色んな情報出るかもだから混乱するかも。
入厩と調教
やぁやぁ、諸君。なんだかんだで馬としての生活を楽しんでいるランだ。この名前はあくまでも愛称だが、ずっと走り回っているからランだそうだ。簡潔で結構気に入っている。
さて、いつも通り走り回りながら過ごしていたのだが、ある日まだ放牧中にも関わらず、鹿嶋さんが私を放牧地から連れ出した。何だ何だと思ったが、連れて来た先に居たのは尾崎さんと見知らぬ男性2人。
鹿嶋さんが言うには馬主の嶺苑さんと調教師の伊和本さんという人らしい。
……そうか。私も遂に馬主を決めるのか。と、いうことは私はここでこの人達に気に入ってもらう必要があるわけか。何かアピールした方がいいのだろうが、その方法が思い付かん。いや、下手に何かアピールするよりもこうして従順な様子を見せていた方がいいのか?
気性難*1過ぎて競走馬としてデビューするのを断念したり、仮にデビューを果たしてもその気性が原因で、レースで思うような結果を残せないのは間々ある話だ。逆にその荒々しい気性から常識外れの爆発力を発揮する馬もいたりするが、それは他馬と比較して別格の身体能力を持つことが大前提だ。
となれば変にアピールして気性難と見られるよりかは、大人しくして扱いやすい馬だと思われておこう。海外だと気性難はマイナス要素だと聞いたこともある。
それから事の成り行きを見守っているが、どうやら調教師の伊和本さんは私の血統に苦々しい顔を浮かべていた。どうやらアメリカ産種牡馬の血が流れていないのが不安要素らしい。一体何が不安なのだろうか?この人なりに何か良い塩梅の血統構成でもあるのだろうか?……そうだ。私の生まれ年は2014年。21世紀に日本で主流となっている血統は日本の血統図を丸ごと塗り替えたサンデーサイレンス。
私の父親はサドラーズウェルズ系に属するテイエムオペラオー。高速馬場となった日本の馬場でスタミナに富んだ産駒が特徴のサドラーズウェルズ系とは相性が頗る悪い。おまけに伊和本さんによると私の母父はダンシングブレーヴ産駒のホワイトマズル*2。あのダンシングブレーヴの血が流れているのは嬉しい限りだが……正直、今は喜べる状況ではない。
年代をそこまで深く考えていなかったが、完全に失念していた。しかしこればっかりはどうしようもない。そういう血統と時代で生まれてしまった以上、私に覆すことはできないし、受け入れる他ない。というか受け入れるしかない。
伊和本さんが難色を示す理由にも納得できる。この主流から外れた血統で日本の大レースを勝ち抜くのはかなり厳しい。こんな血統の馬を購入する人は果たして今の業界に居るのだろうか?自分で言って悲しくなるが、既に終わった血統だ。
こんな初歩的な要素を見落としていたとは……自分の能力の高さに浮かれてでもいたのか?もし買い取られなかったら勝ち負け以前の問題だ。
これからどうするべきかと頭を悩ませるが、馬主である嶺苑さんが私のことを見ていた。お世辞にも私はスタミナが優れているだけだぞ。というかジロジロ見過ぎじゃないか?面白みなんてないと思うのだが……何故こんなにも子供みたいなキラキラとした瞳をしているんだ?まるで憧れや夢を見る子供みたいじゃないか。
不思議に思いながら見ていたが、何とこの嶺苑さんは私を買うと言い出したのだ。おいおい正気か?買い取ってくれるのは嬉しいが本当に時代遅れの血統だぞ、私は。ほらほら伊和本さんも言っているじゃないか。「日本の馬場に合うか分からない」って。
その後も伊和本さんに何度も現実的なことを言われるが、嶺苑さんは一歩も引かなかった。それどころか私に夢を見たと言って熱弁している。何故ここまで私に固執するのか、最初は分からなかったが、彼の言葉の節々からようやく理解した。この人はテイエムオペラオーの馬主だった人なのか。
テイエムオペラオーで見た夢を、私に見てくれている。私を、信じてくれている。嶺園さんにとって、テイエムオペラオーはそれ程特別な馬であったということだろう。私に重ねてしまうぐらいには。
嬉しいな。こんなにも夢を見てくれることが嬉しいとは思わなかった。人間だった時の私では知り得ない感情だっただろう。
彼が私に夢を見てくれたのはテイエムオペラオーという存在があるからだろうが、それでも一馬に過ぎない私に、ここまで期待してくれたのだ。嬉しくないわけがない。
