第157回 天皇賞(春)・GI
京都 芝 3200m
| 枠番 | 馬番 | 馬名 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 人気 |
1 | 1 | ミッキーロケット | 牡5 | 58.0 | 松若楓間 | 10 |
1 | 2 | チェスナットコート | 牡4 | 58.0 | 海老名政桂 | 8 |
2 | 3 | シホウ | 牡7 | 58.0 | 濱中傑 | 15 |
2 | 4 | カレンミロティック | せん10 | 58.0 | 生沿賢一 | 11 |
3 | 5 | ヤマカツライデン | 牡6 | 58.0 | 末山康丙 | 12 |
3 | 6 | テイエムベルレクス | 牡4 | 58.0 | 倭達龍司 | 1 |
4 | 7 | ガンコ | 牡5 | 58.0 | 藤丘雄輔 | 4 |
4 | 8 | ピンポン | 牡8 | 58.0 | 三谷咲霍人 | 17 |
5 | 9 | クリンチャー | 牡4 | 58.0 | 箕卜洸誠 | 5 |
5 | 10 | ソールインパクト | 牡6 | 58.0 | 冨久長悠逸 | 14 |
6 | 11 | サトノクロニクル | 牡4 | 58.0 | 河大夕雅 | 6 |
6 | 12 | シュヴァルグラン | 牡6 | 58.0 | H.ボーマント | 2 |
7 | 13 | レインボーライン | 牡5 | 58.0 | 巌立泰成 | 3 |
7 | 14 | トウシンモンステラ | 牡8 | 58.0 | 國文匡助 | 18 |
7 | 15 | アルバート | 牡7 | 58.0 | C.ローメル | 7 |
8 | 16 | トーセンバジル | 牡6 | 58.0 | M.デオドール | 9 |
8 | 17 | スマートレイアー | 牝8 | 58.0 | 志井寛史 | 13 |
8 | 18 | トミケンスラーヴァ | 牡8 | 58.0 | 明山慎一郎 | 16 |
4月29日、京都競馬場。
今日も今日とて競馬場は大盛況だ。古馬戦線ではテイエムベルレクス、クラシック戦線ではテイエムノアアークが盛り上げている。この兄弟が競馬界を席巻していることでJRAは物凄い売り上げを叩き出して景気は好調だった。
そして本日行われるメインレースの天皇賞(春)によって売り上げは更に上がり続けている。2週間前に行われた皐月賞でテイエムノアアークが結果を出していることもあって、本レースに出走するテイエムベルレクスの期待はまたしても高まり、上がり続ける評価に際限は見えない。
天皇賞(春)、それは旧八大競走の一角であり、日本競馬で施行されるGIレースの中で最長の3200mという長距離レースの名だ。
元々は『帝室御賞典』という名で、1938年から春と秋に開催されていた天皇賞の前身である。全国の公認競馬倶楽部で、1944年まで定期的に施行され、太平洋戦争終戦後、1947年に現在の『天皇賞』に名を変え、改めて施行されるようになった経緯を持つ。
天皇賞は国内古馬戦の最高峰の重賞競走と認知され続け、実際に春と秋問わず、一度天皇賞を勝利した馬は再出走が認められなかった勝ち抜け制度が取られていた。この制度の意味は天皇賞と優勝馬の威厳を保つためだったとされている。当時から少なからず批判は出ていたが、その制度が取られるほど競馬関係者にとって天皇賞は重要な競走だった。
最終的に1981年に勝ち抜け制が廃止されることになるが、現代でも天皇賞の格は未だ健在で、天皇楯と呼ばれる金御紋章付楯は今もなお、競馬界に携わる者達にとって最高の栄誉である。
《さぁ、今年もやってきました。我が国最長3200mで覇を競う長距離GI。歴史と伝統が重なり、数多の名勝負が演じられてきたこの淀の舞台、第157回春の天皇賞、18頭の優駿達による本馬場入場です》
実況の言葉を合図に、誘導馬達に引かれて18頭の馬達が続々とターフに姿を現す。そして本馬場入場を果たした馬から順にそれぞれ返し馬のために走り出す。十八の勝負服によって緑一色のターフが彩られ、各々ゲートへ向かう。
《本レースの注目はやはりと言うべきか、テイエムベルレクスです。前走の大阪杯で刻んだ無傷の11連勝、なんとあの昭和の女傑、クリフジに並ぶ大記録。そしてこのレースを勝利すれば、シンボリルドルフ、ディープインパクト、ウオッカ、ジェンティルドンナ、そして父のテイエムオペラオーに並ぶGI7勝に並び立ちます》
本レースの注目馬は、圧倒的な1番人気に支持されているのはテイエムベルレクスだ。前走の大阪杯では持ったままにも関わらず、2着のスワーヴリチャードに4馬身差の圧勝を披露。同期の有力馬含め、GI馬のシュヴァルグランとサトノダイヤモンドらを一蹴して見せた。
そんな圧勝劇を見せられたことを含め、ここ京都競馬場では昨年行われた菊花賞を不良馬場で8馬身差で圧勝するという桁違いな力の差を見せている。そして父は天皇賞(春)を2連覇したテイエムオペラオーであり、スタミナと粘り強さに定評のあるヨーロッパ血統。血統的不安はなく、距離不安もない。寧ろ長距離戦が本場の実力を真に発揮できる絶好の舞台である。
そのような幾つもの要素が積み重なった上に、グランドスラム達成に大きな期待が高まっているテイエムベルレクスの存在。そして長距離王者としても君臨していたキタサンブラックの引退によって混迷状態になった中長距離路線に、キタサンブラックを真正面から打ち破ったテイエムベルレクスが出走することを表明したことで、単勝オッズはまたしてもテイエムベルレクス1頭だけが1倍台を叩き出している。
《2番人気に、12番のシュヴァルグラン。昨年のジャパンカップで遂に待望のGI初勝利、偉大な馬の1頭の仲間入りを果たしました。鞍上はGI勝利に導いたオーストラリアの名手、ヒューストン・ボーマント》
次に支持されたのは12番のシュヴァルグラン。何度も重賞・GI戦線を賑わせた善戦ホースだったが、去年のジャパンカップで宿敵のキタサンブラックを破って悲願のGIタイトルを掴んだ。これによって半姉ヴィルシーナ、半妹ヴィブロスらと三きょうだいによるGI制覇を飾った。
《3番人気は阪神大賞典勝ち馬レインボーライン。苦渋と惜敗に涙を呑んだ12戦。それを乗り越えて掴んだ二つ目の重賞タイトル。そして次に目指すはGIの栄誉。GIまで繋げたこの道に死角はありません。鞍上は巌立泰成騎手》
3番人気に推された13番レインボーライン。2016年のアーリントンCを勝利してから苦戦が続いたが、前走の阪神大賞典で二つ目の重賞タイトルを手にし、この天皇賞(春)に乗り込んできたのだ。勝ち方も後方から一気に捲って先頭に立つとそのまま押し切るという完勝で非常に期待は持てる内容だった。
