You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 13 - 待ち合わせ

[Side:ほたる]

 

「ねねっちが言ってた待ち合わせ場所って……この駅の近く、だったよね……」

 

休日の駅前は、想像以上の賑わいを見せていた。

巨大なショッピングモールが併設されていることもあって、家族連れやカップル、学生たちの楽しそうな笑い声が、波のように押し寄せてくる。

今までの行動範囲といえば、大学のアトリエと、馴染みの画材屋さん、そして実家の往復くらい。

彼が帰って来てからは確かに色んな場所へ行くことが増えた。けれど、久しぶりに浴びる「都会の休日の空気」に、私は少しだけ気圧されていた。

 

(うぅ……人が多いなぁ)

 

流れる人の波に酔ってしまいそうで、私はバッグを胸の前で抱きしめながら、壁沿いを慎重に歩く。

キラキラとしたショーウィンドウ。楽しそうに歩く恋人たち。

そんな光景を見ていると、自然と思考は「彼」のことへと向かっていく。

 

(こういう場所にも……いつか、裕也くんと来てみたいな)

 

でも、すぐに不安が頭をもたげる。

私は人混みが得意じゃないし、すぐに疲れてしまうかもしれない。

せっかくのデートなのに、彼に気を使わせて、迷惑をかけちゃうんじゃないかな。

 

「こんなに人が多い時、君なら……私の手を繋いでエスコートしてくれたりするのかな……?」

 

ふと、そんな言葉が口をついて出た。

想像してみる。

この雑踏の中で、彼の大きく温かい手が、私の手を引いてくれる光景を。

「はぐれるなよ」なんて言って、私を守るように歩く彼の横顔を。

 

(――っ!)

 

そこまで考えて、自分の妄想の具体性に顔から火が出そうになった。

普段は自分から勢い任せで腕を絡ませたりしているけれど…。

彼の――裕也くんの方から手を握られてエスコートしてもらうのは多分まだ私の心の準備が出来ないと思う。

そんな事をされて、平然とした顔で彼の隣を歩く自分なんて、まだ全然想像できないよ。

 

「ううう……す、少し人通りの少ないところで落ち着こう……」

 

自分の妄想でのぼせそうになる頭を冷やすため、私は逃げるようにメインストリートを外れた。

駅とショッピングモールを繋ぐ連絡通路の脇、少し開けた広場のベンチを見つけ、そこへ腰を下ろす。

 

「ふぅ……少し落ち着いてきた……」

 

冷たいペットボトルの紅茶を一口飲み、深呼吸をする。

ざわめきが少し遠のき、心臓の鼓動も正常なリズムを取り戻していく。

スマホの時計を確認すると、待ち合わせの時間まではまだ余裕があった。

ねねっちとあおっちに会う前に、身だしなみチェックくらいはしておきたいな。

そう思って、ベンチから立ち上がろうとした、その時だった。

 

広場の奥の方から、風に乗ってピアノの音が流れてくる。

 

(……え?)

 

雑踏のノイズを切り裂くような音じゃない。

騒がしい空気の中に、一滴の清水を垂らしたみたいに、澄んでいて、優しい音色。

まるで水面が揺れるような、穏やかな旋律。

 

「綺麗な音色……。ここの広場、ストリートピアノなんて置いてるんだ」

 

再び腰を下ろしそうになるのを堪え、私は音のする方を見つめた。

姿は見えないけれど、その音は不思議と私の心を引き寄せる引力を持っていた。

 

(まだ、時間はあるし……)

 

「少しだけ、聴きに行こうかな」

 

私はスマホをバッグにしまうと、吸い寄せられるようにその音色の方へと歩き出した。

 

===================

[Side:裕也]

 

電車を降りると、休日のショッピングモール特有の、少し浮き足立った喧騒が鼓膜を揺らした。

都心からは少し離れたこの駅は、巨大な商業施設と直結しているため、家族連れやカップルで賑わっている。

俺はスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。

 

『Hey Yuya! We’re meeting at the cafe inside the station, right? Let’s meet up at 2:00 PM!』

(やあ、ユウヤ! 待ち合わせは駅の中のカフェだろ? 14時に会おう!)

