フォーエバーヤングがジョッキークラブゴールドカップ優勝!BCクラシック連覇に向けて頑張ってください!
ロブチェンは始動戦を勝利!三冠に向けて松山弘平騎手と頑張れ!
名馬の肖像 2018年宝塚記念
ただ彼だけが
勝ち続けた。
絶対に負けなかった。
それがどれほど
困難なことか
ただ彼だけが知っていた。
重圧に耐え
剣戟を潜り抜け
包囲網を打ち砕いた
その先にある未踏の地を
ただ彼だけが知っていた。
彼の血を継ぐものが、同じ道を征く。
覇王よ、彼の栄光は受け継がれるのか──────
テイエムオペラオー
(うん、ベストなスタートを決めれたネ)
宝塚記念がスタートして第1コーナーと第2コーナーの中間地点。キセキに騎乗するミゲルはそうほくそ笑む。
現在キセキはハナを切って逃げている。ハイペースであるが、ミゲルは最初に前に前にと手綱を押しただけである。先頭に立てたら後は基本的に馬なりだ。
(キセキの強みは頑健な馬体と鋭い末脚。だけど、ベルレクスと比較すれば見劣りしてしまウ)
キセキはテイエムベルレクスと異なり、筋肉のよく張った見栄えのする馬体の持ち主。優れたタフネスの持ち主であり、父ルーラーシップ譲りの自慢の末脚が武器である。しかし父に似たのか、スタートがそれほど上手くはなかった。
出遅れ癖を有するため、後方からレースを展開せざるをえなかった。しかし、テイエムベルレクスに勝つには今までの戦法を根本的に変える必要があった。
テイエムベルレクスはスタミナ・末脚・頑健さの三つがよく強みとして取り上げられるが、ミゲルはこの強みを最大限発揮させているのが、スタートの巧みさだと考えている。
菊花賞では不良馬場に足を取られて出遅れたが、もし良馬場であったならば綺麗にスタートを決めてそのまま先行して勝利しただろう。あの不良馬場でメンバー上がり最速の脚を出したのだから、良馬場だったならばもしかしたら芝3000mの世界レコードも更新していたかもしれない。
優れたスタミナと飛び抜けた末脚を持つ馬が出遅れをせず、前で競馬をする。能力的に一枚も二枚も上手な馬がスタートの時点で差を付けてくるのだ。これだけ勝ち筋が大きく減る。
(だからこそ前で競馬をすル。キセキが狙って前で競馬をするのはこれが初めてダ。打っ付け本番で理想的なレースを展開するのは厳しイ。だから逃げを打ったガ……)
「思った以上ダ。It's perfect.(完璧だ)」
キセキは間違いなくGIを取れる馬だ。しかし、現時点はGIどころか、重賞勝利すらないという有り様。
GIを取る能力は確実にあるが、戦法とレース内容の噛み合わせが悪く、勝利に至っていないというのが現状だ。
だからこその逃げ。追い込んでダメなら逃げるという大胆な脚質転換を行なった。
一番理想なのは最も安定した先行策が望ましいが、先行策はしっかりと折り合える気性の良さが必要となる。度々暴走するキセキにそれを求めるのは酷だ。そして一番の問題は先行策は馬の実力が一番大きく現れる脚質であるということ。
常に想定を超えてくるテイエムベルレクスと同じ位置で勝負をしたら確実に負ける。
(ベルレクスは前の馬を捕まえるのが上手イ。周りはベルレクスに集中を割いて削られる中、自分は最後まで脚を残していル。本当に厄介ダ)
テイエムベルレクスの強さをミゲルは嫌というほど知っている。
レース展開によって戦法が変わるが、基本は先行押し切り。しかしやろうと思えば、逃げでも追い込みでもこなせる万能型。並外れたスタミナと天皇賞(春)であっても末脚を伸ばし続けられる持続力。更にはもう一段階加速できる二の脚を持っている。そして先行馬である故に競り合いにも滅法強い。
完全無欠。
この言葉がテイエムベルレクスを最も端的に表していると言える。
(後ろからでは絶対に勝てなイ。勝つにはベルレクスよりも前で競馬をすル。ベルレクスよりも絶対に前で競馬しなければいけなイ)
もちろん単純な話ではない。
スタートで後手を踏むことが多いキセキは後方でじっくりと脚を溜め、後半で一気に伸びるという末脚勝負に徹する他なかった。
自分から勝てる競馬を作れるテイエムベルレクスとは根本的に相性が悪過ぎるのだ。
(ならこちらも同じ真似をすればいイ。キセキの暴走癖と出遅れ癖は大分キョウセイできていル。ハナもすんなりと取れたし、後は掛からないようにすればいイ)
キセキがハナを切ったことで想定していたレースはいくつか崩れただろう。そして稍重に加えてこの荒れた馬場。キセキが予想以上にペースを飛ばしたことで、体力の消耗はより一層早くなる。
(ベルレクスの位置は……見えなイ。大分後ろに居るのかナ?)
