覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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古馬王道路線(グランドスラム)GI戦線 春古馬三冠 第三戦 宝塚記念 前篇 春のグランプリ

第59回 宝塚記念・GI

阪神 芝 2200m

 

枠番

馬番

馬名

性齢

斤量

騎手

人気

1

1

ステファノス

牡7

58.0

巌立泰成

12

1

2

ノーブルマーズ

牡5

58.0

鷹蔵良

13

2

3

サトノダイヤモンド

牡5

58.0

C.ローメル

2

2

4

テイエムベルレクス

牡4

58.0

倭達龍司

1

3

5

ミッキーロケット

牡6

58.0

松若楓間

8

3

6

ストロングタイタン

牡4

58.0

河大夕雅

9

4

7

アルバート

牡5

58.0

藤丘洸太

16

4

8

パフォーマプロミス

牡8

58.0

十咲京汰

4

5

9

ダンビュライト

牡4

58.0

竹裕

5

5

10

サトノクラウン

牡6

58.0

石端修

6

6

11

ヴィブロス

牝5

58.0

冨久長悠逸

3

6

12

サイモンラムセス

牡8

58.0

駒木太志

15

7

13

タツゴウゲキ

牡6

58.0

明山慎一郎

17

7

14

ワーザー

セン7

58.0

H.ボーマント

11

8

15

スマートレイアー

牝8

58.0

末山康丙

14

8

16

ゼーヴィント

牡5

58.0

生沿賢一

10

8

17

キセキ

牡4

58.0

M.デオドール

7

 

─◇◆◇─

 

 6月24日、阪神競馬場。

 観客で埋め尽くされたスタンドと未だ冷めることを知らぬ熱気。12万を優に超える大観衆が阪神競馬場に押し掛け、テイエムベルレクスのGI8勝目という歴史的偉業を見届けようとしていた。

 

《緑のピッチに心熱くし、勇気を貰った週の始まり。週の終わりは緑のターフに夢を託す戦いが始まろうとしています。第59回GI宝塚記念、上半期を締め括るドリームレースに、今年は海外からの参戦を含む17頭が集いました》

 

 実況アナウンサーの言葉は場内に響き渡り、スタンドの大観衆は拍手で祝う。

 パドックを終えた各馬は、既に地下馬道を通ってもう間も無く本馬場へ姿を現すことだろう。しかし、観客席からは大きな歓声が上がり、その高ぶりは上がり続けている。

 

《12万人を超える観衆から大歓声が上がります、宝塚記念です。今日はゲストをお招きして、皆さんには特別な宝塚記念をお送りしたいと思います。ということで、本日はよろしくお願いします、伊和本さん》

《はい、よろしくお願いします》

 

 場内の実況席。アナウンサーの隣に座っていたのは、このレースのゲスト解説者として呼ばれた今年引退した元調教師の伊和本一蔵であった。

 

 騎手としてダービーを、調教師としてグランドスラムを達成したテイエムオペラオー、その仔であるテイエムベルレクスとテイエムノアアークを管理したことで知られる名伯楽だ。

 

 そして調教師を引退後、彼が競馬界から離れることはなく、旧知の仲である嶺苑の馬主活動をサポートとテイエムベルレクスを陰ながら支えるために彼の専属のアドバイザー、エージェントとも言える立場に就いていた。

 

《早速なのですが、伊和本さん。今年の宝塚記念、非常に豪華なメンバーが揃いましたね》

《そうですね、国内の実績馬に加えて香港からも来ていますからね。非常に見応えのあるレースになることは間違いないと思います》

 

 手元にある出馬表に目を落とす。

 今回出走する全17頭の馬達の名前が並び、テイエムベルレクスを筆頭とした粒揃いが揃っている。

 

《さぁ、今回の宝塚記念ですが、やはり最大の注目はテイエムベルレクスでしょうか?》

《そうですね、やはりこの馬を抜きに今年の宝塚記念は語れませんね》

 

 伊和本の声は落ち着いている。

 