 

 

英語で書かれたメッセージを確認し、俺はふっと息を吐いた。

今日は、出張で日本に来ているアメリカの友人に「東京を案内してほしい」と頼まれている。

向こうのスタジオで一緒に仕事をしていた彼は日本のゲームやアニメカルチャーに目がなく、いつか東京に行きたいと言っていた。

 

「……2年経つと、街並みも結構変わるもんだな」

 

改札を出て、広々としたコンコースを見渡す。

新しいテナントが入っていたり、広告のデジタルサイネージが増えていたり。

あるいは、変わったのは街ではなく、俺の視点なのかもしれない。

高校生だった頃には見えていなかった「街の機能」や「人の流れ」が、今は仕事柄、自然と目に入ってくる。

ふと、腕の時計に目を落とす。

 

「……12時30分」

 

待ち合わせは14時。

まだ1時間半もある。

 

「俺としたことが……早く着きすぎたか」

 

苦笑が漏れる。

ロサンゼルス時代のボスであり上司のダニエルさんの教え――

『常に相手を待たせるな。自分が待つ気概で行け』という言葉が、骨の髄まで染み付いてしまっている。

向こうのビジネスは時間こそルーズな時もあるが、相手の時間を貰う場合や制作物に対する納期など「信頼」に関する"時間"は絶対だった。

 

「まあ、場所はわかってるし、時間さえ潰せればいいんだけど……」

 

カフェに入って時間を潰すのもいいが、せっかくの休日だ。

もう少し歩いてみようかと思い、ショッピングモールとの境目にある広場へと足を向けた時、あるものが目に留まった。

人通りの多い一角。

少し派手なペイントが施されたアップライトピアノが、ぽつんと置かれている。

『ふれあいピアノ』と書かれた看板が、遠慮がちに立っていた。

 

「……ストリートピアノ。へぇ、こんなところにも置かれるようになったのか」

 

元々はイギリス発祥の文化だが、俺がいたアメリカでも、空港や駅、"ストリート"の至る所にピアノが置いてあった。

音楽が日常に溶け込んでいる風景。

それが日本でも見られるようになったことに、少し嬉しくなる。

俺は吸い寄せられるようにピアノの前へと移動し、鍵盤の正面にある椅子に腰を下ろした。

鍵盤の蓋は開いている。

誰も弾いていないピアノは、誰かが触れてくれるのを待っているように見えた。

 

(……この感じ、懐かしいな)

 

ふと、向こうでの記憶が蘇る。

サンタモニカ・ピアや、ダウンタウンの広場。

俺がピアノを弾いていると、見知らぬ誰かがサックスを持ってきたり、歌い出したり。

 

『Sounds amazing! Mind if I jam with you?』

(いい音だね! 混ざってもいいかな?)

 

そんな風に、音楽を通じて一瞬で誰かと繋がれる空気が、俺は好きだった。

 

「……」

 

鍵盤の上にそっと指を置いて、目を閉じ、耳を澄ます。

聴こえてくるのは、往来する人々の足音、子供の笑い声、遠くのアナウンス。

皆、それぞれの休日を楽しんでいる。

リラックスした、平和なノイズ。

 

――そうだな……ここで弾くなら…。

 

俺の中で、いくつかの選択肢が浮かんで消える。

技術を見せつけるような超絶技巧のクラシック?

それとも、誰もが知っている流行りのポップス?

いや、違う。

この場所に合うのは、自己を主張する音楽じゃない。

 

――そう。皆がリラックスしているこの空間に、寄り添うような…。

 

俺はゆっくりと、最初の音を紡ぎ出した。

柔らかな音が、雑踏の中に波紋のように広がる。

選んだのは、即興曲(Improvisation)。

ゆったりとしたテンポで、水が流れるような旋律をイメージする。

主張しすぎず、けれど耳に心地よく残る音色。

考えるのは、技術のことでも、評価のことでもない。

ただ、今日この場所ですれ違う誰かの休日が、ほんの少しだけ特別な色になりますように。

そんな願いだけを指先に込めて、俺は喧騒の中へ音楽を溶け込ませていった。

 

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