チラリと後方をミゲルが振り返った時、テイエムベルレクスは見える位置に居なかった。そうなるとかなり後方に居るのだと考えられる。おまけによく見てみれば、外枠の馬達が2番手以降に続いているのが見えた。
(なるほど……ボク達が引っ張り上げたのカ。ということはベルレクスはそれに巻き込まれたのカ。だったらこれはチャンスだネ)
キセキが逃げたことで、それに釣られて外枠の馬が何頭か前まで上がって来ていた。それによって内枠だったテイエムベルレクスは前に行けず、そのまま押し込められる形で後方待機を強いられていた。
意図した展開ではないが、テイエムベルレクスが後方に追いやられたというのなら僥倖だ。これはテイエムベルレクスに勝つまたとないチャンスである。
(後ろとは……大体2馬身差かナ?ならこのペースを維持すればいイ)
まだ焦る必要はない。最大目標であるテイエムベルレクスには既にリードを取っている。あとは逸脱したペースにならないように気を付け、キセキの競馬に徹すること。
未だ敗北を知らぬ史上類を見ない怪物相手に初の黒星を刻むため、キセキとミゲルはこれでもかと闘志を滾らせていた。
ハイペースで進む宝塚記念。
宝塚記念の1000mの平均通過タイムは59秒前後。今回は58秒7というタイムを記録した。
確かに早いと言えるが、57秒というタイムで走り抜ける馬も居る中でハイペースかと言われれば首を傾げる微妙なタイムだ。しかしそれは良馬場である時の話で、今回の馬場は稍重という渋った状態だ。
稍重の範囲ではまだ走りやすい範囲であるが、これまでのレースの影響で芝は全体的に痛んでおり、凹んでいる箇所も散見された。
そしてテイエムベルレクスとキセキの存在。
未だ無敗の七冠馬テイエムベルレクスは後方2番手の位置。前に馬が殺到することで、後方へ追いやられて馬群の中から抜け出せずに居たが、キセキはマイペースに悠々と逃げていた。
後ろには要注意のテイエムベルレクスが控えているが、その様は不気味な程静かだ。一方でキセキが依然として楽な手応えで逃げ続けている。競り合いに行く馬がいなかったことで、体力は温存され、理想的な逃げを演じていた。
テイエムベルレクスの動きが気が気でない上にキセキの逃げ切りを許すかもしれないという懸念。そして稍重ながら想像以上に荒れているであろう馬場。
幾つもの要因が重なって生まれた不安と懐疑心は確実に蝕み、着実に精神を削っていた。
《真ん中に入った黄色い帽子のダンビュライト。黄色いシャドーロールが揺れている、2番のノーブルマーズは内々。連覇を狙うサトノクラウンは中団で、その外サトノダイヤモンド。いつの間にかローメルは中団外目に出しているぞ!ヴィブロスと並んでいる》
2馬身のリードを取って逃げる先頭のキセキ。2番手にはサイモンラムセス、そこから1馬身差離れてタツゴウゲキ。4番手からはストロングタイタン、外から仕掛けるスマートレイアー、内を突いて進出するのがミッキーロケットだ。
中団にはゼーヴィント、ダンビュライト、ノーブルマーズが横並びで追走し、その後ろにヴィブロスが続いた。
最初は掛かり気味だったヴィブロス。今は宥められたことで落ち着いており、道中でしっかりと折り合って最後の直線に向けてしっかりと脚を溜めている。
後方で待機していたサトノダイヤモンドは第2コーナーをカーブする前から位置を上げ始め、現在は中団後方の位置まで押し上げていた。隣並ぶヴィブロスと併走する形で、ローメルに手綱を押されて中団のポジションから更に押し上げを計った。
