覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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大分短め


幕間:故郷の牧場で

 北海道日高町でテイエムベルレクスが誕生した牧場では、牧場の職員が集まって本日行われる東京スポーツ杯2歳ステークスのレースをテレビ越しに固唾を飲んで見守っている。

 

「よし行け!そのまま先頭へ行くんだ!」

「抜かされんな、ラン!そのままだ!そのまま!」

「行け!行け!行けぇー!」

 

 テレビの前で集まり、各々が声を荒げて応援している。特に主任の鹿嶋はテレビの前を陣取ってこれでもかと手を強く握り込んでいた。

 

「頑張れぇ、頑張るんだ、ラン!」

 

 レースもいよいよ佳境へ差し掛かっていた。もう最後の直線を迎え、各馬ラストスパートに入っている。先頭はまさしくごった返しになっているが、その中で黄金の鬣を靡かせた1頭が先頭へ躍り出る。

 

「先頭来たぞ!」

「よっし!そのまま抜かされんな!」

「あと少しだ!頑張れ!頑張れ!」

 

 半馬身差前に出て先頭を維持するテイエムベルレクス。内からはムーヴザワールド、そして外から一気にブレスジャーニーが襲いかかるが、最後まで抜かさせずにゴール板を駆け抜けた。

 

「勝った……勝ったぞ!」

「やった!やった!やったぁー!」

「うちの牧場の子が重賞勝ったぞー!」

「主任見ましたか!?勝ちましたよ!ランが勝ちましたよ!」

「言われなくても分かってる!」

 

 テレビの前で牧場職員はまるでお祭りのように大騒ぎになっていた。牧場出身の子が中央重賞を勝つのはこれが初めてではないが、若い衆が多い今の牧場ではほぼ初めてと同義だろう。地方重賞ならば何度かあるが、こうして中央重賞を勝つのを経験するのはこれが初である者が多い。

 

「やりましたね、主任」

「あぁ、私も少し肩の荷が下りたよ。本当に、よくやってくれた」

 

 ブランベラルーシは競走馬としては平凡の一言で終わった。最大の勝ち星はオープンレースで生涯挙げた勝ち数は7勝。重賞勝利こそできなかったが、生涯40戦を怪我なく走り抜いて重賞でも7回も掲示板に入る好走を見せてくれた。怪我なく競走馬生活を終えた『無事之名馬』を地で行く活躍はまさしくイクノディクタス*1のようであった。

 引退後、繁殖牝馬としてはこれまで3頭の産駒がいるが、既に引退しており、特に何か実績を挙げているわけではなかったが、第4子が遂に中央の重賞レースを制して見せた。これが嬉しくないはずがない。

 

「無事にランが重賞を制しましたし、弟達にも期待が持てますよ。父も同じオペラオーですし」

「そうだな。もしかしたら兄弟も重賞を勝てるかもしれんな」

 

 場はすっかりとお祝いムードになっている。実際にこの目で見たかったが、業務があるので仕方がない。我が牧場出身の馬が中央重賞を制したことは大変喜ばしいが、今日はまだ業務が残っている。休憩もこれくらいにして業務へそろそろ戻らなければならない。

 

「よーし、みんなー!そろそろ業務へ戻るぞ!」

「「「はい!」」」

 

 主任の鹿嶋の呼び掛けに対して声を揃えて返事を返した。

 

 

 

 牧場の放牧地で見守っていた厩務員と交代し、鹿嶋はテイエムベルレクス──ランの弟である仔馬に視線を向けた。放牧地の端っこ、牧柵の近くでポツンと1頭で佇む鹿毛の仔馬。

 

「また1頭だけ離れた場所に居ますね」

「人一倍怖がりな性格だからな。母馬と離乳できてよかったが、もっと一緒に居させて精神が成長するのを待ってもよかったかもしれん」

 

 ブランベラルーシの2016は言い方は悪いがヒョロい。産まれた時から小柄で華奢であった。小柄であるかが原因なのか、理由は分からないが非常に臆病であった。馬からも、人からも逃げ、とにかく避けたがる。離乳後は馬房でも放牧地でもできるだけ距離を取ろうと端っこに居たがるのだ。しかし小柄ながらも体は兄達に似て丈夫なのか、今の所体調を崩したことはない。

