もうガジェットとマシンだけでいいんじゃない?   作:黒月悠生

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No.2 おや?

 よく澄んだ冷たい空気に吐息が白く染まる。

 

 オールマイトの分厚い肩の上に移動した根津(ねづ)も、当のオールマイトも、とても良い笑顔で俺を見ている。

 

 ......わざとらしい......

 

 恐らく、だが。

 意識して警戒しないように、そして警戒させないようにしているんだろう。

 俺から見れば(・・・・・・)不自然でしかない。

 

 いや、気遣い(・・・)をわざわざ指摘する気も無いが。

 

 曰く付きの区にたった一人だけ住む奴。

 ましてや子供(ガキ)じゃ不自然極まりねぇだろう。

 

 推測は勝手だし、詮索も好きにして良い。

 聞かれれば答える。

 

 それ(・・)をどう思うかは個々人の自由。

 ──疑うなら気が済むまでどうぞ。

 

「──のっ! 前にっ! 君の総合成績について明かそう!」

 

 エンターテイナーだな、オールマイト。

 

 大きく広げた両腕。

 落ちる気配も無い根津も、同じように大きく両腕を広げた。

 

「まずは(ヴィラン)ポイントなのさ! 君のポイントはなんとビックリ! 六十八ポイント! 今回の入試において二番目の高得点さっ!」

 

 ......ん、そんなに倒してたか......?

 いや、外周部は機動力に劣る二ポイントや三ポイントが大半だった......

 

 ......記憶を辿って数えてみれば。

 ふむ、倒してた。

 

「だけど勿論! それだけじゃないぜっ!」

 

 座った体勢のまま、根津がピョコッと跳ねた。

 興奮しているのか、テンションを上げているだけなのか。

 

 ノリがいいな。

 

「そう! それだけじゃぁないっ! 我々は『雄英』!! そして受験生諸君は、ヒーローを志す者たちっ!!」

「ならばっ! 私たちはしっかりと見ているのさ!! もう一つの基礎能力をっ!!」

 

 『ヒーロー』という職業に就くなら。

 (ヴィラン)を倒すというのも大事だが。

 

 職業でも『ヒーロー』は英雄(ヒーロー)だ。

 

「我々『ヒーロー』は!! 命を賭して綺麗事実践するお仕事だ!!」

救助活動(レスキュー)ポイント!! 最も大切な『ヒーロー』としての素質なのさっ!」

 

 ただ力を振るうだけなんて、子供(ガキ)にもできる。

 

 力の使い途。

 間違えちゃぁならねぇ。

 

 俺の力。

 

 その原典(・・)にも恥じねぇように。

 

 誇れるように。

 

「あまりにも広い範囲を正確に把握し続けっ! そして会場内の受験生をサポートし続けた!!」

「受験生たちがパニックに陥らないように、集まるロボットを調整し続けていた!」

「ゼロポイントの被害を考慮し! 迅速かつ静かに対処して見せた!!」

「何よりも! 試験終了後にも気を抜かず、他の受験生たちの手当までもしてくれた!」

 

 オールマイトと根津。

 

 交互に言葉を並べ立てていく。

 二人の興奮による熱が、冷えた空気を温めている。

 

救助活動(レスキュー)ポイントっ! 七十っ!!」

「合計で百三十八ポイントなのさっ!!」

「筆記っ! 実技っ! ともに文句無しの首席合格だっ!! 少年!!」

 

 そうか首席か。

 

 思った程感慨は無いな......むしろ彼ら(・・)に会って話す事の方が感慨深い。

 

「来いよ少年!!」

雄英(ここ)が君の!」

 

 二人とも、強い熱意と共に手を差し出してみせた。

 

「「『ヒーローアカデミア』なのさ()っ!!」」

 

 一陣の風が吹き抜ける。

 

 降り注ぐ一条の光が、笑顔の二人を照らし出した。

 

 ......あぁ。

 

 ......眩し過ぎるぜ......

 

 

 

 

    \────\── 〈 ── 〉 ──/────/    

 

 

 

 

 山を降りて椎羅(しいら)区を出た。

 そこで初めて道路に面するというのだから恐ろしい。

 いわく、椎羅区に繋がる道は無いのだとか。

 

 ん〜! NO WAY!

