東京都府中市、東京競馬場。
今日の東京競馬場ではメインレースである重賞レースの東京スポーツ杯2歳ステークスがある。距離は芝1800mで格付けはGIII。重賞レースがあるからと、場内は朝から活気で溢れている。
そして今回、このレースでは
2000年、絶対王者として競馬界に君臨したテイエムオペラオーの産駒である。そして馬主・調教師・騎手全て同じ陣営で競走馬デビューを果たした本馬は今回が重賞初挑戦になる。
時が経つにつれてその実績が評価され、徐々に人気を獲得していったテイエムオペラオー。特に2000年の有馬記念*1の激闘は今もファンの記憶に深く残っている。しかしテイエムオペラオーは種牡馬としての功績は残せず、その中で登場したテイエムベルレクスはテイエムオペラオー産駒として注目されている。そしてテイエムベルレクスが注目される理由は倭達龍司という1人の騎手の存在。
彼はテイエムオペラオー唯一の相棒としてその名を馳せ、泥臭くとも馬を勝たせようとする騎乗スタイルと誠実かつ謙虚な姿勢から競馬ファンから多くの支持と人気を集めている。
父の背に乗った嘗ての相棒がその子に跨る。この構図に血のドラマを感じさせ、往年の競馬ファンにとっては物語の続きを見ているかのような巡り合わせだった。
そんな人気と直線の長い競馬場で余裕の逃げ切りで2連勝したテイエムベルレクスの実績と能力が評価されて単勝は2.2倍、初の1番人気に支持されてレースへ挑むことになった。
対抗馬として挙げられたのは無敗の三冠馬ディープインパクトを父に持つ良血馬のムーヴザワールドと前走のサウジアラビアロイヤルカップを上がり3ハロン33秒8の豪脚で勝利したブレスジャーニー、札幌2歳ステークスで重賞制覇を飾ったトラストの3頭。それぞれ本レースでは2番人気、3番人気、4番人気と高い支持を得ている。
この3頭の中でムーヴザワールドとブレスジャーニーが抜きん出た評価を得ており、そこにテイエムベルレクスを加えた三強を形成していた。しかし評価こそ1番人気であったが、評論家の間では「ムーヴザワールドとブレスジャーニーの二強対決になる」という評価が多かった。
その理由はやはり血統背景。日本で主流のサンデーサイレンスの血が入っておらず、父は種牡馬として不振に終わったテイエムオペラオーで、しかも母系に流れるのは昭和で活躍した種牡馬の名前ばかり。母父であるホワイトマズルの父のダンシングブレーヴは日本でも結果を残したものの、父系は衰退してしまっている。
テイエムベルレクスは2戦だけだが、共に高い能力を示している。しかし重賞勝利がない現状、「過大評価である」というのが評論家の下した結論であった。
出走前、調教師の伊和本と勝負服に身を包んだ倭達は2人で確認を行なっていた。
「さて……今日は初の重賞だが、肝心のレースは先行策で進めていくぞ」
「マークがいよいよ厳しくなってきますからね」
「あぁ、ランはずっと逃げで勝ってきたからな。逃げ馬だと思っているだろうが、あんまり当てにはするなよ。オペラオーが先行策で勝ってきたんだ。控えたとしても向こうも予想通りだって感じであまり意表は突けんだろう」
「それは概ね予想できています。僕がやることは逃げ馬を確実に捉えられる距離を保つこと、スパートを掛けるタイミングを見逃さないこと、この二つですね」
「そうだ」
倭達の言葉に伊和本は頷いた。
前者は確実な逃げ切りを防ぐため、後者は後続馬から差し切られるのを防ぐためだ。
前者はいわゆる先行や差しという戦法。逃げ馬の逃げ切り勝ちを防ぐためだが、仮に逃げ馬がハイペースで逃げた場合、先行馬が折り合いを欠いてしまえばスタミナ切れを起こす可能性がある。ランならばそのような事態も起こらないだろうし、スタミナに関しては折り紙つきなので問題はない。
後者に関しては各馬の末脚とその距離によって変わるので、どのタイミングでスパートを掛けるかが重要となる。しかしこれに関しては最終コーナー手前で加速し始め、ロングスパートを決められばそこまで大きな問題にはならないだろう。
「作戦に関してはその二つを要点に置いておけば問題はない。スパートのタイミングは最終コーナーより前であれば安牌だろう」
「そうですね。ランならばスタミナの問題はありませんしね」
「あぁ、能力は問題ない。問題は……」
「ランがこの空気に当てられないか、ということですね」
倭達の言葉に伊和本は静かに頷いた。
