覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

38 / 41
今日のアイビスサマーダッシュでついにカルストンライトオのレコードを更新する馬が登場!高速化が進んだ近代競馬で20年以上もレコードを保持したカルストンライトオの速さは当時からどれだけ桁外れだったのかよく分かる。


大阪杯後

 古馬となってから大阪杯で初の出走となったテイエムベルレクス。レースではテイエムベルレクスは好スタートを決めて自然にハナに立ち、そのまま逃げて押し切ってしまうという何とも強い競馬。最後の直線はメンバー上がり最速の末脚を見せ付けて4馬身差の圧勝。最も恐ろしいのはこれをノーステッキで行ったことであり、鞍上の倭達龍司は手綱を持ったままであったということだ。

 

 キタサンブラックが引退した今、現役の中で最もスタミナを有していると思われる馬が逃げて鋭い末脚を使ってくるのだ。後続の馬達が追いつけるはずがない。しかも出遅れることがないのだから手に負えない。あんな競馬をまざまざと見せ付けられた陣営は、レース後完全に意気消沈してしまっていた。

 

 検量室に引き上げ、着順の確定後、ウイナーズサークルでインタビューを受けた倭達。先行策や差しのイメージが強いテイエムベルレクスが、何故今回は逃げ戦法でレースを進めたのかを記者から問われたのに対してどのような意図があったのかを答えた。

 

「年明け最初のレースですから、やっぱり出だしは重要だと思っているので、気分良く走らせるために馬の行きたいように行かせました。あとはレース勘を戻したかったというのもありますね」

 

 インタビューしていた記者は、倭達の答えに思わず目を丸くする。近くでメモを取っていた面々も一様に顔を見合わせた。

 

 テイエムベルレクスはスタートから一度も他馬にハナを渡さず、1000メートル通過も決して暴走と言えるような速さを出してはいない。絶妙なラップで淡々と流し、最後の直線では後続が追い出しを開始したタイミングに合わせ、自らスパートを掛け始めた。鞍上は最後まで一度も鞭を使わず、手綱をただ握っていただけである。

 

 それで4馬身差。

 あまりにも常識外れだった。

 

「レース勘を戻すため、というお話でしたが、最後はメンバー最速の上がりでした。あれは予定通りだったのでしょうか?」

「いえ、そこまでは考えてなかったですね。直線でまだ余裕があるのは分かりましたが、馬がスピードに乗っていましたので、僕の方から何か合図する必要はないだろうと思ってそのまま行かせました」

 

 馬なりに行かせた結果がこれである。

 確かに古馬となったことで馬体も成長し、飛躍的に実力が伸びたのだろう。元から晩成型であるのだから、全盛期に入ったのかもしれない。そう考えれば納得もできる。しかしそれは相手も同じで、2着に食い下がったスワーヴリチャードは前走の金鯱賞で33秒台の末脚を見せている。実力は間違いなく上がっているにも関わらず、まるで子供扱いするようにテイエムベルレクスは一蹴して見せたのだ。

 

「最後は鞭使わずの4馬身差でしたね」

「そうですね。使う必要がなかったというよりも、春はまだ始まったばかりですし、これから大きなレースが続きますから、無理をさせたくありませんでした」

 

 彼らの目標はテイエムオペラオー以来のグランドスラム。目下目標は春古馬三冠だが、この4週間後には日本最長のGI競走天皇賞(春)が控えている。1200mの距離が延長される上に中3週はゆとりを持ってローテーションが組まれる現代競馬においてはかなり負担になる出走である。

 

「まだ一戦終わっただけで先はまだまだ長いですので、馬のポテンシャルをしっかりと引き出した上で油断なく挑めたらなと思っています。もっともっと上に行ける馬なので一戦一戦大事にしていきたいですね」

 

 取材陣の前で倭達はそう言葉を締め括った。

 

─◇◆◇─

 

 大阪杯のその翌日、スワーヴリチャードに騎乗していたミゲル・デオドールは本馬を管理している笙能康史(しょうのやすし)厩舎の下に訪れていた。

 訪れた目的は昨日行われた大阪杯の反省会を行うこと、そしてテイエムベルレクスの対策を話し合うためだ。

 

「Oh……やっぱり、何度見てもスワーヴリチャードと地力が違うネ」

「ですね。見直してみればみるほど、どれだけ向こうが余裕を保っていたのかが分かります」

 