《内に1番のステノファレス、その後ろに4番テイエムベルレクス。それからパフォーマープロミス、隣並んでワーザーが居て、アルバートは最後方で、テイエムベルレクスをマークしています》
未だ後方、後ろから2番手の位置で追走するテイエムベルレクス。前にはステノファレスとパフォーマープロミス、横にはワーザー、そして後ろにはアルバートがピッタリと張り付いていた。
内埒沿いに押し込まれ、ステノファレスとパフォーマープロミスが前をブロックしたことでテイエムベルレクスは進路を失ってしまっていた。前が無理ならば外に出そうとしようにも、ワーザーとヒューストンがそれを許さず、一度後退しようにも後ろに付いたアルバートが今度は邪魔になった。
強引に後ろに下がれば妨害や不利を与えたと見做され、下手したら降着を喰らう可能性があった。だから倭達は下手に動けない。
完璧に封じ込められたテイエムベルレクス。前には行けず、強引に抜け出せば降着対象となるかもしれないという絶望的な盤面。
テイエムベルレクスの敗北を予期したのか、スタンドからは悲鳴交じりの歓声が飛び交っていた。
《先頭のキセキは3コーナー中間点、たった今800の標識を通過。前は非常に早い展開になった。さぁ、差しが決まるのか阪神競馬場!キセキはまだまだペースを緩めない!》
隊列は第3コーナーをカーブして第4コーナーに向かう。レースももう佳境に差し掛かり、残り800mを切っていた。もう間も無く第4コーナーを迎え、最後の直線に入ることだろう。
阪神の芝の直線は356.5m。スタートと比べ、コーナーから進入するため、最後の直線は短くなる。そして阪神は前残りしやすいコースだ。仕掛け時を逃してしまえば、もう前を捕まえることはできない。
《外から黒い帽子が上がっていく!サトノダイヤモンドが徐々に上がっていく!絶好の手応えでサトノダイヤモンド、ローメルが上がっていく!テイエムベルレクスはまだ後ろ!》
サトノダイヤモンドは更にポジションを上げ、大外を回って追い上げる。早いペースではあるが、菊花賞を制した実績を持つサトノダイヤモンド。落ちてくることはないが、ここからは脚をどれだけ長く持たせられるかになる。
そしてレースはいよいよ最終コーナーを迎える。
最後方から届くと言えない阪神コースの絶妙な距離。カーブが厳しく、小回りをしながら加速する器用さが必要とされる上に高低差1.8mながら急坂も待ち構えている。
スピードのある先行馬に有利に働くこのコース形態で、直線だけで捲るのはほぼ不可能だ。故にスタンドからは不安の声が上がり始め、このレースの行方を案じ始めていた。どれだけテイエムベルレクスが苦境に立たされているのかを理解しているからだ。
しかし、テイエムベルレクスと倭達の瞳から戦意は消えてはいなかった。
レースが始まってもう間も無く。最初の直線コースを抜け、倭達はテイエムベルレクスの背の上から周囲を確認していた。
(ダメだ。これだと前に行けない)
思わず倭達は唇を噛む。
スタートは悪くなかった。テイエムベルレクスはいつも通りの好スタートを決めてくれた。
問題はその直後だった。
キセキを始めとするゼーヴィントやスマートレイアーら外枠の馬達が前へ殺到したことで前への進路を失い、そのまま後方へ追いやられてしまった。そしてそれを好機と見られて、内埒に閉じ込められてしまった。
(外は無理。ワーザーとサトノダイヤモンドが閉じてる。後ろには……アルバートか!無理に出したら妨害扱いされて下手したら降着だ!)
