覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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今日は人視点がメイン。「これでいいのかな〜」って思いながら書きました。


テイエムの冠

 牧場の入り口で鹿嶋と尾崎の2人は今日尋ねに来る馬主を待っていた。尾崎は牧場長として、鹿嶋は厩務員の主任としてだ。

 そして予定時刻となり、件の人がやって来た。

 

「ご無沙汰しています、嶺苑(たけぞの)さん。今年もよろしくお願いします」

 

 尾崎が頭を下げ、鹿嶋もそれに続けて頭を下げた。

 

「いえいえ、こちらこそ。私としては毎年宝探しのようでワクワクしながら見させてもらっています。お前もそうだろ、一蔵(いちぞう)?」

「そうですね、時折考え付かないような素質馬も出てくるので私も楽しみな所はありますよ」

 

 嶺苑将嗣(たけぞのまさつぐ)。テイエム技工株式会社の創業者であり、馬主では世紀末覇王テイエムオペラオーが代表的な所有馬として知られている。

 馬名から分かる通り、自身の名前のイニシャルが由来の「テイエム」という冠名を用いており、テイエムオペラオー以外にも阪神3歳牝馬ステークス*1、桜花賞、秋華賞を優勝したテイエムオーシャン、改名された阪神ジュベナイルフィリーズを優勝して2歳女王に輝いたテイエムプリキュアがいる。

 

 馬主の嶺苑に付き添う形で訪れたのは中央競馬に所属する調教師であり、元騎手である伊和本一蔵(いわもといちぞう)。数多くの名馬を手掛け、代表管理馬は嶺苑と同じくテイエムオペラオーであり、2000年度に調教師部門にてJRA賞最多賞金獲得調教師を受賞。騎手としてもバンブーアトラスと共に1982年のダービーを優勝し、ダービージョッキーに輝く活躍をした腕利きの騎手であった一人だ。

 

 この2人は同郷の幼馴染であり、嶺苑が購入した馬を伊和本の厩舎に積極的に預けている間柄だ。そのため伊和本が管理している馬はテイエムの名を冠した馬が多い。

 

「では早速見て頂いてもよろしいでしょうか?今年は凄く良い馬がおりまして、ぜひ見て頂きたかったのですよ」

 

 鹿嶋が先導し、尾崎が2人を促して一行は当歳馬が悠々自適に過ごしている放牧地に向かった。嶺苑と伊和本は何度も訪れた日高の大地を歩きながら、良い素質馬と巡り会えることを密かに願った。

 

「いつも通り走り回ってるね。相変わらずだね、ランは。鹿嶋くん、ちょっと連れて来て」

「分かりました。少々待ちを」

 

 より近くで見れるようにと、鹿嶋は放牧地へと入ってランへ呼び掛けた。その声にランは走るのをやめて鹿嶋の方へと近寄って来る。

 

 その様子を眺めながら嶺苑は「あの子が尾崎さんの言っていた期待の子ですか?」と尾崎に向けて問うた。

 

「はい。2月の下旬に産まれたブランの子です。私達から見たらランは他とは違う特別な馬です。あぁ、ランっていうのはあの子の愛称です。ずっと走り回っているので安直ですがラン、と」

「なるほど……」

「お待たせしました。ラン、この人は馬主の嶺苑さんと調教師の伊和本さん。大丈夫、怖くないから」

 

 そうこうしているうちに鹿嶋が慣れた手付きで手綱を引いて件の馬を連れて来た。尾花栗毛という惹かれる美しい毛色で、額に真っ直ぐ走った流星が特徴的であった。

 

「ほほう、確かにオペラオーの面影を感じる。それに当歳馬にしてはかなり馬格が良い。骨量も豊富そうだ」

「えぇ、うちの牧場の中では断トツです。これだけ大きいのに脚部不安もなくて、本当に身体が頑丈なんですよ。それに、この時期の馬にしてはかなりスタミナがあります」

 

 鹿嶋が連れて来た目的の馬を見て伊和本は感嘆の声を上げた。通常の当歳馬よりも体が大きく、それでいて足腰がしっかりとした印象がある。牧場長の話では脚部不安もないという話だ。そこはオペラオーに似て頑丈なのかもしれない。

 

