You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:裕也]
「よし。じゃあ、行こうか」
ベンチから立ち上がり、俺たちは桜さん達との待ち合わせ場所へと向かう。
待ち合わせは、ショッピングモール前の公園広場を抜け、駅を過ぎた先にある大きな広場だ。
土曜のお昼過ぎということもあり、道はこれから買い物や食事を楽しむ人々で溢れかえっていた。
隣を歩くほたるの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。
ふと、視界の端に映る彼女の横顔に目が留まった。
いつもの大学で見せる、絵の具の匂いがしそうなアーティスティックな雰囲気とは少し違う。
今日は友人に会うからだろうか、メイクも少し華やかで、春らしい軽やかなワンピースが風に揺れている。
(……なんか、いいな)
こうして並んで歩いていると、これから友人に会いに行くはずが、まるでデートをしているような錯覚に陥る。
自然と頬が緩んでしまうのを自覚し、俺は慌てて口元を手で覆った。
「ん? どうしたの? 裕也くん。私の顔に何かついてる?」
俺の視線に気づいたのか、ほたるが不思議そうに小首を傾げる。
その無自覚な仕草が、今の俺にはあまりに眩しく映った。
「あ、いや……」
誤魔化そうか迷ったが、嘘をつくのも違う気がして、俺は素直な感想を口にした。
「今日のほたる、いつもとはまた違った雰囲気で……その、可愛いなって」
「えっ……」
「桜さん達に会うためにおめかししたのかなって思ってさ。……すごく、似合ってるよ」
少し照れながら伝えると、言葉の意味を理解した瞬間、彼女の顔がカァッと音を立てんばかりに赤く染まった。
「か、かわっ……あう……」
彼女はパクパクと口を開閉させ、俯いてしまった。
髪の隙間から見える耳まで真っ赤だ。
「……でも、ありがと。その……うれしい……です」
消え入りそうな声で、最後は尻すぼみになっていく返事。
その反応がいじらしくて、俺の胸の奥が温かくなる。
昔から変わらない、素直で可愛らしい彼女そのものだ。
しかし、駅の中心部――最も人が密集するエリアに近づくにつれて、彼女の様子が変わっていくのに気づいた。
さっきまでの照れ笑いが消え、表情が強張っている。
歩く速度も少し落ち、呼吸が浅くなっているようだ。
「……ほたる、大丈夫?」
俺が足を止めて覗き込むと、彼女はハッとして、無理に笑顔を作ろうとした。
「えへへ、ごめんね。やっぱり人の多い所は慣れないや……」
気丈に振る舞おうとしているが、顔色は見るからに良くない。
額には脂汗が滲み、視線が定まっていない。
人酔いだ。
小さいころから人混みがあまり得意ではなかった彼女。
ここ最近は、静かな環境に慣れすぎてしまっている事もあるのか、今の彼女には、この休日の喧騒は刺激が強すぎたのかもしれない。
(……失敗したな。もっと早く気づくべきだった)
少し遠回りでも、人の往来が少ないルートを選べばよかった。
俺は自分の配慮不足を悔やみつつ、腕時計で時間を確認する。
待ち合わせまであと20分と少し。
ここからなら、少し遠回りをしても遅れることはない。
幸い、先ほど待ち合わせ時間まで暇を持て余して散策していた時、裏道のような静かなルートを見つけていた。
あそこなら、人通りはまばらだったはずだ。
「……よし」
俺は決断し、彼女に向き直った。
「ほたる。人通りの少ない道から行こうか」
「え……? あ……」
彼女が戸惑う暇も与えず、俺は彼女の震える右手を、自分の左手でそっと握りしめた。
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[Side:ほたる]
雑踏のノイズが、頭の中で反響してワンワンと鳴っている。
『可愛い』って言われた嬉しさで舞い上がっていたけれど、身体は正直だった。
四方八方から押し寄せる人の波、香水の匂い、話し声。
それらが一気に押し寄せてきて、視界がぐらりと揺れる。
(うぅ……気持ち悪い……)
せっかくのデートみたいな時間なのに、また迷惑をかけちゃう。
そんな自己嫌悪で押しつぶされそうになった時だった。
「ほたる。人通りの少ない道から行こうか」
裕也くんの落ち着いた声が、ノイズを切り裂いて届いた。
次の瞬間、私の右手が、大きく温かい何かに包み込まれた。
「え……?」
思考するよりも先に、身体が引かれる。
彼が私の手を引いて、人波をかき分けるように進んでいく。
その背中は大きくて、頼もしくて。
繋がれた手から伝わる体温が、冷え切っていた私の指先をじんわりと溶かしていく。
メインストリートを外れ、建物の裏手にある遊歩道に入ると、嘘のように喧騒が遠のいた。
風が通り抜け、緑の匂いがする。
「……ほたる、大丈夫?」
彼が歩く速度を緩め、心配そうに顔を覗き込んでくる。
その瞳に映る自分が、情けなくて、でも愛されているような気がして。
私は繋がれた手を、離すまいとキュッと握り返した。
「うん……ありがとう、裕也くん」
深呼吸を一つ。
肺の中に綺麗な空気が入ってくる。
「ここからなら、大丈夫そう……かも」
「よかった。……顔色、少し戻ってきたな」
彼は安堵したように微笑むと、握っていた手を離す……ことはしなかった。
むしろ、しっかりと指を絡ませ直して、私の歩調に合わせるようにゆっくりと歩き出してくれた。
