覇王伝説第二章   作:ノワールキャット

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えぇ、ただ一言、遅れてごめんなさい。
最近体調不良気味で全然書けませんでした。本当は金曜日に投稿したかったけど、遅れて日曜日の投稿です。


GIの舞台

 12月18日、場所は阪神競馬場。馬運車で運ばれて来たテイエムベルレクスは今日行われるGIレース、朝日杯フューチュリティステークスに出走する。

 

「よ〜しよ〜し、調子は良さそうだな、ラン」

 

 頭を優しく撫でながら、坂原はそう呟いた。阪神競馬場に訪れるのは本日で二度目であり、輸送疲れは特に見られず、体調は安定している。

 

「ランの様子はどうだ?」

「問題ありません。飼葉の食いもいいですし、機嫌も良さそうです。絶好調と言っていいと思います」

 

 馬房を訪ねて来たのは調教師である伊和本だ。近くには馬主である嶺苑の姿もある。

 

「いつ見ても惚れ惚れする馬体だ。これなら今日のレースも問題はなさそうだな」

「えぇ、輸送疲れもないですし、万全に朝日杯に挑めそうです」

 

 デビューしてからテイエムベルレクスの調子は上向き続けている。馬体には更なる磨きがかかり、特徴的な金色の鬣は輝きを放っているように見える。

 

「では曳き運動に行って来ます」

「あぁ、頼んだぞ」

 

 馬房から出し、手綱を持って「行くぞ、ラン」と坂原が声を掛ければそれに反応するようにランは小さく鼻を鳴らす。そしてゆっくりと坂原の歩調に合わせるようにトコトコと歩き出した。

 

「いよいよ、GIか。……あっという間でしたね」

 

 伊和本の言葉に対して本当にあっという間だったと嶺苑は同じく思った。

 テイエムオペラオーに対して並々ならぬ思いを抱いていた嶺苑は種牡馬として成功させようと尽力したが、現実は無情だった。高速化していく日本競馬にそぐわぬスタミナ豊富な産駒が多く、活躍に乏しかった現状に居た堪れない思いを抱いていた。しかし2014年に買い取ったオペラオーの子である仔馬──テイエムベルレクスと名付けたその馬はデビューから3連勝で重賞を勝利した。全く苦にせず、完勝とも言える内容で。それを見て、長年の思いがようやく報われた気がして嬉しくてたまらなかった。

 

「……きっと、行けるところまで行ってしまうんだろうな、ランは」

「そうですね、オペラオーの届かなかったところまで、ランは行ってしまうでしょう」

 

 思わず呟いてしまった言葉に伊和本は言葉を返した。テイエムオペラオーは天皇賞・春を連覇したことでシンボリルドルフ*1に並ぶGI7勝を挙げたが、それ以上の記録を伸ばせずに当年限りで引退した。『ルドルフの呪い』とも呼ばれる競馬のジンクスをテイエムベルレクスならば超えられるのではないかと思ってしまう。

 

「この先を考えるのもいいが、まずは目の前のレースを勝たないとな」

「全くもってその通りですね。今回のレースがランにとって最初の鬼門となりますからね」

 

 今回のレースは初のマイル戦になる。テイエムベルレクスの長所を活かすには如何せん距離が短い。分の悪い勝負になるが、今回はGIの空気に慣れさせるのが目的だ。なので仮に負けたとしても特に支障はないが、最初から負けるつもりは毛頭ない。何よりも主戦である倭達は負けることなど考えていない、必ず勝ちに行くだろう。

 

「じゃあ私は外で待ってる尾崎さんを迎えに行って来る。後のことは任せてもいいか?」

「はい、分かりました」

 

 そう言い終えるとお互いに別れた。

 嶺苑にとっては悲願であったテイエムオペラオー産駒によるGI制覇、伊和本にとってはテイエムオペラオー以来のGI制覇になる。両者にとって十数年以来の挑戦となるレースへ挑むことになるのだった。

 

─◇◆◇─

 