 流していた映像を止め、笙能は溜め息を吐く。皺を寄せながらリモコンを机へ置き、静かに腕を組んだ。

 もう何度同じ映像を見たことだろうか。厩舎に備え付けられたテレビの画面に映し出されているのは最終コーナー手前から最後の直線。映像はちょうどテイエムベルレクスがゴール瞬間で止まっており、そこから4馬身離れた位置にスワーヴリチャードが居る。

 

「ここだけ見ると、レースよりも調教だ」

 

 苦笑する笙能に釣られ、ミゲルも肩を竦める。

 

「That's right。しかも、一番怖いのは最後じゃないヨ」

 

 リモコンを手に取り、ミゲルは映像を巻き戻す。ゴール後からスタート直後まで映像を巻き戻して再生する。再生された映像にはスタートと同時に飛び出し、そのまま先頭に立つテイエムベルレクスの姿が映っている。そしてその場面でミゲルは映像を一時停止する。

 

「ここダ。ベルレクスの出だしの良さに、加速が優れているから一気に離されて競りかけられなかっタ。そして控えずにそのまま行ってしまっタ。ベルレクスを自由にさせ過ぎてしまっタ」

 

 軽快に飛び出すテイエムベルレクスを指差し、ミゲルは「それが今回のハイインかナ」と言葉を続ける。要はテイエムベルレクスを自由にさせ過ぎたのだ。

 

「だが……これではどうしようもない。下手に仕掛けたら此方の馬が暴走してしまう」

 

 自由にさせ過ぎたが故の敗北。自分のペースを作れるように誰もテイエムベルレクスを邪魔しなかったので、楽な手応えのままノーステッキで完勝することになったとミゲルは考えている、なら自由にさせなければいいのだが、そんな簡単な話でないことはミゲルも重々承知している。

 

 スタートの巧いテイエムベルレクスと同等以上に飛び出しに強い上で、決して掛かることのない、賢さを両立させた落ち着いた気性を持っていなければならない。無理に並ばせようと先行し過ぎれば、却って馬の闘争心に火を付けてしまい、制御が効かなくなってしまう。

 仮に上手く事が運んだとしても、スタミナお化けかつ競り合いに強く、切れる脚を持っているテイエムベルレクスに勝利するのは至難だ。しかもどの位置からでもレースを進めることができる万能性もある。なんだこの無理ゲー要素満載の馬は。

 

「対策は明確なんだが……如何せんハードルが高すぎる」

「そうだネ。スタートの時点から既に差が付いてしまっているから、ああなったらもう止められなイ」

 

 打つ手が無い。あるにはあるが、求められる能力が高い。末脚や身体の柔軟さ、タフネスなど、それぞれの馬が持つ個性でカバーできるものではなく、競走馬として必要とされる下地のレベルが違うのだ。

 

「多分、ベルレクスと同じ位のパフォーマンスができる馬じゃないと、ベルレクスに勝つのはムズカしいと思うヨ」

「……キタサンブラックが引退した今、そんなことができる馬が居るものなのか?」

「ボクも当て嵌まる馬が思い付かないヨ。強いて挙げるならシュヴァルグランやレイデオロの2頭かナ。でも能力不足は否めないネ」

「レイデオロは掛かり癖が改善すればどうにか張り合えると思うが、シュヴァルグランは年齢が不安だな」

 

 日本ダービーで2着に入ったレイデオロはスローペースの展開を読んだ騎手が行かせたが、それが原因で前進気勢を持つようになり、掛かりやすくなる悪癖を抱えてしまっている。シュヴァルグランは今年で6歳となり、年齢による衰えが懸念点だろうか。

 

「それに問題はそれだけじゃない」

「Yes。認めなければいけないネ」

「うむ、昨日のテイエムベルレクスは全力ではなかった」

 

 大阪杯で見せたテイエムベルレクスのパフォーマンスは本気ではあったが、全力ではない。

 その事実に薄々勘づいてはいたが、改めて映像を見直して確信した。必要以上に追っていなければ、鞭を使ってもいない。そもそも先頭に立つ際も無理してハナを切ったようには見受けられなかった。自然とハナに立ってしまったので逃げてしまっただけだろう。

 

「どれだけ大きく見積もってもボクは8割前後だと見ていル」

「8割前後……高い壁ですね」

「ホントウにその通りネ。はぁ、ネオユニヴァースかドゥラメンテに乗って挑みたいネ」

(乗る側だったら心強い味方だけど、勝つとなったら話は別。まず普通の馬では相手にならないヨ)