 

 ──おっと見えた。

 

 車の傍に着地する。

 

「先生、着きましたよ」

 

 私のスーツの内に隠れている校長先生に声をかけた。

 移動の負荷に耐える為にも必要だったとはいえ、いたく申し訳ない......

 

 もぞもぞと動いているのが分かる。

 

「──ふ〜......! ありがとう、オールマイト」

「いえいえ。むしろこのような方法しか思いつかず、申し訳ありません......」

「君はまったく......無理を言ったのは僕の方さ。提案した僕がいいと言っているんだから、大人しく受け取っておくれよ」

「むぅ......! 分かりました......」

 

 私の肩に移動して伸びをしている先生に、神妙に頷いておく。

 

 ガチャリ、と音が聞こえた。

 

 目を向ければ、車の運転席から香山(かやま)君が降りて来ていた。

 ここまでの運転を担当してくれた彼女にも、本当に頭が下がる。

 

「お疲れ様です、校長先生。オールマイト」

「待たせてしまって悪かったね」

「いいえ、お気になさらず。欲を言えば私も行きたかったですけど」

「ははは! 素直なのはいい事なのさ!」

 

 私の肩からするすると降りた先生。

 レディースーツ姿の香山君の言葉に、先生は気を害した様子もなく笑っていらっしゃる。

 

 車へ向かって歩き出した先生の後に、私も続く。

 

「すまないな香山君。私が連れていければ良かったんだが......」

「いえ、大丈夫ですよオールマイト。気になさらないでください」

「そうかい......?」

 

 むぅ......私は人の機微には疎い方なんだ......

 いまいち判断がつかないよ、香山君......

 

 若干気落ちしつつ、後部座席のドアを開き、先生を車へ乗せた。

 

 私も車へ──の前に。

 

 全身から力を抜く。

 

 全身から煙が吹き出して、身体が一気に軽く、けれど重くなった。

 もうこの気怠さにも慣れてしまったな。

 

 それから、車の中へ。

 ドアは香山君が閉めてくれた。

 

「ありがとう、香山君」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 香山君が運転席に。

 

 いや本当に。

 色々とありがたい......

 

「えぇと、それで──」

 

 車のエンジンがかかる。

 

 香山君の目が、バックミラー越しに私たちを見た事に気付いた。

 

「......彼について。あの場所について......どうでしたか......?」

「む......」

「そうだねぇ......」

 

 どこか言い淀む香山君。

 横目に見てみれば、先生は言葉を選ぶように思索していらっしゃる。

 

 私の感想も必要かな......?

 

 車が動き出すのを感じながら、改めて思い出す。

 

 冷たいが、よく澄んだ空気。

 自然に囲まれた、広くとも静かな街。

 

 過去にはそこそこ発展していたのだろう街並みだった。

 とかいなか(・・・・・)、というやつかな。

 また荒れた雰囲気は無いが、何度か見た事のあるゴーストタウンに近い様子だった。

 ......しかし、どうにも違和感がある。

 

「まずは、そうだね。私は椎羅という場所に赴いたのは初めてだが、良い場所だったよ。空気も綺麗で自然も多くて、私も住んでみたいと思った程さ」

 

 先生も似たような考えでいらっしゃったか。

 

「街自体もそれなりに発展しているように見受けたね。都会からみれば田舎、田舎から見れば都会、といったところかな?」

「私も、そのような印象を受けました。しかし、どうにも違和感が......言葉にはできないのですが......」

「違和感......ですか?」

「ふむ」

 

 香山君が疑問の声を上げた。

 

 私と香山君の言葉に、先生は一度頷き、何かを考えているご様子。

 すぐに顔が持ち上がって、私へ目を向けた。

 

「ではオールマイト、改めて思い返してごらん。君なら気付けるはずさ。思い出すべきはあの街の状態(・・)だよ」

「状態......ですか......」

 

 うむぅ......しかし、静かな街だった。

 人の居ない街、ゴーストタウンとしては見覚えがある。

 

 荒れた雰囲気はまったく無い綺麗な街で......

 

 ──ん?

 

「おや、なにか気が付いたかい?」

「いえ、その......ゴーストタウンにしては、荒れた雰囲気は無かったな、と、思いまして。綺麗な街でした」

「そうだね。綺麗な街だった」

 

 違和感の元は、恐らくここ(・・)なのだろう。

 しかし何に引っ掛かっているのか......