 初の重賞タイトルを獲得してから、周りの喜びようが凄まじかった。トレセンに戻ると、倭達さんが仕切り無しに私を褒めてくれた。凄く興奮していて近くに居た嶺苑さんと伊和本さんが若干呆れ気味だったことをよく覚えている。これで私も明確な実績を手に入れ、晴れて重賞馬の仲間入りを果たしたわけだ。牧場のお母さんと弟達よ、兄は重賞馬になれたぞ。

 

 昔は殺処分されないように必死だったが、無事に重賞を勝てたのだ。これで殺処分は更に遠のいただろう。まぁ、倭達さんの反応とかを見る限り、私が殺処分されそうになれば全力で抵抗しそうだ。

 

 話を変えてこれからだが、今年はもう一回だけレースに出るらしい。距離は200mも短くなって1600m、所謂マイルと呼ばれる距離のレースらしいが、私の能力だと分の悪い勝負になるとのことだった。理由は距離が短過ぎること。

 私が真に能力を発揮できるのは2000m以上の中長距離戦であり、マイル戦だと私の長所を潰してしまうのだという。マイルで求められる能力は巡航速度の速さ、スピードを維持するスタミナ、一瞬で最高速度に達する瞬発力の三つ。私の場合は瞬発力──末脚と呼ばれる能力がまだ完全に身に付いたわけではないそうなので、暫くのトレーニングはひたすら瞬発力を鍛えるのだそうだ。

 

 そうしてトレーニングでは、瞬発力を鍛えるために坂路を駆け上がることが増えた。蹴り出す力の原動力である後脚を鍛えるためだという。流石にスタミナの多い私でも、坂路に絞った上で何回も往復すれば疲れてくる。疲れてくるのはどちらかというと肉体的疲労の方が大きいのが現状だが。それでもずっと繰り返せば次第に慣れて来る。

 鍛え上げるコツとして飛び掛かりの大きい走法を意識した。スタミナ消費を限りなく抑えた上で前へ前へと進むには、歩幅が大きければ大きいほどいい。歩幅が大きければ必然と一歩で進む距離が長くなるのだ。更には足を動かす回数を少なくできるのでスタミナ消費を抑えられて非常に効率が良い。

 

 そんな風にトレーニングに取り組み続けて過ごしていると、1ヶ月ぐらい経って再び馬運車へと乗せられて競馬場へと運ばれた。到着した競馬場は見覚えがあったので、走るのは今回で二度目になるだろう。

 

 馬房へ移されてからは調整を進め、レース当日を待ち続けた。暇潰しに話し掛けてくる坂原さんによると今回走るのはGIレースらしく、私にとって初のGI挑戦になる。そして見事このレースに勝てば私は2歳王者に輝くのだそうだ。あとは伊和本さんと倭達さんにとっては15年ぶりのGI制覇になるという。

 なるほど、真意は分からないがやはりGIであるだけ特別なレースなのだろう。このレースに勝てば、無事な競走馬生活を送れているこの人達への恩返しに少しはなるだろうか。ならば是が非でも勝ち取ってみよう。それに私が晴れてGI馬になれば、弟達も生きやすくなるだろう。

 

─◇◆◇─

 

《1枠1番レヴァンテライオン。函館2歳ステークスで初の重賞制覇となりました。前走京王杯2歳ステークスで敗れましたが、実力は本物でしょう。コンビ2戦目となる裡出浩行(うちだひろゆき)騎手と共に朝日杯フューチュリティステークスに挑みます。12番人気です》

 

《1枠2番アシャカリアン。國文裕朔(こくぶんゆうさく)騎手と共にデビュー3戦目ながらGIへ挑みます。16番人気です》

 

《2枠3番リンクスゼロ。鞍上のアンドレアス・シュタイン騎手とは初コンビですが、人馬一体でGIタイトルを目指します。14番人気です》

 

《2枠4番ボンセルヴィーソ。前走のデイリー杯2歳ステークスでは2着と力を示しました。末山康丙(まつやまこうへい)騎手が鞍上を務めます。13番人気です》

 

