楽しみにしている読者も居る中、申し訳ないです。今年中には2018年篇を何とか書き終えようと頑張っていきます。応援よろしくお願いします。
毎日投稿している方は本当に尊敬します。
日曜日、テレビ越しで菊花賞を見ました。ロブチェンは残念でしたね。改めて三冠の難しさと長距離において騎手の実力がどれだけ出るかが分かった気がします。次走が気になるところですが、今はゆっくりと体を休めて欲しいです。
宝塚記念を終えた後、テイエムベルレクスは休養のために北海道へ移送された。二冠馬となった弟と共に生まれ故郷の牧場へと戻り、英気を養うために放牧に出されていた。
現在テイエムベルレクスは放牧地の中で母馬のブランベラルーシと一緒に過ごしている。子を宿す母を気遣ってか、テイエムベルレクスは寄り添うようにして放牧地に置かれた牧草を母馬と一緒に食みながら静養していた。そして彼の周りにはもう時期育成牧場へ移動する予定のステラと離乳を控えているセキの姿があり、そこから少し離れた場所でアークはぼんやりと過ごしていた。
離乳した仔馬は母馬とは基本二度と出会うことはないが、馬主である嶺苑の計らいによってテイエムベルレクスは母馬と多く過ごす機会が特別多かった。自分の夢を叶えてくれたせめてものお礼と感謝を伝えるためである。
「今日もゆっくりしていますね」
「ランにしては珍しいが……まぁ、そういうこともあるだろ。名実共に親父越えを果たしたからな。ゆっくりと休みたいんだろう」
放牧地の外から見守りながら、鹿嶋と雨縁はそんなことを話していた。そして話題の中心にはもちろんのことテイエムベルレクスが居た。
「春のレースはどれも見応えがありましたからね。特に宝塚記念は凄かったですからね」
「ずっと馬群の中に閉じ込められたままだったからな。それを最後は差し切って勝つんだから、流石としか言えんな」
「ランの勝負根性の強さが見えましたね」
「勝負根性というか、アレはどっちかと言うと追い込みによる押し切りだな」
話は春のグランプリである宝塚記念へ移る。
今年の宝塚記念は色々と記念すべきメモリアル勝利になった。テイエムベルレクスの勝利によって本馬は歴代最多となるGI8勝目を飾り、先日天国へ旅立ったテイエムオペラオーに弔いとなるGI勝利を捧げた。鞍上の倭達龍司も17年前の事実上のリベンジを果たし、人馬共に記念となったレースだった。
「これだけ実績を残してますから、ますますリトにも期待が持てますね。早ければ年末にデビューですかね?」
「まっ、秋はアークは既に二冠、秋は三冠の期待がかかっている。これで負けてもGI3勝と言う実績は消えないし、この活躍ぶりだ。リトが条件戦やオープン戦止まりになっても、種牡馬入りのオファーは入るかもな」
「こっちとしては兄2頭みたいに活躍して欲しいですけどね」
「そうなったらこっちも嬉しいが、まぁ、そんな甘い話ではないな。血統だの馬体など色々あるが、運任せみたいなところもある。馬の能力を見抜くなんて人間にはできんよ」
競馬の世界はブラッドスポーツ。近親に活躍した馬達が多ければ、それに近い血統の持ち主である馬への期待は大きくなる。GI馬の弟妹であるならばその期待はより一層大きくなる。
しかし血統だけで決まらないのが競馬の常識だ。良血馬であっても活躍しない馬は山程ある話で、大金を叩いて購入した馬が全く走らないというのはそう珍しくもない。一番酷い事例はターフに立つことなく、繁殖入りとなることだ。
一方でマイナー血統からGIを制する馬も度々現れているが、それは結局一代限りで極々稀だ。そんな馬が現れる理由としては隔世遺伝、牝系との相性の良さ、鍛え方などだろうが考えられるだろうか。
「ランやアークが活躍しているし、血統への裏付けはできたようなものだだろう。だが、マイナーな血統であることは依然と変わらないし、今の所あの2頭以外は活躍が乏しい」
「兄弟が活躍しているから大丈夫と言えないのも競馬の常識ですからね」
「そうだな。まぁ、大丈夫なようにも思うがな」
「えっ、どうしてですか?」
鹿嶋は視線を一度放牧地へ戻す。
母馬のブランベラルーシは今も牧草を食んで過ごしているが、食べ終えたテイエムベルレクスは食後の運動のためか、放牧地の中をトコトコと歩き回っていた。その後を追ってステラとセキの2頭が続き、ゆっくりとした足取りで兄の背中を追いかけている。
「リトは臆病な仔馬だったが、ランに触発されて動き回るのがデフォルトになってたからな。体は十分鍛えられてる。育成牧場でも馴致には苦労しているそうだが、能力は折り紙付きらしい」
リトは幼駒の時から芦毛の特徴が垣間見れた、体の小柄さが目立つ馬だった。