本レースで最も支持を集めたのはこの3頭。しかし1頭抜きん出ているのはテイエムベルレクスだけであり、事実上の一強状態と言える程の人気を集めていた。その証拠に1倍台はテイエムベルレクスのみで、単勝支持率は8割を優に上回っていた。
単勝支持率80%超えは単勝元返しを意味する。1963年の菊花賞で記録したメイズイの83.2%を塗り替えようとしている。単なる実力評価だけでなく、ライト層による「手元に残したい」という記念馬券やファンによる応援票が押し寄せた結果生み出された、狂熱の産物だった。
テイエムベルレクスはここまで無傷のまま11連勝。重賞9勝、そのうちGIを6勝という日本の競馬史でも滅多にお目に掛かれない戦績を築き上げている。そして4歳春の時点でGI6勝を上げた前例は他に無く、歴代最速と言っても過言ではない。
その評価はパドックでも決して揺るがない。厩務員に引かれて悠然と歩くその姿には前走の疲労を感じさせず、鍛えた馬体は更に磨き上げられている。
艶々と輝く栗毛の馬体、揺れ動く黄金の鬣は荘厳で神秘的な雰囲気を出し、パドックで見学していた観衆はその姿に見入り、ただ1頭だけ別の世界に居るような錯覚を抱かせていた。
ただ強いだけでなく、尾花栗毛という端麗なルックスもテイエムベルレクスが人気を集める要因の一つで、尾花栗毛の美貌に魅せられたファンが大多数存在した。
《では崗辺さん。今回のレースはどう予想されますか?》
《そうですね、やっぱり今回のレースはテイエムベルレクスにマークが集中することになると思います》
《何しろ未だ無敗の絶対王者ですからね》
《えぇ、もう本当に言葉通りの強さですからね。逃げるにしても、控えるにしても、テイエムベルレクスを中心にしてレースが動くと思います。勝つにはテイエムベルレクスが凄く大きな障害となっているんですが、逆にテイエムベルレクスだけをマークしていると足元を掬われかねないので、そこの駆け引きが、難しいところだと思います》
《ありがとうございます。安東さんも騎手時代に制した天皇賞(春)、今回のレースはどのように見ていますか?》
《まぁ、やっぱり3200mと凄く長いレースですので、道中でしっかりと折り合うことが大事ですね。前半はリラックスし、後半は気を引き締めて一気に追い上げるというのが、やっぱり必要だと思いますので、勝負所までどれだけ余力を残しておけるかが、勝敗を分けると思います》
天皇賞(春)は3200mの長距離レース。GIとしては最長だが、重賞と括りを広げれば、これよりも長いダイヤモンドステークス*1とステイヤーズステークス*2の二つがあるが、出走するメンバーのレベルは断然天皇賞の方が高い。
GIということもあるが、クラシックの一角である菊花賞よりも更に200m距離が伸びる。おまけに出走する馬は歴戦の古馬だけである。しかも恐るべきは穴馬による逃げ切り勝利が度々起きており、大波乱を生んだレースでもあるのだ。
菊花賞と同じく豊富なスタミナが必要となるのはもちろん、道中を無駄な力を消費せぬようにしっかりと折り合って我慢し、最後の直線で脚を伸ばすことが勝利の鍵となる。特に単勝支持率が80%を超えるテイエムベルレクスは他馬からのマークがキツくなり、それを往なせるかで勝敗が変わるだろう。
《やっぱり、道中でどれだけスタミナが温存できるかが重要となりますか?》
《本当にそうですね。上位の人気の馬はもうスタミナがあることはこれまでの成績から分かりますけど、ペースも重要となってきますからね。特にテイエムベルレクスには凄い人気が集中しているので、他の騎手からのマークがすごいと思いますよ。倭達騎手も、どれだけ落ち着いて乗れるかですよね》
《天皇賞、歴代最高の単勝支持率ですからね。ここまで人気が1頭に集中するのはやっぱり珍しいですか?》
《いや、本当に見たことないですね。特にこういう長距離のレースとなるといくらか票が分散するんですがね。実力だけでここまで人気を集めるのは難しいところがありますから。まぁ、それだけ絶対的な信頼と愛されているということなんでしょうね》
《はい、ありがとうございます。さぁ、ステイヤーとしての高い資質を求められる春の天皇賞。スタミナとペース配分が重要となる長距離戦の最高峰の戦い。天皇賞(春)、間も無く出走です》
今回のレースで当然ながら各陣営が最も警戒する存在はテイエムベルレクスただ1頭のみであろう。何せここまで無敗の上に、キタサンブラックという現役最強馬相手に一歩も引かず、真正面から勝利するという並の馬では絶対にできない競馬を見せたのだ。おまけに長距離適性はメンバーの中で最も高いときた。
誰もが王者を倒すことだけを考え、その一挙手一投足を決して逃さぬように神経を張り巡らせている。
《天皇賞(春)2連覇を父に持つ、ゼッケン番号6番のテイエムベルレクス。GI7勝、父の栄光を目指し、果たしてこの天皇賞にどう挑むのか。さぁ、スターターが台に上がりました。天皇賞のファンファーレです!》
スターターが上がり、旗が振られる。それを合図に音楽隊によって演奏が始まり、観衆達の手拍子に彩られてターフに降り注ぐと同時に、その音は競馬場全体を震わせ、春の青空へと力強く響き渡った。
熱気は最高潮。
18頭の優駿達がゲート前へと歩みを進め、静かにまた1頭、また1頭とゲートに入ってスタートの時を待つ。
第157回目を迎える天皇賞、その時がいよいよ始まろうとしていた。
厩務員に引かれ、地下馬道を歩く倭達は、テイエムベルレクスの背の上でこれまでの日々を思い巡らせていた。
(ランと会ってもう3年……ここまで早かったな)
テイエムベルレクスと出会った2016年。
年甲斐になくはしゃぎ、胸を躍らせ、そのまま惚れ込んでしまったテイエムオペラオーの子。そして共に掴んだ15年ぶりのGIタイトル。
クラシック三冠を達成し、最強と交えた2017年。
親子制覇が懸かっていた皐月賞の制覇、念願であった日本ダービーを勝利し、無敗での三冠を達成した菊花賞。そして世代の代表馬として挑んだ有馬記念はキタサンブラックを真っ向から打ち破って無敗での3歳四冠という史上初の快挙を達成した。
そして2018年。
父テイエムオペラオーに肩を並べる偉業──グランドスラム制覇という大目標を掲げた。初戦の大阪杯は無事に勝利し、今は次戦の天皇賞(春)に出走している。
(本当に、自分みたいな騎手が三冠ジョッキーになるなんてな……)
思わず倭達は苦笑する。
お世辞にも、自分の騎乗技術は上手とは言えない。昔と比べたら幾分かマシになったが、それでも最前線を駆け続ける騎手と比べたら月と鼈、雲泥の差がある。三冠制覇どころか、ダービー制覇も夢のまた夢と思っていた。
そんな自分がダービージョッキーだけでなく、三冠ジョッキーにもなれた。上澄みの上澄み、選ばれた騎手にしかできない栄誉を頂いたのだ。
そう、そんな自分だからこそ、今の栄誉は自分一人の力で勝ち取ったものではない。
全てはテイエムベルレクスが居たからこそだ。そしてこの馬を手掛けてくれた調教師と自分を主戦騎手に添えてくれたオーナーのおかげである。