《GI8勝……数字だけで語るのはちょっと違う気もしますね。やはり一戦一戦で背負ってきたものがありますからね。それに今日は父親のこともありますから……》

《……伊和本さんは、テイエムオペラオーを現役時代からご存じで、そしてその後はテイエムベルレクスも管理されています。やはり、今回の宝塚記念には特別な思いがありますか?》

 

 アナウンサーの問い掛けに伊和本は少しばかりの間を置いた。

 伊和本もこの宝塚記念は意識せざるを得ないレースだ。何せテイエムオペラオーのGI8勝が阻まれたレースであると同時に、越えることのできなかった壁の象徴でもある。

 伊和本達にとって、俗に言う「ルドルフの呪い」を体現したレースであるからだ。

 

《それはもちろんあります。ただ競馬ですからね。私がここで感傷的になっても、馬には関係ありません、それにベルレクスはもう私の元には居ません。なので、今日は怪我なく、いつも通り走って欲しいと思っています》

 

 少しばかり笑いながら、伊和本は答えた。

 

《とは言え、ファンの皆様にとってはやはり無視できないレースではありますからね。どうしてもオペラオーの名前も重なって見える一戦でしょう》

《そうでしょうね。では、次に本レースでは圧倒的な1番人気であるテイエムベルレクス。彼の対抗馬として伊和本はどの馬に注目していますか?》

 

 次に問い掛けたのはテイエムベルレクスの対抗馬または好敵手。

 単勝支持率は過去最高を記録し、圧倒的な人気を誇るが、それでも今回の舞台は中距離。長距離ではない以上、テイエムベルレクスのライバルとなり得る馬は天皇賞(春)よりも揃っている。

 

《そうですね……私はサトノクラウン、ワーザー、サトノダイヤモンドの3頭でしょうか?大穴と言いますか、あっと言わせそうな馬としてはキセキ、この4頭ですね》

《理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?》

 

 伊和本が挙げた馬は全部で4頭。

 やはりと言うべきか、テイエムベルレクスの対抗馬として挙げられた4頭のうち3頭がGI馬という錚々たる顔触れだ。

 

《まずサトノクラウンなのですが、昨年の宝塚記念を制している馬ですからね。連覇が懸かっているので、陣営も気合を入れていると思います。そしてコース適性にも左右されると思うのですが、重い馬場でもある程度走れるからですね。特に2016年と2017年はそう言った馬場を多く走っています。経験値ではテイエムベルレクスを上回っていると思います》

 

 最初に挙げられた名はサトノクラウン。

 今では見かけなくなってしまったノーザンダンサー系に属する黒鹿毛の牡馬で、2016年の香港ヴァーズと2017年の宝塚記念を制したグランプリホース。

 

 対抗馬として挙げた理由は重い馬場への適性と経験。稍重から不良馬場まで、現在まで七度経験している経験の豊富さが理由だ。実績でも申し分なく、稍重と発表される今日の馬場と同じ条件の下、テイエムベルレクスも苦戦させられたキタサンブラックを負かしている。

 

《次にワーザーです。2000m前後の距離でしたら、この馬なんじゃないかなと思ってます。実際に2000m以上ですと安定感が違いますし、このメンバーの中だと一番の対抗馬だと思います。それに騎手も上手いですからね。もし、テイエムベルレクスに勝つ馬が居たら、この馬だと思いますよ》

 

 次に挙げた馬はニュージーランドから香港に移籍したワーザー。

 香港で才能を開花させた、香港を代表する中距離馬。2017年に香港ゴールドカップとチャンピオンズ&チャターカップを制して香港三冠のうち二冠を制覇。香港国際競走の最終競走である香港カップでも2着と好走している。

 騎手を務めるヒューストン・ボーマントとコンビを組んでから着実に結果を残し、2000m以上では3着以内という抜群の安定感を誇る。

 