《3枠5番タガノアシュラ。鞍上の竹裕(たけゆたか)騎手とはコンビ3戦目になります。札幌2歳ステークスで敗れたトラストにリベンジなるでしょうか?本日6番人気です》

 

《3枠6番クリアザトラック。新馬戦を制して2戦目に選びましたのは朝日杯、牡馬の2歳王者を目指して鞍上のミゲル・デオドール騎手と共に挑みます。4番人気です》

 

《4枠7番テイエムベルレクス。前走の東京スポーツ杯2歳ステークスで自身も初の重賞を制すると共に父オペラオーに初の重賞制覇を送りました。前走の勢いのまま、GIタイトルの獲得を目指します。鞍上の倭達龍司騎手も15年ぶりのGI制覇になるでしょうか?本レースの1番人気です》

 

《4枠8番ダンビュライト。前走のサウジアラビアロイヤルカップでは惜しくも2着に敗れましたが、上がり3ハロンはメンバーの中で二番目に速い時計をマークしました。鞍上のクリストファー・ローメル騎手と共に前走敗れた雪辱を果たせるでしょうか?3番人気です》

 

《5枠9番ダイイチターミナル。鞍上の喜多村勇市(きたむらゆういち)とは初コンビとなります。新たな騎手を迎えてGIタイトル獲得を目指します。17番人気です》

 

《5枠10番モンドキャンノ。前走の京王杯2歳ステークスを制して実力を見せました。この勢いに乗って2歳王者の地位を奪取しようとミハエル・ベルゼロナ騎手と共に挑みます。8番人気です》

 

《6枠11番トリリオネア。未勝利戦を脱して格上挑戦となりますが、実力に不安はありません。茨田大佐久(まつだだいさく)騎手と共に重賞、GI初制覇を目指します。11番人気です》

 

《6枠12番トーホウドミンゴ。新たに生沿賢一騎手を鞍上に迎えてGIレースへ挑みます。15番人気です》

 

《7枠13番ミスエルテ。前走のファンタジーステークスでは見事に差し切り勝ちを収めました。若き女傑が牡馬へ挑みます。テンモン以来の牝馬による朝日杯制覇に期待がかかります。鞍上は河大夕雅(かわだゆうが)騎手。2番人気で本レースに挑みます》

 

《7枠14番ブルベアバブーン。デビュー戦以来、3戦ぶりの芝に挑みます。鞍上を務めますは御行秀章(みゆきひであき)騎手です。17番人気です》

 

《7枠15番レッドアンシェル。ここまで無敗の2連勝、無敗のまま2歳王者の座を目指します。鞍上にはヴァルサ・シュミーノ騎手を迎え、GIへ挑みます。本レース5番人気です》

 

《8枠16番アメリカズカップ。前走の野路菊ステークスではテイエムベルレクスに敗れましたが、実力は本物です。前走のリベンジを目指して松若楓間(まつわかふうま)騎手と共に挑みます。本日は10番人気での出走になります》

 

《8枠17番サトノアレス。前走のベゴニア賞では上がり3ハロン33秒8の末脚を見せました。本レースでは志井寛史(しいひろふみ)騎手を鞍上に朝日杯へ挑みます。前走の末脚をこのレースでも発揮できるでしょうか?本レースの7番人気です》

 

《8枠18番トラスト。前走の東京スポーツ杯ではテイエムベルレクスに敗北を喫しましたが、既に重賞を制しており、決して弱くはありません。芝多帝智騎手と共に雪辱を果たしにいきます。9番人気です》

 

 パドックで周回するのは18頭の競走馬。重賞を制した馬は4頭おり、高評価はこの4頭に集中していた。しかし、それに匹敵する強豪も集結しており、2歳GIながら世代の実力馬が揃い踏みになったレベルの高い一戦になっていた。

 人気の中心は前走の東京スポーツ杯2歳ステークスを制したテイエムベルレクス。最初こそ評価は低かったがそれを覆し続けて能力を示し続け、連勝で初のGIタイトルを狙う。対抗として牝馬のミスエルテが名乗りを上げた。これで優勝となれば1980年のテンモン以来、36年ぶりの牝馬制覇になる。他には前走で好時計を記録したダンビュライト、そして京王杯2歳ステークスを制したモンドキャンノなどが名を連ねている。更に連勝中のレッドアンシェル、末脚自慢のサトノアレスといった実力馬も虎視眈々と2歳王者の座を狙っている。

