覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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勝者は

《サブちゃんの夢か!覇王が伝説を紡ぐか!2頭並んで夢を突き抜けたぁぁぁ!!》

 

 テイエムベルレクスとキタサンブラック。

 向こう正面に入ってから間も無く、壮絶なマッチレースを繰り広げた。それは直線を迎えても終わらず、尋常ではない追い比べを披露した。

 雄大な馬体の持ち主である2頭が競り合う様子の迫力は凄まじく、スタンドは今までにない熱気に包まれていた。

 そして最後は完全に並んだまま同時にゴールしてレースは幕を閉じた。

 

《内にはキタサン!外にはテイエム!二つの夢が打つかりました!キタサンブラックのグランプリ制覇か!テイエムベルレクスが新たな伝説を作ったか!ほとんど2頭並んでゴールイン!》

 

 ゴールした2頭の後を追って、後続も遅れて続々とゴールする。テイエムベルレクスとキタサンブラックの3番手以下の後続との着差はおおよそ6馬身。

 先頭を走り続ける2頭のペースに乗れば自滅しかねず、かといって仕掛けるのを待ち続ければ届かないという最悪なジレンマに陥ったことで仕掛け所を見失った故に開いた着差だった。

 

《大体……6馬身程離れた3着に入線クイーンズリング、4着シュヴァルグラン、5着にスワーヴリチャードと続きましたが、1着は……分かりません!これは分かりません!写真判定です!写真判定になりました!!》

 

 実況席からはどちらが先着したか分からず、勝ち馬の名前を上げることができなかった。しかしそれはスタンドに居る観衆も一緒で、熱気はそのままに小さなどよめきが広がっていた。

 

「おいあれどっちが勝った?」

「分からん。ほぼ同時じゃなかったか?」

「俺はキタサンブラックが先に見えたぞ」

「えっ、ベルレクスに見えたけど」

「……結局よう分からんってことか」

 

 ほぼ同時に駆け抜けたのだろう。

 馬体が並んだまま共にゴール板を通過し、テイエムベルレクスの背で倭達は息を吐いた。

 

 目を右に向ければキタサンブラックの背に跨る竹裕の姿が目に入った。向こうも倭達の目線に気付いたのか、手を伸ばし、倭達も意図を理解して竹に向けて手を伸ばした。そして愛馬に跨りながらグータッチを交わす。

 

 ゴール板を通過してから、徐々にスピードを落として馬を停止させる。

 

「いやー、凄かったよ。強いね、テイエムベルレクスは」

 

 笑いながら、話し掛けてきたのはキタサンブラックに騎乗する竹裕だ。

 

「いえ、キタサンブラックも強かったですよ。予想以上に凄い粘りで、いつも通りのレースをしていたら差し切れたかどうか」

 

 互いに健闘を讃え合う。

 

「どっちが勝ったか分かりますか?」

「いや、僕も分からない。本当にほぼ同時だったからね」

 

 竹は苦笑いを浮かべながら首を横に振る。

 直線に入るまで、最内をキープし続けたキタサンブラックが先頭だったが、2頭の馬体が並んで壮絶な追い比べが始まれば互いを差して差し返す応酬を繰り返し、最後は並んでゴール板を駆け抜けた。

 

 ある程度接戦になっても騎手ならば感覚的に分かることも多いが、今回の勝敗はどちらに軍配が上がったのか、ベテランである竹自身にも見抜けなかった。

 

「視界の端では捉えていたけど、僕も負けないように必死だったからね。あまり余所見する余裕はなかったよ」

「僕も同じです」

 

 倭達はテイエムベルレクスの首元を優しく叩く。

 

「最後はただ『もう一歩、もう一歩だけ前へ出てくれ』って、『頑張れ』って……それしか考えていませんでした」

 

 笑みを零した倭達の言葉に釣られ、竹も笑顔を浮かべながらキタサンブラックの首元を撫でる。

 

「最後の直線で何度も伸びてくるテイエムベルレクスには驚かされたよ。本当に『何回伸びるんだ』って思ったからね」

「それはこっちもです。キタサンブラックも大概ですよ」

 

 竹の言葉を受け、倭達も苦笑しながら言葉を返す。

 テイエムベルレクスは強く、クラシック三冠馬となったことで世代の頂点に立つ馬であることを証明しただろう。しかしそれは3歳馬──同世代の中での話だ。

 キタサンブラックを筆頭に古馬を含めればまだ成長途上であるテイエムベルレクスでは苦戦は免れなかった。精神面ならまだしも肉体面はキタサンブラックには明確に劣るのだ。

 

