覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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最強を決める戦い

 第62回有馬記念はキタサンブラックがハナを切って始まった。

 スタートでは鋭く反応したテイエムベルレクスが好スタートを決め、他馬よりも一歩先に居る程のスタートを見せた。しかし内枠のキタサンブラックも完璧なスタートを見せ、スタート位置で有利だったキタサンブラックを上回ることはできなかった。

 

 現在レースは第1コーナーを越えて第2コーナーに差し掛かっている。

 テイエムベルレクスはハナを切るキタサンブラックから3/4馬身離れた2番手の位置で追走しており、やがて向こう正面の直線に入ってから、徐々にキタサンブラックとの距離を詰め始めていた。

 

《さぁ、ここからどうなるのか有馬記念!ベルレクスは外から、三冠馬ベルレクスは外から馬体を合わせに行った!馬体を合わせに行った!キタサンブラックとテイエムベルレクスの馬体が合いました!》

 

 テイエムベルレクスはキタサンブラックの外から馬体を合わせにかかる。

 倭達は手綱を抑えず、テイエムベルレクスの動きたいように動かせた。決して邪魔をしないように騎乗し、テイエムベルレクスの動きに合わせていた。

 

《黒い馬体と栗毛の馬体、暮れの中山で両雄2頭が競り合っている!冬空の下で、まるで、77年の有馬記念のように!トウショウボーイとテンポイント──天馬と貴公子が繰り広げた歴史的一騎打ちを思わせる光景!》

 

 向こう正面に入って間も無く、黒鹿毛の馬体と栗毛の馬体が並んだ。互いに500kgを超える雄大な馬体の持ち主。彼らが並び合えば、その迫力は言葉にできぬ程凄まじいものとなった。

 

 そしてこの2頭の競り合いはTTG*1最後の三強対決となった1977年の有馬記念を想起させた。

 

 今でこそ若い世代にも広く受け入れられ、ハイセイコー*2やオグリキャップ*3の活躍もあってか大衆の娯楽の一部となってきた競馬。

 

 家族連れ、高校生や大学生も競馬場内で見られるようになってきたが、それでも昭和から競馬にのめり込んでいるオールドファン達の目には40年前の暮れの中山。火花を散らし、互いに競り合うテンポイントとトウショウボーイの姿が重なった。

 

《少しペースを上げたか、内で僅かにリードするキタサンブラックが先頭、そして外から競り合う冬の陽光を受けて輝く栗毛の馬体、テイエムベルレクスと倭達龍司。3番手シャケトラ、ぴったりマークは変わらず。内にヤマカツエース、生沿賢一最内枠を引いています。外からカレンミロティックのピンクの帽子チラリチラリ。あとはクイーンズリング続きました。外から赤い帽子の3枠2頭、トーセンビクトリー外、内からサトノクロニクル、十咲。その真ん中にサクラアンプルール、中山得意、海老名、有馬2勝の経験》

 

 先頭は依然としてキタサンブラックだが、その外には隣でピッタリと追走するテイエムベルレクスが居る。ペースは徐々に上がり始めており、少しずつ後続に差を付け始めていた。

 3番手にはシャケトラ、その内からヤマカツエースが追走し、外に並んでカレンミロティックが付いている。それを追ってトーセンビクトリーとサトノクロニクルが並んで続き、少し下がって間の位置にサクラアンプルールが控えている。

 

《内にブレスジャーニー、箕卜洸誠(みうらこうせい)、上がっていった。外の方から10番のシュヴァルグランここに居ます。ジャパンカップを勝ったシュヴァルグランはヒューストン・ボーマントと、この位置ゼッケン10番》

 

 中団から控えているのはテイエムベルレクスとキタサンブラックを除く実績馬達だ。サクラアンプルールの後を追って2歳重賞のサウジアラビアロイヤルカップを優勝したブレスジャーニー、悲願のGI制覇となったジャパンカップ勝ち馬のシュヴァルグランが続く。

 

《その後ろに宝塚を勝ったグランプリホース、サトノクラウン。その外に、テイエムベルレクスの同期スワーヴリチャードが居ます。スワーヴリチャード3歳馬、ミゲル・デオドール。そして内に8番のレインボーラインが続きまして、ミッキークイーン。牝馬の切れ味、後ろから押し上げてくる。最後方は変わらずサウンズオブアースという形》

 

 後方で控えているのは宝塚記念でキタサンブラックを下したサトノクラウン。宝塚記念勝ち馬サトノクラウンが先頭から12番手の位置でレースを進め、2015年の二冠牝馬ミッキークイーンも同じく後方からレースを進めている。そしてスタートから依然として殿を務めるのはサウンズオブアースだ。

 