そして、彼は1000万円という金額で私を本当に購入した。
私の血統と今の時代背景から考えればそれなりに高額なのではないだろうか?実際の所は分からないけれど。
諸々の手続きを進めるために尾崎さんに促されて事務所に行く前に、嶺苑さんは一度私の前で止まった。そして徐に私の顔に手を当てるとゆっくりと撫で始めた。優しい手付きだ。まるで自分の子供を撫でているかのように優しい手付きだった。
彼は私を撫でながら「今日からお前は、新しいテイエムの子だ。君の走りを私たちに見せてくれ」と言ってくれた。少し擽ったかったが、心地良いとも感じる。
こうやって期待されることは、思ったよりも悪いものではないな。
あなたの気持ちに少しでも応えられれば、私を買い取ってくれたあなたへの恩返しになるだろうか。その真意まで私には見抜けなかったが、嶺苑さんの気持ちに応えようと、私は高らかに嘶いた。
こうして嶺園さんに買い取られた後はあっという間に時間が過ぎた。まず馬主が決まった私は競走馬としてデビューすることが正式に決まった。
よかった。これでスタート地点に立つ資格を得ることができた。あとは私次第だ。しっかりと勝てるようにいつも以上に走り込むとしよう。
そして馬として初めての正月を過ごしてから暫くして、弟が生まれたと聞かされた。父親は私と同じテイエムオペラオーで私以上に元気な仔馬なのだと鹿嶋さんが笑いながら話していた。私も柵越しで対面を果たしたが、あっちに行ったりこっちに行ったりと、何とも忙しない仔馬という印象を抱いた(周りから見れば主人公も十分忙しない)。
時間制限付きで同じ放牧地で過ごしてみたが、私の後ろをトコトコと着いてくる、随分と可愛らしい仔馬であった。ちなみに同じ放牧地に放牧した理由は私が終始落ち着いており、大人しい馬であるためだそうだ。
基本こんなことはしないが、放牧地の数に限りがある上に私と母親の気性が穏やかであるから大丈夫だろうと考えたがためだそうだ。
それから秋頃になって、私は育成牧場*3なるものへと移動した。育成牧場へ移動する際に馬運車*4に乗せられたが、私があまりにもすんなりと乗ったことで周りの人達からは結構驚かれた。尾崎さんと鹿嶋さんが鼻高々にしていたことをよく覚えている。
育成牧場では鞍とハミを装着し、背に人を乗せて一通りの訓練を行った。走るフォームの矯正も行なったり、あとは負担が軽いからとダートコースを走ったりもした。芝とはまた違った感触で面白かったし、良い経験になった。他にはゲート練習をしたり、騎手の指示をちゃんと聞けるかの訓練をし続けた。
この過程で苦戦する馬が多いが、私は今は馬と言えど前世は人間。精神面では割と成熟しているのでそこまで苦戦することはなかった。育成牧場のスタッフさん達が「こんなにも手間の掛からない馬は初めてだ」と驚いた顔は今でも忘れない。
そんなことをしながら育成牧場を過ごし、馬として二度目の正月を経験してから春になった。そして春になってから報告することが二つある。
一つ目は私に度々会いに来ていた鹿嶋さんからもたらされた情報だ。
今年の春になって再び私の弟が生まれたらしい。私の二つ下になるらしく、随分と華奢であるそうだが、綺麗な栃栗毛の仔馬で、凄く美人さんだと尾崎さんが絶賛していたのだという。諸事情で私は顔合わせすることができないが、元気のまま過ごしてくれると嬉しい。
二つ目は訓練を十分に積んだ私は育成牧場からとうとうトレーニングセンター*5に移動することになったのだ。
競走馬としての基礎は十分積んだとのことなので、晴れて育成牧場を卒業?することになった。そして私は再び馬運車へと乗せられ、入厩することになる伊和本さんの厩舎が所属する栗東のトレセンがある滋賀県栗東市まで移動を開始した。「道中は長旅になるから気を付けろよ」とスタッフさん達は言っていたので、到着するまでの間、ゆっくりと過ごすとしよう。
「オーライ!オーライ!ストップ!」
滋賀県栗東市の栗東トレーニングセンターで、伊和本は北海道から輸送されて来たランを迎え入れていた。
「着いたよ、ラン。お疲れ様」
本日付けからランの担当になる
まだ伸び代を残していたランの馬体は立派に成長していた。
体高は高く、並の馬よりもずっと大きい。そしてここまで大型であるのに重さを感じさせず、全体的にシュッとしているまとまりのある馬体だ。