無理に動くことはできない。というよりも、動けない。
ガッチリと閉じられて前と外。そして後ろに下がろうにも、アルバートが邪魔となっていた。
テイエムベルレクスは現在後ろから2番手もしくは3番手の位置。完全に追い込み馬と同じ位置である。
もちろんテイエムベルレクスの能力ならば、ここから勝利することもできる。だが、それは進路がある時の話だ。馬群から出られない今の状態では十全に能力を発揮することはできない。
(落ち着け。落ち着くんだ、倭達龍司)
倭達はそう自分に言い聞かせる。
今はまだ慌てる時ではない。どのような状況であっても、冷静さを失うことはマイナスにしかならない。それを倭達はよく知っている。
そして、倭達は数日前の記憶を思い出していた。
それは宝塚記念を間近に控えた時だった。
恩馬であるテイエムオペラオーが虹の橋を渡り、精神的に不安定だった時だ。
倭達はテイエムベルレクスの馬房に訪れ、自分の弱さを吐き出していた。しかし、倭達自身もこんな言葉には大した意味がないことは分かっている。
勝負には当然勝者と敗者が存在する。レースに出た相手は全員ライバルであり、打ち倒す敵だ。だから後悔を抱くことはあってはならない。それは同じレースを走ったライバルを等しく無下にする行為だ。
悔恨や自省は必要なものだろう。
勝者は勝者として、敗者は敗者として、その結果を受け入れる。そうして初めて次の
だが、倭達は吐き出さずにはいられなかった。
自分の不甲斐なさ、罪悪感、無力感、葛藤……とにかく自分の弱さを誰でもいいから聞いて欲しかったのだ。
「……本当にお前に相応しい騎手だと思うか?」
返事が返ってくる訳もない。
この問い掛けは実際に然程大きな意味は持っていない。
「……ごめんな。こんなこと聞かせて。でも、少し楽になったよ、ありがとう」
倭達はテイエムベルレクスの頭を撫でる。
まだ気持ちも晴れていない、声も震えたままだが、最初の時と比べれば幾分かマシになっていた。それでも、心の奥底ではまだ蟠りが残留し続けている。
「じゃあ、また明日。調教でな」
倭達はそう言って立ち去ろうとする。しかしそうは問屋が卸さない。
「え?」
立ち去ろうとする倭達をテイエムベルレクスは引き留めた。ジャケットの襟の周辺の部分を咥えて引っ張り、倭達をその場に踏み止まらせた。
「おいおい、どうしたんだ、ラン」
一歩進もうとすると、より強い力で引っ張る。
離そうとすれば、更に強く咥えて決して離そうとしない。
「帰るなって、ことかい?」
倭達がそう尋ねても、テイエムベルレクスは離さない。
テイエムベルレクスはまるで何かを訴えているかのようで、倭達に何かを伝えようとしているように感じた。
テイエムベルレクスは自己主張が少ない馬だ。人の手を煩わせず、扱いやすい穏やかな馬だ。それでも何かを伝えようとする時はこうやって人の服を咥えて引っ張ってくる。