倭達はテイエムベルレクスの首筋に手を添える。
しっかりと張った筋肉から伝わる体温を感じ取り、今日も絶好調だと思い抱く。
「今日もよろしくな、ラン」
そう小さく呟くと、テイエムベルレクスは倭達の声に応えるように耳をぴくりと動かし、一度だけ軽く鼻を鳴らした。
その様子に倭達は笑みを浮かべる。
これだけで十分だ。
テイエムベルレクスは賢い馬だ。過度に言葉をかける必要などなく、こちらの考えを読み取ってくる。
幾度となく勝利を重ね、重圧も、期待も、喜びも、その全てを分かち合ってきた。
伊達に3年間一緒に走り続けてきたわけではない。互いに何を考え、何を望んでいるのか、手に取るように分かる。
地下馬道の先から、眩い光が差し込んでくる。その光の先には10万人を優に超える大観衆が待っている。歓声が次第に大きくなり、京都競馬場がどれだけ熱狂しているのかが、地下馬道からでも窺えた。
そして地下馬道を抜ければ太陽の日差しが視界いっぱいに広がり、スタンドの大観衆による歓声が轟音となって押し寄せてきた。
四方八方から飛び交う大歓声に迎えられ、テイエムベルレクスは堂々と本馬場へ入場する。スタンドを埋め尽くすファンの視線はただ1頭の尾花栗毛へと注がれて固定されている。
そして1頭ずつターフに足を踏み入れた馬から順に返し馬のために走り出す。5番のヤマカツライデンが走り出し、自分達の番が回ってくる。倭達は手綱を譲り、テイエムベルレクスは待っていたかのように滑らかに駆け出した。
本番前の軽いキャンター。背に跨る倭達は揺れ動くリズムを感じながら、テイエムベルレクスの調子を推し量る。
首は柔らかく伸び、大きく踏み込んで前に飛び出す。
一歩ごとに地面をしっかりと捉えてパワーを地面に伝える。無駄な力みは一切無い。
その大きなストライドを繰り出す動きは軽快でありながら力強い。
(良い感じ……最高だ)
今日も調子は絶好調であることが、背中に乗っているだけで伝わってくる。
筋肉の張りは良い、リズムも良い、脚運びも良い、そして呼吸は整っている。不安材料は見付からない。何処から見てもパーフェクトだ。
倭達は思わず口元を緩めた。
(調子は上向いている。調整は完璧だ)
大阪杯を勝った時よりも状態は上向いている。きっとこの天皇賞(春)では凄まじいパフォーマンスを見せてくれるだろう。
そして走り始めてほんの数十秒。コーナーを越えて、向こう正面のスタート地点前まで来れば、テイエムベルレクスは自然とスピードを落とし、脚を緩めて完全に停止する。
既に何頭の馬はゲート前で待機して周回している。
(うん、これなら大丈夫だ)
「良いね、流石だよ、ラン」
笑顔を浮かべながら頭を撫でる。それに対してテイエムベルレクスも鼻を鳴らして答え、小さく首を上下させた。
そうして倭達が愛馬の気配を確かめていると視界の先ではすでに発走地点の準備が整い、係員達による張り詰めた声が現場に響いていた。
京都で行われる、最強のステイヤーを決める3200mの大舞台。
先入れの奇数馬番から順々に、18頭の優駿が長大な鉄のゲートへと収まっていく。
「ハイーッ、入れー!」
「はい、6番テイエムベルレクス入ります!」
係員に引かれ、ゆっくりとテイエムベルレクスは鉄扉の開いた6番のゲート内に誘導される。特に暴れる様子を見せることなく、静かにゲート内に入る。
気負う素振りを見せず、しなやかな脚取りでスッと収まると、ガチャリと後ろの鉄扉が閉じられる。
「6番オッケー!」
「6番了解!次、10番と16番入りまーす!」
空いた枠にも続々と馬が入り、準備が着実に進む。倭達もゴーグルの位置を直し、手綱を握り直しして準備を整える。
「ラスト18番入りまーす!」
最後に残っていた大外枠の18番、トミケンスラーヴァがゲートへ収まり、ガチャリと重い音を立てて閉まる音が耳に届き、準備が完了したことが伝わってくる。
係員が一斉に左右に
共に前方に視線を向け、誰も居ない、緑のターフを見据える。
「よし、行こうか、ラン」
準備は整った。
不安も無い。
後はゲートが開く、その一瞬の時をただ待つのみである。
ゲート前に集まった18頭の優駿達。特に入れ込む様子を見せず、枠入りは順調に進んでいる。
奇数番の馬から順にゲートへ入場し、13番のレインボーラインが今、ゲートに入る。
《そして阪神大賞典勝利。キタサンブラックに敗れ続けてきたレインボーライン。もう負ける気はないと、そう言わんばかりの凛とした姿。巌立泰成を背に迎え、GI戴冠、春の盾獲得を目指して》
奇数番最後の17番、芦毛の牝馬スマートレイアーがゲートへ収まり、次に偶数番の馬が順にゲートへ入り始める。
大喝采に迎えられながら、無敗の三冠馬、6番テイエムベルレクスがゲート内に静かに収まる。
《さぁ、単勝支持率はメイズイを上回りました。圧倒的人気を背負った6番のテイエムベルレクス。長距離こそ、この馬の真骨頂。父オペラオーを超える更なる栄光。グランドスラムを目指す者として、この春の盾は落とせません》
次に2番人気、二度目のGI勝利を狙うシュヴァルグランがレインボーラインの隣の12番の枠に収まる。鞍上にはオーストラリアの名手、ヒューストン・ボーマントを迎えた彼に死角は無い。
《前走の大阪杯で本来の走りを見せられませんでした。しかし、その能力に疑いを持つ者はいません。ジャパンカップの鮮烈な勝利から早5ヶ月、二度目の勝利の美酒を目指すため、今、ゲートに収まりました》
最後に18番のトミケンスラーヴァがゲートに収まり、出走の準備は整った。場内は一瞬で静まり返り、係員が左右に分かれる。
《態勢完了。係員が離れます。さぁ、2年の不振を脱したレインボーラインがGIへの橋を掛け渡すのか!キタサンブラックと覇を競い続けたシュヴァルグランがライバルの意地を見せるのか!それともやはりこの馬か!傷無き七つ目の栄冠を目指して、テイエムベルレクスが圧倒的な力で捩じ伏せて見せるのか!》
グランドスラムを目指す絶対王者のテイエムベルレクスが春の盾を掴むのか。または、キタサンブラックに一矢報いた偉大な馬、シュヴァルグランが二度目の栄光を手にするのか。はたまた、GIの壁に跳ね除けられ続けたレインボーラインが遂にGIの栄冠を戴くのか。
緊張感が高まり、スタンドは静寂に包まれ、スタートの時を刻一刻と待ち侘びている。
そしてその瞬間は──遂に訪れた。
《長距離界に吹き込む新たな息吹、栄光の盾、まだ見ぬ春の盾。第157回天皇賞(春)!スタートしました!スタート揃った綺麗な、見事なスタートです!》
ゲートが一斉に開き、金属音を響かせてレースがスタートする。レースのスタートと同時にスタンドからも大歓声が沸き起こり、大観衆からの歓声をその背に受けながら、各馬一斉に飛び出す。
《さぁ、ヤマカツライデン、きってよく逃げていくのか。先頭は譲らないぞとテイエムベルレクスに先頭1馬身のリード、早くもとった》