 

─◇◆◇─

 

 カチリとヘルメットのベルトを締めてパドックへと行けば、やはり嘗ての師匠が居た。

 

「来たか、倭達」

「すみません、待たせましたか?」

「いや、問題ない。それよりも作戦の変更を伝えに来た」

 

 突然の作戦変更に倭達はきょとんとした表情をした。事前の話でテイエムベルレクスは逃げで行くという話だった。1800mを楽々と逃げ切れる体力があるのだから、1600mを苦にすることはない。逃げで押し切ってしまえる能力があるのはこれまでの3戦で証明している。

 

「逃げで何かマズい理由でもありましたか?」

「いや、逃げで勝てるなら逃げでもいいが、先行策の経験を積ませておきたい」

 

 逃げで勝てるならばそれはそれでいいが、近い将来逃げの戦法だけでは必ず限界が来る。気性面で問題を抱えているならば逃げを選び続けるのも一つの手だが、テイエムベルレクスにそのような問題はない。前走は先行策で勝てたのだから、同じ戦法で経験を積ませるのは合理的だ。

 

「実力馬は多いが、ランの能力なら十分勝てる。折角のGIの舞台、雰囲気を知ってもらうのと同時に先行策でレースをやらせて少しでも早く慣れさせておきたい」

「分かりました。なら、第4コーナーで先頭に立ってしまってそのまま押し切った方がいいですかね?」

「あぁ、それで問題はない。前目の位置に付くように意識しておけば最後の直線で抜き切れる。寧ろ逃げ馬にプレッシャーをかけられれば、ハイペースになってこっちに有利に働くはずだ」

「分かりました。2番手か3番手の位置でレースを進めるように意識します」

 

 唐突な作戦変更には驚いたが、クラシック路線では先行策で競馬をやるつもりであったので特に異論はなかった。伊和本と簡潔に確認を行い、伊和本に見送られてパドックへ向かい、テイエムベルレクスへ騎乗した。

 

 騎乗すれば、やはりいつも通り穏やかであることが窺えた。場の空気に当てられず、緊張している様子はない。非常にリラックスしているように見える。

 

「今日もよろしくな」

 

 倭達はそう呟いて首元を優しく叩けば、それに応えるように武者震いを見せた。その様子を見て倭達は思わず笑みを浮かべ、「頑張ろうな」と再度声を掛けた。

 

 パドックでの周回が終わり、地下馬道を通ってターフの上に立てば、GI特有の空気感が場内を満たしていた。何度も何度も経験して慣れたようで慣れない、不思議な感覚が心中を満たしている。

 各馬が返し馬を済ませていくのを見て、倭達もテイエムベルレクスを促して返し馬を済ませていく。軽く走るだけでも絶好調であることが簡単に読み取れた。それ以上にテイエムベルレクスも少し高揚しているように感じられる。いつも以上に気合が入っているように感じられた。

 

 ゲート入りの順番を待っていれば、スタンドが上がり、阪神競馬場のファンファーレが流れた。ギュッと手を握り、少しズレたゴーグルを直して、ただ「勝つ」とだけ意気込んだ。

 

 無事にゲート入りを済ませ、後は発走の時を待つだけとなった。倭達は軽く息を吐き出し、ただただ目の前のゲートに集中する。

 

 ……ガシャンとゲートの開く音が鳴ったと同時に、倭達は思いっきり押し出した。

 

─◇◆◇─

 

《阪神競馬場第11レース、本日のメインレース朝日杯フューチュリティステークスは全部で18頭での出走になります。今日、この阪神競馬場は澄み切った空が広がっており、この空の下で輝かしい未来を見据える若駒達が2歳王者決定戦に挑みます。今年は彼の世紀末覇王の息子が参戦、注目は1番人気のテイエムベルレクスです。天気は晴れ、馬場は良馬場の発表です。第68回朝日杯フューチュリティステークス。希望を胸に、18頭がスタートの時を待ちます》

