覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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終わりの余韻

 流石に……疲れた。

 あのキタサンブラック相手に、あの競り合いは流石にキツい。肉体よりも精神の方が消耗した気がする。ここまで消耗した理由は今年最後に出走した有馬記念に理由がある。

 

 1年の総決算として知られる有馬記念は3歳馬だけでなく、歴戦の古馬達が出走してくる。私も例に漏れず、歴戦の古馬達と戦うことになった。

 

 結果だけを言えば、有馬記念は無事に私が勝利して幕を下ろした。しかしやはり古馬が入り混じるGIレース。一筋縄とはいかず、私は心身共に消耗し切り、結果はハナ差で辛勝という運が味方したと思えるような勝利だった。

 

 ここまで消耗した理由としては、今回の有馬記念をラストランとする現役最強馬と謳われるキタサンブラックと激闘を演じたからだ。もう、とにかくキタサンブラックが凄まじくて半端なかったのだ。同期の馬達とは比較にならない程圧倒的で、あの気迫とそして巨大な馬体、尋常ではない威圧感と雰囲気を纏った馬。あのメンバーの中で彼だけが別格だった。

 

 倭達さんもキタサンブラックをとにかく気に掛けており、レース前でも彼のことを意識していた。かくいう私もキタサンブラックと戦うに当たって、何度もレースプランを思案していた。幸いなことにも、もう虫食い状態となっている前世の記憶がここで役に立った。競馬好きだったと思われる私の友人がよく話していたこともあって、キタサンブラックの強さを私はよく覚えていたのだ。

 前目の位置でレースを進めるのは確定として、やはり最後の仕掛け所が重要になると考えていたが、私は彼を実際に目の当たりにしてから、そんな生半可なものは通じないと直感した。

 

 私が覚えているキタサンブラックの情報は逃げか先行を主体として、とにかく前の位置で競馬をすること。

 私と同じ正攻法での戦法を得意とし、無限とも思えるスタミナで自分諸共消耗戦に引き込んで、最後まで粘る。驚異のスタミナと勝負根性を生かして後続馬をバテさせる消耗戦をキタサンブラックは得意としている。

 

 私もスタミナに関してはある方だし、同世代の中では一番だという自負もある。距離も2500mと問題なく走り切れる距離で、苦手とする距離でもないのだ。問題なのは……私とキタサンブラックの段階の違いにある。

 私を上回る雄大な馬体の持ち主で、文字通り無限のようなスタミナ、そしていくつもの激戦を経験してきている。肉体や経験で一枚も二枚も劣る私が同じ土俵で戦えば劣勢を強いられるのは間違いない。

 

 とにかく前で粘れる能力が特筆している以上、引くことはできなかった。だから場合によってはそのままハナを奪って逃げることも視野に入れていた。もっとも、大外枠だったのでハナには立てず、2番手から追走することになったが。

 

 仕掛けに行ったのは楽な手応えで逃げていると判断したからだ。感覚的には少し遅めのペースで、逃げるキタサンブラックは自分のペースを守って逃げの態勢に入り、最後まで余力を残したまま直線へと向かうと判断し、私は思い切って競り合いに行った。

 

 あまりにも無謀な行動だが、結果論としてこの動きは正解だった。私が合わせに行けば、キタサンブラックもペースを上げ、どんどんとハイペースになっていた。恐らくは向こうの騎手が私の能力ならば差し切ることもできると判断したため、ペースを上げて消耗戦に持ち込もうとしたのだろう。

 

 そこからはもう地獄の消耗戦となった。ゴール前まで競り合い続け、互いに一歩も譲らず、馬体を合わせたまま最後の直線に入った。

 私が差せば、キタサンブラックが差す。そんな応酬を何度も繰り返し、どちらが1秒でも長く脚を伸ばして最後まで残れるかの勝負になった。一歩も引かずに最後まで競り合い続け、ゴール板を通過したのはほとんど同時だった。

 

 勝敗は先も伝えた通り、私が最後の最後でキタサンブラックをギリギリ差し切って勝利した。本当に、本当にギリギリだった。結果的に勝てて良かったが、こんな戦い方は正直言ってもう御免である。

 

 とまぁ、このような感じで私の初の古馬戦線となった有馬記念は終わりを迎えた。その後に執り行われた口取り式と写真撮影も無事に終えて、激闘で満たされた1日は幕を閉じたが、その日は疲労を理由に競馬場で一晩過ごすことになったため、全レース終了後に行われていたキタサンブラックの引退セレモニーに私も僅かな時間だが顔を出すことになった。なんと倭達さんも一緒であり、皆茶色の法被を羽織って「キタサン祭り」なる歌を熱唱していた。

 

 全員が笑顔で熱唱しており、スタンドに居る人達は手拍子で音頭を取っていたことが強く印象に残った。そして私はその光景を静かに見詰めながら、キタサンブラックは本当に愛されていた馬だったのだと改めて実感したのだ。

 

─◇◆◇─

 