 隊列は縦長となっているが、馬同士の間隔はそこまで開いておらず、一部は団子状態になっている。そしてハナを切って競り合うテイエムベルレクスとキタサンブラックの2頭は互いに一歩も引かず、直線に入ってから牽制し続けている。

 

 残り1000mの標識を通過するが、隊列に大きな変化はない。テイエムベルレクスとキタサンブラックは互いに先頭を譲らず、火花を散らしながら続け、競り合い続けている影響か徐々にスピードを上げていた。3番手のシャケトラとは1馬身半程の距離が開いており、レースは完全にこの2頭のマッチレースとなっている。

 

 競り合いは終わらぬまま二度目の第3コーナーを迎える。キタサンブラックは依然として先頭を守り続けているが、すぐ隣にはテイエムベルレクスが控えている。互いに仕掛け時を計っていたからこそこの膠着が続いてきたが、その均衡は最後の直線を迎えることで崩れるだろう。

 

《600の標識を通過しましたが、この2頭が止まる気配はありません!二度目の3コーナー、内のキタサンブラックが優勢か、先頭をキープ!しかし外には、まだ牙を研ぎ澄ませてテイエムベルレクスが控えている!今日は怖いぞ倭達龍司!》

 

 第3コーナーと第4コーナーの中間地点。最後のコーナーを越えるのも間も無くであり、この有馬記念もいよいよ佳境を迎えようとしていた。

 

《もう間も無く4コーナーカーブ。先頭2頭のデッドヒートは終わりません!そして後続の各馬の動きはどうだ!》

 

─◇◆◇─

 

 ゲートが開いたと感じると同時に倭達は手綱をグイグイと押して前へ行くように促す。問題なく好スタートを決めれば、そのまま内埒沿いに向かい、先団に取り付く。取れるならばハナを切って逃げることも倭達は考えていたが、テイエムベルレクスよりも内枠だったキタサンブラックを追い越すことは叶わず、ハナを譲って2番手に付いた。

 

「やっぱりダメか……!」

 

 倭達は悔しさを滲ませる。しかし焦りはない。寧ろ枠順が確定してからは予想できていたことだ。すぐに思考を切り替えて次の行動に移る。

 

(当たり前だが、内に居るキタサンブラックの方が有利か!だけど、ランも良いスタートを切ってくれた!このまま前に行く!とにかく押していくしかない!)

 

 倭達はハナを主張するキタサンブラックに無理に競り掛けにいかず、手綱を扱いてテイエムベルレクスを前へ前へと押し上げ、2番手に付く。そして2番手の位置に付けば、何時でもキタサンブラックを差し切れるように常に射程圏内に入れてレースを進める。

 

(このまま前で運ぶ。離されるな)

 

 既に倭達の視線は逃げる黒鹿毛の馬だけを捉えている。

 

 レースは着実に進んでいく。

 第3コーナーに入って第4コーナーへ。そして第4コーナーをカーブして正面スタンド前を通過する。

 

 スタンドからの大歓声に迎えられ、16頭の優駿達が通り過ぎて行く。しかし今の倭達の耳にはその大歓声が届かぬ程集中している。その意識は全て前の前を走るキタサンブラックに集約されていた。

 

(差は大体半馬身、いやそれ以上。約1馬身ぐらいか。後ろにはシャケトラと……ヤマカツエースか?ランとキタサンブラックを2頭一緒にマークしてる感じか)

 

 ちらりと倭達は後方に目線をやって隊列を確認する。自分の後ろには外を回って7番のシャケトラ、内を突いて1番のヤマカツエースの2頭がマークして追走している。

 

 もう間も無く第1コーナーを迎えるが、ここでテイエムベルレクスは早くも動き始めた。加速してキタサンブラックに並びかけようと少しずつペースを上げ始めたのだ。

 

(早い!仕掛けようとしているのか!?いや、ランは賢い馬だ。レースがどういうのかを分かってる。ならこれは……)

 

 倭達は手綱を抑えず、テイエムベルレクスの動きを制止させることはなかった。テイエムベルレクスとコンビを組んでこれで10戦目。

 デビュー前から時間の許す限り触れ合い、調教でも積極的に騎乗した。テイエムベルレクスに関しては誰よりも理解しているという自信が倭達にはある。

 

 だからこそ、この行動は理解があるものだと信じることができた。

 

 第2コーナーを迎えて1000mを通過する。テイエムベルレクスも徐々にスピードを上げていき、加速したことでコーナーでは少し外に膨らんでしまうが、抜群のコーナリングでカバーし、多少の膨らみは許容してキタサンブラックに競り掛けにいった。

 1000mの通過タイムは61秒とスローペースと、キタサンブラックは悠々と逃げていたが、向こう正面に入ってテイエムベルレクスはキタサンブラックと完全に並ぶ。

 