ランが賢いのは周知の事実。気性も落ち着いていてレースでは決して掛からない。しかしそれは格の低かったレースだからの話だ。
重賞というのは競走馬にとってタイトル獲得になり、明確な実績・栄誉となるモノだ。それだけに出走してくるのは条件クラスやオープンクラスの馬よりもレベルが高い。また、重賞となればテレビカメラや観客数も多くなり、環境が大きく違ってくる。その雰囲気に呑まれて馬が入れ込んでしまうことがある。
「見た感じでは入れ込んでいる様子は見られませんね。発汗の様子もありません」
「逆に萎縮してしまっているのか……」
パドック側に目を向ければ坂原に引かれながら、歩くテイエムベルレクスの姿を視界に収める。
興奮・発汗しているようには見えない。少なくとも入れ込んでいるわけではない。体の動きもどこかおかしい箇所があるわけでもない。
何かしら異常があればそれが変化として身体に出ているはずなのだが、それがない。ないということは精神面に不調があるというわけではないと判断できる。
「う〜む……これ以上は考えても仕方ない、か」
「……大丈夫ですよ、伊和本先生。ランはそんな柔な馬じゃありません。だって、あのオペラオーの子供ですよ?」
不安に駆られる伊和本に対して、倭達は思わずそう言った。
「このレースがランにとっての登竜門になるとは思っています。だけど大丈夫です。ランならどんな状況だろうと負けません。アイツはこんなレースで緊張するほど弱くありませんよ」
「……そうだな。アイツは柔じゃない。それは私達が一番よく知っているもんな」
倭達の言葉に思わず苦笑してしまう。騎手は馬の能力を最大限まで発揮してレースに挑まなくてはならないのだから期待される馬に乗るほどそのプレッシャーは大きくなる。だと言うのに倭達はそんな様子を微塵も感じさせない。騎手としては10年以上のベテランだが、テイエムオペラオーの子に騎乗していることが大きいのかもしれない。
騎手が覚悟を決めているというのなら、調教師の自分は快く送り出すのが務めだろう。
「ふぅ……よし、レースに関して先の通り先行策だ。内に付ければいいが、恐らく周りはそれを許さないはずだ。外へ振らされる可能性も留意しておくんだ。そうなったら無理に内へ行く必要はない。直線を迎えてバラけた時、前を塞がれるか外へ追いやられないように注意するんだ」
「分かりました」
「勝ちに行けよ、倭達」
「はい!」
調教師の自分ができるのはここまでだ。あとは信じて待つだけである。倭達はテイエムベルレクスを信じたのだ。自分は倭達とテイエムベルレクスを信じるだけである。
パドックに向かう倭達を見送ると、自分は馬主席に居る嶺苑の下へ足を進めた。
《東京競馬場第11レース、本日で第21回目を迎えます東京スポーツ杯2歳ステークス。今年は11頭の優駿が揃いました》
東京競馬場のパドックでは今回の出走する全11頭が厩務員に引かれて周回している。既に騎手達は騎乗しており、あとは出走の時を待つだけである。
《本レースで1番人気に支持されましたテイエムベルレクス。騎手は倭達龍司。これまで逃げて2連勝、テイエムオペラオー産駒として初の重賞制覇になるでしょうか?続けて2番人気ムーヴザワールド。騎手はクリストファー・ローメル。新馬戦では父譲りの末脚を見せて勝利しました。単勝は2.6倍です。3番人気はブレスジャーニー。鞍上は
地下馬道から芝の上へ部隊を移すと、各馬返し馬を済ませて、ゲートへと入って行く。
本レースで1番人気に支持されたのはテイエムベルレクス。そこに僅差でムーヴザワールドとブレスジャーニーが続き、単勝5.2倍の4番人気のトラストが入った。
今回のレースでよりマークされるのはブレスジャーニーとトラストの2頭。出走馬の中で既に重賞を制覇しているこの2頭は抜きん出た実績を持っている。特にブレスジャーニーが前走のサウジアラビアロイヤルカップで見せた末脚は警戒が必要だ。
《さぁ、各馬順調にゲート入りを進めます。本日の東京競馬場の天気は小雨で、馬場は稍重の発表です。本レースで初の1番人気を迎えましたテイエムベルレクス。ここまで逃げて2連勝、安定した強さで勝ち上がってきました。嘗ての父の相棒と共に重賞初制覇を目指します。2番人気に支持されたのはムーヴザワールド。新馬戦では父ディープインパクトを彷彿とさせる末脚を見せて快勝。その父譲りの末脚を本レースで見せることはできるでしょうか?3番人気、4番人気はブレスジャーニーとトラスト。この2頭は本レースのメンバーの中で既に重賞を制しております。もし勝つとしたらこの2頭になるでしょうか?二つ目の重賞タイトルへ向けてレースへ挑みます》