「4コーナー辺りの手応えは全然悪くなかったんだけどね。いつも通りの感覚だったから、勝てると思ったんだけど……そんな簡単な話じゃなかったね」

「1コーナーを回った時に競り掛けに動いたのはベルレクスの考えです。この子が、キタサンブラックを見て『一筋縄じゃいかない』って考えた故の結果かもしれません」 

「……それができる馬は中々いないよ。それは強いわけだ」

 

 竹は笑いながらキタサンブラックの頭を撫で、それ受けてキタサンブラックは気持ち良さそうに目を細める。

 

「騎手に応えて動く馬は数多いけど、自分から動き出す馬は少ないからね。本当に良い馬だよ」

「……ありがとうございます」

 

 倭達はお礼を言い、竹に向けて頭を下げる。

 

「いや、お礼を言うのは僕の方かな。騎手を長くやっていて、こんな気持ちの良いレースはそう何度も経験できるものじゃない。貴重な経験をさせてもらったよ」

「僕もです。一生忘れないレースになりました」

 

 晴れやかな表情で竹は和田に向けて礼を告げた。倭達も竹の言葉に頷き、テイエムベルレクスの頭を静かに撫でた。2人は笑みを交わし、それぞれの愛馬の首元を優しく叩く。

 激闘を終えたテイエムベルレクスとキタサンブラックは肩を上下させて消耗した体力を回復させ、胸を張るように堂々と歩き始める。

 

「そう言えば、どっちが勝ったんでしょうか?」

「確かに写真判定が大分長引いてるね。それだけ際どかったか」

 

 電光掲示板に表示されているのは3着、4着、5着の馬番。まだ3頭しか表記されておらず、1着馬と2着馬を示す『I』と『II』の部分は未だ空白のままだ。

 スタンドでも先程のような歓声は鳴りを潜め、ざわめきへと変わっていた。

 

 レースが終了し、写真判定に移ってからそれなりの時間が経つが、未だ電光掲示板には表示されない。未だずっと着差を表す所には写真と表示され続けており、誰もが電光掲示板を固唾を呑んで見守っている。

 

「……まだ、出ませんね」

「そうだね。差はそれ程無かったってことなんだろうね」

 

 場内の全員が掲示板を見上げ続け、写真の文字が消える。その瞬間、場内の空気が一気に張り詰めた。そして、電光掲示板が切り替わる。

 

 最初に点灯したのは『I』の欄。続いて『II』の欄。

 

 一番上に表示されていた数字は──16だった。

 一瞬の静寂が場内を支配した後、それに続いて『Ⅱ』には2が表示された。

 

 そしてその瞬間だった。

 

「「「おおおおおおっ!!」」」

 

 中山競馬場を埋め尽くした10万人を超える観衆が一斉に爆発し、大歓声が大波のように湧き起こった。

 

「レクスだ!レクスが勝ったぞ!」

「マジか!あのギリギリで差し切りやがった!」

「おぉ、スゲぇ!」

「くぅー!キタサンブラックも惜しかったなぁ!」

「負けたけどやっぱキタサンブラックもつえぇな!」

 

 勝利したのは16番テイエムベルレクス。2番のキタサンブラックと第2コーナー手前から競り合い始め、迎えた直線でキタサンブラックと怒涛の追い比べを演じ、最後の最後でハナ差差し切って勝利した。

 

「……勝った。しかし、これは……心臓に悪過ぎる」

 

 その一言を漏らすのが倭達は精一杯だった。掲示板を見上げたまま、小さく息を吐くと額に流れていた汗を拭う。そして改めて相棒に感謝の言葉を送った。

 

「ありがとう。そしておめでとう、ラン。やっぱりお前は凄い馬だよ」

 

 一方の竹も掲示板を見上げて小さな笑みを浮かべる。

 

「最後の最後で差し切ったのか。キタサンブラックの持たない末脚が勝負の決め手にな……いや、あの瞬間、テイエムベルレクスがこっちを上回ったのか」

(ゴール板の寸前。あのゴール板を目の前にした瞬間。あの瞬間で最強だったのはテイエムベルレクスだった訳か)

 

 竹は何処か納得し、笑みを浮かべる。

 もちろん悔しさはある。だが、それ以上に胸を満たしていたのは、全力を尽くした末の清々しさだった。

 負けた悔しさはあれど、その心内は晴れやかで、後悔という二文字は何処にも無かった。

 