 これまでの成績から2000m以上に適性を持つことは明白。ベスト距離も2000mから2200mと予想できた。そして乗る騎手も世界的名手である。人気薄だが、掲示板内には入ってくるだろうと伊和本は考えていた。

 

《3頭目にサトノダイヤモンドですが、この馬は末脚の切れ味が自慢ですね。不振気味であることは否めませんが、本来の力を出せれば見劣りはしません。レースを進める位置や追い出しのタイミングによっては強襲する形でテイエムベルレクスに勝つことができるかもしれません》

 

 伊和本は3本の指を立て、サトノダイヤモンドの名を挙げる。

 ディープインパクト産駒らしい優れた末脚を武器に、2016年の菊花賞と有馬記念を制して最優秀3歳牡馬を受賞した実力馬だ。

 

 2017年に凱旋門賞に挑戦してから不調が続いているが、今年初戦の金鯱賞は3着に敗れたが、メンバー中上がり最速の末脚を見せて復活の兆しを見せた。大外からその末脚で強襲することが叶えば、もしかしたらテイエムベルレクスを差し切れるかもしれない。

 

 テイエムオペラオーと同じく、群を抜いた勝負根性の持ち主であるテイエムベルレクスは競り合いに滅法強い。しかし、それは文字通り競り合っている時のみである。大外から強襲して並ぶ間も無く交わせば、勝つことは不可能ではない。瞬発力が鍛えられ、出遅れのないテイエムベルレクスを差し切るのが至難の業であることを除けば。

 

《最後にキセキですが、この馬に関してはほとんど勘ですね》

《か、勘ですか》

《はい、勘ですね。騎手として、調教師としての、競馬に携わってきた人間としての勘です》

 

 アナウンサーは思わずずっこけそうになる。

 これまでに調教師としての知識と経験に裏打ちされた理路整然としたものだったというのに、予想外の言葉に一瞬だけ言葉を失う。

 

《いや、しかし伊和本さん。もう少しこう……具体的な理由を》

《まぁ、言葉にするのは難しいですが、理由を挙げるとするならば条件に関してかなりイーブンに近いと感じたからですかね。まぁ、こちらは後付けに近いので、本当に大部分は勘ですね。何か、こう、今日のキセキは引っ掛かるんですよ》

 

 アナウンサーはどう答えればいいのか迷ってしまう。

 立場上言ってしまうのは憚れるが、キセキはこのメンバーの中で実績はほとんど皆無だ。GIどころか、未だに重賞未勝利。

 怪我なく走り続け、重賞・GI戦線で着実に結果を残し、血統も父ルーラシップ、母父ディープインパクト、母を遡れば名種牡馬ダンジグに行き着く良血馬であるのだが、何処か今一つ足りないという感覚を抱く。

 

 神戸新聞杯3着、菊花賞は2着と存在感を見せたが、神戸新聞杯は影すら踏めずにテイエムベルレクスとレイデオロに完敗し、菊花賞に至っては8馬身差と力の差を見せ付けられている。

 

《キセキはGI未勝利馬の中で一番能力があります。展開が嵌れば勝てたレースも多いでしょうし、菊花賞もベルレクスが居なければ勝てたかもしれません。実際に上がり3ハロンはベルレクスに次いでいますし、外から追い込んで2着です。勝機は十分にありましたよ》

 

 そう語る伊和本の目は真剣だ。冗談を言っているようには微塵も感じられない。

 

《つまり、実績以上に能力を評価しているということですね》

《まぁ、そうなります。それに、今日の条件も悪くもないと思いますよ》

《条件ですか?》

《はい、阪神芝2200mは単純な瞬発力よりも持久力を求められるコース。おまけに稍重ですので、どれだけ良い脚を長く使えるかが鍵になります。キセキは阪神のコースを利用した上でベルレクスの出方によっては勝ち筋はあると考えています》

 

 阪神競馬場は内回りというコース形態のため、瞬間的に差し切ることは難しい。梅雨時は馬場が悪化しやすいということもあるので、持久力に富んだ馬の活躍が多い。

 凄まじいタフネスを持つキセキならば、展開によっては勝ち切る能力があると伊和本は言っているのだ。

 