そんな馬がこうやって引っ張ってくる。しかもそれなりの力を込めて引っ張っている。つまりそれだけ伝えたいことがあることが読み取れた。
倭達がテイエムベルレクスと向き合えば、テイエムベルレクスは咥えるのをやめ、倭達の瞳を覗き込むようにじっと見詰めていた。
「何か、僕に伝えたいことがあるのか?」
試しにそう尋ねてみるが、もちろん言葉は返ってこない。ただ真っ直ぐに、逸らそうとせずに、倭達のことを見詰めている。
馬は優れた共感能力を持った動物であるとされる。人間の表情と声のトーンを読み取り、気持ちを汲み取っているという話だ。
ならばテイエムベルレクスのこの行動も意味のある行動なのだろう。
「ラン、君は……」
人間と馬は言語を介して会話することは不可能だ。高い知能を備えているが、発声器官を有さない故に喋ることができないからだ。
しかし倭達はテイエムベルレクスが何を言わんとしているかを感覚的に感じ取ることができていた。言葉を介さずとも、彼はテイエムベルレクスと多くの時間を共にした、誰もが断言する唯一の相棒。その瞳を見れば、何を訴えているのか読み取ることができた。
「まだ、僕が乗ってもいいのか?」
詭弁かもしれない。
ただの妄想かもしれない。
こじつけかも知れない。
それは倭達が本当はテイエムベルレクスに乗りたいと願っていたが故に感じた言葉かもしれない。裏付けとなる根拠や理由なんてものはないが、テイエムベルレクスはその瞳でしっかりと語っていた。
「何を迷っているんだ。君が乗るんだろう。迷うことなんて何もないじゃないか」
そう言っているように聞こえた。
もしかすると、そう言って欲しかっただけなのかもしれない。
妄想だと言われればそれまでだが、それでも倭達はそう聞こえた。テイエムベルレクスの瞳からその意志をしっかりと感じた。
そしてテイエムベルレクスは「お前がいい」または「任せる」とでも言わんばかりに倭達の胸にぐいぐいと押した。
「……ありがとう。ランは僕を選ぶんだな」
テイエムベルレクスは倭達を選んだ。
なら倭達は応えなくてはいけない。それが倭達の役目なのだから。
「なら、泣き言は言ってられないよな。お前が選んでくれたんだから」
倭達はテイエムベルレクスの首元に手を添え、抱き締める。
「宝塚記念、一緒に行こう。そして、一緒に勝とう」
胸に残る痛みと悲しみはまだ消えていなかったが、もう声は震えなくなっていた。
迷うことなく、倭達は自信を持って言い切った。
テイエムベルレクスは静かに鼻を鳴らし、いつもの穏やかな仕草で応える。けれど、それが今の倭達には何よりも頼もしく、何よりも力強い返事に聞こえた。
(ランは
レースは今もキセキが引っ張って逃げている。テイエムベルレクスのポジションは後方のままで、サトノダイヤモンドが外から追い上げにかかったくらいで、そこまで大きな進展を見せていなかった。
(だから俺はランの期待に応えないといけない!)