 

 ......うぅむ、分からない。

 

「事前に軽く話をしたけれど、覚えているかい? あの街は曰く付きなのさ」

「確か......十年以上前にある事故が起こったと。それから人が減っていき、今では事実上放棄された区画、でしたよね......?」

 

 ちょっと忘れかけていたが、思い出したからセーフ!

 

「細かい部分が抜けているよ、オールマイト」

「ぐふぅ......!」

 

 あ......! アウトでしたか......! 不甲斐なくて申し訳ありません......!!

 

 いやしかし先生の話は長くてですね......ごほんっ。

 

「椎羅区で事故が発生してから、たった三年で、全ての住人が外へ出たのさ。それからは、気勢の良い若者や(ヴィラン)が目を付けたという」

 

 確かにそんな事が......あったような......なかったような......?

 

 いやしかし、三年で一つの区画から人がいなくなるものだろうか......? アメリカならともかく、ここは日本だしな......

 事故が原因とは言うが、全住民が避難する程なら、街はもっと荒れているはず......

 

 ──ん?

 

「しかし不思議な事に、椎羅区へ踏み入ろうとした若者は、口を揃えてこう言ったのさ。『入れなかった』、と。気が付けば、『椎羅近くの全然違う道にいた』、とね」

「ん〜! オカルトじゃないですか。そこまで範囲の広い『幻惑系』の『個性』......というにも、違和感がありますね」

「そうだね」

 

 神妙に頷く先生の手がゆらゆらと、何かを描くように動く。

 

「その場合、『個性』を常時発動させている事になる。少し現実的ではないのさ。しかし問題はこれだけではなくてね」

 

 OH......まだあるのですか......? 既に私は混乱寸前なのですが......

 しかしまぁ、私の様子などおかまいなく、先生は口を開いた。

 

「問題は椎羅区に踏み入ったとされる(ヴィラン)なのさ」

「ん......? 踏み入ったとされる......? それは一体どういう......」

「とある(ヴィラン)グループが捕まった際の証言だよ。どうやらメンバーの内数名が、拠点を探している最中に椎羅区に入り、そのまま連絡がつかなくなったらしいのさ」

 

 OMG! そんな事があったのですか......!?

 

「では椎羅区とは、未確認の(ヴィラン)が潜んでいる可能性があると!?」

「いいや、どうやらそうでは無いらしいのさ」

 

 What‘s......? あぁいやそうか、それだとあの少年が住んでいる事の説明がつかない。

 そもそも今から数年前の話でしたね......

 

 大変な失礼を......はやとちり致しました......

 

(ヴィラン)の失踪は何度も続き、若者が立ち入れない、という事も続いたそうだよ。流石に異常がすぎるだろう? というわけで、『チームアップ』した『ヒーロー』たちが調査を行ったみたいだね」

 

 『チームアップ』か。

 どんなプロどうしが組んだのか......

 地元の事として大規模にはなりずらいとしても、事務所三つは組むかな......?

 

「結果はどうだったのでしょうか」

「ふむ。結果だけで言えば......」

 

 ふと、先生が一度息を吸った。

 

 なんでしょう......少し怖いのですが。

 

「『異常ナシ』、だったそうだよ」

「異常、ナシ......? え、では『ヒーロー』たちは椎羅区に入れたのですか?」

「そう、その通り。どうやら若者たちのように、入れない、なんて事もなく。調査はつつがなく行われたらしいのさ」

 

 それはなんとも......

 

「奇妙ですね......」

「奇妙と言うなら、この話もだろう。いわく、消息不明になった(ヴィラン)は、痕跡一つ見つからなかったようだよ」

「......なに一つ?」

「うん。なに一つね」

 

 (ヴィラン)犯罪......にしても妙な話だ。

 私も長い間『ヒーロー』やって来たが、流石にそんな事態には......

 

 ......うん、遭遇した記憶は無いね。

 

「『ヒーロー』側も警察と協力したそうだが、異常は何も無かったようだね。やがて(ヴィラン)の中でも椎羅区には近付くな、という認識が広まったようでね。若者が無謀に近付く事も無くなったらしいのさ」

「......なんともまぁ、オカルトな話ですね」

「オカルト、というなら。もう一点疑問をあげよう」

 

 私の事を、その柔らかな肉球でポンッと叩いて、先生はお言葉を続けられた。

 

「椎羅区の調査は、住民が居なくなった後の異常として、行われたものだよ」

「それは、まぁ......」

「分からないかい? その調査では異常ナシ、とされているんだ」

「ん〜......?」

 

 椎羅区の調査が行われたのは、住民が居なくなった後。

 調査結果は異常ナシ。

 

 では、何もなかった、という異常が残るお話では......?