当歳の時から輝いていた栗毛の馬体は更に輝きを増し、トレードマークの額の流星は健在だ。額から真っ直ぐ伸びた流星とこの美しい栗毛の馬体は彼の名馬、テンポイント*6を彷彿とさせる。
思わず息を漏らしてしまうのも納得できるだろう。ここまで立派な馬体はお目にかかれない。おまけに輸送疲れもないときた。不調な様子は見当たらなかった。
「今日からここがお前の家だ、ラン。これからよろしくな」
伊和本がランの首元をポンポンと叩いた。
自分の予想を超える馬体へ成長していたことに伊和本は喜びを隠せなかった。血統表を見た時に自分は難色を示していたが、この馬体を見れば絶対に走ると断言できる。
これから自分の手でこんな素質馬を育てられることが楽しみでならない。
「よし、入厩予定の馬房に入れてあげてくれ」
「分かりました」
ランの能力を早速見て行きたいが、今日はまだ入厩初日。まずは休養を取って疲労を抜き切る。ランは長距離輸送を終えたばかりだ。表面上は不調・疲労がないように見えても、見えないところには必ず疲労がある。
「嬉しそうですね、先生」
「あぁ、オーナーがずっと絶賛していた馬だ。私は最初懐疑的だったが、あの馬体を見ればそんな気持ちはなくなってしまったよ。きっと凄い馬になるぞ」
調教師をやって20年以上になるというのに、ここまでの興奮を覚えるのはオペラオー以来だ。さて、興奮するのはいいが、まだ今日はやることがたくさんある。管理する馬はランだけではない。
伊和本は他の馬への調教と並行して今後の予定を立てた。
それから数日後。
入厩した翌日から早速調教を開始。最初は簡単に運動から始め、徐々に負荷を大きくしていった。坂路調教やプール調教を一通りこなしたが、幼少の頃から突出していた持ち前のスタミナで苦にせず、バテた様子を決して見せなかった。
「やっぱりランはスタミナが凄い。そういう血統だからだろうが、オペラオーよりも優れているとも感じる」
「オーナーの言う通り、幼少の頃から優れていたスタミナが更に飛躍しています。まだ2歳なのでこれからのことを考えればまだまだ伸びます。長距離レースでは問題なく戦えます。クラシックは菊花賞一本に定めれば確実に勝てると思いますよ」
トレセンにて馬主である嶺苑はランの調教している様子を見に来ていた。隣には調教師を務める伊和本の姿もある。
「で、肝心のタイムはどうなんだ?」
「かなり良いです。重賞に出しても結果を残せるのではないかと思うぐらいには」
伊和本厩舎に入厩を果たしたランは非凡な能力を厩舎内で見せ付けていた。
走り込めば常に一定のペースを維持して黙々と走り続け、他馬のペースが落ちてくる中でランは落ちてくることなく走り切る。
フォームも、最初こそ人を乗せて本格的に調教を始めた時はぎこちなさがあったが、それもすぐに改善。今や模範的なフォームで走るようになった。
調教助手の言うことも素直に聞いてくれる。指示が出るまで道中はジッと耐え、ゴーサインを出せば抜群の加速力を示して前の馬を抜き去る。これはダンシングブレーヴの血の影響だろうか。何にせよ嬉しい誤算だ。
そして何より賢い。厩舎内の同世代の馬達と比べても賢かった。上述したことを何回か繰り返せば、馬が自然に動きを覚え、馬が自ら動き出す。しかしストップをかければ指示が出るまで待つ我慢強さがあった。賢い上に従順で非常に利口だ。
「やっぱり私の目に狂いはなかったな」
「そうですね。これ程の素質を持ちながら活躍できないと言ってしまった自分がお恥ずかしい」
「あの血統を見ればほとんどがそう言うさ。それに、まだデビューしていないんだ。デビューするまでは堅実に鍛え上げるべきだ」
「それはもちろんです」
嶺苑の言葉に伊和本は頷いた。当歳の頃から周囲に期待されていた馬がいざデビューしてみたらダメダメだった、ということは競馬ではありふれた話だ。
ランが素質馬であることは百も承知。しかしデビューするまではどのような結果を残せるかは本当に分からない。だが、どのように転ぼうと馬が勝てるように育てるのが調教師の役目である。ランもそれは変わらない。今はただただじっくりと育てるだけだ。
「新馬戦はどの距離を走る予定だ?」
「今は1800mか2000mでデビューすることを考えています。調教をしていて分かりましたが、長距離に特化しているわけではありません。長距離を最も得意としているのは確かですが、距離にはかなり自在性があると見ています」