 竹はキタサンブラックの首筋を優しく叩き、静かに呟く。

 

「よく頑張った。お互い、あと少しだったな」

 

 そう言って顔を上げると、少し前を歩く倭達へ声を掛けた。

 

「倭達くん!」

「はい!」

 

 呼び掛けられた倭達はテイエムベルレクスを歩かせながら振り返る。

 

「おめでとう」

 

 竹は一言、そう言葉を送る。穏やかな笑みを浮かべながら、今日この舞台で、最も強かった馬と騎手に賛辞の言葉を送った。

 

「ありがとうございます!」

「今日は君たちが一番強かった。キタサンブラックも本当に頑張ってくれた。最後の力を全て振り絞ってくれたよ。でも最後の一歩だけは、君達が強かった。良いレースだったよ」

 

 竹の言葉を受け、倭達はその言葉の重みを感じながら小さく頷いた。

 

「ありがとうございます。僕も、ベルレクスも、キタサンブラックが相手だったからここまで走れました」

「そう言ってもらえると嬉しいね」

 

 感慨深そうに竹は掲示板を見上げる。そして再び穏やかな笑みを浮かべ、竹は倭達の胸を軽く叩いた。

 

「君達なら、これからも伝説を作っていけるだろうね。さぁ、主役は君達だ。胸を張って行っておいで。皆が君達を待ってる」

「……はい!」

 

 その言葉に押され、倭達はテイエムベルレクスを進めてスタンドの前に走り出す。ウイニングランを行ってスタンドの前へ躍り出れば、有りっ丈の声援に彼らは迎えられた。お馴染みのリュージコールに加えてテイエムベルレクスの名前も叫ばれている。

 テイエムベルレクスのファン達からは勝利の祝福を、キタサンブラックのファン達からは最高のレースを見せてくれたことへの感謝を贈られていた。

 

「……40年前の親父もこんな気持ちだったんだろうな」

 

 キタサンブラックと共に引き上げるその間、ウイニングランを行う倭達とテイエムベルレクスを見詰めながらそんな言葉を竹は溢した。

 

「親父があの時言っていた言葉の意味が、今ようやく分かった気がするよ」

 

 40年前、同じこの舞台に立っていた亡き父の姿を脳裏に浮かべ、竹は目元を隠すようにヘルメットを深く被り直して静かに検量室へ引き上げていった。

 

─◇◆◇─

 

「見事、第62回有馬記念を制しました、倭達龍司ジョッキーにお越しいただきました。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 写真判定によって結果が出た後、かなり時間が押していたため、勝利ジョッキーインタビューや口取り式は第12レースが施行された後に行われた。

 時間はもう間も無く午後5時を回る。冬の時期ということもあって、太陽は沈み始め、辺りは暗くなってきているが、場内にはまだまだ人が溢れていた。勝利ジョッキーインタビューが残っていることもあるが、このインタビュー後にはキタサンブラックのお別れセレモニーがあるのも最大の理由だ。

 

「大きなリュージコールとベルレクスのコールが起こりました。今の気持ちを教えてください」

「もう最高ですね。やっぱり、これだけのファンの皆様から、それ程の声援を貰うと嬉しいだけの言葉一つじゃ足りませんね」

 

「非常に注目されていたこのレースですが、レースの前の心境というのはどんなものだったのでしょうか?」

「まぁ、やっぱり、キタサンブラックは一番意識していました。馬もそうですし、竹さんが乗っていましたから、簡単には勝てないと思っていました。ずっとどうやって勝つか、どうやったらベルレクスのポテンシャルを引き出せるかを考えていました」

 

「とても良い、好スタートから決めたレースですが、今回のレース展開を振り返ってみて如何でしょうか?」

「スタートはメンバーの中で一番良いスタートを決められたと思いますけど、内のキタサンブラックにはやっぱり敵いませんでしたね。まぁ、引く気はありませんでしたし、前に付ければ良いと思っていました」

 

「テンポイントとトウショウボーイが競った、77年の有馬記念のようでしたが、これについて何かございますか?」

「う〜ん、そうですね……レース中は正直そんなことを考えてる余裕はありませんでしたし、分かりませんでした。僕が予想していた展開ではなかったんですけど、意味のないことをする馬ではありませんので、僕はベルレクスを信じて、ずっと手綱を握っていました。