 

「その、いいですか......?」

「おや、香山くん。もちろんだよ。気になったらいつでも話してくれて構わないのさ」

 

 運転中、どこか遠慮がちに声を上げた香山君が、バックミラーごしにチラリと私たちを見たのが分かった。

 

「彼は、椎羅区出身ですよね? 十年以上前に事故が発生して、三年が経って調査が行われた。仮に事故発生がちょうど十年前だとしても、彼は当時八歳です。本人から(・・・・)聞いた事がありますが、ずっと住んでいたそうですよ」

 

 あの少年か......! 失念していた! なぜ気付かなかったんだ私は......!

 

「住民が居なくなった後に異常ナシ、というのは、確かにおかしいですね......! それでは彼がいなかった事になってしまう!」

「その通り」

 

 十にも満たない幼い少年が住んでいる事が確定しているなら、異常ナシはそれこそNonsense!

 

「ちなみに、事故発生は今から十年以上前で、住民が全員いなくなった、とされるのが事故発生から三年だろう? そして『ヒーロー』と警察の合同調査が行われ、(ヴィラン)も近寄らなくなったのは、更に二年が経ってから、らしいのさ」

 

 つまり、事故発生から五年で人が寄り付かなくなった、という事ですか。

 

(ヴィラン)すら近寄らなくなるまで五年。そこから二年で、椎羅区へ続く道路は寸断され、道が作り直されたようだね」

「なんと......! 行政が主導で区を放棄したのですか......!?」

「それだけ不気味だったのだろうさ。原因不明が過ぎる上に、区としても小さい。道の迂回もできる以上、放棄する方が安上がりだと判断したのだろうね」

 

 事故発生から僅か七年で......!?

 いやそれではあの少年は一体どうやって生きていたんだ......!?

 

 少しばかり慌ててしまったが、仕舞っていた少年の資料を取り出した。

 

「オールマイト。彼の資料を確認するのは、少し待ってほしいのさ」

「え......? は、はぁ......分かりました」

 

 取り出した資料を裏返して、膝の上に伏せておく。

 

「さて。椎羅区は、それから今に至るまで、変わらず誰も近寄らない場所なのさ。あの子以外には誰も住んでいない」

「それはそれで、なんと言ってよいか......」

 

 思い出す。

 

 目を離せば消えてしまいそうな程、儚い雰囲気を纏っていた少年。

 力の抜けた、どこか眠そうな彼の目は、見ているこちらの方が眠気を誘われてしまった。

 

 身長は百八十はあった。

 体格も健康的だった。

 

 (ヴィラン)の連続失踪に関わっているような危うさも、血生臭さも感じられなかった。

 

 となれば、ただ一人で生きていたのだろうか......

 

 あの広く綺麗だが静かな街で。

 たった一人で。

 

「......少し、話が長くなってしまったね」

 

 先生が息を吐いた。

 はて、長くなった、とは? 椎羅区の話ではなかったかと......

 

「ではオールマイト。あの街の違和感は、なんだと思う?」

 

 ──あ。

 

 あー! そうだった! そんな話をしていましたね確か!

 私の椎羅区に対する認識が足りていないとかで、その為に説明なさっていたと!

 

 いや待ってください。

 

 少し(・・)長くなった、とおっしゃいましたか......?

 

 え、少し......?

 

 え......?

 

「気付かないかい?」

「えっ、あぁいえ失敬! 少々お待ちを......!」

 

 えぇと、違和感ですね!? えぇはい考えます!

 

 道が無く、山々に囲まれた高原の街。

 

 静かなゴーストタウンとなっているが、とても綺麗で荒れた様子は無く......

 

 しかし事故が原因で住民が居なくなっており、若者たちが入れなかったり(ヴィラン)の連続失踪が発生していた。

 

 ......綺麗で荒れた様子が無い。

 

 綺麗で、荒れた様子......?

 

「......荒れていない、綺麗な街......? 住民がいない......事故があって住民がいなくなった......」

 

 むむ......いや、さすがにこれはおかしいな......