今も外ではワーザーがテイエムベルレクスをマークして追走している。未だテイエムベルレクスは進路を見失ったままだ。
それでも倭達は焦らない。自分が焦ってしまえば、それだけで負けが確定するからだ。そして
稍重にしては早いこのペース。しかも逃げるキセキは一度もその脚を緩めていない。このペースのまま最後の直線まで向かうのだろう。ならば勝機はある。
(前と後ろでは流れに差は出てくるけど、さっきよりも雰囲気がピリついている。きっとキセキの動きが想定を超え始めている)
レースは常にキセキが握っていると言っても過言ではない。終始逃げに徹した上で一度もペースを緩めていない。
豊富なスタミナによる力押しだが、実際はかなり計算されている逃げだ。2番手のサイモンラムセスと2馬身のリードを保ち、逸脱することなくペースを維持して逃げる。
キセキは本当に逃げ切るつもりでこのレースに挑んでいる。
(だとしても隙はある。勝負は本当に最後の直線だ)
既にキセキの流れを壊す段階は過ぎた。様子見に徹した時点でキセキ陣営の作戦の成功は確定していた。
倭達が考えなくてはいけないのがキセキの状態。
逃げ馬が逃げ切るには予め届かない距離を作るか、二の脚を残して最後の直線で炸裂させること。この二つの内、キセキがやろうとしているのは後者。敢えて先行ではなく、逃げを選んだのは折り合いと脚を溜めることを並行して行うことを避けたのだと考えられる。
(キセキはハイペースで逃げているが、大きなリードは作っていない。最後に向けてしっかりと脚を残している)
阪神のコースと今の位置から考えれば依然として窮地に立たされているのは変わらない。しかし、この窮地に追い込んだキセキが自分達の逆転の手でもある。
このキセキが作り出したペースで既に先行集団はいっぱいいっぱいになっているはずだ。そうなったら最後の直線を迎えた時に確実に崩れる。
ワーザーに合わせて大外から回るのも手だが、今はそのロスすらも惜しい。内とは言えなくても、真ん中から抜け出せば後はキセキに届くまで追い続ける。
(重要なのは何処が開くか、そしてそれを見逃さないか。俺が結局見逃せばそれで終わる)
進路は必ず開くと倭達は読んでいる。しかし進路が開いても、倭達がそれを見落とせばもう勝機はない。
重要なのは予測とタイミング。
自然と手綱に力が籠る。決して見逃さないと言わんばかりに、倭達は前の馬群を凝視した。
勝負の時は、もうすぐ側まで来ている。
《キセキが先頭!ミゲルは追い出しにかかる!テイエムベルレクスはまだ後ろ!12万人の大歓声!大きな歓声を上げて、最終コーナーをカーブして直線コースに向く!》
最後のコーナを越えて、遂に最後の直線へと入る。中山や京都の急坂と比べれば高低差はないが、それでもかなりのハイペースでレースを進めてきた先行勢には着実に肉体と体力を削る厄介な代物として機能していた。
先頭のキセキは2馬身差のリードを保ちながら、最終コーナーをカーブして直線に入る。後続馬もそれに続き、手綱を押しながら一気に仕掛ける。
キセキに騎乗するミゲルも鞭を入れて粘り残りを計る。後続の各馬にも鞭が入って加速していくが、ここまでキセキは一度もペースを緩めなかった付けを払うことになった。
《後続が差を詰めて来たが、先頭はキセキ!ここで鞭を入れます、ミゲル・デオドール!サイモンラムセスを交わして内から来たミッキーロケット!ストロングタイタンも行くが少し苦しい!外からサトノダイヤモンドも先頭に並びかける!更にはヴィブロス、大外からワーザー!》
キセキのペースに付いて行った先行勢達は先頭争いに加われず、早々に脱落していく。自然体なままに走れたキセキと異なり、気が張り詰めていた先行馬に最早キセキを捉える程の体力と脚は無く、そのまま捌けるように後退していく。
そしてそれを交わすために外から上がっていたサトノダイヤモンドは捌けた先行馬を交わすために必要以上に外を回されることになり、終始後方で待機していたワーザーは更に外を振らされた。
他の有力馬も先行勢の乱れた動きに巻き込まれて動き辛くなり、ヴィブロスは外目に出せたが、サトノクラウンは結局ポジションを変えることができずに前が壁となってしまう。
《サトノダイヤモンドとヴィブロスは伸びるのか!大外からはワーザーが来た!香港年度代表馬が来たぞ!そして、来た!来た!来た!間を割ってテイエムベルレクスが来た!》