 12月24日、中山競馬場で行われた第62回有馬記念(3歳上・GI・芝2500m)は倭達龍司騎手騎乗の1番人気テイエムベルレクス(牡3、栗東・伊和本一蔵厩舎)が、直線で現役最強馬キタサンブラック(牡5、栗東・泉永(しみずひさし)厩舎)との壮絶な叩き合いを制し、ハナ差先着して優勝した。3着には6馬身離れて8番人気のクイーンズリング(牝5、栗東・能村啓之(よしむらけいじ)厩舎)が入線した。勝ちタイムは2分31秒8(良)。

 

 レースはキタサンブラックがハナを切って逃げ、それをテイエムベルレクスが追走する形となったが、前半1000mを61秒6で通過後、テイエムベルレクスが早くも進出を開始し、向こう正面に入る頃には馬体を合わせて並びかけ、残り1500mを残しながらも両雄は競り合いを始めた。

 両雄は一歩も譲らず、最後の直線まで競り合い続け、互いを差して差し返す応酬を繰り返し、ゴールまでその競り合いは続いた。ゴール板前まで続いた激闘を制したのは最後の最後まで粘り、僅かに差し切ったテイエムベルレクスがハナ差で栄冠を掴み取った。

 

 勝ったテイエムベルレクスはクラシック三冠を含む重賞8連勝、新馬戦から続く連勝記録を10に伸ばした。父テイエムオペラオーとは史上3例目となる有馬記念親子制覇を達成した。三冠馬として有馬記念を勝ったのは1984年シンボリルドルフ、1994年ナリタブライアン、2011年オルフェーヴルに続く6年ぶり4頭目となる。更には無敗のままでの有馬記念制覇に加えて無敗での3歳四冠は史上初という記録尽くしの結果となった。

 

 今年のテイエムベルレクスはデビューから一度も敗れることなく、東京スポーツ杯2歳S、朝日杯FS、弥生賞、皐月賞、日本ダービー、菊花賞、そして有馬記念まで怒涛の重賞・GI連勝を継続、新しく無敗の3歳四冠という偉業を打ち立てた。

 来年迎える古馬戦線でも、テイエムベルレクスはその走りをターフに蹄跡を刻んでくれることだろう。彼がどのような覇道を征き、どのような伝説を打ち立ててくれるのか、その走りからはますます目が離せない。

 

レース後のコメント

 

(倭達龍司騎手)

「本当に苦しいレースでした。とにかくキタサンブラックが強くて、最後の直線のあの粘りは流石としか言いようがありませんでした。何とか勝つことができましたが、最後までベルレクスが頑張ってくれました。

 

レースはとにかく引くことはせず、前目に付いてキタサンブラックを徹底的にマークしようと考えていました。逃げと先行が主体で粘りが飛び抜けていますので、引いてしまって後ろから追い込むことになったら差し切れるか分かりませんでしたから。

 

1コーナーを回った辺りから、馬自身が競りかけに行きましたが、あの行動には僕も驚きました。ですけど賢い馬ですから意味のない行動はしないだろうと思ってそのまま行きました。

 

最後の直線は物凄い追い比べになりましたが、ベルレクスも最後まで粘って何とか差し切ることができました。本当にギリギリでした。最後まで一瞬も気を抜けませんでしたし、負けてもおかしくないレースでしたが、それでもベルレクスが最後まで応えてくれました。

 

キタサンブラックとの競り合いで見せたあの勝負強さは父のオペラオー譲りだと思います。この勝負強さが勝利の一因だと考えています。前に出たらそのまま一歩も引かず、真っ向勝負で競り勝ちましたので、本当に強い馬だと思います」

 

(伊和本一蔵調教師)

「テイエムベルレクスは毎回私達の予想を超えてくる馬です。今回の有馬記念はキタサンブラックを徹底してマークすることが最大の勝ち筋ですが、後ろからではなく、横でしたのは予想外でしたね。キタサンブラックに真っ向勝負を挑んだだけでなく、最後で競り勝った精神力には脱帽です。

 

意図したのかは分かりませんが、途中からロングスパートに持ち込んで末脚勝負になったことも関係していると思います。最後の上がり3ハロンはお互いに34秒台でしたので、スピードに乗っていることが分かります。なので末脚に軍配が上がるベルレクスが勝つことができたと、私は捉えていますね。

 

調教師として最後の年となりましたが、まさか自分の管理馬が、しかもオペラオーの子供で無敗のまま四冠を達成することができて嬉しい限りですし、感謝の極みです。私に預けてくれた嶺苑オーナー、乗って成果を出してくれた倭達くん、ベルレクスを送り出してくれたオペラオーには感謝しかありません。

 

古馬となってからはより一層馬体には磨きがかかり、肉体面、精神面共に充実して本格的な全盛期を迎えると思います。来年からは別の調教師に管理してもらうことになり、自分で見ることができないのは残念でありますが、彼の伝説の一部に携わることができたのは私の誇りですし、本当に光栄なことでした」