「ほう、スタミナがですか?」

「離乳前から放牧したらずっと放牧地を走り回っているんですよ。どうやら走るのが好きなようで……暇さえあればずっと走ってますよ」

「ずっと……放牧中ずっとですか?」

「いえいえ流石にそこまででは。時折クールダウンするかのように緩めていますよ。ですけど、足を止めてはいないのでずっと走っている、と言えるとは思いますが」

「そこまでですか。……当歳馬にしては破格のスタミナだな。これからの成長を考えるとまだまだ伸びるんじゃないか?」

 

 破格というのは言葉通りだ。実際に走っているところを見たいので言葉通りに受け取ることはできないが、その言葉に説得力を感じるには理由があった。

 それはランの父親であるテイエムオペラオーの存在だ。テイエムオペラオーの父はヨーロッパでリーディングサイアー*2に輝いたサドラーズウェルズ産駒のオペラハウス。サドラーズウェルズ系の特徴は豊富なスタミナと強力な心肺機能、長距離輸送と連戦に耐えられる頑強さだ。

 この馬は見事にその特徴が出ている。豊富なスタミナと身体の丈夫さはオペラオーの血が強く出たからかもしれない。

 

「しかしスタミナだけではな……肝心のスピードがなければ日本では難しいな。失礼ですが、血統表を見せてもらっても?」

「大丈夫です。こちらです」

「拝見します」

 

 手渡された血統表を見て伊和本は難色を示した。良血と言えば聞こえはいいがそれは昔の話。父系は元より、母系に流れているのも昭和に活躍した種牡馬だ。パワーやスタミナに割り振ったと見られるようなステイヤー色の強いヨーロッパ血統。日本で活躍し続けるサンデーサイレンスとその父であるヘイローやミスタープロスペクターの名前すらもない。

 活躍できるのは重馬場か重い洋芝が積極的に使われるヨーロッパのレースではなかろうか?しかし今の日本競馬はとあるレース(・・・・・・)を除いて積極的にレースに出す理由がなかった。その理由は単純明快。賞金の安さである。コストと結果が釣り合わないのだ。

 

 競馬というのはビジネスだ。常に巨額な金額が動き、セレクトセールでは1億円以上の金額で競り落とされるのは当たり前、レースでも重賞となれば5000万円、更に格式が高ければ2億円の賞金が与えられる。そしてギャンブルする側とは比較にならないほどのリスクを生産者や馬主は持っている。

 

 生産者は牧場で生産された馬が結果を残さなければ牧場の評判は上がらず、更に設備費や維持費にも巨額のお金が必要となる。有力な種牡馬と交配しようにもそれだけで1000万円以上かかるのはよくある話だ。金策が厳しくなっていく一方で結果を出さなくては信用も顧客も得ることも叶わない。特に高速馬場となったことに適応できず、過去に名門と謳われた牧場も解散・倒産・衰退という道を辿ってしまうのも珍しくない。

 

 馬主は目的の馬を購入し、名を与え、走らせる。馬主をやる理由は趣味であったり、運営する会社の名前を売るためであったりと理由は様々だ。しかし勝てなくては賞金を得られず、負けてしまえば話題になることはない。1頭の馬だけでも1000万円以上かかるのはザラだ。結果を残せなければ赤字である。

 競走馬が勝ち上がれる確率はとんでもなく低い。毎年約7000頭の馬が生産されるというが、限られた勝利を手にできるのは僅かであり、重賞となればその数は更に少なくなり、最も格の高いGIレースになれば出走できるだけでも凄いことなのだ。

 

 顧客でもある嶺苑は自分と同郷の幼馴染だ。オペラオーのような馬をまた育ててみたい、オペラオーのような走りをもう一度見たい、オペラオーの時のような栄誉を与えてやりたいと思ってもいたが、嶺苑に苦い想いをして欲しくはなかった。

 

「母父はホワイトマズル……ダンシングブレーヴ*3産駒か。瞬発力の遺伝ならこの馬からになるが……う〜む」

「やはり、厳しいですかね?」

「えぇ、非常にロマン溢れる血統ですが……やはり日本の高速馬場を考えると今一つと言わざるを得ないかと。ホワイトマズルとその父のダンシングブレーヴは産駒成績も良いですが、大分先細りしていますからね。この馬が真に輝くのはヨーロッパだと思いますが、コストなどを考えるとですね……」