「ふむ……なら距離の長い2000mでデビューさせるのが安牌か。いや、ラン自身賢いから早めにGIの空気に慣れれるように年末の朝日杯を目指すのも選択肢に入るか?」
「それでも良いとは思います。彼は利発なので、GI出走はプラスに繋がります。しかしそこは彼のレースっぷりを見てからでも遅くはありません」
「そうだな。では年末の朝日杯も視野に入れてデビューは遅くても9月か10月にしておこう。で、勝ち上がった場合のレース内容から判断するとしよう」
「分かりました」
暫定だが方針は決定した。あとは後日に詰めて修正していく。
「騎手はどうしますか?誰か希望はいますか?」
「いや、昔通りだ。伊和本先生にお任せする」
「分かりました。では──はどうでしょうか?やっぱりオペラオーの子なら彼がいいと思います」
「そうだな。それでいこう。もしかしたらもう一度、あの覇王伝説が見れるかもしれん」
ランがデビューに向けての調教を進めている伊和本厩舎に、1人の騎手が訪ねてきた。
「お久しぶりです、伊和本先生」
「おっ、来たか」
尋ねて来た彼の名は
世紀末覇王と讃えられたテイエムオペラオーの主戦騎手であり、生涯26戦全てに騎乗した、テイエムオペラオーの唯一無二の相棒である。
現在でも史上最年少という記録で残る皐月賞制覇を成し遂げ、弱冠22歳ながら中央競馬の古馬中長距離王道GI制覇を成し遂げた唯一の騎手。
若手ながらGI7勝という大記録を残したが、テイエムオペラオーの引退以降は重賞タイトルこそ数多く手にするものの、2001年の春の天皇賞以降、GIタイトルを手にすることができなかった。
「わざわざ来てもらって悪いな」
「いえいえそんな!伊和本先生のお陰で今の僕があるんですから!」
伊和本と倭達は厩舎内の師弟関係であった。
2010年にフリーとなるまでは伊和本厩舎に所属しており、そこで騎乗の論理や技術のいろはを学んだ。その甲斐あってか、フリーとなっても毎年重賞を連対し続け、リーディングジョッキーでも上位に食い込む活躍を見せていた。
「今日はお前に乗ってもらいたい馬がいてな」
「僕にですか?」
「あぁ、安心しろ。将嗣からは既に許可は取ってある。あとはお前だけだ」
「嶺苑さんの馬ですか……」
当時若手であった倭達はまだまだ騎乗技術が未熟で、勝てるはずであったレースを落としてしまうことがあった。それを皐月賞馬であったテイエムオペラオーに騎乗して起こしてしまったため、オーナーであった嶺苑からはその騎乗ミスを激怒され、騎手の乗り替わりの話まで上がった。
伊和本が愛弟子である倭達を庇ったことでその話は白紙になったが、しかし倭達の心内は不甲斐なさと申し訳なさの気持ちでいっぱいだった。
「将嗣が一目見て惚れた馬でな。血統は大手と比べたら二流だの三流だの言われるが、それを覆す走りを見せてくれてる。最初こそ皆懐疑的だったが、今やうちの厩舎で最も期待されてる馬だ」
「……そんな馬に僕が乗ってもいいんですか?」
「何を言うか。あの馬の癖や走りを一番理解できるのはお前だけだ。まぁ、一目見ればその後ろめたさも消えるさ。取り敢えず、まずは馬を見ていけ」
伊和本はそう締め括り、倭達を連れて調教中である件の馬の下へと向かった。
そして練習コースへと連れて来られた倭達はある馬を見た。多くの馬が走り込んでいるのは日常の風景だが、その中にただ1頭、倭達の目に留まった。
「あの馬だ。あの「尾花栗毛、あの尾花栗毛の子ですよね」……正解だ」
食い気味に倭達は答えた。
苦笑しながら伊和本が倭達を見てやれば、倭達はワナワナと震えている。
倭達の視線の先には他馬と併走する1頭の馬。他馬と比べて大型だが、綺麗に馬体がまとまっており、とても身軽そうに見える。そして輝く栗毛の馬体と風で舞う黄金の鬣によって神秘的な雰囲気を醸し出していた。
特にあの栗毛と身に纏う風格はまるで、嘗て自身を背に乗せたテイエムオペラオーのようであった。
「おーい!ランをちょっと連れて来てくれ!」
併せが終わった機を見て、伊和本はランを呼んだ。
「お疲れ様。良い動きだったぞ」
頭を撫でながら、騎乗していた調教助手に状態や結果を確認する伊和本。その横で倭達は眼前に連れて来た馬を見ていた。
日の当たる角度によって黄金にも白銀にも見える鬣。スタイリッシュとした、まとまりのある雄大な馬体。そしてその周囲に漂う王者のような風格。
