You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 1 のあとがきにキャラクターTips[主人公] が追加されました。


Episode 11 - 帰り道

[Side:ほたる]

 

西日が差し込むアトリエは、オレンジ色の光に包まれていた。

パレットに残った絵の具を片付けながら、私はふぅ、と満足げなため息をついた。

今日の筆の進み方は、自分でも怖くなるくらいだった。

迷いなく色が選べたし、キャンバスの中に閉じ込めたかった空気が、そのまま形になったような手応えがある。

 

(……これも全部、君のおかげかな)

 

筆を洗い終わってから、スマホを手に取る。

時刻はまだ夕方の早い時間帯。いつもならもう少し粘るところだけれど、今日はなんだか、彼に会いたくて仕方がなかった。

お昼に別れてから数時間しか経っていないのに、もう彼の声が聞きたくなっている自分がいる。

 

『まだ近くにいたり……する?』

 

送信ボタンを押す指が、少しだけ震える。

もし「もう帰っちゃったよ」って言われたらどうしよう。

忙しい彼を引き止めるのは悪いかな。

そんな不安がよぎる間もなく、画面に「既読」の文字がついた。

 

『校内のカフェテリアで時間を潰していたから大丈夫。まだ近くにいるよ』

 

その返信を見た瞬間、心臓がトクンと跳ねた。

――待っていてくれたんだ。

その事実だけで、今日一日分の疲れなんて吹き飛んでしまう。

 

『じゃあ、一緒に帰ろ? 今、終わったの』

 

『了解。校門で待ってる』

 

短く、けれど確かな約束。

私はスマホを胸に抱きしめ、心の中でガッツポーズをする。

まるでドラマに出てくる恋人同士みたいなやりとり。

「待ってる」って言葉の響きが、こんなに甘くて嬉しいものだなんて知らなかった。

画材をロッカーにしまい、バッグを掴んでアトリエを飛び出す。

廊下を走る足音が、夕方の校舎に響く。

階段を下り、正門が見えてくると――そこには、夕陽を背にして立つ、見慣れたシルエットがあった。

壁に背を預け、スマホを眺めている裕也くん。

逆光で表情まではよく見えないけれど、その立ち姿だけで彼だと分かる。

周りの学生たちが通り過ぎる中、彼だけが違う時間を生きているみたいに静かで、綺麗だった。

 

「――裕也くん!」

 

名前を呼ぶと、彼が顔を上げ、こちらを見て優しく微笑んだ。

その笑顔に向け、私はブレーキをかけることなく駆け寄った。

 

「お待たせっ!」

 

勢いそのままに、彼の左腕に自分の右腕を滑り込ませる。

ギュッとしがみつくと、彼が一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐにふっと表情を緩めて受け入れてくれた。

腕に伝わる体温と、彼の匂い。

ああ、やっぱり落ち着く。

 

「おかえり、ほたる。いい顔してるな」

 

「えへへ、すごく捗ったの。……裕也くんがいてくれたおかげかな?」

 

少し上目遣いに、いたずらっぽく笑ってみせる。

彼は「それは光栄だな」と苦笑して、私の頭をポンポンと撫でてくれた。

 

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[Side:裕也]

 

腕に柔らかい重みを感じながら、俺たちは並んで駅への道を歩いた。

夕陽が長く伸びた二人の影を、アスファルトの上に焼き付けている。

すれ違う学生やサラリーマンの視線を感じるが、不思議と気にならない。

彼女は俺の腕を抱き直しながら、嬉しそうに笑う。

その笑顔を見ていると、向こうでの日々が遠い昔のことのように思えてくる。

あんなに夢中になっていた仕事も、この笑顔の前では霞んでしまうようだ。

いや、違うな。

この笑顔があるからこそ、俺もまた頑張れる。そんな気がする。

電車に揺られ、最寄り駅に降り立つ頃には、空は深い藍色に変わり始めていた。

実家までの緩やかな坂道。

あと数分で、今日のこの時間は終わってしまう。

 

「……着いちゃったね」

 

家の前まで来ると、ほたるが名残惜しそうに腕を離した。

離れていく体温に、俺も一抹の寂しさを感じる。

 

「今日はありがとな、ほたる。楽しかったよ」

 

「ううん、私の方こそ! ……また、明日も会える?」

 

「もちろん。しばらくはこっちにいるんだ、いつでも会えるよ」

 

「……うん! おやすみなさい、裕也くん」

 

彼女は門の前で一度振り返り、大きく手を振って家の中へと消えていった。

 

===================

 

晩御飯をすませ、シャワーを浴びて自室へと戻ってくる。

午後に送られてきたメールと資料を移動させ一息ついていると、デスクの端に置いたスマホが短く震えた。

 

『今日はありがとう! 送ってくれて嬉しかった。おやすみなさい』

 

可愛らしいスタンプと共に送られてきたメッセージ。

脳裏に浮かぶのは、別れ際の彼女の名残惜しそうな瞳と、腕に残る感触。

 

『こちらこそ。いい夢を』

 

送信ボタンを押す。

たったそれだけのやり取りなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「おやすみ」と言い合える相手がいること。

明日になれば、また「おはよう」と言えること。

俺は画面の向こうにいる彼女の寝顔を想像しながら、満ち足りた気持ちでノートPCを閉じた。

 

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