 

「全兄2頭と大分違いますよね」

「そうだな。ランは活発だが利口、アーク*2は元気過ぎるヤンチャっ子、リト*3は引っ込み思案……十人十色だな」

 

 兄弟で随分とはっきり個性が出たものだ。穏やか、ヤンチャ、臆病とここまで性格が分かれたのは初めてである。そして、ブランの産駒は毛色に関しても兄弟ではっきりと分かれていた。

 ランは尾花栗毛、アークは鹿毛、リトは今は鹿毛だが鼻先や尻尾の付け根が白いので将来芦毛になる可能性が考えられる。

 

「まぁ、うちとしては無事に走ってくれればいいんだがな」

「ですね。あっ、ランとアークを買い取ってくれましたが、リトはどうなんでしょうね?」

「その話だが、1000万円で買い取ってくれるそうだ。重賞勝つ前からランが活躍はしていたんだ、結構ノリノリだったぞ」

「ランがこの調子で活躍したら、必然とオペラオーの評価も上がりますかね?」

「いや〜、それは流石に厳しいだろう。他が鳴かず飛ばずだからな」

 

 たった1頭の産駒が活躍してもその馬を送り出した種牡馬の価値が上がることはない。評価が上がると言えば、上がるが、活躍した産駒が1頭だけであっては評価はそう易々と上がらない。種牡馬はどれだけ良質の馬を送り出して賞金を稼げるかが評価される。ただ1頭だけ良い馬を出しても評価は変わらない。

 

「ランが活躍できているのも、オペラオーとブランの相性が良かったからかもしれんぞ。実際は分からないが」

「ヘェ〜、なら自慢できますね。ブランはうちの馬なので自慢できますよ」

「誰に自慢すんだよ」

 

 軽口を叩き合い、「ハハハッ」と笑い合う。

 

「しかしどうしますかね……あの臆病な性格だとできる手も限られますよね?」

「そうだな。まず逃げか追い込みのどちらかになる。しかもああも臆病だと掛かりやすいだろう」

 

 この臆病な性格をどうやって改善するか頭を悩ませる。気性の問題であるので、メンコやチークピースを使用してレースだけに集中させるというのも手ではあるが、それだけで怖がり癖が改善するとは思えなかった。

 

「まぁ、今考えたところで意味はないね。そろそろ馬房へ戻そう」

「はい」

 

 これからの先に不安を抱えてはいたが、同時に将来どのような馬に育つのか楽しみであった。

*1
1989年から1993年に活躍した牝馬。生涯51戦を故障なく走り、重賞4勝を含む9勝を挙げた。GIレースでも2着2回と健闘しており、その頑健さから「鉄の女」という異名をとった。他にも「夏の女」や「マックイーンの女」といった呼び名がある。

*2
ブランベラルーシの2015

*3
ブランベラルーシの2016




ちょっとした小話
・テイエムベルレクスの誕生した牧場(名称未定)
大手の牧場と比べたら血統などは二流で構成された馬が多く、成績も悪いが、それでもGIレースで何度も好走している。また、これまで繋養してきた馬を人為的なミスで命を亡くしたことはありません。

馬主としても活動しているが、基本は牧場と他馬主の共同名義で一緒にデビューさせている。もし嶺苑オーナーが購入しなかったら、主人公も共同馬主としてデビューさせるつもりでいた。主人公を産んだブランベラルーシも共同馬主で現役生活を送っていた。

・ブランベラルーシ
父ホワイトマズル、母チェストナット、母父カツラノハイセイコの血統。
鹿毛の牝馬で、生涯40戦を怪我なく走り抜いた無事之名馬。中央と地方で転戦を繰り返し、生涯7勝を挙げた。実はランと同じ流星が額にある。
母としてはこれまで3頭の産駒を送り出し、その内の1頭が勝ち上がっているが、重賞勝利はなし。
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