ちょっと強めのアリサ   作:破裂保護

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五話

囚人たちがLCEを去ってから、数か月が経ちました。定期検診が終わっても、LCEのあわただしさは変わりありません。皆研究に夢中だからかせかせかと歩き回ってますし、最近は黄金の枝の接ぎ木実験に集中していますから、私たちはかなり忙しなく働いています。まあ、私は研究進捗が遅れてくれた方が助かりますから、時々サボってますけど。それでも、ここ数日はかなり真面目に働いてました。なぜなら…

 

「今日ですね」

「…はぁ、今日、ですね」

 

「待て。記念すべき我が部署の研究発表だというのに、ここ数日で溜め息の頻度が私が確認した限りでも200%以上増えているではないか。研究に何か憂慮すべき懸念事項が見つかったのか?私が関わった以上内容は完璧であろうから無駄な心配はせずとも…もしや緊張でもしているのか?君が聴衆の前で手を震わせるような気質を持っているとは思っていなかったのだがね」

 

「緊張…いえ、着慣れていないE.G.Oだからちょっとメンタルがぐらついてるんです。あまり心配しないでください、そのうち慣れますから」

 

緊張っていうよりは憂鬱…いや、うんざりしてるってだけですね。上層部からの嫌がらせが露骨すぎて。今私が身に着けている装備は、LCE E.G.O::紅炎殺。感応度の調整をミスると自爆する欠陥装備です。

まあ本来の私が着てた装備がこれなんですから、元に戻っただけともいうんですけど…失楽園みたいに雑な運用をしてるとあっさり逝きますから冷や冷やするんですよね。

 

どうして失楽園を差し置いてまで、そんな欠陥装備を私が着ているかというと…数日前、LCA部署から連絡がありました。

人格技術とE.G.O制式装備の統合実験やらなんやらをやりたいから、LCEのE.G.Oを暫く借りたいとか言って、ただでさえ貴重なE.G.O装備を幾つか持っていってしまいました。勿論、失楽園も。

私以外着ることができないのは周知の事実なのに良くぬけぬけと持っていけましたね…本当に露骨すぎて嫌になります、どう考えても私から強いE.G.Oを引き剥がしたいだけじゃないですか。

 

「ふむ。感応度にはより一層気を付けたまえ、LCEのものは容易く自爆を引き起こすからな。それと…追加研究のための協力要請が、なぜずっと承認されていないのか知っているかね?」

「…LCA研究開発チームがずっと差し戻してるんです。今やってる研究に集中しろって…」

 

本当にイラつきますね、追加研究を差し戻しておいて向こうは向こうで追加研究に明け暮れてるんですから。まあ、どうせ私から失楽園を引き剝がしたいだけで研究実体があるわけじゃなさそうですけど…

 

「面倒な連中であるな。差し戻した担当者が誰か知っているかね?」

「…この前の学会でLCE部署のE.G.O装備を拝借していった、あのチーフです。ムカつきますよね、今度の発表でぎゃふんと言わせてやりましょう」

 

チーフとマートンさんと楽しく会話できるのも、これが最後かもしれませんね。普通に親方たちに殺されそうですし、この日の為に色々準備はしてきましたけど、格が高すぎて通用するかは怪しいです。

それでも、そう簡単に死んでやるつもりもありません、ランクVとしての意地を見せるときでしょう。何より、何が出てこようと赤い霧と調律者よりはマシですから精神的に既に勝利してます。

 

「マートン、昨日私が作った追加研究計画書は盛って来たかね?予想される成果を目の前に突きつければ、LCAも承認せずにはいられまい」

 

「あ…。それは別に必要ないかと思って、研究室に置いてきたんですけど…」

 

マートンさんが計画書を持ってきてくれてれば、私も安心して放送室に逃げ込めたんですけどね…まあ、こうなる流れだったんでしょう。足掻けるだけ足掻かないと。

実のところ、自分の命を懸けるほどLCEに思い入れがあるかと言われれば怪しいですから、さっさと図書館にでも夜逃げすればよかったんです。

なのにどうしてか、私はここにいて、LCEの研究員として立っているのは…たぶん、絶対に生き残りたい理由がないからですね。私はここで死んでも構わないって、本気で思ってます。でも、生かせる人は生きて貰わないと。