《……結局、色々と理由を語りましたが、キセキは本当に勘ですね。外れることも全然ありますよ》

《それは、そうですね。では、今日のキセキについては『伊和本さんの勘に期待』ということで》

《そうなります》

《随分と大胆な予想になりました》

《競馬の最後はそんなものですよ》

 

 最後にそう言って伊和本は笑った。

 テイエムベルレクスの対抗馬として挙げた4頭の優駿達。

 

 中央競馬に刻まれるかもしれない、新たな偉業。GI8勝という記録に向けて飛翔する絶対王者テイエムベルレクスに牙を剥くかはもうじき分かる。

 

《さぁ、本馬場入場の時間となりました。集った17頭の優駿達の夢の舞台。まずはこの瞬間を、皆様も一緒に見守ってください!》

 

 どのような結果になろうとも歴史的一戦に刻まれるであろうレースはもう間も無く始まろうとしていた。

 

─◇◆◇─

 

 地下馬道から続々と姿を表す、17頭の優駿達。色取り取りの勝負服を身に纏った騎手を乗せ、夏のドリームレースの舞台となる阪神競馬場に、彼らは1頭ずつ厩務員の手から離れて、緑のターフの上を駆け抜けていく。

 

《天気は晴れ、馬場は稍重。今年の宝塚記念は最高来場者数となる12万7000人が見に来てくれた世紀のドリームレース。さぁ、GIホース5頭が集った、第59回宝塚記念。全17頭で争われるこのGIレースの超豪華キャストをご紹介致します》

 

 一際目立つ芦毛の牝馬、赤いメンコがトレードマークの馬、チークピースを身に纏う海外馬、シャドーロールを揺らす栗毛馬、そして金色の鬣が映える雄大な馬格を備えた馬。

 

 実況の言葉を皮切りに、個性豊かな馬達が緑のターフを走り抜け、キャンターを行いながらゲート前──待機所に向かう。

 

《これが十二度目のGI挑戦。海外でも駆け抜けた歴戦の雄。夢見るGI戴冠を目指して、ステファノスと巌立泰成》

 

《緑のターフで魅せる黄色と黒の勝負服。近走2戦は連続2着と好走。勝利の美酒は最高の舞台で、ノーブルマーズと鷹蔵良》

 

《2016年の最優秀3歳牡馬サトノダイヤモンド。世代最強を示したその走り、この宝塚記念で、相棒のクリストファー・ロメールを乗せて、復活のGI勝利を目指します》

 

《大歓声が上がる。堂々としたファン投票1位の登場です。一昨年は最優秀2歳牡馬、去年は最優秀3歳牡馬と年度代表馬テイエムベルレクス。春の日差しに照らされる黄金の馬体。世代の頂点の次は古馬の頂点を。偉大なる父に向けて弔いのGI勝利と新たな金字塔を。大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念、いざ史上初の春古馬三冠へ。至高のパートナーは倭達龍司です》

 

《GI勝利までの道筋を照らす星の勝負服。見せてやるぞ大王の血。ミッキーロケットと松若楓間》

 

《前走はレコードで刻んだ待望の重賞制覇。レコードVの衝撃を再びGIの舞台で。このドリームレースで見せてやるぞ、ストロングタイタン。鞍上は河大夕雅》

 

《長距離こそが己の真価。この宝塚は間違いなく苦難のレース。しかし茨の道と知りながらも進む高貴な馬アルバート。騎手は藤丘洸太です》

 

《黄金の叙情詩に新たな一ページを。GIの舞台でその約束を果たして見せましょう。パフォーマプロミスと十咲京汰》

 

《香港帰りの出走となりますダンビュライト。4戦ぶりのコンビ、竹裕と演じるマジックショーをご覧ください》

 

《さぁ、やって来たぞ、去年のグランプリホース、サトノクラウン。最強の同期を破ったその脚で進む、宝塚記念連覇の道。鞍上は石端修です》

 

