ切り込む。
《その後ろ、2番のサトノアーサーが虎視眈々と狙っている。それからカデナが居て、エテレインミノル。内から5番のベストアプローチ、ホウオウドリーム。その後ろからアドマイヤウイナーで、内々、キセキは内々!内から脚を伸ばしている!テイエムベルレクスは内に行って、馬群の中へ!》
最終コーナーを回って直線を迎える。直線の長さは473mと新潟競馬場や東京競馬場と比べると短めだが、速い上がりを求められるのは共通している。あとはその末脚をどれだけ維持できるかが命運を分けるだろう。
《4コーナー回って直線コースに入った!アダムバローズが先頭、しかし真ん中から来たダンビュライト!ダンビュライトと竹裕が先頭に変わった!外からサトノアーサー!真ん中からレイデオロ!真ん中からレイデオロ!間を割ってテイエムベルレクス!最後の一冠へ向けてテイエムベルレクス!》
直線を迎えて各馬に鞭が入る。追い上げてスパートを入れ、溜めていた末脚を解放して一目散にゴールを目指す。
先頭に立っていたアダムバローズとダンビュライトを後続集団が瞬く間に捉えると追い抜かしていく。しかし追い抜かされぬように粘り込みを計るが、アダムバローズは早々に脱落してしまう。何とかダンビュライトが内で粘り、先頭をキープするが、抜かされるのも時間の問題だった。
外からはサトノアレスとレイデオロが一気に先頭へ立とうと加速するが、内へと切り込んだテイエムベルレクスがアダムバローズとダンビュライトの間を割って進出する。
(レイデオロは外から、末脚に関しては多分互角だ。なら内に居るこっちが有利!このまま行く!)
2頭の位置を確認して倭達は互角だと判断し、そのまま手綱を押し続けて合図を送り続ける。そして粘るダンビュライトを抜かして馬群から抜け出すとお互いに並び立って追い比べが始まった。
《竹裕の内から倭達龍司、外からはローメル!内にテイエムベルレクス、外にレイデオロだ!真ん中でダンビュライトが粘るが、これはライバル2頭の追い比べだ!左鞭が入るレイデオロ!ローメルの左腕から鞭が一発二発飛んだ!しかし内から上がるテイエムベルレクスが僅かに先頭か!?》
完全に抜け出したテイエムベルレクスとレイデオロの一騎打ちになる。
隣り合う2頭の怒涛の競り合いに介入できる馬はおらず、完全な一騎打ちとなっていたが、内に居たテイエムベルレクスが先んじて抜け出してレイデオロよりも前に出ていた。それを見てローメルは鞭を入れてレイデオロの加速を促す。しかし倭達は鞭を入れず、追い続けるだけであった。
《僅かにテイエムベルレクスが先頭!二冠馬のテイエムベルレクスが先頭!さぁ、レイデオロは差し切るか!2頭の一騎打ち!ベルレクスとレイデオロ!ベルレクスとレイデオロ!後ろからキセキが3着に上がってくるが、これは及ばない!ベルレクスです!》
レイデオロが差し切ろうとするが、先頭に立ったテイエムベルレクスはそれを許さず、そのままゴール板を真っ先に通過した。横でレイデオロに鞭が入る中、倭達は鞭を使わずにただ手綱を押し続けるだけで勝利した。
競り合ったのはダービー2着という実績を持ち、父にキングカメハメハを持つ良血馬のレイデオロである。しかも末脚に関しては同世代の中でも抜きん出た評価を受けている馬だ。
着差はクビ差と僅かだが、そんな馬を相手に鞭を使わずに勝利したテイエムベルレクスの強さはしっかりと観客の目に焼き付いた。
《これが無敗の二冠馬の実力!世代最強を証明して、目指すは三冠の道!第三の舞台の京都に向けて曇り無し!テイエムベルレクスです!最後まで競り合うレイデオロに抜かさせず、連勝中のキセキの追撃を退けました。勝ちタイムが2分24秒6、上がりの3ハロン34秒です》
1着にテイエムベルレクス、2着にクビ差でレイデオロ、そして3着に2馬身離れてキセキ。上位人気馬3頭が1着から3着までを独占する形となってレースは終わりを告げた。
2着馬に付けた着差はクビ差とこれまで最も小さいが、その内容は圧巻の一言。
現時点で世代最強はテイエムベルレクスと言えるのは間違いない。しかし相手も決して見劣りするような馬ではない。日本の大手牧場出身で、尚且つ競走馬としても種牡馬としても類稀なる実績を残した馬の血を引く良血馬達。徹底的に鍛え上げられ、重賞レースでも実績を残している彼らを相手取って鞭使わずの完勝。しかも最後に競り合ったのはその筆頭とも言えるレイデオロである。
このレースの勝利は三冠制覇を大きく期待させるものとなった。
鞭を入れずの完勝劇に観客は感嘆の声を上げ、ウイニングランを行うテイエムベルレクスと倭達龍司には有りっ丈の拍手が送られた。
(これはまだ前哨戦だ。本番は菊花賞……絶対に勝つ!)
倭達は更に闘志を燃やす。手綱を握る手に自然と力が籠り、その変化を感じ取ったのかテイエムベルレクスを跨る倭達へ目配りする。それを見て倭達は慌てて力を緩め、一生懸命走ってくれた相棒の頭を撫でて労いの言葉を伝えた。
無敗の二冠を達成しているというのに、鞭を入れずにレースを勝つという凄まじい胆力の持ち主である倭達龍司騎手でした。