ゲートが開くと同時に飛び出したのはやはりスタート巧者のテイエムベルレクス。しかしそれに負けず劣らず飛び出したのが横に並ぶ5番のヤマカツライデン。
前走はテイエムベルレクスからハナを奪えず、思い通りの競馬をできなかったために、惨敗してしまったが、今回は譲らないぞと少し無理をして先頭に立った。ハナを切ると、テイエムベルレクスから早くも1馬身のリードをとって逃げの姿勢に入る。
テイエムベルレクスは無理に追おうとはせず、そのまま2番手の位置をキープして控える。好位置から逃げるヤマカツライデンを見る王道の競馬をとった。
《同じ赤い帽子のテイエムベルレクスは2番手から。ガンコどうする?3番手に付いたガンコ。外からトミケンスラーヴァも一気に押し寄せていった。押し寄せていきました》
逃げるヤマカツライデンに追走する、隣並んだテイエムベルレクスとガンコの2頭。しかしその外から大外18番のトミケンスラーヴァが鞍上の明山慎一郎に手綱を押されて外から一気に詰め寄って、先頭集団に取り付く。そしてそのまま先頭のヤマカツライデンに並び立とうとする。
テイエムベルレクスはそれを放置して前へ行かせて2番手を譲って3番手に控える。ガンコも無理には行かず、少し控える形でテイエムベルレクスよりも少し後方に下がる。
《2番手譲って3番手にテイエムベルレクス、倭達龍司はじっくり構えています。そして4番手にはガンコ、チラッと内を見た藤丘雄輔。その外からはシュヴァルグランも前に行った。シュヴァルグラン4番手。内からカレンミロティックが4番手から5番手に続いている》
出脚の良かったシュヴァルグランも外から押し寄せ、4番手に付く。間にガンコを挟んでテイエムベルレクスをマークし、じわりじわりと外から圧をかけていく。それを嫌ったガンコは5番手に迷わず後退。4番手を譲り、シュヴァルグランに騎乗するヒューストン・ボーマントはギリギリを攻めてテイエムベルレクスに馬体を合わせにいく。そしてその内にはカレンミロティックが好位置に付き、絶妙な位置調整でテイエムベルレクスが最内へ行くのを防ぐ。
《芦毛の馬体がソールインパクト、それからミッキーロケット。横にクリンチャーです。中団のポジションに続きました。それからチェスナットコート。2馬身離れました。その後ろトーセンバジルが居て、3頭この辺りに固まっている。外からアルバート、真ん中にサトノクロニクル、内からはピンポンが続いています》
カレンミロティックのすぐ後ろには冨久長悠逸騎乗のソールインパクトが続き、1馬身離れてミッキーロケットが前を追う。そして外の方、隣にはクリンチャーが付いている。そしてクリンチャーから2馬身離れて2番のチェスナットコートが追走し、また2馬身離れた後方に16番のトーセンバジルが続いている。そのすぐ後ろには、内から横一列に並んだピンポン、サトノクロニクル、アルバートが続く。しかし内の8番ピンポンは少し後退気味だ。
《バラバラの展開になりました。レインボーラインは後方から4番手、それからシホウです。その後ろトウシンモンステラ。殿追走、紅一点のスマートレイアーの展開で、完全に縦長になりました》
3番人気のレインボーラインは阪神大賞典で見せたように後方待機で脚を溜める。それにシホウとトウシンモンステラの2頭が続き、殿を務めるのは春の天皇賞に出走した唯一の牝馬。芦毛の女傑、紅一点のスマートレイアーだ。
レースは縦長の展開となり、隊列は最初の上り坂を駆け上がって最初に迎えるコーナーをカーブする。コーナーを回って淀の坂を淡々したペースを刻みながら通過すると、坂を下って第4コーナーを目指す。
《さぁ4コーナー、まず1周目の正面スタンド前に入ってきましたが、先頭ですがヤマカツライデンですが、リードは1馬身。それほど無茶な、大逃げという形ではありませんでした。まもなく前半を迎える1000mは1分0秒1と平均ペース。それほどペースは早くはありません。去年よりペースを落としているヤマカツライデンです》
隊列は第4コーナーをカーブし、正面スタンド前の直線に向く。スタンドから沸き起こった大喝采に出迎えられ、その声援を背で受け止め、18頭の優駿が京都の直線を走ってくる。
1000mを通過し、そのタイムはほぼ60秒ジャスト。前年に同レースでハイペースの逃げ打ち、世界レコードの前に敗走したヤマカツライデンは今年は平均までペースを落とし、通常の逃げを打つ。
出脚で遅れを取ってしまったため、少しばかり無理をしてハナを奪ったヤマカツライデン。そして外からトミケンスラーヴァが押し寄せてきたせいで少しばかり掛かり気味であった。何とか上手く抑えてペースを落としたが、それでも想定していたよりも少しばかり早い。
今はテイエムベルレクスを全ての馬がマークしていると言っても過言ではないのでちょっかいを掛けられることはないが、何処かのタイミングでヤマカツライデンにゴーサインを出さなければ忽ち暴走を始めてしまうだろう。いつまでも抑えておくのは不可能だと判断した末山康丙は追い出すタイミングを計り始めた。
《先頭は1馬身のリードをとったヤマカツライデン。外の方に2番手、18番のトミケンスラーヴァ。テイエムベルレクスは好位グループ3番手から追走。その後ろにピタッと4番手、世界のヒューストン・ボーマント、シュヴァルグランが続いている。内に付いたガンコは5番手。そして後方に13番のレインボーラインは中団より後ろの展開になって、サトノクロニクルと並んでいる》
先頭は変わらずヤマカツライデンが逃げる形。1馬身離れてトミケンスラーヴァが続き、逃げ馬を見てテイエムベルレクスは3番手でじっくりと待機している。それをピッタリとマークするシュヴァルグラン。その2頭の内側で控えているのは7番のガンコ。その真後ろにカレンミロティック、ソウルインパクト、ミッキーロケット、クリンチャーと続く。少し離れてチェスナットコート、その内側後方にトーセンバジル。そして13番のレインボーラインは後方から5番手の位置からレースを進め、サトノクロニクル、アルバート、ピンポン、シホウ、トウシンモンステラ、スマートレイアーの6頭が前を追う。
《さぁ1コーナーに入ってきました。静寂の1コーナー、大歓声の後、ここで一息、二息とついていきたいところ。テイエムベルレクスとシュヴァルグランの両雄は好位グループ。一方のレインボーラインは後方からの展開になって、縦長、バラバラという、ご覧のように18頭が縦一列になった》
ヤマカツライデンを先頭に、第1コーナーをカーブして第2コーナーに各馬が向かう。
先頭のヤマカツライデンから最後尾のスマートレイアーまで大きな差が付く、非常に縦長の展開となって始まった第157回天皇賞。
春の盾を目指し、各々が威信を懸けて挑む京都の大舞台。持久力と瞬発力の双方を高く求められるこの長距離戦で彼らはテイエムベルレクスの真価を知ることになる。
「……No way.(冗談だろ)」