実況が大声を上げ、スタンドからは大歓声が上がる。誰もが待っていた最強がやって来たからである。そう、この程度のピンチを彼の父は乗り越えている。ならば、その息子ができない訳がない。
脱落していく先行馬達が入り混じり、内と外から追い上げる馬が鬩ぎ合う、混沌とする固まった馬群。脚とスタミナを無くし、捌けていく馬達が作り出した僅かな隙間。その隙間を縫うように、倭達の鞭に応えて一気に伸びて来るただ1頭の栗毛の馬体。
先まで最後方に居たはずのその馬は、黄金の鬣を揺らして、一気に先頭争いに加わった。
《馬群を割って、黒い帽子が一気に伸びて来た!最強の馬がやって来たぞ!ヴィブロスとサトノダイヤモンドを交わして一気に4番手、3番手!まだまだ伸びる!まだまだ伸びる!先頭のキセキを捉えるのか!残り200m!》
先程まで後方に居たテイエムベルレクスは溜めていた脚を一気に爆発させ、次元違いの末脚を炸裂させる。
稍重の芝を物ともせず、その豪脚で粘る先行勢をまとめて捉えて並ぶ間も無く交わして2番手に上がる。後はキセキを交わすだけだが、もう200mもない直線で未だ2馬身のリードを取り続けている。
キセキには右鞭が入り続け、凄まじい粘り腰を見せている。その脚色は確実に鈍っているが、それでも抜群の手応えで先頭を死守している。倭達も鞭を入れてテイエムベルレクスに檄を送り続け、それに応えようとテイエムベルレクスは更にギアを上げる。
《先頭キセキ!内でミッキーロケットが粘っている!ベルレクスが来る!ベルレクスが来る!外からワーザーだ!これが世界の実力か!》
残り100m。ここでテイエムベルレクスが遂にキセキを捕まえる。後は追い抜くだけだが、ここでキセキは更にもう一伸びを見せた。それを見てテイエムベルレクスも自ずとギアを上げ、再び並びかける。
《キセキ粘る!キセキ粘る!しかしベルレクスも上がってくる!ここでは負けられない去年の三冠馬!キセキが遂に一矢を報いるのか!宿敵をGIで破るのか!》
完全に馬体が並び合い、互いに鞭が入って凄まじい競り合いを見せる。
どちらも決して先頭を譲らない。ただ2頭だけの世界となった一騎打ち。
世紀のレースと言っても過言ではない熱きレースに、アナウンサーは思わず立ち上がってしまう。
スタンドからはキセキとテイエムベルレクス、両馬の名前を叫んで応援し、嶺苑と螺浦は固唾を飲んでレースの行方を見守っていた。
どちらが勝ってもおかしくない至高の一戦。しかし、それももう間も無く終わろうしている。
《外からワーザーが来るが届かない!キセキかベルレクスか!キセキかベルレクスか!》
ゴール板を通過するその最後まで、2頭の馬体は完全に並んでいた。そのまま並んでゴールインするかと思われたが、ゴール板の目前、最後の最後でテイエムベルレクスがアタマ差抜け出て、1位で入選を果たした。
《ベルレクスだ!!テイエムベルレクスです!!テイエムベルレクスと倭達龍司!!遂に、皇帝ルドルフの壁を越えた!!GI8勝目!!競馬界のジンクスを越えて、ライバルを蹴散らして、父の無念を晴らして、競馬界の新たな伝説を作りました!!》
アナウンサーが叫ぶと同時に、スタンドから本日何度目かの大歓声が上がり、阪神の大空に響き渡った。
勝利を手にしたのはテイエムベルレクス。徹底的にマークされ、馬群に囲まれた尾花栗毛の絶対王者がレースを制した。
阪神競馬場にはこれでもかと大歓声が響き渡った。
序盤の名馬の肖像はhyugeru29さんが少しの変更を加えて39話で投稿してくれたものです。ベルレクスが宣言した上でグランドスラムに挑んでいるので、語句がちょっと異なるんじゃないかとという考えの下で考案してくれたものになります。
秋古馬三冠に向け、どのレースを前哨戦にするかのアンケート。一番票数の多かったレースを使おうかなと考えています。
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京都大賞典 GII
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オールカマー GII
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毎日王冠 GII