 もっと良いレースの進め方があったかもしれませんが、ベルレクスが頑張って、勝ってくれたので、今回のレースはこれがベストだったと胸を張って言えます」

 

「最後の直線、キタサンブラックと競り合っていた時はどのようなお気持ちだったのでしょうか?」

「いや、もう『頑張れ!』とか『負けるな!』ですね。それしかありませんでした」

「最後まで本当に大接戦でしたね」

「全くもってその通りで、本当にキタサンブラックの粘りが凄くて、不安もありました」

 

「フィニッシュラインを過ぎた時、どんな気持ちでしたか」

「取り敢えずは遣り切った満足感と勝てたかどうかという不安感でした。ですが、ベストは尽くせましたので後悔はありませんでした」

 

「最後の直線では、竹裕騎手のキタサンブラックと壮絶な追い比べになりました」

「はい」

「あの時はどのようなことを思っていたのでしょうか?」

「目の前のキタサンブラックと竹さんしか見えていませんでした。ずっと目の前の1頭に勝つことだけを考えてて、目を離すことができませんでした。最後はただ一歩でも前へ出ることを思っていました」

 

「今回の勝因は何だと思われますか?」

「本当にギリギリでした難しいですが、最後の追い比べとなった時、お互いロングスパートの状態だったので末脚でテイエムベルレクスに軍配が上がったんだと思います。ですけど、本当に小さな差ですので、具体的なものはあまり自分もよく分かっていません」

 

「有馬記念を制してこれでGI5勝目になります。3歳馬としてはナリタブライアン以来のGI5勝、そして史上初となる無敗での有馬記念制覇です。今後の展望は何かありますでしょうか?」

「調教師さんやオーナーさんとの相談になりますが、父のオペラオーと同じく古馬の王道路線を突き進みたいと思っています。ベルレクスはこれからもっと成長して強くなりますし、僕ももっとベルレクスと一緒に走って競馬を盛り上げたいです」

 

「今日はですね、10万人を超えるファンの皆さんがこの有馬記念を見に参りました。2017年を振り返ってみて、ファンに最後一言お願いします」

「そうですね、今年1年、テイエムベルレクスを応援して頂き、本当にありがとうございました。えぇ、今年最後のレースを勝つことができました!来年も、皆さんにもっといいレースをお見せできるよう頑張りますので、テイエムベルレクスを応援してくださると嬉しいです!本当に皆さんの声援が力になりました!ありがとうございました!」

 

「見事有馬記念を制しました、倭達龍司ジョッキーでした。おめでとうございました!」

「ありがとうございました!」

 

 その言葉を最後にインタビューは締め括られ、倭達はスタンドに向けて大きく手を振った。それによって大歓声が再び湧き起こる。

 

 関係者全員に賞状が行き渡り、口取り式が無事に終われば恒例の写真撮影が行われた。そして有馬記念の優勝レイを掛けられたテイエムベルレクスが赤い燕尾服に身を包んだ引き手役に引かれて再びターフに姿を現す。テイエムベルレクスに向けられたいくつものカメラがテイエムベルレクスを捉えて被写体に収まる。

 

 倭達はもう一度だけテイエムベルレクスに騎乗すると、その背で天を突き抜けるように右腕を高々と掲げた。

 それに応えるように、10万人を超える大観衆から場内を震わす程の大歓声が降り注ぎ、第62回有馬記念は幕を閉じた。




一応私なりに調べて3歳終了時点でナリタブライアン以外にGI5勝した馬はいませんでしたが……大丈夫ですかね?多分居ないと思うんだけどなぁ……情報の間違いがガチで不安です。

そしてこのような展開となりましたが、ご納得頂けると嬉しいです。勝ち負けのないレースにつまらなさや退屈感を抱く読者も居るかもしれませんが、私はそうならないようにレースを描写する際はできる限り情報を集め、レースを見て展開を考えています。時には自分の要望を通したくて無理なレース展開を書くこともあるかもしれませんが、そうなるような理由付けや細かい描写は頑張るつもりです。

「贔屓じゃないか?」と思うかもしれませんが、この小説は元々執筆者がオペラオー産駒とリュージさんの活躍を見たくて執筆を始めたのです。できればそれを承知の上で読んでくださると嬉しいです。

以上、執筆者の自意識過剰と思われる独り言でした。割と「つまらなくないかな」とガチで気にしてるんですよね。
これからも頑張っていきますので、次回も楽しんでくれると嬉しいです。
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