シュヴァルグランの騎乗のため、再び来日していたヒューストンは貸し出されていた宿舎の部屋で、前走の大阪杯の映像を見ていた。
事前に許可を得た上で持ち込んだポータブルDVDプレイヤー。その小さな画面にはこれまで記録されたテイエムベルレクスの映像が映し出されていた。
既に何度も同じ映像を見直しており、特に菊花賞と有馬記念、大阪杯の映像は何度も巻き戻して見直していた。
「It's just like Lammtarra or the Secretariat.(まるでラムタラやセクレタリアトのようだ)」
それがテイエムベルレクスのレースを見たヒューストン・ボーマントの感想だった。
他馬を圧倒する優れた肉体的ポテンシャルと飛び抜けたレースセンスでレース全体を支配する。前でも後ろでも、どの位置からでもレースを展開できる自在性を持ち、逃げから追い込みまで幅広くこなせる万能な脚質。そしてそんな無茶を通せ、疲労回復も早い頑健な馬体。
何処を取って見ても、文句の付けようがなく、競走馬としてはこれ以上ないほど完成されている。
弱点と言える程の欠点は存在せず、仮にあってもその高い適応力ですぐにその弱点を克服してしまうだろう。その証拠に菊花賞の彼もフォームを観察していると、道中でフォームが変化しているのが分かる。最初と最後で動きの軽快さが全く違うのだ。
「To think its running form would shift mid-race…… Can a horse like this truly exist?(まさか、レース中にフォームが変化するとは……本当にこんなことができる馬が居るものなのか?)」
世界でもトップクラスの騎乗技術を持つ彼でもそんな言葉を思わず言ってしまう。それだけテイエムベルレクスという馬は常識外れだった。
「If he and Winx ran together, which one would be stronger?(彼とウィンクスが一緒に走ったとしたら、どちらが強いだろうか?)」
オーストラリアで乗るウィンクスと戦ったらどちらが強いのだろうか。サンシャインコーストギニーから実に17連勝中、前年のシーズンでもオーストラリアの年度代表馬に選ばれた今間違いなくオーストラリアの現役最強馬だと胸を張って言える。そんな単純な興味を引き出されてしまうほど、テイエムベルレクスという馬は魅力に溢れていた。
騎手ならば一度は乗ってみたいと思う名馬の1頭だろう。戦ってみたいかと聞かれれば、首を横に振りたくなるが。
「He's become much stronger than he was around the time of the Arima Kinen. Above all, its impressive build is truly astonishing. I never imagined I'd end up fighting a horse like this……(有馬記念の時よりもずっと強くなっている。とりわけ、その体格の良さは驚くべきものだ。まさか、こんな馬と戦うことになるとは……)」
有馬記念で見た時よりも馬体が成長している。そして騎乗することになる天皇賞(春)は3200m。言うまでもなく長距離レースである。
文字通り頭が痛くなる話だ。
長距離という条件こそが、テイエムベルレクスが最も本領を発揮できる舞台と言うではないか。長距離は完全に相手の土俵なのだ。
無限のスタミナを持ち、位置取りも自由。自分で走り方を変えられる高い適応力。
考えれば考える程、長距離戦に適した能力を持っている。これ程ステイヤーとしての才能に溢れる馬はオーストラリアではお目にかかれない。
「……This is going to be a nightmare.(……これは悪夢になりそうだ)」
そう呟きながら、ヒューストンは小さく息を吐いた。
そんな先日の出来事を思い出しながら、前方を走る尾花栗毛の馬を、ヒューストン・ボーマントは食い入るように見詰めていた。
長い直線と長大な距離を持つ春の天皇賞。オーストラリアにおけるメルボルンカップに該当するこの長距離レース。
天皇賞(春)が目下行われている京都の舞台、そのレースの中で彼は今まさにテイエムベルレクスと対峙していた。
(良いポジションに付くことができた。このポジションを維持できれば上手くマークできる)*3
現在の位置はテイエムベルレクスのやや後方でであり、その真横。近過ぎず、かつ離れ過ぎないという絶妙な距離間を保っている。
そしてこう至近距離で背後から眺めてみれば、改めてその馬体の大きさが分かる。シュヴァルグランよりも一回り大きいだろうか?だが、その馬体の大きさに反して全体的に細く感じる。細くはあるが、付くべきところにしっかりと筋肉が付いており、全てが無駄なく連動して動いている。
(これ程体格が良いと言うのに、まるで重さを感じない。この体の大きさでこの身軽さ……末恐ろしいな。これでまだ成長しきっていないと言うのか……)
信じられない、そんな気持ちがヒューストンの中で渦巻いている。
映像で見るよりも、有馬記念の時よりも、その存在感は際立っている。実際にこうして見ると、嫌でもそれを実感する。そして最も恐ろしいと感じるのは、走ることにまるで力を使っていないように見えることだった。
(まだ全然余裕か……多対一という状態と言っても過言ではないと言うのに)
現在1周目のコーナーを回ってスタンド前の直線から第1コーナー付近。
大外から先頭集団に食い込んだ18番のトミケンスラーヴァの存在もあって、テイエムベルレクスの包囲網が不完全ながら完成しつつあった。
しかしそんなことを歯牙にもかけていないのか、自分のペースに徹してレースを進めており、掛かっている様子も見られない。騎手も非常に落ち着いている。
(今までのレースから分かるが、この馬は競り合いに強い。特にあの有馬記念は、タフネスと彼の精神的強さがあったからこそ成立したレースだ)
ヒューストンはそう分析する。そして今、その強さを目の当たりにしている。
レースはまだまだ序盤。勝負所はまだ先であるが、目の前の馬に勝つビジョンが明確に見えなかった。
周りから掛けられている圧力は生易しいモノではない。しかし、そんな中であってもテイエムベルレクスはまるで何事もないかのように走っている。
「Honestly, I hate it here……(まったく、嫌になるな……)」
自嘲気味に、ヒューストンは苦笑しながらそう溢した。
展開としてはヤマカツライデンが逃げ、テイエムベルレクスは離れた3番手。そして自分達は4番手から5番手の真横の位置をキープできている。
恐らくは理想的な形と言えるだろう。この形を維持できれば、終盤まで脚を温存し、テイエムベルレクスの動きに合わせることができる。
しかし、ヒューストンの中ではある懸念があった。
(果たして……この馬は本当に、このまま終盤まで大人しくしているのか?)