(……なるほど、後ろではなく横でマークするのか。この発想はなかったが、ある意味ベストだ)

 

 倭達がベストであると感じたのは追い比べとなった時に互いのスタート位置が同じとなる点だ。

 テイエムベルレクスとキタサンブラックの強みは互いに似通っている。しかし能力や完成度で比べたらキタサンブラックが上回っており、テイエムベルレクスはそれに追随している形だ。同じ土俵で戦えば、能力で劣るテイエムベルレクスが不利だが、テイエムベルレクスはキタサンブラックよりも明確に上回っている武器がある。

 

 それが末脚だ。

 現時点でテイエムベルレクスが優位を取れていると言い切れる要素は最後の直線で見せる鋭い脚色しかない。

 キタサンブラックの戦法は前で粘り残る逃げ・先行だ。逃げ・先行を主体にしている以上、差し馬や追い込み馬程の末脚は持ち合わせておらず、これまでの上がり3Fも35秒台が多い。

 

(だから横に付いた。確かにキタサンブラックが前残りすることも考えれば多少の損耗覚悟で競り合いに行く方がいい。向こうもこっちを把握しているならば、引くことはできないはずだ。特に……あなたなら、少しでも勝率の高い選択肢を選ぶだろ)

 

 キタサンブラックはテイエムベルレクスを上回る能力を持ち、テイエムベルレクスはキタサンブラックが持たない武器を持っている。

 そしてキタサンブラックの鞍上は日本の競馬を代表するレジェンドジョッキー竹裕だ。長い時間をかけて培われてきた戦術眼や経験に倭達は遠く及ばない。そしてそんな騎手ならば必ずテイエムベルレクスの末脚を警戒する。

 

(ランのスタミナが並外れているのは向こうも把握していることだろう。このまま競り続ければ鈍りはするが、それでも十分使える。そうなれば同じ位置からの追い比べは相手も避けたいはず、何かアクションを起こしてくると思うが……)

 

 今は馬体が完全に並び、テイエムベルレクスとキタサンブラックが競り合う形となっている。逃げを選んだ以上もう引くことはできない。一度引いて控えてしまえば、それを好機と見て無理にでも包囲してくるだろう。人気馬の宿命であるが、それはテイエムベルレクスも変わらない。

 テイエムベルレクスも前に出てしまった以上、キタサンブラックと共にこのまま逃げ続けるしかない。

 

 そう考えた所でキタサンブラックは徐々にだが加速を始めた。それに合わせてテイエムベルレクスも加速し、キタサンブラックに追随する。

 

(ランにとってこれが最適解なんだろう。キタサンブラックを楽に逃げさせたくないための行動なんだ)

 

 意図を理解し、倭達は手綱を押し続ける。

 

 スピードは2頭共に上がりつつあり、それに伴ってペースも上がっていく。前半1000mのタイムと比べればはかなり早くなっていることだろう。

 

 ハナを切って進む2頭はペースを落とすことなく追走し続け、3番手以降のシャケトラとの着差は1馬身半差に広がっている。テイエムベルレクスはキタサンブラックの外に付き、何時でも差し切れるように器用に脚を溜め続けている。

 

 残り1000mの標識を通過したことを倭達は視認し、何時でも仕掛けられるように鞭を構えて勝負に出る機会を伺う。

 二度目となる第3コーナーに入り、第4コーナーへ向かう中間でいよいよ最後の勝負が近付いてきていることを感じ取る。

 

(もうすぐで最後の直線だ。ここが正念場になる。お互いスピードに乗っているから、本当に地力が問われることになる!)

 

 倭達は手綱を動かし始め、最後の追い上げの態勢に入る。

 第4コーナーをカーブしていよいよ直線コースに入れば、中山の名物である高低差2.2mの急坂に僅か300m余りしかない直線が姿を現し、幾多の勝敗を分けてきた中山の壁が16頭の優駿達を迎え入れた。

 

─◇◆◇─

 

《ぴったりマークのシャケトラ、まだまだステッキは抜かない冨久長悠逸。そして外の方からトーセンビクトリー4番手、これは追い出しのタイミング》

 

 二つのコーナーを越えてからスタンドの熱気がいよいよピークに達し、三度の大歓声が湧き起こる。そして最終コーナーを越えた時、その熱気は更に大きくなり、巨大な波となって場内全体に響き渡った。

 

《我慢比べとなるのか有馬記念!さぁ追った!キタサンブラック、全ての思いを込めて、竹裕、ステッキを1発2発!先頭はキタサンブラックが内で僅かにリードだが、外からベルレクスが追い詰める!2頭並んで、中山の急坂を駆け上がっていく!》

 