《京都とドバイで炸裂したその脚を、次は阪神で炸裂させよう。お姉ちゃんを超える三つ目のGIタイトルを冨久長悠逸を背に目指します、ヴィブロスです》

 

《2連勝で乗り込んだGIの晴れ舞台。この舞台での勝利こそが王に相応しき勲章です。サイモンラムセスと駒木太志》

 

《遂に躍り出た重賞戦線の新たな主役。重賞2勝で挑みますタツゴウゲキ。明山慎一郎と共にGI勝利という剛劇を》

 

《2000m以上こそが己の真価を発揮する真の舞台。海外からやって来た香港の刺客、ワーザー、ヒューストン・ボーマントです》

 

《今年の宝塚には牡馬の代わりにやって来たぞ芦毛の牝馬。白い馬体にピンクと黒の勝負服が映えますスマートレイアー。ここまで積み重ねた31戦全てはこの勝利のため、末山康丙》

 

《願い叶ったGI出走。重賞2勝の実績を手に、今度は勝利の流れを掴みに行きます。ゼーヴィント、生沿賢一》

 

《今度こそ、この大舞台で今度こそ。強大な同期の前に後塵を喫した菊花賞。最強の同期を倒すのはこの俺だ。GI勝利までの軌跡を描いて見せよう、キセキ。パートナーはミゲル・ドオドールです》

 

《以上17頭です》

 

 滑らかな口調で紹介された17頭。各々が必勝を誓い、返し馬を終えてゲート前に集う。

 阪神競馬場に集った12万人を超える大観衆の視線は一斉にゲートに向けられていた。

 

 

 

 係員に引かれて出走馬達のゲート入りは順調に進む。

 既に奇数番の馬達のゲート入りは完了し、残るは大外枠のキセキを含む偶数番の馬達である。

 

《6月24日は父がライバルに初めて敗れた日。そして父と同じ4番を背負って、GI8勝のジンクスを崩さんと今、テイエムベルレクスがゲートに収まりました》

 

 2枠4番、2001年6月24日に初めてライバルのメイショウドトウに敗れたあの宝塚記念の時と同じ、テイエムオペラオーの馬番。

 神の悪戯か、同じ日付と馬番に何か作為的なものを感じてしまう。しかし、ファン達にとってそれは些細なことに過ぎない。彼らはテイエムベルレクスの勝利とGI8勝という新たな偉業を見に来ている。

 

《秋華賞以来の国内GI制覇、冨久長ジョッキーと久しぶりのコンビ、ヴィブロス。そろそろ三つ目のGIタイトルを狙いたいサトノダイヤモンド。鞍上にはクリストファー・ローメルです。そして最後に大外枠のキセキが収まります》

 

 圧倒的1番人気なのは変わらず、春古馬二冠を圧倒的な実力で制したテイエムベルレクス。単勝オッズは1.1倍と、歴代1位となる77.3%の単勝支持率をマークした。

 

 2番人気には2016年の菊花賞と有馬記念を制したサトノダイヤモンド。有馬記念以降勝利から遠ざかってしまったが、再び栄冠を目指して出走し、前走の大阪杯を除いて国内では抜群の安定感を誇ったことから2番人気に支持された。

 

 3番人気はヴィブロス。ヴィクトリアマイルを連覇したヴィルシーナの全妹、ジャパンカップ勝ち馬シュヴァルグランの半妹という良血馬。自身も3歳牝馬限定競走の秋華賞を勝利し、翌2017年にはドバイターフを勝利した実力馬である。

 

《宝塚記念は父オペラオーが初めてライバルに敗れたレース。以降、GI最多勝利記録を超えることは叶いませんでした。そして今、その息子が競馬界のジンクスに挑まんとしています》

 

 大外枠のキセキがゲートへ収まって枠入りは完了した。鞍上のミゲル・デオドールは手綱を持ち替え、手応えを確かめている。

 