 

 全力でない以上、その全貌を知ることはできない。推測を混じりで予測する他ないが、本気でレースに挑んだならば、大阪杯以上の力を見せるのは確実。そして苦戦は免れない。

 

「ボクの対策としてはベルレクスよりも前の位置で仕掛けることかナ」

「……成功させられる自信はありますか?」

 

 33秒台の豪脚を繰り出せる末脚を持つならば、後方から猛烈に追い込んだとしても持ち前の勝負根性で限界まで粘られるだろう。ならテイエムベルレクスと同じ戦法をする他ない。

 末脚を後ろからではなく、前で発揮する。絶対に末脚はテイエムベルレクスを上回ってなければならないが、理論上はこれで勝てるはずだ。

 

「申し訳ないけれど、ダンゲンできなイ。馬の能力もスゴいし、それ以上にかしこイ。自分にできることが分かっているんだと思うヨ。それに……通じたとしても一回限りネ。二度目は通じなイ」

「それ以前にスワーヴリチャードの基礎を底上げしなければいけませんね。スタートの時点で負けているのです。まずはそこを解決しなければ話になりません」

 

 先程以上に皺を寄せる笙能。物凄く思い悩んでいることがその表情から読み取れた。見兼ねたミゲルは優しく語り掛ける。

 

「ショウノさん、そこまで思い詰めないでくださイ。アナタの気持ち、ここのキュウシャ皆の気持ちでス。悔しい思いはボクも同じでス」

 

 ミゲルは騎手だ。一流の評価を頂き、JRAに正式に所属する前から日本で何度もGIを勝利している。その分乗った馬も多いし、負けた回数も数えきれない。それ故に敗北を必要以上に引きずらず、次の戦いへ気持ちを切り替える術を身に付けていた。

 

「日本のことわざにあるでショ?」

 

 ミゲルは微笑みながら人差し指を立てる。

 

「勝負は時の運」

「……」

「テイエムベルレクスが強いのは否定できませン。ですが馬は生き物。どんなに強い馬であっても負ける時は負けるものでス。今回はボク達の力不足、ただそれだけでス」

 

 笙能の目を真っ直ぐ見据えた上でミゲルは言い切る。

 慰めではなく、事実を並べた言葉。厳しい言葉であるが、間違ったことはではない。その言葉が笙能の胸に、嫌でも響いてくる。

 

 暫くの沈黙が流れ、ミゲルはふっと笑みを浮かべる。

 

「対策が難しいのであって、対策が存在しないわけではなイ。同じレースなら、走る馬皆に平等のチャンスはありまス。テイエムベルレクスにリベンジする最高の機会はここしかないネ」

「……その、最高の機会というのは?」

 

 笙能がゆっくりと顔を上げて問い掛ける。そしてその問いにミゲルは迷うことなく答える。

 

「決まっていまス。リベンジする最高の機会であり舞台は、年末の有馬記念でス」

「!」

 

 空気が僅かに震える。

 ミゲルの瞳は次を見据えたものに変わっている。

 

「ベルレクスは間違い無く一度も負けずに有馬記念に出走してくるヨ。グランドスラムを掲げている以上、絶対に外せなイ」

「そこで、テイエムベルレクスに勝つ、と……」

「Exactly」

 

 笙能はゆっくりと息を吐き、張り詰めていた肩の力を抜く。既に終わってしまったレースの敗戦を何度悔やんでも結果は変わらない。しかしこれからの結果は変えられる。

 

「……そうですね。まだ有馬記念までは時間がありますからね」

「その通りでス。有馬記念までの間にスワーヴリチャードをもっと強くすル。それがボク達の仕事でス」

 

 笙能は力強く頷いた。

 大阪杯で味わされた4馬身差の完敗。その差を埋めることができるかは分からない。それでも、挑戦をやめる理由にはならなかった。




以下のアンケートのレースについての情報。
京都大賞典:サトノダイヤモンドやシュヴァルグランが出走。レベルは一番高い。
オールカマー:レイデオロやアルアイン、ダンビュライトら同期が出走。執筆者は現在こちらを予定。
毎日王冠:アエロリットやキセキが出走。

秋古馬三冠に向け、どのレースを前哨戦にするかのアンケート。一番票数の多かったレースを使おうかなと考えています。

  • 京都大賞典 GII
  • オールカマー GII
  • 毎日王冠 GII
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。