産まれた時から馬一倍臆病な性格で、いつも母親の側から離れることができなかった。離乳後は放牧地の端っこに身を寄せ、他馬との関わりを極端にまで恐れる。
束の間の休息で帰ってきたテイエムベルレクスには母と同じ流星を持つことからよく懐き、彼の前では甘える姿を見せた。
「今は欠点が目立つ馬かもしれないが、あの子はしっかりと育っている。これまた度肝を抜かすような成績を残すだろうさ」
薄らと笑みを浮かべながら鹿嶋は語る。まるで子供のように鹿嶋は目を輝かせ、その目から楽しみと大きな期待が窺うことができた。
「これからリトはランの軌跡をなぞるように競走馬になるはずだ。仮に何処かで躓いても、大丈夫だろう」
「……大丈夫な根拠ってなんですか?」
「厩舎はランと同じ所だと聞いてる。リトが迷えば、ランが導いてくれる。あの子は良い兄だからね。必要以上に世話を焼こうとするさ」
そう言えば、鹿嶋は「あれを見て見ろ」と言わんばかりに放牧地の方へ顔を向ける。
先までテイエムベルレクスを追いかけていたステラとセキの2頭は立ち止まった兄の元で戯れていた。ステラとセキは互いに寄り添うように戯れ合い、すぐ側でテイエムベルレクスは2頭を見守っていた。適宜に参入して怪我を負わぬように気を配り、時には走り方を教えるような仕草も見られる。
「あぁ〜……確かにこれなら大丈夫そうですね」
「だろ?何せ現役最強のGI8勝馬の指導だ。同じ厩舎に所属すれば併走はよくするだろうし、リトにとっては良い刺激になるはずだ」
名馬との巡り合いは、騎手を育てるだけではない。名馬と出会うことによって成長するのは馬にも当て嵌まることだ。いや、成長と言うよりはお互いを支え合うと言う言葉が当て嵌まるだろうか。
馬には当然だが相性というものがある。相性の良し悪しは様々で、馬同士の仲の良さ、毛色や体格が好みであること……馬によって条件は様々で、絞り込むことはできない。しかし言えることはお互いに良い影響を及ぼし、プラスに働くことが重要なのだ。
「GIまで届きますかね?」
「それは分からん。ランやアークと比較してはいかんし、そもそも能力や戦術が兄弟で異なる。だから単純な比較はできないからそこまでは読めん」
そこまで言って鹿嶋は肩を竦める。
「勝ち負けは大事だが、それだけが馬の勝ちを決めるわけじゃない。例えGIに届かなくても、あの子は今を一生懸命生きている。まだ誰にも分からないんだ。長い目で見守ってあげよう」
そう、分からない。分からないのだ。
のんびりと過ごすテイエムベルレクス。その周囲で無邪気に戯れるステラとセキ。そして1頭離れた場所で佇むテイエムノアアーク。
この場には居ないが、育成牧場で競走馬となるために今もリトは訓練を続けている。今年、遅くとも来年の春には兄の背を追い、その小さな体を震わし、ターフに羽ばたいていくだろう。
あの激闘の宝塚記念を終えてもう間も無く、私は故郷の牧場に戻っていた。
今はステラとセキに囲まれながら、母親と一緒に過ごしている。アークはポツンと1頭だけ離れた所で我関せずを貫いていた。いつもはテンションが高いというのに、どうしてこういう時は静かなのか。まぁ、それだけオンとオフがはっきりしているのだろう。
……あれからもう早くも1ヶ月経とうとしている。
そう、私の父であるテイエムオペラオーに追悼の意を込めたGI勝利を捧げてから、もう1ヶ月も経とうとしている。
あれから色んなことがあった。
宝塚記念を勝利して口取り式を終えた後、阪神に設置されていた献花台の前まで倭達さん含めて厩舎全員で赴き、黙祷を捧げた。
北海道に戻ると、オペラオーが亡くなった伯馬牧場に建てられた墓石に花を添えた。
実際に会ったことはないし、話したこともない。今世の母親と比べて接点が皆無だった故に私の中で悲しみというものは小さかった。
薄情だとも思うが、私の中でテイエムオペラオーは父と言うよりは教科書に載る英雄や偉人の類いだった。だから悲しみよりもただ安らかに逝って欲しいという願いが勝った。面識は無いが、偉大な先人であることに違いはないのだから、彼の最期は穏やかであった欲しい。
周りに耳を澄ませば、父の名がいつも以上に聞こえてきた。
オペラオーに対する無念さと種牡馬としての期待。だが、それよりも耳に届いたのは倭達さんの慟哭だった。泣き叫んでもいなければ、涙を流して瞼を腫らしてもいない、悲しみを誰かに訴えているわけでもなかった。
表面上だけ見れば、普段と大きく変わらないように見えた。
だが……その心の奥底には奈落を思わせる程の深い悲しみがあった。
何かを失ったという事実だけが残るぽっかりと開いた空洞。どれだけ言葉を重ねようと、決して埋めることのできない空白、そんな悲しみだ。