(……あ)
手、繋いだまま。
人混みを抜けたから、もう離してもいいはずなのに。
彼は当たり前のように、私の手を引いてくれている。
「……ふふ」
「ん? どうした?」
「ううん、なんでもない」
嬉しくて、自然と口元が綻んでしまう。
具合が悪くなったのは災難だったけれど、そのおかげで、彼の手の温もりを独り占めできた。
「怪我の功名」って、こういうことを言うのかな。
私は隣を歩く彼の横顔を見上げながら、この穏やかな時間が少しでも長く続くようにと、心の中で願っていた。
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[Side:裕也]
人混みを避けた裏道は、嘘のように静かだった。
俺は自分の左手にある、少し小さくて柔らかな手の感触を確かめながら、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩を進める。
時折、彼女が俺の方を見上げては、安心したように微笑む。
その表情を見ていると、さっきまでの彼女の不調が嘘のようで、俺自身もホッと胸を撫で下ろした。
(……この道なら、もうすぐだな)
建物の隙間から、目的地のカフェがある広場が見えてきた。
時計を確認すると、約束の時間にはまだ余裕がある。
人通りがまばらとはいえ、これから友人と合流する広場に出るのだ。
流石に、手を繋いだまま現れるのはまずいだろうか。
俺は足を緩め、隣を歩くほたるを見た。
「……裕也くん?」
俺の視線に気づいた彼女が、不思議そうに首を傾げる。
その瞳は無防備で、俺への信頼に満ちていて。
言うべきか少し悩んだが、彼女のためにもここは一応言っておくべきだろう。
「えっと……もう少しでカフェに着くけど……手、離そうか?」
その言葉を口にした瞬間、彼女の足がピタリと止まった。
「え? ……っ~……」
最初は驚いたように目を丸くした彼女だったが、すぐにその表情が曇る。
繋がれた手が、離されるのを拒むようにキュッと俺の指を握り返した。
言葉には出さない。
けれど、その潤んだ瞳が雄弁に語っていた。
『……もう少し、こうしてて欲しいな』
本人は無自覚なのかもしれない。
けれど、彼女の考えていることが手に取るようにわかってしまう。
そんな彼女の分かりやすさと、甘えるような仕草に、俺は白旗を上げるしかなかった。
「……わかった。もう少しだけ、このまま……だな」
苦笑しながらそう告げると、俺は繋いでいない方の手で、彼女のさらさらとした髪を優しく撫でた。
子供扱いしているわけじゃない。
ただ、今日の彼女が一段と愛らしくて、触れずにはいられなかった。
「……ん」
彼女は気持ちよさそうに目を細め、俺の掌に頭を預けてくる。
広場の喧騒がすぐそこまで迫っている場所で、俺たちは数秒間、二人だけの静寂を共有した。
ふと、広場の入り口付近に視線を向けると、見覚えのある色彩が目に留まった。
クリーム色の髪をツインテールにし、両肩で束ねた特徴的な後ろ姿。
「あ! ねねっちだ」
ほたるも彼女を見つけたようで、パァッと表情が明るくなる。
その声には、友人への親愛と、元気を取り戻した安堵が混じっていた。
もう、大丈夫そうだ。
俺は名残惜しさを隠しながら、繋いでいた手をゆっくりと解いた。
「後ろ、ついて行くから大丈夫だよ。行ってきな」
彼女の背中を優しく押すように告げる。
「あ……うん。行ってくるね!」
彼女は一瞬、離れた手の温もりを確かめるように自分の手を握りしめ、少し寂しそうな瞳を俺に向けた。
けれど、すぐに友人へ会いたい気持ちが勝ったのか、弾むような笑顔を見せて駆け出した。
軽い足取りで広場へ向かう彼女の後ろ姿。
それを見守りながら、俺もゆっくりとその後を追った。
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[Side:ほたる]
「……もう少しだけ、このまま……だな」
裕也くんの言葉に、胸の奥が甘く痺れた。
私のワガママを察してくれて、受け入れてくれた優しさ。
そして、頭を撫でてくれる大きな手の感触。
人混みの恐怖なんて、もうどこかへ吹き飛んでしまっていた。
(……幸せだな)
繋がれた手から伝わる体温が、私のお守りみたいに心強い。
このまま時間が止まればいいのに、なんて思ってしまう。
でも、現実は待ってくれなくて。
視線の先に、良く見知った後ろ姿を見つけた。
「あ! ねねっちだ」
小さくて可愛らしい背中。
会いたい。早く「おめでとう」って言いたい。
でも、裕也くんと離れるのも寂しい。
そんな葛藤をしていると、繋いでいた手がふわりと解かれた。
「後ろ、ついて行くから大丈夫だよ。行ってきな」
彼が背中を押してくれる。
その声は「行ってらっしゃい」と送り出してくれる保護者のようで、でもどこか「俺もいるから」という頼もしさを含んでいた。
「あ……うん。行ってくるね!」
離れた手の寂しさを振り払うように、私は大きく頷いた。
彼がいるから大丈夫。
彼が見守ってくれているから、私はどこへだって行ける。
私は広場へ向かって駆け出した。
さっきまでの重い足取りが嘘みたいに軽い。
風を切って走る私の背中を、彼が優しい眼差しで見つめてくれていることを感じながら、私は大好きな友人の元へと飛び込んでいった。