ヒューストンの中にこれまで見てきたレース映像が再生されるように、鮮明に蘇り、それが物凄いスピードで脳裏を過ぎった。
朝日杯フューチュリティステークスは隣並ぶ馬を圧力で捩じ伏せ、レースレコードで勝利。
皐月賞はハイペースの展開を物ともせず、ロングスパートで押し切ってこちらもレースレコードで勝利。
ダービーはスローペースの中を王道の先行策で後続に2馬身差を付けて完勝。
菊花賞は不良馬場の上に脚を取られて出遅れるというハプニングを跳ね除け、8馬身差の圧勝。
有馬記念はキタサンブラックと最初から最後まで競り合い、最後にギリギリ競り勝って勝利。
そして前走の大阪杯は楽な手応えで先頭に立ち、ノーステッキで逃げ切る完勝。
テイエムベルレクスの基本戦法は好位置に付いて先行し、タイミングを見計らって逃げ馬を差し切ってそのまま押し切るという王道のレーススタイルを最も得意としている。
しかしそれはあくまでも戦法の一つに過ぎず、逃げも追い込みもできる万能性が特徴だ。
どんなペース、どんな展開になっても相手の動きに合わせて自分の動きを変えて勝利を掴んでくる。まるでレースそのものを見ながら、自分で勝ち方を選んでいるような馬なのだ。高い適応力があるからこそできる芸当だろう。
だからこそ不安が拭えない。
だからこそヒューストンはテイエムベルレクスから目が離せない。
積極的に動くが、そのレーススタイルは展開任せの受動型。
それ故に動きが予測できない側面があるのだ。
この馬が何時動くのか。
それだけが、ただそれだけが、ヒューストンにとって最大の気掛かりだった。
前年通りヤマカツライデンが逃げを打ち、それを後続の馬達が狙っている。しかしほとんどの馬はテイエムベルレクスの動きに注意しており、いつでも仕掛けられるように準備している。
テイエムベルレクスは前方をトミケンスラーヴァ、シュヴァルグランが位置を上げて外側を塞ぐ。ガンコは様子見に徹し、テイエムベルレクスの後ろに控える形で追走する。そしてその隣にはカレンミロティックが並んで追走している。意図せずして後方をブロックする形になり、ペースを落として馬群から抜け出すことはできなくなる。
スタートと出脚の良いテイエムベルレクスを捉えるのは難しく、長距離ということもあり、体力を残すために完全に包囲することはできなかった。それ故に随分と歪な形の包囲網が完成した。そして包囲網と言うには穴だらけで、しかしどんな形と言えど包囲網であることに変わりはない。
内埒沿いに押し寄せられる展開となったテイエムベルレクス。第1コーナーから第2コーナーの中間地点で、鞍上の倭達龍司は周囲を確認すると、無理して馬群から抜け出す必要はないと判断し、テイエムベルレクスを更に内側へ寄せる。それを見てトミケンスラーヴァも抜け出させないようにしようと、テイエムベルレクスの前方に上手く内に寄ることでブロックする。
《胸騒ぎのする2コーナーに入っていきました。テイエムベルレクスの前にはトミケンスラーヴァ、外にはシュヴァルグラン6歳馬、後ろにはシホウとカレンミロティックがマークして包囲しています。これは苦しい展開か。そして先頭のヤマカツライデンは、この辺りでペースを上げて後続を大きく引き離している!》
場内にどよめきが響く。
早くもヤマカツライデンは動き始めた。
第2コーナーを超えて向こう正面に入ると、そこから加速して一気に突き放す。既にコーナーの中間辺りから加速を始めていたヤマカツライデン。
後続がテイエムベルレクスに注意を払っているのを好機と見て、抜群の手応えで向こう正面に向けば、楽々と5馬身以上の差を付けると、まだまだ加速してそのまま逃げ切ろうと独走に入る。
《去年の皐月賞の雪辱を晴らそうと言ったところか、末山康丙!先頭ヤマカツライデンは一気に7馬身以上の差を付けたのでしょうか!後続馬を突き放しにかかります!》
どんどんと差を広げて逃げていくヤマカツライデン。10馬身近くの差を付けて逃げている。
序盤で上手く抑え、タイミング良く発散させたことで、この大逃げを成立させた。そしてそれにはテイエムベルレクスをマークし続けていた後続馬が放置していたのも一役買っている。
それを見たテイエムベルレクスは自分の位置を押し上げる。トミケンスラーヴァとシュヴァルグランの僅かな隙間を縫い入るように這い出て2番手に付く。それに合わせてすかさずシュヴァルグランも上がって前に出る。
《さぁ、2番手トミケンスラーヴァ、いや、ここで2番手に上がったテイエムベルレクスが続く。それを追って、その横にピタッとシュヴァルグランも続いている。5番手にガンコ、藤丘雄輔悲願叶うか。その後ろ4番のカレンミロティック》
12のハロン棒を通過し、残りが1200mとなった所で二度目の坂に差し掛かる。
高低差4.3mある上り坂を先頭のヤマカツライデンはペースを緩めずに駆け上がる。あまりにも自殺行為が過ぎるがここでペースを落としてしまえば、後続集団にあっという間に捕まってしまう上に二度と加速できなくなってしまうことだろう。
ペースを緩めない方がいいだろうと判断した末山康丙はそのままペースを緩めることなく淀の坂を上っていく。
《ペースは緩めません。淀の坂を物ともせずに、ヤマカツライデンは逃げています》
「絶対に逃げ切る」という、そんな気迫を纏いながら、淀の坂を駆け上がっていくヤマカツライデンと末山康丙。ヤマカツライデンは前年の天皇賞(春)の無念を、末山康丙は皐月賞での屈辱を晴らそうとしていた。それぞれ思いは違えど、「このレースに勝つ」という気持ちは変わらない。
そしてこの動きを見た後続は前で1頭、後ろで2頭、計3頭の馬が同時に動いた。
直線で差し切るのは難しいと騎手は判断したのか、後方待機を決め込んでいたクリンチャーとサトノクロニクルの2頭は大体向こう正面の中間地点、ちょうど12のハロン棒を通過した辺りから、早くも進出を開始した。
外から押し上げて前まで一気に追い上げると、先頭集団に取り付いて一気に4、5番手に浮上した。
《あっと、ここで行った!行った!クリンチャー行った!クリンチャー、サトノクロニクル!後ろから動きました、箕卜洸誠と河大夕雅!一気に押し寄せて一気に上がっていこうとしています!》
この動きに場内はざわめいたが、ある馬の動きに場内はそれ以上のざわめきがどよめいた。スタンドの観衆が食い入るように見詰めるターフビジョンには、物凄い加速をして遥か先に居るヤマカツライデンを捉えにいく、黄金の鬣を揺らす1頭の尾花栗毛の馬、そう──テイエムベルレクスの姿があった。