 

「気付いたようだね。その通りなのさ。荒れていない綺麗な街。なんともおかしな事だと思わないかい?」

「ええ......考えてみれば、確かに。このような異常、気付けば大きいですね」

「そう、そうなのさ。これはまったくもって大き過ぎる異常なのさ」

 

 ポンッと私の身体を叩いた先生が、大きく頷いて見せる。

 

「住民全員が区を出る程の事故だったというのに、どこも荒れた気配は無かったのさ」

「ええ。十年近く放棄されたにしては、街の状態も良すぎます。ゴミが無い、植物による侵食が無い、というのは、彼が片付けたと見ても問題ないでしょう。実技試験の様子からして、できない事はないかと。しかし......」

 

 思わず言い淀んだ私を見て、先生はまた大きく頷いた。

 

「あの子一人で荒れた街を修復できるのか......当然の疑問なのさ。違和感に戻るよ。では、事故とは一体なんだったのだろうか」

 

 街に明確な被害は見当たらなかった。

 

 だとすれば、『個性』事故? 私も前に、水質をお酢に変える『個性』に遭遇した事はあるが......

 あれとて被害にはなりうる。

 

 しかしそういった『個性』では、街を放棄する程にはならないはず......

 

「あの子以外の、全ての住民が椎羅区から出たのはなぜだろうね? 若者たちが椎羅区に立ち入れなかったのは? (ヴィラン)が消息不明になったのは? 『ヒーロー』と警察の合同調査で、一切の異常が見つからなかったのは?」

 

 では『幻惑系』か? いやしかし、だとすれば『個性』の持続時間と効果範囲がおかしい。

 どれだけ強力な『個性』であろうと......それこそ『ブースト』に類する薬を使っても、二日と保たないだろう。

 

 年単位なんて、どう考えても途中で死んでいる。

 

「......私には、単なる『個性』事故とも思えません。しかし、それ以外の可能性も思い付かず......」

「『個性』事故。確かにそれもあるのだろうさ。恐らくだけど、住民がいなくなったのはあの子の『個性』事故が原因。しかしそれ以外には、別の要因があるのだろうね」

 

 という事は、椎羅区に入れない事、(ヴィラン)の消息不明、合同調査の異常ナシ、これらは独立した問題の可能性があると......?

 

「だとしても、だよ。椎羅区に住み続けているのは、あの子だけなのさ。最も疑わしく、最も怪しいのは間違いない」

「っ! しかし先生! 彼はそんな少年には......!」

「分かっているのさ。落ち着きなよ、オールマイト」

「し、失礼致しました......」

 

 ......やってしまった。

 

 とはいえ、指摘されればその通り。

 まさしく返す言葉も無い。

 

「なによりおかしいのは、あの子の『個性』が暴走したとして、街が綺麗な状態で残るのか、という点だよ。さぁ、資料を見てごらん」

 

 先生に促されるまま、膝の上に伏せていた資料を手に取る。

 

 改めて、その内容を確かめた。

 

 『九條(くじょう)とがね』。

 『個性』は──

 

「──『変身』......」

 

 『個性』によって生成した道具で変身できる。

 また、変身に関連する道具......ウェポン、ガジェット、マシンといった物の生成も可能であり、それらを完全に制御し操作する事もできる。

 

 これら生成したアイテムは他者に貸し与える事も可能だが、使用するにはなんらかの適性が必要であり、その大半は、実質的に自分専用。

 

 更に、『個性』発現時に肉体の構造が変質している為、『発動型』、『変形型』、『異形型』の『複合型』である、と。

 

「......やはり強力な『個性』だ......しかし、この『個性』の暴走といっても......」

「そう、その通りなのさ。資料の情報から推測するなら、あの子の『個性』が暴走すれば、破壊が起こるだろうね。けれど、街に傷は無かった」

 

 ここまで上がった問題に、彼の『個性』を当て嵌めようにも、あまりに不自然すぎる。

 毛色が違うにも程があるだろう......

 

「また、これまで上げた問題とも整合性が取れないのさ」

「ええ、本当に」

「まったくもって手詰まりと言っていいね。あまりにも情報が少なすぎる。推測しようにも、関連性が見出せない」

 

 先生でどうしようもないなら、私など及びもつきませんよ......