 全ての馬の枠入りが終わってスタート前の静けさが訪れる。場内の緊張感は一気に高まり、スタートの時を待つ。

 

《さぁ、父の無念を、ジンクスを超えて、上半期を締め括るドリームレース、宝塚記念スタート!》

 

 ゲートの金属音が響き渡って17頭が一斉にスタートする。

 大きな出遅れはない。各馬、最初の先頭争いを巡って前へ殺到する。テイエムベルレクスもいつも通り前目の位置に付こうと前進を開始する。

 

《各馬揃ったスタートを見せました。テイエムベルレクス、サトノダイヤモンド、さぁ、どうするんだ?内の黒い帽子は一つは前へ、もう一つは後に。桃色の勝負服は前へ行って、緑地の勝負服は少し下がっていきました》

 

 1番人気と2番人気、経済コースを通って前目の位置に付くテイエムベルレクスと後方へと下がって脚を溜めるサトノダイヤモンド。

 隣に並んだ同じ黒い帽子の人気馬2頭はお互いに対照的な行動を取った。

 

《3番人気のヴィヴロスは馬込みの中、中団の位置です。折り合いを付けたい冨久長ジョッキー。注目の先頭争いですが、なんとキセキが大外から一気に先頭へ!前へ前へ押していきます!ミゲル・デオドールです!手綱を押して前へと行きます!》

 

 中団では首を上げて悶えるヴィブロス。隣の12番、サイモンラムセスが外から一気に詰め寄って近付いてきたことに驚いたヴィブロスは首を上げてしまう。そしてそれを収めようと冨久長は手綱を絞って抑えようとしていた。

 

 そして大外枠だったキセキはミゲルに手綱を押されて一気に先頭へ躍り出る。少々過剰とも言えるペースを刻みながら先頭に立つと、ハナを切って逃げを打った。

 

 これまで追い込み脚質でレースに挑んでいたキセキは大胆にも逃げという脚質転換に打って出たのだ。

 

 これには実況だけでなく、スタンドも驚いた。追い込みから逃げという、ここまで大胆な脚質転換を行なった馬は例が少ない。順序は逆になるが、真逆とまで言える脚質転換で結果を収めた馬の代表格と言えば「変幻自在」と謳われたマヤノトップガンが例に挙がる。

 

 マヤノトップガンの場合は気性の悪化が原因で、それを解決するために追い込みに転じたという経緯があるが、キセキが逃げに転じたそれらしい理由が見当たらなかった。

 出遅れ癖があるが故に後方からの競馬を選択することが多かったが、ほとんどのレースで上がり3ハロン33秒から34秒台と安定して記録している。

 未だ重賞勝利はないが、堅実な結果を積み重ねてきた馬だ。

 

 特に気性難というわけでもなく、一線級の末脚を有するキセキを逃げさせる意図が見えず、場内には困惑と興奮が入り混じったざわめきが一瞬で伝播して広がっていった。

 

《先行争いは押して8歳馬サイモンラムセスとタツゴウゲキが行った。その2頭を交わして外からキセキがハナを切ります。そして前3頭の後ろにスマートレイアーです。ストロングタイタンが居て、ダンビュライト。そしてゼーヴィントと3番人気のヴィブロス、ちょうど中団。連覇を狙うサトノクラウンも中団に居ます》

 

 先頭はキセキ。その後ろをサイモンラムセスとタツゴウゲキが追う。スマートレイアー、ストロングタイタン、ダンビュライト、ゼーヴィントが続いた。中団のヴィヴロスは馬のリズムを取り戻そうと冨久長が手綱を絞って宥めていた。

 

 そして先頭のキセキから5、6番手の位置に付いていたテイエムベルレクス。現状の位置よりも更に位置押しを上げようとする倭達が手綱を押し、それに合わせてテイエムベルレクスは内を通って進出しようとするが、それを遮るようにダンビュライトとサトノクラウンらがテイエムベルレクスの前に移動して前方への道を塞ぐ。