《前のテイエムベルレクスも動いていった!上がっていきましたテイエムベルレクス!河田と箕卜に続いて倭達も行った!一気に加速して前の、ヤマカツライデンを捉えんとしています!》
前から2番手の位置に付いていたテイエムベルレクス。本レース1番人気の本馬も、12のハロン棒を通過すると同時に加速を始め、凄まじい気迫を纏ってヤマカツライデンを猛追している。
《中団グループごった返してきました!完全にヤマカツライデンが逃げていますが、テイエムベルレクスが猛追しています!あっと、それを追ってシュヴァルグランも行きました!この辺り中団、内々ミッキーロケット、そしてカレンミロティックも押している!》
テイエムベルレクスが前に動き始めたのに合わせ、マークしていたシュヴァルグランも同時に動いて上がっていく。そして中団、内を通ってミッキーロケットとカレンミロティックの2頭も前に上がってくる。
《さぁ、前に釣られたのでしょうか!ここで9番の、9番のソールインパクトも上がっていきました!外からはチェスナットコートも押し寄せていく!》
カレンミロティックの後ろに控えていたソールインパクトも前の馬達の動きに釣られてしまったのか、自らも前に行こうとする。冨久長悠逸が抑えようと慌てて手綱を引くが、その制止を無視して構わず上がって行ってしまう。
ソールインパクト以外にもアルバートやチェストナットコートなどの後方待機していた馬も上がっていた。クリンチャー、サトノクロニクルが動いたことが起爆剤となり、後方集団にも非常に甚大な影響を与えていた。
テイエムベルレクス、クリンチャーとサトノクロニクルの3頭が前と後ろで同時に仕掛けたことによって、レースが一気に動いた。それによって隊列は中団以降に控えていた馬達が前に殺到してしまう状態になった。
ヤマカツライデンを残し、平均ペースでレースを進めていた隊列は一気にペースが上がったが、京都の急坂に差し掛かる時点でペースを緩めた馬も居た。前と後ろのグループで明確なペースの差が生まれ、外から一気に上がっていくクリンチャーとサトノクロニクルの2頭に触発される形となって後方集団も動き始めてしまった。
先行グループから中団以降のグループがごった返し、2000mを超えた辺りでまさかの熾烈なポジション争いが展開される事態になった。後方から上がって来た馬に先行集団は飲み込まれ、テイエムベルレクスとシュヴァルグランの居たポジションは巨大な馬群が形成される、地獄絵図になっていた。
抜け出たテイエムベルレクスとシュヴァルグランの2頭、そしてクリンチャー、サトノクロニクルの動きに釣られなかったレインボーラインらは後方でじっくりと脚を溜め続けている。
揉まれ続ける馬群から早々に逃れ、地獄絵図と化す後方集団を尻目に、視界の先に居るヤマカツライデンだけを捉え、淀の坂を物ともせずにぐんぐんと脚を伸ばして駆け上がる。それを逃さぬようにシュヴァルグランも続く。
ヤマカツライデンとの10馬身近くあった差が、坂を上り切る頃には見る見るうちに縮まり、その差は3馬身から4馬身程度までになっている。
《さぁ、後方グループご覧のようになっていますが、2番手のテイエムベルレクスとヤマカツライデンとの差は、4馬身と詰まってきました!ここで3コーナー坂の下りにかかってくる!》
先んじて坂の頂上に到達し、早々と第3コーナーを回って最終コーナーを目指すヤマカツライデン。しかしテイエムベルレクスも脚を緩めることなく追い続けてその差を縮めていく。
逃げるヤマカツライデンは道中で一気にペースを上げた反動が来たのか、その脚は鈍くなっているが、騎手が鞭を振るって活を入れる。限界まで粘って逃げ切りを図る。
そうはさせまいと、テイエムベルレクスも脚の回転を早め、更に脚を伸ばす。そして坂の頂上に到達し、坂の下りに差し掛かる時、彼はなんと驚きの行動に出る。
《坂の頂上、3コーナーカーブを通過して、テイエムベルレクスはペースを、落とさない!落とさずにそのまま行った!三冠馬テイエムベルレクスは更に加速していく!さぁ、先頭のヤマカツライデンを捉えた!射程圏に入れた!倭達龍司は射程圏に入れた!》
京都の坂、高低差4.3mの淀の坂の頂上から、更に加速して下るテイエムベルレクスの行動に、場内は再びざわめきが起こった。しかしこのざわめきはどちらかと言えば悲鳴に近い。
テイエムベルレクスはセオリーを破り、上り坂で一気に加速し、下り坂で加速するというタブーを犯したのだ。
これには流石に実況も驚きの声を上げ、間近で彼の走りを見ていたシュヴァルグランに騎乗するヒューストン・ボーマントは「No way!(嘘だろ!)」と声を上げた。
坂の下りでテイエムベルレクスは脚を緩めるどころかどんどんと加速してヤマカツライデンを猛追する。ガス欠状態となって執念で体を動かすヤマカツライデンと比べればそのスピードの差は歴然だ。
4馬身から3馬身、3馬身から2馬身とどんどんとその差を縮め、残り800mを示す標識を通過してもう間も無く、猛然と追撃してきたテイエムベルレクスが手綱を持ったまま並ぶ間もなくヤマカツライデンを捉えると、あっさりと交わして下り坂で先頭に躍り出た。
それを見たシュヴァルグランも負けじと食い下がり、ヒューストンも手綱を動かす。しかし、坂の上りと下りで常識外れの加速を続けるテイエムベルレクスの影を踏むまでには至らない。そしてこのハイペースに耐えかねたか、第4コーナーを回る手前でシュヴァルグランの脚色が徐々に鈍り始める。
600の標識を通過した時、テイエムベルレクスはただ1頭だけ独走態勢に入っていた。先程まで先頭を走っていたヤマカツライデンを置き去りにし、マークしていたシュヴァルグランからの追跡を逃れている。そしてここで更なるダメ押しに、スパートを掛けて後続を一気に突き放しにかかる。
《ここでテイエムベルレクスがヤマカツライデンを捉えて先頭に立った!それにシュヴァルグランも続いているがこれは苦しい!後続では内でガンコが粘っている!それからその後ろトーセンバジル、チェスナットコート、海老名が外に出している!後続は大きく膨らんでおります!》
遥か後方では捲り上がったクリンチャーとサトノクロニクル、釣られて仕掛けてしまった馬達がコーナーの遠心力で外に膨らみ、大混戦になっていた馬群を交わすためにレインボーラインら追い込み馬は余計に外を回る必要が生じた。馬群によって壁が作られたこの状況で、下手に突っ込もうものならば忽ちに外に弾き出されてしまうだろう。
後続集団がそんな状況であることなど露にも知らず、テイエムベルレクスはただ1頭だけ第4コーナーを回って最後の直線へ向く。