今ここには居ないはずのテイエムオペラオーと姿が重なった。
「よし、分かった。ありがとう。で、どうだ、倭達。乗ってみるか?」
「はい、乗らせてください」
またもや食い気味に答えてしまった。しかしそれだけ自分は興奮しているということが察せれた。
今日はラフな格好だったが正解だった。一刻も早く、この馬に乗ってみたい。調教助手からヘルメットを借り受け、早速騎乗した。
見知らぬ人間を乗せたというのに、暴れない。気性はかなり穏やかだ。そして跨って感じたことは安定さと力強さの二つ。重心が安定しており、非常に乗りやすい。
コースへと入り、軽く走ってみるとその安定さに驚いた。動きのブレが少なく、何よりも2歳馬ながらスピードとキレがある。
コーナリングも無駄がない。外へと膨らまないように綺麗に回っている。走るフォームが綺麗だからだろう。距離ロスが少ないからレースでは有利に働くことだろう。
そして馬の息が乱れない。常に一定のペースを刻み続け、マラソンをしているかのようにタイミングを計って呼吸をしている。当たり前だが走れば走るほどパフォーマンスは落ちて行く。この馬は決してバテず、パフォーマンスを落とさずに黙々と走っている。
さっきまで併走をこなしていたというのに、凄い体力だと実感した。
「どうだった、倭達」
軽く走り、ランから降りた倭達に伊和本は問うた。
「スピードとスタミナ……特にスタミナはもう2歳馬の中では抜きん出ていると思います。ですけど、まだまだ発展途上って感じがします」
能力は確かにある。しかしまだ未完成だ。
恐らくは晩成型であると考えられるが、既に基礎能力が抜きん出ている。
「その感覚は正しい。ランはこれからまだまだ強くなるぞ」
この時点でここまで能力があるというのに、まだ先がある、底が見えない、伸び代がある。表す言葉は数多いが、完成したらとんでもない馬になることが分かった。
今の競馬界は早熟型が重宝されている。3歳馬が出走できるクラシックレースは春にあり、特に最も栄誉だとされる日本ダービーは5月の下旬に開催される。晩成型の馬では勝ち切ることが難しい。
3歳戦の価値が高くなり、成長の早さが重要視されてきている中で本格化が遅い馬はあまり好まれなくなった。しかし、倭達はこの馬の行く末を見届けたい。この馬と一緒にレースを駆け抜けたい。騎乗する前からその気持ちが強かったが、実際に騎乗してみたことでその気持ちはより強くなった。
「で、さっきの話受けてくれるか?」
「本当に、僕でいいんですか?」
「もちろんだ。オーナーは納得してるぞ」
「……僕の方からお願いします!僕を乗せてください!」
伊和本に向けて思わず倭達は頭を下げてしまった。それを見て伊和本は思わず笑ってしまったが、「分かった。オーナーに伝えておく」と返した。
「これからよろしくな。一緒に頑張ろうな」
倭達はランの頭を撫で、それに答えるようにランは頷き、顔を倭達に押し付けた。
ここに、また一つ新しいコンビが生まれた。そしてこのコンビは後の日本競馬に旋風を巻き起こす中心点となる。
「おぉ、そうだ言い忘れていた。ランは……テイエムオペラオーの子だ。第二の覇王に向けてしっかりと導いてやれよ」
「えっ」
伊和本は最後にその言葉を残して再び調教に戻った。
倭達はその言葉に固まり、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
次回に主人公の馬名を発表するつもりです。
投票してくれた読者の方々と馬名案を出してくれた皆様には感謝申し上げます。それとどのような馬名になったとしても受け入れてくれると嬉しいです。
最後に読んでくださりありがとうございます。想像以上に評価されていて私は毎日驚いています。これからも「覇王伝説第二章」の執筆に取り掛かってまいりますので、よろしくお願いします。
PS
今回では主人公の弟2頭が登場しましたが、この弟達も騎手の脳を焼きます。オペラオーからの贈り物です。贈り物はまだまだあります。批判はあるかもしれないけど、私はやりたかったのでやった。後悔はあまりしていない。
どう言う馬名がいいかのアンケートです。いくつは候補があります。
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