これだけで、どれだけ倭達さんがオペラオーに想いを馳せていたのか、どれ程の存在であったのかが窺えた。
宝塚記念を間近に控えたある日のことだった。
その日にやるべきことを全て終え、馬房の中で過ごしていた時だ。コツコツと靴音を鳴らしながら、倭達さんが私の馬房までやって来たのだ。
何かあったのだろうかと思い、馬房から顔を出せば、今にも消えてしまいそうな顔をしている倭達さんの姿があった。
一体どれだけの想いを溜め込み、どれだけの言葉を飲み込んできたのだろう。
そんな顔をした倭達さんがようやく口にしたのはオペラオーと共に歩んだ輝かしい日々と苦悶に満ちた日々だ。
テイエムオペラオーから、たくさんの贈り物を貰ったのだという。
競馬を教えてもらった。勝つことの喜びを知った。敗れることの悔しさを知った。そして、どれほど苦しい状況に置かれても、最後まで諦めずに走り抜くことを教えてもらった。
一つ一つ、思い出すように、倭達さんは所々で声を震わせながら語ってくれた。そして今度は私から願っていたGIタイトルを贈って貰ったと、ぎこちない笑みを浮かべながら話し、私の頭を優しい手付きで撫でてくれた。
しかし、思い出話は次第に懺悔のようなものへと変わり、次に倭達さんが吐き出したのは自分の情けなさと自分の無力さへの恐れだった。
GIを勝ち、ダービーを制し、三冠ジョッキーにまでなった。だけれど、自分自身の成長を信じることができない。
それが、今の倭達さんを苦しめているものだった。
「僕は……本当にお前に相応しい騎手だと思うか?」
俯きながら、最後に吐き出したその言葉はあまりにも弱々しく、そこに、いつものように頼もしい倭達さんの姿はなかった。
私の手綱を握って一緒に走ってくれる。迷いを見せながらも、最後は決断して勝利に導いてくれた。どんな舞台でも最後まで諦めず、勝利へただ直向きに走る人。
そんな彼が、自分自身の存在を疑う程の懐疑心と恐怖心に包まれている。
私は何も答えることができなかった。
人間の言葉を話せない私には、彼の問いに言葉で返すことなどできやしない。そもそも、騎手としての技量を私が評価することなどできるはずもない。
ただ私は、倭達さんの顔を見詰めることしかできない。
私はどんな言葉を書ければいいのか分からなかった。何かを求めているのか、慰めてほしいのか、それとも否定して欲しいのか……私には分からない。
だけれど、一つだけ確かなことがある。
私の鞍上は、倭達さん以外に居ないということだ。
これまで幾度となく、彼の手綱に導かれてきた。どれほど苦しい展開でも、最後まで私を信じてくれた。私が走ることを諦めない限り、彼もまた諦めなかった。
故に、彼以外の騎手が私の背に乗ることは許容できなかった。
テイエムベルレクスは、倭達龍司と共に飛翔したのだ。倭達龍司と共に栄光を掴んだのだ。倭達龍司が騎手だったからこそ、テイエムベルレクスは三冠馬になれたのだ。
だからこそ、私は彼に顔を近付けた。
服の端を加えて引っ張り、その胸に鼻先を寄せた。
言葉の代わりに、今の私にできることを伝えるように。
「まだ、僕が乗ってもいいのか?」
その声は、酷く弱々しかった。
彼の胸元に鼻先を押し付けた私は、何度も何度も、ぐいぐいと押し返す。
──何を迷っているんだ。君が乗るんだろう。迷うことなんて何もないじゃないか。
そう、迷う必要なんてない。何をそんなに悩んでいるというのだ。
私が走る時、私の背中に跨るのはあなたなのだろう。
私が選んだのは、あなたなのだから。
私に乗るのは、テイエムオペラオーの唯一無二の相棒である倭達龍司なのだから。
「……ありがとう。ランは僕を選ぶんだな」
これは私の自己満足だろう。ただのエゴなのだろう。私の行動に倭達さんが意味を見出してくれただけなのかもしれない。人間の言葉を話せない私の気持ちを、彼が都合よく解釈しただけなのかもしれない。
だが、それでも構わない。
私のこの気持ちは偽りではなく、私の願いなのだから。
そして、倭達さんは前を向き、また私の背中を押してくれた。多くの期待、大きな重圧が伸し掛かっていたに違いないというのに、倭達さんは全てを振り切って前を向いた。私と一緒に走ることを選んでくれた。
ならば私も前を向き続けなければ。
宝塚記念で倭達さんは、前へと進んだ。なら私も下を向いてはいられないな。秋にもまだまだ大仕事が待っているのだから。
いよいよ天皇賞(秋)とBCクラシックですね。BCクラシックはフォーエバーヤングに連覇して欲しいという思いだけですが、天皇賞(秋)に関して、私的にはクロワデュノールとマスカレードボールの2頭は外せませんが、期待値はマスカレードボールが大きいです。