シュヴァルグランは何とか食らい付いて中間地点から第4コーナーを回る。最後の直線まで何とか粘るが、前とのテイエムベルレクスとは既に大きな差が開いていた。
後続が迫って来ていることを脚音から把握していたヒューストンはせめて2着には入ろうと手綱を動かす。
内と外で入り乱れる後続集団は道中で余分な体力を使ったためか、散開し始めていた。横一線に広がり、騎手は斜行しないように真っ直ぐ走らせることで必死だった。そしてずっと後方で待機していレインボーラインは騎手の手綱捌きに導かれ、馬群を縫って追い込みを仕掛けていた。
ハイペースな展開となった中でも釣られずに後方待機を決め込めたが故に他馬よりも体力を残して脚を溜めることができていた。しかしこうも馬群が固まってしまっていては、外を回らずを得なかったが、直線に向いてある程度バラけたことで思い切って馬群の中を突っ切ることを選択した。
《さぁ、テイエムベルレクスは早くも最終コーナーを回って最後の直線!後ろからはシュヴァルグランにガンコ、そして内からはミッキーロケットが来ている!しかし先頭はテイエムベルレクスだ!遥か先に居るぞ!後続集団は捉えられるのか!》
残り400mを切って先頭はテイエムベルレクス。完全に抜け出して独走態勢に入れば、後は後続との差を付けていくだけ。
1頭だけ次元違いの末脚を発揮し、その差はどんどんと広がる。
後続集団も必死に鞭を入れて加速を促すが、道中にペースを無理に引き上げた付けが周り、その脚色は良くない。
《独走になった!独走になった!テイエムベルレクス、2番手以下を更に引き離す!5馬身から6馬身と、その差はどんどんと広がっていく!シュヴァルグランにクリンチャー!クリンチャー来ている!馬群を突っ切ってレインボーライン!》
菊と同じ舞台で、ただ1頭だけ突き抜けて行くテイエムベルレクス。
他馬がバテて脚色が鈍っている中、8m強のストライドで飛び掛かり、常識外れのスタミナによって維持された加速に追い付ける馬は既に居なかった。
後続の2着争いが混戦を極め、互いを削り合う間もその差は無常にも開いていく。
《残り200m!先頭はテイエムベルレクス!テイエムベルレクスが逃げる!逃げる!後続は遥か彼方!まだまだ差が広がる!そしてこれを追う者は無し!2番手争いは接戦!シュヴァルグランとレインボーラインの2頭が追う!》
2番手から執念で追い続けるシュヴァルグランと中団の激しい揉み合いと馬群の壁を突破してきたレインボーラインの2頭は「まだ負けてない」と闘志を燃やし続け、襲い掛かる。しかし、その脚がもう届くことはなかった。
7馬身、8馬身、9馬身──と差は開き続け、テイエムベルレクスの一完歩ごとに後ろとの距離を物理的に引き離し、千切っていく。
テイエムベルレクスの脚色は一切衰えない。淀の坂から変わらぬスピードを維持し続け、残り600m、坂を下り切ってから、先頭は譲らなかった。
《これが現役最強馬!菊の舞台で再び刻んだ、最強の証明!!テイエムベルレクス圧勝のゴールイン!!前人未到の12連勝!!父の背中を追う春の盾制覇!!テイエムベルレクスが、今ここに新たな伝説の扉を開きました!!》
最後は沸き上がるスタンドからの大歓声に迎えられ、真っ先にゴール板を通過した。一切の追撃を許さず、ライバル達を完封。他馬が悶える中、1頭だけ余裕坦々と脚を伸ばし続け、楽な手応えのまま他馬を突き放して優勝。鞍上の倭達は残り100mの時点で後ろを振り返る余裕すらあるという圧勝劇だった。
スタンドからは地鳴りのような大歓声とあまりの強さに呆然とした悲鳴が混ざり合い、京都競馬場の空気を激しく揺らしている。
そしてテイエムベルレクスがゴールしてから、一呼吸、二呼吸を置いて、後続が縺れ込むようにゴールした。
後方から一気に捲ったレインボーラインが2着に入り、ガス欠になりながらも最後まで粘り続けたシュヴァルグランが執念を見せてレインボーラインからアタマ差の3着と粘った。しかし、テイエムベルレクスから2秒以上も遅れた後での入選となり、その着差は『大差』という大きく離された結果であった。
《シュヴァルグランとレインボーライン、ライバル2頭を完封!流石は三冠馬!最強はテイエムベルレクスです!父の相棒、倭達龍司に導かれて、テイエムオペラオーのGI7勝に並んだ!テイエムベルレクスと倭達龍司です!》
シンボリルドルフ、ディープインパクト、ウオッカ、ジェンティルドンナ、そしてテイエムオペラオーに並ぶ七つ目のGIタイトルを掴んだテイエムベルレクス。
クリフジとダイナナホウシユウの最多連勝タイ記録を超える12連勝、GI7連勝はテイエムオペラオーとロードカナロアを超える連勝記録である。非常に記録尽くしの結果となったが、更新したのは連勝記録だけではない。
アナウンサーとスタンドの観客は電光掲示板を見た時、思わず目を丸くした。
《そして……レコードの赤い文字が浮かびました!!タイムは、何と3分11秒3!!前年のキタサンブラックのワールドレコードを1秒も超えた!何と恐ろしい馬だろうか!天皇賞のレコードを更新して見せました!》
叩き出したタイムは3分11秒3という驚愕のタイム。前年に記録したキタサンブラックの3分12秒5のレコードタイムを1秒2も更新する圧勝である。
《勝ちタイムが3分11秒3。上がり3ハロン33秒2、上がり4ハロン44秒4です。
次なる舞台は宝塚!グランドスラムを目指して、まずは春古馬三冠を!競馬界のジンクスを捩じ伏せて、八つ目のGIタイトルを狙います!》
実況がそう締め括る中、ウイニングランに向かう倭達は静かに空へ向けて拳を突き上げる。それによって再び沸き上がった大歓声。四方八方からリュージコールが飛び、飛び交う大歓迎に出迎えられてスタンド前に戻って来る。
父テイエムオペラオーが築いた偉大な記録に並び立ち、競馬史の記録を塗り替えた12戦12勝の絶対王者が、京都の地に新たな伝説を刻み付けた瞬間だった。
色々ツッコミ所多いかもしれないけど、許してね。長距離得意、ステイヤー型って凄い言いまくってたからこれくらいはね。あと私がやりたかった。
秋古馬三冠に向け、どのレースを前哨戦にするかのアンケート。一番票数の多かったレースを使おうかなと考えています。
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京都大賞典 GII
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オールカマー GII
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毎日王冠 GII