太陽を失い、青を亡くした空。されど日はまた現れ、この空を青で染めるだろう。
そうは理解していても、この青ではなく、黒の空に輝く月のなんと立派なことか。太陽は眩しすぎるが、月は程よい。どの色も、月色には敵わないのではないかと黒の空を仰ぎ、想う。
今日の月は綺麗だ。
ある草原に寝転び、空を見上げての第一感想としてそう想った。
今真夜中の空は星が瞬き、月の光によって雲の輪郭がはっきりと認識できる。
雲の流れはゆっくりと。私の周りの草は、風によってゆらゆらと揺れている。そして、風で揺れる草によって生じる音が自然と耳に入ってくる。
それがなんとも心地良いものだ。まるで自分だけがこの地球に存在するかのように、まるで私だけが取り残されてしまったかのように、錯覚させてくれる。
いやはや、何とも素晴らしきこの幻想風景。
今日はこのまま眠ってしまおうか。
私が帰る家には自分以外存在しないのだから、迷惑だってかからない。好きにしてよいだろう。そうと決まれば、今はこの風景を存分に味わうとしよう。これで酒でもあったなら完璧だったのだが、まぁ、それも些細なことだ。
今この時、この一瞬の世界を眼に納めよう。ただそれだけでいい。
それがこの世界が私にくれる、最高の贈り物だ。
…なんて、自分に酔って黄昏てみるのもまた一興だ。酒は飲まずとも、酔いは廻るものか。ハハッ、実に愉快だ。それでいて、何とも趣深いものよ。この世界は。
そのまま空を見ていると、一つの星が静まっている空を駆けた。
なんでも、流れ星が空に現れている間に願い事を繰り返し言うと、それが叶ってしまうらしい。まったく、誰が最初に言い始めたことやら。
だが、その考えは嫌いじゃない。駆ける星に願いを言う、とても美しく感ぜられる行為じゃないか。よし、それじゃあ今日はそれで終わりにしよう。そして、次の星が流れるまでは、この風景を楽しもう。
そうして動かずに少し時間が過ぎた頃、また一つの星が空を駆けた。
…ああ、しまったなぁ。少し、この風景に見とれてしまって、願いを言うのを忘れてしまっていた。星も、もう行方がわからない。ふむ、どうしたものか。
……まぁ、少し遅れてしまってからでも有効だろう。星は流れていないが、私の声が、さっきの駆け星に聞こえているの信じよう。
「ーー楽しい明日になりますように」
こんな、些細な願いで良い。だって、それが素晴らしい願い事だということに変わりはないのだから。
さて、それではもう寝よう。今日は深い眠りに入れそうだ。
被っている黒く鍔が広い三角帽子を目のあたりまで顔に被せる。そうして、視界に見えていた綺麗な空は消え去った。だが草木は揺れ、幻奏は絶えることはない。
そうして、私は今日と言う日に幕を下ろした。
ーー私は霧雨 魔理沙。しがない普通の魔法使いである。
◇
霧雨 魔理沙、と言う変わり者がいる。
彼女は自身のことを普通の魔法使いと言っている。だが私、博麗 霊夢はそう思わない。
彼女はこの幻想郷の変わった連中の中でも生粋の変わり者だ。『普通』とは口が裂けても言えないだろう。
彼女は自由すぎる。
彼女の家庭は裕福だった。
彼女の父は大手道具屋『霧雨店』の主人であり、その店の商売も上々。その家庭の中で彼女は一人娘だったのだ。そのまま何もせずとも、彼女は何不自由なく人として生涯を終えることが出来ただろう。
だが、彼女はそうはしなかった。
彼女が何故そうしたのかは私には全く見当がつかないが、彼女は『魔法使い』になることを決め自分の家を出ていった。そうして彼女は今魔法の森に自らの家を建て住んでいる。
昔不思議に思った私は、魔理沙にその理由を尋ねてみたことがある。
「ねぇ、魔理沙。何であんたは魔女になりたいと思ったの?別にあのまま家出せずにいたら、今頃困ることなく暮らせたのに」
そう私が言うと、魔理沙は私に向かって微笑み、優しい口調でその質問に答えた。
「霊夢、それは違う。私は『魔女』になりたいんじゃない。『魔法使い』になりたいんだ」
私はその言葉を聞き不思議に思った。
だって、その言い方だとまるでーー
「変なこと言うわね。魔法使いは『魔女』になる一歩手前の段階でしょ。それに、あんたはもう魔法が使える。その言い方だと、あんたがまだ魔法使いにすら成れていないって風に聞こえるんだけど?」
私が自分の疑問を投げ掛けると、魔理沙は暖かい笑みを浮かべ、自分の両目を閉じながら口を開く。……その顔はムカつく。まるで、私のことを見守っている大人のような態度だ。自分だって子供体型なくせに。
「ーー逆に聞こうか、霊夢。『魔女』ってなんだ?」
「…『魔女』は魔法が使える妖怪でしょ?」
「ああ、そうだな。じゃあ『魔法使い』は?」
「魔法が使える人間。だけど『魔女』と違って人間だから、寿命があって『魔女』には劣る存在でしょ?」
「ああ、そうだな。その通りだ」
魔理沙は私の返答を肯定した。そして言葉を続ける。
「ーーさて、そろそろ私は家に帰るよ」
と思ったが魔理沙はそう言い、自分の箒に跨がって帰ろうとしていた。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!結局何が言いたいのよ!?」
私が魔理沙に向かって叫ぶようにそう聞くと、魔理沙は子供のように無邪気に笑いこっちを見てーー
「ーーそんぐらい、自分で考えるんだぜ」
そう言って飛んでいった。超ムカつく。
その日から後、魔理沙に同じ質問をしても答えてくれることはなかった。まだ、私には魔理沙が言いたかったことが理解出来ていない。いつか分かる日が来るのだろうか?そんな問いを自分に投げ掛ける。
…いや、いつかは理解しなくてはいけない。そうしないと、自由すぎる彼女との距離が、近づくことはないのだから。
「ーーよぉ、相変わらず辛気くさい顔してるな」
ふと気が付くと、いつも通りに魔理沙が箒に乗って私の前に降りてきた。黒い三角帽子を被り、白黒の服を着て。
「あんたも暇ねぇ」
私がそう魔理沙に言うと、彼女はいつも通りの飄々とした態度で言葉を帰す。
「何言ってんだ。私はお前がぼっちだから仕方なくだなぁ……」
「は、ハァ!?誰がぼっちよ!!」
「あ、すまんすまん。軽率だった。ただ一人で人間観察してるだけだったよな?」
「わ、私を痛い奴扱いするなぁ!!!」
そんなやりとりを彼女と交わしながらも、いつも通り、私はこう想うのだ。
ーーああ、楽しい今日になりそうだ、と。
生存報告も兼ねての投稿です。昔の作品を投稿しました。すみませんです。