また1頭、また1頭とゲートへ入り、出走の時を待つ。既にファンファーレは流れ終わり、静寂な時間が場内を支配した。降り落ちる小雨の音がやけに大きく聞こえ、ゲートが開くまでの時間が長く感じさせた。
《全馬、無事にゲートへ収まりました。係員が離れて……今、スタートしました!やはり良いスタートを切りました7番のテイエムベルレクス!しかし5番のトラストも好スタートを切って先頭へ行きます!4番のマイネルエパティカも2番手へ、早くも飛ばしていきます》
いつも通り好スタートを決めて先頭へ立とうとするテイエムベルレクス。しかしそれを阻止するようにトラストも好スタートを決めて前へ行く。更にその内からマイネルエパティカも並び立ち、2頭の前へ行く。
《先頭を譲って外3番手に控えましたテイエムベルレクス。4番手にはジュンヴァリアス、内から2番のショワドゥロワが行きました。外には11番のオーバースペック、どうやら折り合いはついているようです。9番のエルデュクラージュがその直後に付きました。向正面に入ります。先頭は4番のマイネルエパティカに譲りました。5番のトラストは2番手からの競馬。ちょっと掛かっているか、なんとか
先頭集団は4番のマイネルエパティカ、5番のトラスト、7番のテイエムベルレクスという順番。これまで逃げていたテイエムベルレクスはトラストがハナを主張したことで控え、その内からマイネルエパティカが来たことで、この2頭がレースを引っ張って行く形になった。しかし無理にハナを主張したせいか、トラストは口を割って掛かり気味だ。騎手が必死に抑えている。一方でテイエムベルレクスは今までの逃げ戦法を封じられたのにも関わらず、掛かることはなく、騎手の指示に素直に応じて控えた。現在は2番手のトラストから1馬身離れた位置で追走している。
《ショワドゥロワ、オーバースペック、ジュンヴァリアスの3頭は前のテイエムベルレクスをマークする形でこの位置に固まっています。向正面中ほどを通過していきます。その後、馬群がちょっと切れました。内2番のショワドゥロワ、外を通って11番オーバースペック。あとは少し離れて8番ジュンヴァリアス、それから9番エルデュクラージュが続いています。馬群が切れて6番のブレスジャーニーは中団より後ろ。1番のムーヴザワールド、その内に9番のスワーヴリチャード。そして後方から3番キングズラッシュという展開です》
隊列はおおよそ固まった。全部で三つのグループに分かれるように馬群が切れている。
まず逃げるマイネルエパティカがハナを切ってそれに続くトラストと外に付いたテイエムベルレクスの3頭による先頭集団。そこから馬群が切れてテイエムベルレクスから2馬身離れた位置にショワドゥロワ、オーバースペック、エルデュクラージュ、ジュンヴァリアスの順に4頭が中団で集団を形成し、そして後方ではムーヴザワールド、スワーヴリチャード、キングズラッシュの3頭が固まっている。
《3コーナーのカーブ、やや縦長の展開となりました。前半の800mを通過、タイムはおおよそ48秒ぐらいでしょうか?4番マイネルエパティカのリード。そして、どうやら折り合いをつけた5番トラストは2番手からです。注目馬達はムーヴザワールドを除いて中団よりも前目に付いているようです。3、4コーナーの中間点を過ぎます。その後の4番手はやや離れています》
第3コーナーから第4コーナーで1000mを通過。1000mの通過タイムは60秒6と2歳馬の平均ペースとなっている。
《離れた位置に2番のショワドゥロワの追走。3番手のテイエムベルレクスは虎視眈々と機を窺っています。その後のグループ、この後ろはそろそろ差を詰めにかかるところです。しかし、前は既に600を通過しています》
いよいよ勝負も大詰めに差し掛かった。先頭集団が最終コーナーを通過してから、後続もその後に続いて行く。そして直線へ入るとそのまま横一線に広がり、各馬ラストスパートに入る。しかし東京競馬場の最後の直線には各馬の能力が問われる高低差2mの坂が待ち構えている。最後の直線ではどれだけ余力を残して速い脚を繰り出せるかが明暗を分ける。
《外からはオレンジの帽子、ジュンヴァリアスが上がってきた。そして間にはオーバースペック!4コーナーカーブ、直線に向いた!白い帽子ムーヴザワールドはまだ後方!テイエムベルレクスは外へ行った!そしてその外からはスワーヴリチャード!直線に向いて、先頭は5番のトラストに変わりました!トラスト先頭に変わり、1馬身のリード!》