 

 一つ大きな息を吐いた先生が、ポンッとその手を打ち鳴らした。

 

「総じて。あの椎羅区については、綺麗で静かな街ではあるが、どうにも不自然である、という事になるね」

「そうですね......いままでの異常性も、あの少年についても。どうしても違和感が拭えません......」

 

 OH......Shit......! これではあの少年を疑っているも同然......っ!

 

 未来ある少年が(ヴィラン)などと......!

 

「......オールマイト」

「っ!」

 

 ポンッと、私の身体を叩く柔らかな感触。

 

 俯いていた顔を先生に向ければ、先生は、優しげに微笑んでいらっしゃる。

 

「疑い、考えるのは僕の仕事さ。君は......君と香山君は、ただあの子を信じてあげてほしい」

「はいっ! もちろんです!」

「......ええ......! もちろんです、校長......!」

 

 運転中ではあるが、香山君も決意の滲んだ力強い声だ。

 

 そうだ。

 私たちはただ、幼くも大きな可能性を、信じて正しい方向へ導くのみ。

 

 『平和の象徴』として......! 必ず守り抜いてみせる......!

 

「うん。頼んだよ」

 

 満足そうに頷いた先生が、ポンッポンッと手を叩いた。

 

「さて! それじゃあ彼について......九條(くじょう)とがねくんについてだね」

 

 彼について......そういえば、そうでしたねぇ......

 

 ......えぇはい。

 正直言いますと......忘れておりました......はい......

 

 誠に......! 申し訳なく......!!

 

「オールマイト。君はどうだった? あの子を見て何を感じたかな」

「ぅえっ、えぇはい......! その......目を離せば、消えてしまいそうな程希薄でしたね。肉体は健康的で、私たちを街で出迎えてくれた事には驚きました」

 

 いや、ホントに。

 

 訪問する、と事前に伝えていたとはいえ、山を越えて街が見えた時、彼が街中に立っていたのは本当に驚いた。

 

 それも私と目が合ったし。

 もっと言うと、私の着地地点から不自然にならない位置取りでもあった。

 

 う〜んこの......

 

「正直末恐ろしいですね......彼の『個性』が『変身』である以上、実技試験も、『個性』の副次効果だけであの結果だった、という事ですし」

「身体能力についても未知数。試験終了後、全てのカメラから消えた事も含めて、まだまだ底が見えていない。ふむ、実に頼もしいね!」

 

 筆記試験の結果からしても、彼は知識もある。

 

「知識も充分。話していた限りですが、どうにも、先生に近しい思考能力もあるような気がして......」

「ふむ......僕と同じだけの演算能力があるかは、流石に分からないけれど。情報処理、展開性、柔軟性、速度と、実技試験から窺えるだけでも、近いかもしれないね」

 

 なんと......! 先生がそこまでおっしゃるとは......!

 

 先生の『個性』、『ハイスペック』は、人間以上の頭脳というモノ。

 『演算系』の『個性』の中でも特に珍しく、かつ『演算系』として、そのポテンシャルをフルに発揮できる性質がある。

 

 そんな先生をして、近い(・・)と言わしめる思考能力......

 

「気付きたくない事に気付き、知りたくない事を知る。今日話した限りでは問題は無さそうだったけど......もしかしたら、周りの者たちと、まともに会話できなかった事もあるかもしれない」

 

 そう、か......高い思考能力とは、そのような弊害もあるのですね......

 

「あの子が試験で見せたアイテム、その動きを覚えているかい?」

「会場全体に、数えきれない程広がっていたアレですか......」

「そう。あのアイテムの殆どは、様々な生物を模していた。金属質の身体で生物的な動きを見せ、その動きに不自然さは無かっただろう?」

 

 確かに。

 

 掌大のサイズ感もあいまって、愛嬌すらも感じた。

 鳴き声も上げていたようだし、とても可愛らしいアイテムだった。

 

 アレがおそらくガジェットなのだろう。

 

「もしあの子が、あのアイテムの一体一体を制御していたとしたら?」

「え......? アレを、ですか......?」

「ある程度の自律行動ができたとしても、あの手の『個性』は、生成する際のイメージは重要だ。試験の様子から、アイテムで得た情報は全て、あの子自身も受け取っているだろう」

 

 ん......? それが一体どう繋がるのでしょうか......?

 

 いえ、膨大な数のアイテムを緻密に制御するという離れ業......