 

「計画書は私が取ってきます。チーフとマートンさんは発表準備に集中してください。幸運を…祈ってます」

 

チーフの訝しんだ表情を横目に、二人とは反対の方向に歩き始めました。きっとそろそろでしょう、だから…私が、全部燃やす。

あの時とは違うんです、あの地獄の三日目と違って、できる限り私が救って見せる。最後に私だけが残って立っているなんてもう嫌です。

私の経験したことが、都市にありがちなことだってことはわかってます。特色も、自分の命は守れても家族や友人の命は守れません。流れに逆らうことは、許されないにしても…流れを逸らすくらいなら、私にも許されるでしょうから。

 

かつかつと廊下を歩みながら、足先から頭のてっぺんまでの感覚に沿って、胸の内で沸き立つ暗い気持ちとほんの僅かな決意を身体にぼんやりと纏わせる。私の抱える罪悪と、植え付けられた光の種を感じて、感情を形に作り上げていく。

浮かび上がる黄金色の光が、私の健気な努力が実ったことを証明していました。私がお家でコソ練して身に着けた心、そして望。失楽園を使い続けられるなら、身に着けようとも思わなかった力。これでディアスをぎゃふんと言わせてやりましょう。

 

一歩、また一歩。私たちが使ってる研究室に近づいて…ついに、灯りが消えましたね。真っ暗です。

 

ロボトミー出身の人なら、あーまた大鳥が脱走したんですねめんどくさい…って感想が浮かぶでしょうね。でも、残念ながらここはLCEだから…誰も警戒なんてしてません。皆電力を食いすぎたせいだと思ってます。

闇の中で耳を澄ませば、遅くも早くもない…余裕がありながらも、きびきびとした歩き方をしてる例のコスプレおじさんの靴音もしっかり、聞こえました。直後、誰かの千切れる肉の音と、甲高い断末魔。そしてか細く止まる息の根たち。

 

紅炎殺を展開して、響き渡る阿鼻叫喚と人の血肉が切り刻まれる音の中、真っすぐ突進し…

 

「このクソ代行者も…親方どもも、全部、燃え上れ!!!!」

 

紅炎殺とバスタードソードがぶつかり合って、響く衝撃で手が震えてそれでも押し切らんと感情をくべて炎を燃やし…下がって流される。

 

「おっと、危ないな」

 

決して勝てない戦いじゃありません。予測が無意味というのなら…攻めに回って、予測させる側に回ればいい。それが無理なら、全てを反射で対応すればいいんです。

紅炎殺を振るい、時折蹴りと炎を浴びせながら徹底的に食らついて離さない。戦術も合理的な戦い方も全部投げ捨てて、飛んで火にいる蛾のように飛び掛かっていく。

 

手斧。かち合って押し切る。

ランス。横に飛び去って脇腹を狙う。

 

振るわれる鎌の初撃はステップでお茶を濁し…いや、避けきれない。なら打ち合うしかない。沸き立つ感情と罪悪を形にして、紅炎殺にまとわせて二つ、望を作り上げる。今ここで燃え尽きたって構わない。死んだっていい。

 

「また逃げるくらいなら、いっそ私の全てを薪としてくべて…喜んで、揺らめく炎の中へ!!!」

 

自爆ギリギリまで感応度を引き上げ、思いを燃料に一体化していく私の自我と大鎌がぶつかり合い、あまりの衝撃で廊下に会った物全てがなぎ倒され、焼き尽くされていく。

揺らめく炎の向こう側で…それでも、倒れていない。微かに焼けこげる血の嫌な油の香りの先に、まだ立っている。

 

「無我夢中。」

 

熱くて、苦しくて、身体中がひりひりと焼けついて燃え上る。それは相手も同じ。崩れかかる精神の糸を何とか掴み上げて灰に変わるまで、紅炎殺を握り続ける。

 

「死ねえぇぇぇぇ!!!燃えろ!!さっさと灰に変われ!もういやぁぁぁ!!」

 