 

 それを皮切りにパフォーマプロミスはテイエムベルレクスの左前に、ノーブルマーズは併走する形で横並びになって各々がテイエムベルレクスの進路をブロックした。

 キセキが速いペースを作り出して引っ張り上げる形で外を走る馬達が前へ前へと殺到し、ダンビュライトやサトノクラウンが前へ出てくる。

 

 テイエムベルレクスの周囲には馬が密集し、前へ出ようにも進路が無く、テイエムベルレクスは馬群の中に閉じ込められて進出が難しくなってしまう。

 馬群から逃れるため、必然的に後ろに下がらずを得ず、中団から後方まで位置を下げることになった。

 

《さぁ、後続の馬達が前に前にと行きます。1番人気のテイエムベルレクスは堪らずといった感じで後ろへ下がって行きます。その横から香港のワーザーが並びます。2番人気のサトノダイヤモンドは後方2番手から。1番人気、2番人気が並んでいます》

 

 キセキが逃げ、それに馬群を引っ張り上げられる形で馬群に巻き込まれたテイエムベルレクスは後ろへと追いやられる。後方から2、3番手まで下がることになり、その横にヒューストン騎乗の香港馬ワーザーが付いてピッタリとマークする。

 後ろと横からマークされる形となり、思うように動けないテイエムベルレクス。それを尻目にキセキは悠々と逃げに徹する。芝が稍重であることを気にせず、ハイペースを刻んで後続を突き離していく。

 

《今日、昨日は前が残る阪神競馬場、さぁ有力どころどうするか。先手を取ったのは17番のキセキ、ミゲル・デオドール。大逃げを狙っているのか2馬身のリード。2番手に12番のサイモンラムセス、1馬身空いて3番手にタツゴウゲキ。その後ろストロングタイタンが4番手。外目スマートレイアー5番手。内々5番ミッキーロケット。ピンクの帽子がゼーヴィントです》

 

 レースは最初の直線を通過し、第1コーナー、第2コーナーに。そして向こう正面を迎える。

 今年の宝塚記念は非常に早い流れとなっている。芝が稍重とベストコンディションでないにも関わらず、キセキはハイペースと呼べる流れを作り出し、強制的に消耗戦を作り出す。

 

 先頭はこれまでの後方待機の競馬から一転したキセキ。ペースは早いが、その様はあくまでも自然体。馬なりなままで逃げの姿勢に入り、楽な手応えで逃げている。

 キセキの作る流れに乗って追走する、2馬身程離れた位置に緑の帽子のサイモンラムセス。3番手から追うタツゴウゲキとストロングタイタン。外の方から追い上げるスマートレイアーと内に付いて追走するミッキーロケット。外枠から前までポジションを上げてきたゼーヴィントが続く。

 

《前半の1000mは58.7!かなり早いペースです!稍重の芝コース、早いペースで流れています!今日のキセキは大逃げで決めに来ました!ミゲル・デオドールはまだ手綱を持ったまま!》

 

 馬場が稍重と渋っているコースで、キセキの1000m通過タイムは驚異の58秒7。2番手のサイモンラムセスのタイムも59秒ジャストとかなりのハイペースでレースが展開されている。

 

 先頭を走るキセキはまだまだ余裕だ。持ち前のタフネスで後続とのリードを保っている。

 

 全体的に早い流れで進む第59回宝塚記念。キセキの逃げによって作り出されたこのハイペースは、ゆったりとした流れになりやすい阪神競馬場では異例なペースを生み出した。

 

 観衆は不安を抱かずにはいられない。

 未だ破れぬGI8勝の壁。競馬界のジンクスが、まるで意志を持つかのように、静かに、そして着実に、テイエムベルレクスへと迫っていた。

秋古馬三冠に向け、どのレースを前哨戦にするかのアンケート。一番票数の多かったレースを使おうかなと考えています。

  • 京都大賞典 GII
  • オールカマー GII
  • 毎日王冠 GII
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