 ともすれば神技は、それこそ先生に匹敵する思考能力として違和感は無い。

 

 アイテムからの情報を処理している、というのもまた、驚嘆はすれどもその通りかと......

 

 生成のイメージ、その精密さも、確かに神技だと思います。

 

 まず私はムリ。

 

「アイテムの動きや鳴き声も含めて分かる事......それは、あの子が高い観察眼と感受性を持っている、という事なのさ」

「それは......ええ。私は、あのアイテムの全てに命と意思が宿っている、と言われても信じてしまいますね」

「僕も同じだよ。生きている、と言われれば信じてしまう。では......それだけの観察眼と感受性を持つ子が、高い思考能力を持ち合わせている──」

 

 それは......まさか──!

 

「あの子には......世界は、どんな風に見えているのだろうね? ......どんな事象に、どんな影響を受けるのだろうか......」

 

 思考能力に由来する孤独感......だけではないと......!?

 

「ただ......」

 

 先生が、大きく息を吐かれた。

 見れば、どこか柔らかな笑顔を浮かべていらっしゃる。

 

「ただ、僕から見て、あの子は悪い子には見えなかった。とても優しくて理知的で、誰かを思いやる事のできる子だと思うよ」

 

 ふと......実技試験において、彼が作り出したアイテムの動きを思い出した。

 

 色々な生き物を模したそれらの中でも特に、動物をモチーフにしたのだろうアイテムが印象的だった。

 

 怯えて竦む子を、時に励まし、時に叱咤していた動き。

 鳴き声と動物らしい仕草だけで彼は......立ち止まった子に、俯いた子に、前を向かせた。

 

 一歩を踏み出す......そんな勇気を、与えたように見えた。

 

 私とは違う......私では、思いつきもしなかった在り方。

 

「私も......彼は、とても素晴らしい『ヒーロー』になると思います」

 

 ふと見えたバックミラーに、嬉しそうに笑う香山君が映っていた。

 

 ......はて、まるで自分の事のように喜んでいるね......?

 

 あぁ......! 香山君は、前々から(くだん)の少年と交流を持っていたのだったね。

 それはもう嬉しいだろう! 私にも分かるとも!

 

 私も、『緑谷(みどりや)』少年が『ヒーローらしい』と誰かに褒められたら......!

 想像するだけでも嬉しくなるからね!

 

「そうだね。あの子は、私たちが責任をもって導き、育て上げるのさ......!」

「はい!」

「ふふっ......! はいっ」

 

 おー! と言わんばかりに腕を突き上げた先生に、私と香山君も大きく頷いた。

 

 『平和の象徴』......その後継者を育てる為、だけではない。

 次代の芽を、現『平和の象徴』として......! 守り! 育まねばっ!

 

「──とはいえ。あの子の不自然な点はまだあるのだけどね」

 

 OH......

 

「せ、先生......? 今、とても綺麗に締まったところだったのですが......!」

「......校長先生? 綺麗に締めておきましょうよ、今のは」

「ふふふっ......! すまないね! ──だが意識はしておくべきだろう?」

 

 んむぅ......! おっしゃる通りではあるのですが......! いやしかし納得が......!

 

 ふと見てみれば、バックミラーごしの香山君の目も、心なしかジトっとしているような気が......!

 

「十年以上前。つまりは、どれだけ甘く見積もったとしても。五歳の子どもが一人、『個性』事故の後に封鎖された街で生きていた事になる」

 

 先生の声に、わずかに冷たさが混ざり込んでいる。

 

 ......気がする。

 

「一般的な『個性』の発現時期と照合するなら、四歳を下回る時期かもしれない。香山くんや黒瀬(くろせ)くんのように、あの子と交流がある者がいるとしても」

 

 その交流だって、彼が自発的に動かなければ、発生しなかった事になりますからね......

 

「......それでも、あの子が自分から椎羅区を出られるまで、一体どうやって生きていたのか。高い知性と感受性があって、本当に、孤独に耐えられるのだろうか......?」

 

 彼の両親は一体どうしたのか。

 

 ......それは......酷く、単純な話。

 しかし......! そう(・・)だと、私はあまり、認めたくはない......!

 

 親が子を、捨てるなんて......!

 

「......警戒とは別の意味で、気を付ける必要があるのさ」

 

 

 






 もうありません。


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