「言いたいことは分かります。私も馬の能力は胸を張って言えるのですが、やはり血統が不安材料でして」

 

 牧場長と話し込んでいる伊和本を尻目に嶺苑は件の馬を凝視していた。遠目からでは分からなかったが、こうして間近で見れば色々と細かなところが見えてくる。

 

 まずは馬体。まだ当歳馬であるが実に立派だ。オペラオーを生産した牧場も「バランスが良い」と評していたからここはオペラオーに似たのだろうか。

 次に目を惹いたのは艶々とした栗毛と鬣。明るい毛色で鬣は金色……尾花栗毛*4と呼ばれる毛色だ。タイキシャトル*5やトウショウファルコ*6も尾花栗毛で非常に美しい馬として有名だった。

 その次に気性。厩務員に手綱を引かれる時も暴れる素振りを見せず、初対面の人間と対面しても落ち着きを払っている。牧場長の話では活発であると聞いているが、かなり図太いのかもしれない。

 

 この馬はオペラオーよりも素質があるように感じる。オペラオーを購入した時は馬体が光り輝いているように見えたが、この子はまた違った。馬が輝いて見えるのは元より、その瞳は言語化できない強さと透徹さがあったと感じる。今まで見てきた馬と違う「何か」があった。

 

 嶺苑は確信する。この馬は将来大物になると。どんな馬であろうと、どんな条件であろうと、どんな場所であろうと、どんな強敵が相手になろうと、その全てを踏破する存在になることを。

 

「尾崎さん……この馬、いくらになりますか?」

 

 嶺苑の唐突な問いに、尾崎は一瞬虚を突かれたように目を見開き、一瞬の静寂が訪れる。

 

「いくら、と申しますと……」

「買います。ブランの2014を買いますよ」

「本気か、将嗣」

 

 先程まで尾崎と話し合っていた伊和本が苦々しく、しかしどこか諦めたような声を出した。

 

「確かにこの馬の素質は凄い。それは私も分かる。だが血統を見る限りだと日本の馬場に合うか分からんぞ。出れるレースも限られてくる」

「それは百も承知だ。私だって伊達に長く馬主をやってきたわけじゃない。今の馬場に合う馬を買うべきと言うのも分かる」

 

 伊和本の言いたいことは理解できる。意地悪ではなく、あくまでも調教師目線、現実的なことを言っているだけに過ぎない。

 

 競馬はロマンだけでは成立しない。これでも実業家だ。コストやリスク、勝負の非情さ、夢を実現する難しさというのを嫌でも理解している。それでも──見てしまったのだ。この馬が、頂点へ駆け上がる夢を。

 

「私は、この馬に夢を感じた。三冠でも、有馬でも、どんな馬が相手でも必ず勝てる。負ける姿が私には想像できない。確かに血統は見劣りするかもしれない。だけどそれがどうした!私達のオペラオーも最初は評価されなかった。だけどその評価を覆して王者になった。あの感動を私はずっと憶えている」

 

 その熱い熱弁からは、嶺苑がどれだけ本気であるかを窺うのは容易だった。それだけ熱意が溢れていた。

 調教師としての姿勢を取っていた伊和本もその言葉には理解できた。彼もオペラオーが見せてくれたレースは今でも脳裡に焼き付いている。あの感動を一度たりとも忘れたことはない。

 

「……スタミナが豊富だから将来は恐らくステイヤータイプになる。この馬で勝つならそれなりに距離が長くないと無理だぞ」

「勝てる」

 

 迷わず即答する嶺苑。

 

「……オペラオーに似て恐らく晩成型になる。クラシックでは結果を残せない可能性が高い」

「いや、勝てる。お前がオペラオーを皐月賞に行かせて勝ったように、この子も結果を残してくれる」

「それを今、ここで持ち出すのか……」

 

 思わず伊和本は苦笑してしまった。

 それは1999年、ダービー一本に絞っていた嶺苑に皐月賞出走まで踏み切らせたのは他ならぬ自分だった。直談判し、「自分で追加登録料を支払う」とまで言ったのだ。今思い返せば、あの挑戦からテイエムオペラオーの伝説は始まりを告げたのかもしれない。

 