 

 また1頭、また1頭とゲート入りを済ませて行く。

 実況席ではこのレースには多くの記録がかかっていることを取り上げて話していた。唯一の牝馬での出走になるミスエルテはここを勝利すればテンモン以来の36年ぶりの牝馬制覇となり、その実力を買われてか、本レースでは2番人気の支持を受けていた。1番人気のテイエムベルレクスは前走の東京スポーツ杯2歳ステークスでテイエムオペラオー産駒初の重賞制覇を飾った。このレースを制すれば産駒初のGI制覇となり、鞍上の倭達騎手と所属厩舎の伊和本調教師にとって15年ぶりのGI制覇にもなるのだ。

 

 様々な思いが交錯するこのレースにて、場内では生演奏のファンファーレが流れた。若駒達が初めて聞くファンファーレになり、出走が間も無くであるということを示した。

 

《さあ18頭、希望を胸に、朝日杯フューチュリティステークスです。さぁ、スタートしました!揃って良いスタートを切りました!アメリカズカップちょっと後手を踏みました!テイエムベルレクスは好スタート、一気に前へ行きます。ミスエルテも好スタートを切って中団からレースを進めます》

 

 ゲートが開くと同時に一斉に飛び出す各馬。出遅れた16番のアメリカズカップ以外、それぞれ好スタートを切って熾烈なポジション争いが展開される。しかし、一際好スタートを切ったテイエムベルレクスは瞬く間に先頭に取り付こうとするが、内から来た4番のボンセルヴィーソが先頭に立った。

 

《先行争いはボンセルヴィーソがハナに立ちましたが、外からテイエムベルレクスが一気に詰め寄って来てハナには……立ちません。馬体が合おうとしております、徹底マークの構えです。3番手には内のレヴァンテライオンが続いています。クリアザトラックが4番手。トラストは外から上がって5番手。真ん中からはダンビュライト、その外からじんわりと、レッドアンシェルが上がっていく》

 

 ハナにこそ立たなかったが、最も注目されているテイエムベルレクスは逃げるボンセルヴィーソを馬体が合わさるほどの近さで徹底マークする姿勢を見せた。そして外からじわりじわりと来るプレッシャーにボンセルヴィーソは徐々に掛かり始めてペースを上げてしまう。騎手の末山康丙は抑えようとするが、ハミが効かずにボンセルヴィーソは口を割ってしまう。

 

《先頭のボンセルヴィーソがペースを上げていきます。どうやら口を割っている様子、掛かっているようです。ミスエルテは馬群の中へ入って、その外からアメリカズカップが被せていきました。内から3番のリンクスゼロがいて、真ん中にビーカーリー、それからその後ろトリリオネアが続いている。そしてブルベアバブが続きます。少し差が開いてサトノアレスが居てタガノアシュラ、竹裕は今日は後方からの競馬になりました。モンドキャンノが並んで、外からダイイチターミナル。それから12番のトーホードミンゴ。後方はアシャカリアンといった展開です》

 

 隊列は徐々に縦長になりつつあったが、全体的にそこまで広がったわけではなかった。先行集団は依然としてハナに立つボンセルヴィーソで外からマークする形でテイエムベルレクス、そして内に半馬身差離れてレヴァンテライオンが3番手で続く。

 この3頭がレースを引っ張る形になったが、今最も苦しい状況に置かれているのは4番のボンセルヴィーソだ。外からプレッシャーをかけられたことで掛かってしまったボンセルヴィーソはペースを落とそうにも落とせず、内へ逃げ込もうにもレヴァンテライオンがブロックしてしまっている。この状況を脱するにはペースを落として外に出す他ないが、口を割ってしまったボンセルヴィーソをコントロールするのは難しく、仮にペースを落とせたとしても、前半で掛かってしまった分だけのスタミナを消耗したボンセルヴィーソは後退するだけになってしまう。直線で捲ろうにも、その脚は残っていない。