直線に向いて先頭へ変わったのはトラスト。逃げていたマイネルエパティカを一気に捉えて先頭に立った。そのままリードを維持してゴールを目指すが、そんなことは許さないと各馬もトラストを追い抜きにかかる。そしてテイエムベルレクスも鞍上の倭達龍司も鞭で合図を送って進出を始める。
《これを追っていくのは2番のショワドゥロワ!外から突っ込んできたピンクの帽子、9番スワーヴリチャードが一気に外から飛んできた!しかしその内から緑の帽子、テイエムベルレクスが一気に来た!間を突いてムーヴザワールドが突っ込んでくる!》
テイエムベルレクスがスパートを掛けて、半馬身差抜け出て先頭に躍り出るが、それを逃さぬとムーヴザワールドも追い縋る。そして大外からはスワーヴリチャードが末脚を伸ばして一気に前を捉えにかかった。
《外から6番のブレスジャーニーが来た!外からブレスジャーニーが一気にまとめて捉えにかかる!しかしテイエムベルレクス、テイエムベルレクスが半馬身差リードでゴール!勝ちましたのは7番のテイエムベルレクスです!》
最初にゴール板を駆け抜けたのはテイエムベルレクス。直線で半馬身差抜け出たリードを詰めさせず、リードを保って先着を果たした。最後は速さ勝負となったが、テイエムベルレクスは見事制して見せたのだ。
《1着はテイエムベルレクス!オペラオー産駒として、初の重賞制覇となりました!2着争いはブレスジャーニー、スワーヴリチャード、ムーヴザワールド3頭の接戦となりました!》
「それでは、見事東京スポーツ杯2歳ステークスを制しました倭達龍司騎手です。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
ゴール後、ウイニングランを終えて検量室で検査を済ませ、確定を終えると倭達はウイナーズサークルで記者からインタビューを受けていた。近くでは今回のレース名が刺繍された優勝レイを掛けられたテイエムベルレクスが居る。
「オペラオー産駒にとって初の重賞制覇になりました。今のお気持ちをお聞かせください」
「本当にめでたいことですね。オペラオーの子供で重賞を勝つことができたので、これで少しでも、彼に恩返しができたと思いたいです」
「これまでの逃げと違って、倭達龍司騎手の十八番である先行策でレースを進めることになりましたが、道中の手応えはどうでしたか?」
「そうですね、初めての先行策になりましたが、道中しっかりと折り合えました。掛かりもなくて、落ち着いてレースができたと思います」
「序盤でマイネルエパティカに先頭を譲ることになりましたが、最初は逃げでレースを進めるつもりでしたか?」
「いえ、レース前から先行策でいこうと考えていました。ですけど、レクスはスタートが良いので前に出てしまったらそのまま逃げで行こうとも考えていました。しかしトラストがハナを譲らなかったので、そのまま控えて当初の予定通りの先行策に切り替えました」
「なるほど、あくまでも想定範囲と?」
「そうですね。僕も、伊和本先生も、能力で劣ることはないと考えていましたので、前に付いていれば勝てると思っていました」
「では馬にかける期待や思いについて教えてください」
「これからもどんどん勝って欲しいですし、勝たせてあげたいです。レクスはまだまだ成長途中なので、これからどんどんと強くなっていきます。大舞台へ連れて行って、この馬の凄さを見せたいです」
「ありがとうございます。倭達龍司騎手でした。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
記者との簡単なインタビューを終えると、関係者を集めて口取り式を行った。皆が皆笑みを浮かべた様子を写真に収めて今日のレースは終了した。
評論家達はこう言ってます。
「いや、能力あるけど重賞まだじゃん。あと血統が微妙だよねー」っていう感じです。やっぱり血統が重要視される競馬界で、脳が焼かれた陣営以外はこんな評価かなーって個人的に思ってます。1番人気に何故支持されたのかというと、リュージさんの人気とこれまでの2戦が逃げで強さが分かりやすかったからですね。
今回の東スポは実際の実況をほぼ再現した感じですね。やっぱ実際のレース映像があると結構作りやすい。最後のインタビューは全部妄想です。実際のインタビューを見て「こんな感じか?」って感じで書きました。