 

【勝ち馬プロフィール】

◆テイエムベルレクス(牡3)

父:テイエムオペラオー

母:ブランベラルーシ

母父:ホワイトマズル

厩舎:栗東・伊和本一蔵

成績:10戦10勝(重賞8勝)

主な勝ち鞍:16年朝日杯FS(GI)、17年皐月賞(GI)、17年日本ダービー(GI)、17年菊花賞(GI)、17年有馬記念(GI)、16年東京スポーツ杯2歳S(GII)、17年神戸新聞杯(GII)、17年弥生賞(GII)

 

《ネット記事より一部抜粋》

 

「やっぱり凄い話題ですね」

 

 テイエムベルレクスの生まれた牧場にて、雨縁はパソコンでネット記事を見ながらそんなことを呟いた。近くには腕を組みながらパソコンを覗き込む鹿嶋の姿もあり、画面上の記事をじっくりと読んでいた。

 

「ただ有馬記念を勝っただけだったら違ったと思うが、しっかりと実績を積んだ古馬相手に勝ったからな。ハナ差と言えど、現役最強と評価の高いキタサンブラックに勝ったんだ。最強古馬を撃破した上に無敗のまま3歳四冠、話題性がこれでもかってくらいある」

 

 鹿嶋はそう返し、口取り式後に行われた写真撮影で撮られた写真に視線を移す。有馬記念の優勝レイを掛けられたテイエムベルレクスに主戦騎手の倭達龍司が騎乗し、彼らを取り囲むように関係者が手綱を持った写真だ。鞍上の倭達は晴れやかな笑みを浮かべ、右腕を高々と突き上げている。

 

「本当にあの有馬記念は凄かったですよね。ゴールまでずっと競り合い続けてましたからね。僕テレビの前でずっとランの名前叫んでましたもん」

「あの時は凄かったな。お前が一番熱くなってたんじゃないか?」

「いやー、あそこまで手に汗握るレースは見たことがなかったので、つい熱くなっちゃいました」

 

 牧場全員でテレビの前に張り付いていた時、一番熱狂したのは意外にも雨縁だった。テイエムベルレクスが勝ったと知った時、一番の大声を発したのは彼だったのだ。

 

「あっ、そう言えば牧場長は遂に取材を受けることにしたんですね」

「……あぁ、その話か」

 

 これまで何度も取材の話を断ってきた牧場長の尾崎であるが、重い腰を上げて来年ようやく受けることになった。

 テイエムベルレクスとその弟であるテイエムノアアークの活躍もあり、生産牧場への注目が日に日に高まっていることを鑑み、これ以上断るのは難しいと判断して受けることにしたのだ。

 

「来年もリトがデビュー予定ですしね。メディアも話題として欲しいんでしょうかね」

「それも大きいが、毎回丁寧に取材の依頼をしてくる記者も居るからそれを断るのが忍びなくなったんだ。と言っても、取材時期はまだ未定だが」

 

 鹿嶋は窓の外を見て、放牧地で過ごす馬達を見る。青草を()む馬も居れば、グループを作って走り回っている馬も居り、各馬達は伸び伸びと思うままに過ごしている。

 

「……ランがこの無名に等しい牧場を引き上げてくれた。重圧を跳ね除けてクラシック三冠と有馬記念を勝ってくれたんだ。こんなことからいちいち逃げてたらランに申し訳ないからな」

 

 自分に言い聞かせるように鹿嶋は語る。

 テイエムベルレクスの活躍によってこの牧場は一躍有名となり、注目を浴びるようになった。取材の申し込みを含め、テイエムベルレクスがクラシック三冠を制覇した後は牧場自体の信頼も上がって問い合わせの電話も増えた。何よりも今年は全妹であるステラ*1が居る。額に大きな星を持つのが特徴の栗毛の牝馬で、全兄2頭が物凄い活躍をしているため、同血統である彼女も期待の1頭として注目を集めているのだ。

 

「ステラも順調に育っていますし、今後が楽しみですね。少し馬体重が軽いとは思いますが……」

「まっ、軽過ぎるわけじゃないからそんなに心配はいらんだろ。あの範囲だったら個性の一言で済む。それよりも今受胎してるブランの仔も気になるな」

「問題なく育っていますし、産まれた後が楽しみですね。どんな子になるんでしょうか?」

「さてな、しかし兄貴達がああも活躍しているんだ。立派な馬になるさ」

 

 早くて2月頃に産まれると思われるブランベラルーシの2018の期待は大きい。先述の通り、同血統の兄達が活躍していることもあるが、テイエムオペラオーとブランベラルーシの配合で期待を裏切るような仔馬が産まれていないことも理由であった。

 

 新たに産まれてくる命の誕生に雨縁と鹿嶋の2人は胸を躍らせ、新たな世代への期待を大きく膨らませていた。

*1
ブランベラルーシの2017。幼名のステラは額の星に由来。

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