 

《まもなく迎える半マイルの通過タイムは46秒!かなり早いペースになりました!先頭のボンセルヴィーソは抑えられるのか!マークしているテイエムベルレクスは余裕の構え。中団のミスエルテは馬群の中、ここから何処に出すのか、河大夕雅が馬群の中で進路を窺っています。先頭はボンセルヴィーソだが、これはもう苦しいか?ここでテイエムベルレクスは一気に前へ出て先頭に躍り出る!》

 

 第3コーナーと第4コーナーの中間で倭達は促して一気に追い始める。コーナリングで外に膨らむ可能性はあるが、テイエムベルレクスは徐々にスピードを上げるので距離ロスはまだ少ない。何よりもこのハイペースならば多少だが全馬膨らむ。そしてコーナーを超えた最後の直線、474mへ向いて倭達の合図と共にテイエムベルレクスは一気に進出を開始する。

 

《先頭はボンセルヴィーソから変わってテイエムベルレクス。それからトラスト、クリアザトラック。一番外からアメリカズカップ。その外からオレンジの帽子がちらちら見えたミスエルテ!促した!河大夕雅促した!さぁ、ここからどんな脚を見せるのか!》

 

 最後の直線へ向き、外から一気に後続馬が襲いかかって来る。懸命に脚を伸ばして先頭集団を捉えにかかった。先頭集団は完全にテイエムベルレクスが抜け出して独走に入っており、ハイペースで終始逃げ続けていたボンセルヴィーソは早くも脱落してズルズルと後退していった。

 

《先頭はテイエムベルレクス、鞭が入った倭達龍司!外からサトノアレスが脚を伸ばして捉え来る!サトノアレス、凄い脚だ!サトノアレスが先頭に変わるのか!ミスエルテ!ミスエルテはここから伸びてくるのか!?一番外からはモンドキャンノ!ミスエルテは届かないか!サトノアレスが伸びる!サトノアレスが伸びて来る!しかしこれは捉えられるか!》

 

 最後の争いとなったのはテイエムベルレクスとサトノアレス、更に外から伸びて来るモンドキャンノの態勢になった。しかし、実際はテイエムベルレクスとサトノアレスのトップ争いになっていた。

 

《テイエムとサトノ!テイエムとサトノ!2頭の争い!テイエムベルレクスとサトノアレス!テイエムベルレクス、半馬身差のリード!これが待ちに待った栄光のゴール!テイエムベルレクスと倭達龍司です!倭達龍司、実に2001年の春の天皇賞以来、15年ぶりのGI制覇です!見事、覇王の息子でGIを制しました!そしてタイムは1分33秒1!2004年のマイネルレコルトのレースレコードを更新しました!文句なしの勝利です!》

 

 最後の直線でサトノアレスは半馬身差まで詰めたが、それ以上縮めることはできず、テイエムベルレクスにそのまま粘り勝ちを許した。マイルの距離を不得手としながらもレースレコードでの勝利。しかもハイペースとなりながらも消耗した様子を見せなかった。

 

 倭達龍司はテイエムオペラオー以来となる八つ目のGI勝利。嘗ての相棒であるテイエムオペラオーに産駒初のGI勝利を届けたのだ。ゴーグルを着けているため、その表情は分からないが、口元では満面の笑みを浮かべており、物凄く興奮していることが遠目からでも窺えた。

 

 倭達は完全にスピードを落として静止していたテイエムベルレクスを促してスタンドの前まで連れて行き、手を掲げればスタンドからは溢れんばかりの声援が注がれた。誰も彼もが、スタンドから熱い声援で祝福し、彼らの勝利を喜んだ。

 

 第二の覇王伝説はここから躍動し始めるのだ。

*1
1984年のクラシック三冠馬。中央競馬史上初の無敗でのクラシック三冠達成になり、その後GIレース7勝を挙げたことで「七冠馬」もしくは「皇帝」と称された。彼に全戦騎乗した岡部幸雄騎手は後に「ルドルフの背」という自著を執筆している。

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