「はは、手厳しいな。だけど少々指令の期限が差し迫っていてな、俺も必死なんだ」

 

喉元を狙って振るわれるスティレットを紙一重で弾いて、振るわれる大剣を何とか押し流して紅炎殺を展開し、ディレイをかけて踏み込んだ上段で頭をカチ割ろうとしてまた受け止められる。

しつこい…しつこいんですよ!!いつまで私と殺り合うつもりなんですか!?ねぇ、さっさと下がるか燃え尽きてくれればいいのに。それともあれですか!?そんなに私にゼノンを突き刺したい!?

 

「スプーン出ろスプーン出ろスプーン出ろスプーンすふぉーくふぉーぷーん何でもいいから!!都市の意思も少しは私の意思なんだからスプーン!!!!」

 

激情に任せて紅炎殺を振り回し、打ち合って、時々蹴りと炎を浴びせながら粘れるだけ粘ってますけど…とにかくキツイ。

わかってます。私の動きが単調になっている以上…そろそろ、粘れなくなる。単純に動きが速すぎてついていけない上に、全部の攻撃の殺意が高すぎます。無駄な動きがないってこういう人のことを言うのかな。

出てくる武器が運ゲーで、予測が無意味といってもローランのコスプレしてる以上は9種類。割と決め打ちで動いてるけど…そろそろ事故って死にそうなんですよね。

 

後頭部目掛けて横に振るわれるハンマーを半歩下がって紙一重で躱し、追撃に差し込まれるレイピアの一突きを見切って左脇に抱え押し込み、僅かに生まれた隙に右手の紅炎殺で思いっきり殴りつける。

端正なイケメンフェイスがこんがり焼ける気持ちはどうですか!?ねぇ!熱いでしょう!?そのまま…燃え尽きろ!!カドゥケウスが切り替わる寸前、スーツの感応度を限界まで引き上げて…組み付いて、爆ぜる。

 

「絶対に…あの光景は、もう二度と見たくないんです。もう、私だけが最後に残りたくない!!!だから今ここで…全部!!!燃え尽きろ!!!」

 

最大感応、劣化浸食。今にも弾け飛びそうな私の四肢。溶け落ちそうな私の指先。炭化していく肌。それら全部を、心と気合いで押しとどめる。気合いさえあれば、自爆しても耐えられることは本来の私が証明していますから。

爆風で離れながら、揺らめく炎の向こう側に影が残り、軋む身体に鞭打って飛び掛かかろうとして…いない。床に焦げ付いた人の形と、積もった灰の向こうに残る足跡。それが廊下の向こう側までずっと続いています。まだ、死んでない。

 

「…消えた。いませんね。指令の期限が切れて、新しい指令が下ったのかな」

 

虚脱感。まだ、戦えるっていう気持ち。急速に冷めていく私の激情。LCEを包む暗闇の中でただ一人、私だけが唖然と立ち尽くしていました。辺りを見渡せば、山のように積みあがった死体。

 

私、生き残った?本当に?都市の星とやり合って…紅炎殺で…?胸は、熱くありません。ゼノンは突き刺さってない。けたたましくなるトランペットと、解放される隔離室の扉。飛び出してくる魑魅魍魎を見るに…私、生き残った、みたいですね。

これから…どうしましょう。疲れました、もう動きたくない。チーフと合流するのもありですけど…流れに沿うのなら、この隔離室に隠れて、座って待ってればいいのかな。

 

力が抜けて、思わず床にへたり込んでしまいました。何も考えたくない。今、周りを考えてはいけない。過去を掘り返さないで、忘れろ。そう私の自己防衛本能が言っているのに…私には、あのロボトミーの光景が、眼下に焼き付いて離れませんでした。

寂しい。寂しいです…。一人は、嫌です。あんなに頑張ったのに、救える人は全然いなくて…誰も、私の隣には残ってない。

 

耳の奥から…なんだか、懐かしい波の音が聴こえて、どこか遠くでカモメの声が聞こえました。甘ったるいブドウの香りが部屋中を包み込んで、私は、私は…

 

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