 それなりにスピードに乗っていたためか、テイエムベルレクスは外に振らされてしまう。しかし高いコーナリング技術でカバーしてキタサンブラックから離されぬようにする。だが最内をキープし続けたキタサンブラックの方が有利であり、スピードに乗っていたにも関わらず、外に膨らむことなく完璧なコーナリングを披露して見せた。最後の追い比べでは内に居るキタサンブラックがリードしている。

 流石現役最強馬というべきだろうか。その称号は伊達ではない。

 

 しかし3歳馬と言えどそこは三冠馬。コースロスを限りなく抑えて再び立て直し、逃げるキタサンブラックを肉薄していく。

 

《残り200を切った!ベルレクスが猛追!ベルレクスが猛追!内のキタサンブラックも負けじと粘る!》

 

 満を辞して倭達は鞭を入れて更なる加速を促す。

 倭達の鞭に応えてテイエムベルレクスが加速していき、キタサンブラックとの着差をどんどんと縮めて肉薄していくが、あと少しの所で届かない。

 やがて2頭は完全な横並びとなり、最後の直線で壮絶な追い比べが始まった。

 

《さぁ、2頭並んだ!ベルレクスが差す!ベルレクスが差したか!キタサンブラックも内からもう一度差し返す!》

 

 馬体が再び隣り合う。テイエムベルレクスが差せば、キタサンブラックが負けじと粘って差し返す。お互いを差して差し返す応酬を繰り返す。

 

 普段のキタサンブラックならばこれ程の末脚を繰り出せていなかったかもしれないが、2頭は共に今スピードに乗っている。

 元々の勝負根性に加えてロングスパートをかける形となったことでこの拮抗が生まれていた。

 

《内と外の壮絶な追い比べ!最初で最後の、世代最強と現役最強の打つかり合い!竹裕、懸命にステッキを飛ばす!倭達龍司渾身の左鞭!さぁ、どっちだどっちだどっちだ!共に負けられない世紀の一戦!》

 

 急坂を駆け上がっても2頭は決して止まらなかった。最高速度に乗ったまま両者一歩も譲らず、差して差し返すを繰り返す。鞍上の竹裕と倭達龍司はレースに勝つことよりも隣に居るライバルに勝つことだけを考えていた。

 

《3番手各馬が追い合い、真ん中シュヴァルグラン、外からスワーヴリチャード!しかし先頭は既に前2頭の世界!》

 

 3番手から各馬が追い上げ始めているが、もう目の前の両雄に追い付けそうにはなかった。内から牝馬のクイーンズリング、真ん中シュヴァルグラン、外からスワーヴリチャードが限界を振り絞って2頭に追い縋るが、直線の短い中山で、ましてやトップスピードで駆け抜けるテイエムベルレクスとキタサンブラックには遠くに居るように見えた。

 

《サブちゃんの夢か!覇王が伝説を紡ぐか!2頭並んで夢を突き抜けたぁぁぁ!!》

 

 互いに夢を駆け抜け、歓声が爆発した。

 スタンドの大歓声と実況の大絶叫と共に、1500m以上に渡って続いたデッドヒートは終わりを迎えた。最後まで互いに一歩も譲らず、並んだまま、本当に2頭並んだままほとんど同時にゴール板を通過した。

 

 スタンド、馬主席、実況席から有馬記念の勝者は分からなかった。それは一騎打ちを演じた倭達龍司と竹裕も同じであった。

 

 キタサンブラックが有終の美を飾り、悲願の有馬記念制覇を成し遂げたのか。

 テイエムベルレクスが史上初の無敗の3歳四冠を達成したのか。

 

 互いの意地と矜持が打つかり合った勝負の行方は──写真判定に委ねられた。

*1
トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスのイニシャルから付けられた日本競馬を代表する伝説的三強。この3頭で8大競走を7勝、現在のGI級重賞レースを9勝、3頭全てが年度代表馬に選出、予後不良となったテンポイントを除く2頭は種牡馬としても優れた成績を残し、3頭全てが揃ったレースでは1着から3着を独占するなど、世代の突出度としては今でもトップと言える。

*2
第一次競馬ブームを担った1973年の皐月賞馬。地方では無敗を貫き、9連勝で皐月賞を制覇。ライバルのタケホープと死闘を繰り広げ、社会現象にもなった元祖アイドルホース。

*3
「芦毛の怪物」と称された第二次競馬ブームを巻き起こしたアイドルホース。「オグリより強い馬は生まれても、オグリより愛された馬はいない」という文句の通り、競馬が広く受け入れられることになった最大の立役者。無名の血統から這い上がり、ライバルと激戦を演じ、二度の挫折を乗り越え最後の有馬記念で復活勝利するという波瀾万丈な馬生を送った国民的名馬。

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