「分かった。その夢に私も協力しよう。私が、責任を持って預かろう。やれるところまでやってみるよ」

「ありがとう。と、言うわけで尾崎さん。この馬を、改めて買い取らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 突然の事態を見守っていた尾崎は買い取りの話が出てたことで購入の話を進めた。

 

「そうですね……主流からは外れていますし、今の市場評価を鑑みれば500万円程度が妥当だと考えていますが」

「では、その四倍、2000万円は出します」

「に、2000万ですか!?いえいえ、それはいくら何でも」

 

 尾崎は思わず絶句した。提示した額の四倍。昔ならまだしも現代の常識と擦り合わせると、この血統背景ではあり得ない数字だ。

 

「いえ、これはあなたの誠実さに対する対価です。私は例え何億円になっても私はこの子を買い取るつもりでした。なので私は仮に5億円出すことになっても後悔はありません。ですが、それではあなたは納得しないでしょう?プロとしてのプライドと根拠のない大金を受け取ることはできない……なので2000万円です」

 

 予想以上の金額を提示されて尾崎は驚いたが、すぐさま首を横に振った。

 

「……流石に2000万円も受け取れません。せめてその半分、1000万円で買い取ってはくれませんか?おっしゃる通り、私達は根拠のない大金を受け取ることはできません。嶺苑さんの覚悟を無下にするようで心苦しいのですが、これ以上の数字は私の甘えになってしまいます」

「……分かりました。そこまで言われてしまってはしょうがない。では1000万円で買い取らせていただきます」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 互いの手を握り合って交渉は成立した。

 必要な手続きをするために事務所へ向かおうとするが、嶺苑は足を一度止め、もう一度件の馬に向き合った。

 

「今日からお前は、新しいテイエムの子だ。君の走りを私たちに見せてくれ。はは、その前にお前にピッタリな名前を考えないとな」

 

 嶺苑の手で撫でられながら、後の歴史を塗り替えることになるランは高らかに嘶いた。

*1
現阪神ジュヴェナイルフィリーズ。2歳女王決定戦のGI競走。

*2
種牡馬の順位。1年の産駒の獲得賞金の合計額で決定される。

*3
今でも欧州最強と名高い1986年の凱旋門賞馬。凱旋門賞で繰り出した末脚は1ハロン10秒8をマークし、欧州の馬場と思えないタイムを叩き出した。彼に与えられた141のレーティングは史上最高値。

*4
鬣や尻尾が金色であること。

*5
日本競馬史上最強のマイラーと名高い1頭。マイル戦では無敗を貫き、1998年に日本調教馬として初のジャック・ル・マロワ賞を優勝。

*6
GI勝利こそなかったものの重賞2勝を記録。その美しい見た目から誘導馬としても活躍し、女性ファンを中心に人気を集めた。




主人公の購入時の話は結構悩みました。
読者の中には割とツッコミ所が多いと思いますが、執筆者は競馬知識はにわかで所詮は二次創作なので何となくで飲み込んでください。

アンケートを行っていますが「この名前はどうだろうか?」という方がいましたら、以下のリンクから馬名候補の募集を行っていますので、よろしければどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=337114&uid=408714

─────
執筆者と読者のための登場人物まとめ(執筆者も混乱したので紹介はただの建前)。
※実在の人物及び団体とは関係ございません。

鹿嶋
主人公が誕生した牧場のベテラン厩務員。現牧場の主任でもある。

尾崎
主人公が誕生した牧場の牧場長。厩務員の鹿嶋とは昔馴染みの仲。

嶺苑オーナー
代表的な所有馬はテイエムオペラオー。本作の主人公にロマンと夢を感じて購入。
伊和本が苦言を呈する理由も理解していたし、納得もしていたが、オペラオーと同じく輝いて見えたと同時に"何か"を感じて購入を決意。本人は大成すると信じている。

伊和本調教師
馬主の嶺苑とは同郷の幼馴染。栗東に所属しており、嶺苑の所有馬を多く管理している。
主人公の素質の高さとロマンは感じていたが、血統がほぼ欧州で活躍した馬しかいなかったため、難色を示した。が、最終的に嶺苑オーナーの熱意に負けた。

どう言う馬名がいいかのアンケートです。いくつは候補があります。

  • テイエムエンペラー:意味は皇帝
  • テイエムアストラル:額の流星繋がりで星
  • テイエムアルレクス:星と王
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